第9話ー① 斉藤、ついにキレる

 東部軍管区 

 皇帝直轄領

 惑星ラカン・ナエ


 ラカン・ナエは東部軍管区の要衝の一つ。超光速技術の開発と共に広がった人類生存圏の一つだが、恒星活動の予想以上の活発化と、火山活動のせいでセンターポリスの置かれた中緯度帯で、年間平均気温が二〇℃とかなり高温となってしまった。そのため大規模な植民は先送りされている。とはいえ、周辺に大規模な重力干渉の原因になる天体がないので航路が安定しているのを利点とみた物流業者や定期便の中継地点として、結果的に栄えている。鉱産資源も豊富で、帝国軍第八艦隊の母港にも設定されており、皇帝直轄領として内務省管轄の総督府が設置されていた。



 ラカン・ナエ総督府


「特別徴税局……あなた方がなぜここに?」


 その日、ラカン・ナエ総督府は歓迎するには些か胡散臭い集団の訪問を受けていた。名指しで呼び出されたラカン・ナエ総督のグェン・フー・ミンは、モニターに映し出されたこれまた胡散臭い男の顔を、最大級の警戒心を込めた目で見つめていた。


『ほら、いまは第八艦隊いないでしょ? その間にドックを使わせてもらいたいんですがね。申請出てるでしょ?』

「……許可します」


 税務省特別徴税局は帝国軍以外でも数少ない大型戦闘艦を持つ官庁――あとは航路保安局と星系自治省――だが、特定の拠点を持たず、帝国軍などの拠点を使用することが許可されている。ラカン・ナエを母港とする第八艦隊は辺境惑星連合との戦闘のために留守にしており、空き家となっている隙を突いたように、特徴局の艦隊が訪れたわけだ。ラカン・ナエ総督にとって、これは不愉快だった。


『あと、局員の上陸も許可してもらえます?』

「それも許可します」

『ついでに食糧と弾薬の補給も』

「……許可します」

『そりゃあどうも。請求書は六角宛でよろしく頼んます。それでは』


 ニヤついた顔を隠しもせず、特別徴税局の局長は通信を一方的に遮断した。


「何なんですか、あいつら。突然やってきてエラそうに」


 総督の隣に立つ補佐官は、憤懣やるかたないといった様子だが、総督は諦めたように溜息をつくだけだった。総督も帝国の官僚組織に身を置く者として、かの艦隊の設立経緯やその有用性と危険性は熟知しているつもりだった。


「法の下に、彼らの補給は帝国軍施設で行えるのだ。あまり邪険に扱うことはできない」

「第八艦隊の戦力にはおよびませんが、連中の戦力は大したものですよ。あんなものを運用する予算があるなら、うちに回してほしいものです」

「まあ、滞納者も武装する時代だ。ああいう輩がいないと、帝国の税制は崩壊する」


 帝国官僚にとって、永田閃十郎という男が特別徴税局局長になってからの一〇年間は、背筋の凍るような思いだった。自分自身のあらゆる収入が全てあの男に把握されているのではないかと思うのと同時に、形骸化していた国税省警護部隊であった特別徴税局を徴税部門として再生したばかりか、高額滞納者を次から次へとなぎ払っていく姿はに脅威を抱かずにはいられなかった。一方、帝国臣民に恐怖と共に一時の快楽を提供し、いつの時代も民草にとってはパンとサーカスが重要だと言うことを再認識させる好例だった。


「そういうものでしょうか?」

「そういうものなんだ……それにしても、今日は表が騒がしいな」

「いつものデモ隊でしょう」



 装甲徴税艦カール・マルクス

 徴税三課 オフィス

 

