第9話ー② 斉藤、ついにキレる

 装甲徴税艦 カール・マルクス

 局長執務室

 

「永田。参りました」


 すでに局長執務室の壁面モニターには、不機嫌そうな国税大臣以下、国税省のトップが首を揃えていた。永田は自分の席のカメラをオフにすると、くわえたままだったタバコに火をつけた。


『ご苦労。帝都でもラカン・ナエ直轄領の状況については把握している』

「そりゃあまた、お耳が早い」


 溜息のように煙を吐いて、モニターに映し出された上司達の顔を見る。いずれも当事者意識の無さそうな、面倒臭そうな顔をしている。


『国税省としての決定を伝える。特徴局は直ちにラカン・ナエから退避しろ』


 事務次官の言うことはもっともである。永田でさえそう感じていた。


「はあ。しかし次官、ラカン・ナエはマスコミにも囲まれちゃってますけど、いいんですか?」

『何?』

「我々特徴局は、税の不正をただすためならば、自らの犠牲を顧みずに強制執行。その特徴局がおめおめ逃げ出すような醜態を晒してはいかがなものでしょう」


 その瞬間の永田の顔を見た者は居なかった。しかし、その場に誰か居たとしたら、あまりの光景にその場で凍り付いたに違いない。永田はまるで新しいイタズラを思い付いた子供のような、無邪気な笑顔を浮かべていた。


「それに、うちの局員がまだ帰還していません。もしかすると叛乱勢力に捕まっているかも知れません。これを救出しないと撤退するわけにはいきませんねえ」

『国税省特別徴税局の保有する武装は、紛争介入を目的としないというお題目で保持が許されているということを忘れたのか! 叛乱勢力との戦闘などもっての他だ!』


 政務官が残り少ない頭髪を振り乱しながら叫ぶが、永田はまったく動じない。


「いえいえ、政務官の仰ることは尤もですが。しかし、ラカン・ナエの現地国税当局の警護という名目で居座ることもできますが?」

『賊徒や反政府勢力との戦闘は紛争事案であって、国税当局だけの問題ではない』

『ともかく、特徴局の紛争介入は絶対にあってはならん! これは本省の決定だ。一局長の不服だ何だという点について考慮する必要を認めん。すでに第八艦隊が鎮圧のために任務を切り上げて――』


 国税大臣が再度命令を下達しようとしたときである。秋山徴税一課長がドアを蹴破るような勢いで、執務室に入ってきた。


「会議中に失礼します! 駐留軍兵員の一部が叛乱勢力に加担し、司令部を占拠、本艦周辺も包囲されています! 彼らが言うところでは、人質がいるので降伏するか、交渉に応じろ、とのことで……」

「ありゃりゃ。聞いての通りです。大臣、すいませんがこの話はまた後で」

『永田!』


 返事も待たずに、永田は通信を切断した。特別徴税局の紋章が映し出されるだけになった画面を見ながら、永田は秋山の顔を見た。


「いやあ、楽しくなってきたね」


 永田の言葉を聞いた秋山は、一応諫めたほうがいいのかと自問してやめた。その程度のこと、この人相手にやっていたらキリがないのだから、と。


「人質って言うけど、誰? うちの局員でしょ?」

「徴税三課、斉藤、エイケナール、アルヴィンの三名です」

「話を聞いてみようか。第一格納庫に渉外班員全員集めて、万が一のこともあるからね」


 永田の指示に、秋山が退室する。自分も格納庫へ向かうつもりで席を立ったが、引き出しから拳銃を取り出そうかどうか考えたが、やめた。自分が発砲するような事態になったら負けだ、と。



 センターポリス 第18街区

 ラカン・ナエ総督府

 第一合同庁舎 講堂


 時刻は永田と国税省本省のお歴々の会議から少し遡る。


 センターポリス各所で捕縛された総督府関係者と共に、斉藤達は第一合同庁舎に連行されていた。


「アルヴィンさん、僕らどうなるんでしょう……」


 不安げな斉藤が辺りを見渡しながら、すぐ後ろに座るアルヴィンに聞く。


「さあなあ……まあつまり、俺達は人質として、生きてるうちは利用価値があるわけだし? おとなしくしていれば殺されはしないだろ」

「楽観的ね……」


 