「ラカン・ナエ、最近騒がしいのねぇ」

「最近流行の自治権拡大闘争か?」

「直轄領は税金高いものねぇ。その分いろいろ優遇策は採られてるんだけど」

「ま、住んでる人間にしかわかんねえ苦労があらぁな」


 ハンナとアルヴィンは、昼のニュース番組を横目に仕事に勤しんでいた。


「アルヴィンさん! ハンナさん!」


 そんな徴税三課オフィスに、斉藤の嬉々とした声が響いた。


「え、あ、なに斉藤君、どうしたの」

「ごあーん」

「見てください! サー・パルジファルがごはんっていいました!」


 何事かわからず、アルヴィンもハンナもサー・パルジファルを抱きかかえた斉藤を凝視して硬直していた。


「うん? え? どうした斉藤」

「斉藤君……疲れてるんじゃないの?」


 五秒ほどの間が空いて、ようやくアルヴィンが斉藤に問う。ハンナも訝しげに斉藤を見やった。


「ごあーん」


 当のサー・パルジファルは人間達の困惑を知ってか知らずか、びろーんと伸びたまま一鳴きした。


「……斉藤君、ちょっと外に出ない? 人間気晴らしが必要よ。ね、アルヴィン

?」

「あ、ああ、そうだな。官庁街にいい飯屋があるんだよ」

「いいですね、そうしましょう」


 斉藤の受け答えは平素と変わらなかったが、アルヴィンとハンナは顔を見合わせ、不安を共有していた。



 センターポリス 第18街区

 レストラン・ジャルガオン


 ラカン・ナエセンターポリスの第18街区は、総督府他多数の官庁が軒を連ねる官庁街になっている。レストラン・ジャルガオンはこのセンターポリスに入植が始まってすぐに開業した老舗のレストランだった。


「すごいわねえ、デモ」

「ええ、民間人の入植者は少ないと聞いていましたが」


 イチオシメニューだというビリヤニを口に運びつつ、ハンナと斉藤は店の前の大通りを行進するデモ隊を見ていた。


「ラカン・ナエ、観光名所は無ぇが、風呂屋はいいのが揃ってるんだがなぁ。あんまり不穏なことにはなってほしくないんだが」


 相変わらずのアルヴィンだったが、深刻な雰囲気ではなかった。


「デモ隊なんか最近慣れっこだよ。大抵が軍港労働者や、うちみたいな店屋のオーナーさ」


 タンドリーチキンを持ってきた店主の老人が、苦笑いを浮かべていた。


「税金は確かに高いが、まあその分行政サービスはいいんでねえ。ヘタな東部の辺境に住むよりはマシさ」


 そういうと、店主は腕をまくって見せた。肘から先は義手だった。曰く、開拓工事の労働者としてきたが、工事中の事故で腕を切断。義手も含めて労災で無料。店の開業資金もそれが理由で総督府が全て負担しているらしい。


「そういうもんかねえ。大将、ヴィンダルーを一人前」

「あいよ! 良く喰うねえアンタ」


 アルヴィンが追加の料理を頼んだのをみて、ハンナが溜息を吐いた。


「アルヴィン、アンタ別会計だからね」

「え~、オマエそれならタンドリーチキン返せよ~、割り勘割り勘」


 子供っぽい言い合いをしている先輩と上司を意識の外にして、斉藤は周囲を見渡した。見せに居る客はざっと二〇人ほど。いずれも総督府の職員だろうが、資料で見たような高官クラスもいた。斉藤は知る由も無いが、彼らは総督府の行政局長の一団で、定期的に街の飲食店で昼食会をしていた。


「……」

「おい斉藤喰わねえのか? 俺が喰っちまうぞ」

「行儀が悪い!」


 斉藤のタンドリーチキンを取ろうとしたアルヴィンの手を、ハンナが叩いて、斉藤は改めて食事の方に意識を戻そうとしたときだった。銃声が響き、大勢の悲鳴が聞こえてデモ隊がちりぢりに逃げていく。治安警察の鎮圧行動にしては混乱していた。


「何があったんでしょう」

「さあ……」


 斉藤の問いにアルヴィンはそれとなく腰の拳銃に手を伸ばした。


「動くな!」


 先ほどまで厨房に立っていた店主が、覆面姿の一団に羽交い締めにされていた。店の裏口から入ってきたらしい覆面達はアサルトライフルやら拳銃で武装していた。


「そこの男、武器を捨てろ」


 アルヴィンもさすがに至近距離で銃口を突きつけられてはどうしようもなく、拳銃を床に放った。アルヴィンは特徴局の制式拳銃ではなく、W&Cコンカラーという大型拳銃で、自費購入だった。


「後で返してくれよ。それ高ぇんだから」

「黙れ」


 先ほどまで斉藤が見ていた一団も拘束されていた。会話の内容から斉藤も彼らが行政局の人間と言うことが分かって、彼らが計画的な犯行に及んでいることを理解した。


「我々はラカン・ナエ解放軍! 帝国の圧政からこの惑星を解き放ち、独立を宣言する!」


 高らかに宣言した覆面の一団を、斉藤は睨み付けることも出来ずジッとしているしかなかった。



 装甲徴税艦 カール・マルクス

 局長執務室


 斉藤達が拘束されるより少し前に遡る。カール・マルクスで溜まった仕事を処理し終えた永田は、センターポリス気象局の天気予報を見ていた。


「外は蒸し暑そうだなあ……出かけるのはやめとこ」


 永田が溜息を吐いたときだった。局長室に秋山徴税一課長が駆け込んできた。


「局長! 大変です、ラカン・ナエ総督府およびセンターポリス各所が、武装組織により制圧。武装組織は自らを解放軍と称し、ラカン・ナエ皇帝直轄領の帝国からの離脱を宣言しました」

「はい?」


 永田が問い返すと、秋山は焦れたように壁面モニターをテレビ放送に切り替えた。


「だから! クーデターです!」


 在ラカン・ナエのチャンネル8支局による空撮映像では、センターポリス各所に武装勢力が展開している様子が伝えられていた。


「あちゃあ……こりゃあタイミング悪かったなあ。幹部のみんなを第一会議室に集めてくれる?」



 第一会議室


「いやあ、エラいことになっちゃったね」

「反乱勢力は革抵連正統派が支援する、特定テロ組織ヴィシャフラの工作員。これがラカン・ナエの不穏分子を先導したものと推測されます」


 帝国領外縁に広がる未踏宙域を支配する、反帝国勢力。帝国暦五〇年代以降に辺境宙域へ逃れた反帝国主義者達のなれの果てが辺境惑星連合と呼ばれる連合体を形成し、それらは秋山の挙げた革抵連正統派――正式名称、革命的抵抗者連合体正統派――などいくつかの派閥に分かれ、それが国家のように存在している。また、それらは帝国領内に未だ存在する反帝国主義者を扇動・支援するための現地組織を作り上げ、その中でも特に活動が過激で活発なのがヴィシャフラと呼ばれる組織だった。


「これはあくまでラカン・ナエ総督府に対する反乱行動です。我々への直接攻撃でない以上、出来ることはありません。特徴局は紛争に介入することを禁じられています。ここで我々が動くと、国税省もいい顔をしない……というより、我々の存在が脅かされることになります」


 特別徴税局が設立された当初、帝国議会や皇統会議で問題視されたのはまさにその点だった。特別徴税局が辺境、もしくは領邦の勢力争いに加担することは特別徴税局設置法でも禁じられている。


「それはまずいねえ……でもいいのかなあ」


 永田が机のパネルに指を走らせると、壁面の大型モニターに帝国中央放送のニュース画面が映し出された。


『三〇分ほど前、帝国東部軍管区ラカン・ナエ直轄領において、反帝国武装組織による蜂起が発生。総督府他、多数の施設が制圧されました。現地にカメラが……今つながりました、現地のショージさん』

『こちらラカン・ナエ衛星軌道上のショージです。三〇分ほど前に武装組織による蜂起を受け、ラカン・ナエは一般市民の屋内待機、および現地警察機構の武装解除が行われている模様です。軌道上には、多数の戦闘艦が周回し、現在ラカン・ナエセンターポリスへの降下は不可能となっています』


 暢気に民放の中継船が、ラカン・ナエの衛星軌道上から生中継をしている。


『犯人達の要求はもう出ているんでしょうか?』

『武装組織は自らをラカン・ナエ共和国と名乗り、現時点をもっての帝国からの独立を宣言しています』

『ラカン・ナエは第八艦隊の駐留拠点ですが、第八艦隊には動きがないのでしょうか?』

『第八艦隊は二日前、辺境宙域の賊徒掃討に出撃し、現在少数の守備隊を除いて不在です。ただ、武装蜂起の三時間ほど前に、特別徴税局がラカン・ナエに降下したという情報もあります。現場からは以上です。現在この船も退避勧告を受けており、かなり危険な状況のため、一度待避します。状況に変化があり次第、またお伝えします』

『マスカワさんありがとうございます。気をつけてください……スタジオには、軍事アナリストのイザーク・オガベさんにお越し頂いています。オガベさん、特別徴税局が現地に居るとのことですが』


 スタジオにカメラが切り替わると、白髪の老紳士がアナウンサーの問いに答えた。


『特別徴税局の戦力で、武装組織を排除すること自体は十分に可能です』

『では、特別徴税局がラカン・ナエを奪還すると?』

『それは早計です。特別徴税局はあくまで税務署や税務省、それと税務調査時の局員の身辺警護を行うものとして設立された経緯があり、国際紛争においては不干渉を貫くはずですが……ただ、現在の局長である永田局長は超法規的な措置を講じることも考えられます』

『なるほど。それでは――』

「とまあ、ちょっと期待されてるんじゃないかな?」


 永田はやや嬉しそうな様子だった。


「僕としてはやりようがあるんじゃないかなぁと思うんだよね。まだ帝国軍と本格戦闘に入っていない以上、単に連中は共和国なわけで」

「しかし、これは総督府と帝国に対する攻撃であり、特徴局や国税当局施設に対するものではありません」


 永田に答えたのは秋山徴税一課長だった。


「考え方を変えてみればいいんじゃないかな? 帝国の財政基盤の一つである直轄領を占拠されるというのは、治められるべき税金ごと持ち逃げする連中がいるってことだし、ここの国税当局施設も危険にさらされてるから介入できる」

「実行行為者が賊徒共、ということですか? ダメです。どう言い繕おうと特別徴税局の管轄を大きく逸脱します。それに、今局長自身が仰った通り、我々が可能なのは国税当局施設の警護のみで、叛乱勢力討伐は我々の任務ではありません」


 秋山は頑なだった。いや秋山は特別徴税局設置法の通りに解釈を述べているだけで、むしろ永田が無理を押し通そうとしている。


「それにまだ、今は紛争状態じゃない。局長の言うとおり、奴らはまだ、帝国に反乱勢力として認定されたわけではない。少なくとも国防省はまだそのような声明は出していない」

「ダメ。連中が武装蜂起して、帝国からの独立を一方的に宣言した以上、すでに紛争状態と言うべきです。我々が出るなら国税当局施設の警護のみです」


 助け船を出すように笹岡が言うが、ミレーヌは首を振った。


「ミレーヌくん頭が固いよぉ。ねえ、秋山君もそう思わない?」

「私は与えられた権能の中でのみ動ける中間管理職です。そのような判断は徴税一課長の分を越えます」


 秋山の言うことは正論だった。


「それにさあ、うちの局員だって市街地に行ったまま帰ってきてないのがいるわけで、国税当局人員の安全確保という名目も立つ。セシリアさん、今、艦内に居ない局員のリストを出してもらえる?」

「はい、現在一般職総合職合わせて八九名が艦外へ出ています」

「解放軍の連中に人質になっている可能性が高いかもね。これを放置して僕らだけすたこら逃げる訳にはいかないでしょ?」


 永田の問いに秋山も考え込んでしまう。そのとき、会議室のスピーカーから、入井艦長の声が流れた。


『艦長より局長。六角から緊急回線で呼び出しです』

「大臣?」

「はい」

「はあ……会議はここまで。各部署は不測の事態に備えておいてね。あとの指示は笹岡君、頼むよ」


 永田は心底面倒くさそうに立ち上がり、笹岡に振り向いた。


「わかったよ。くれぐれも、大臣相手に失言だけはしないでくれ」

「あはは、わかってるわかってる」


 永田が退室した後、笹岡は一本タバコを吸ってから指示を下した。


「ともかく相手の動きが気になる。第一種警戒態勢のまま現状待機。徴税一課は情勢把握に務めて、いつでも動けるように。実務部は許可が出るまで一切の発砲、ステゴロを厳禁とする」


 会議室から幹部達が三三五五退室していく中、笹岡は二本目のタバコに火を付けて、ラカン・ナエ騒擾事件と題されたテレビ中継を見ることにした。

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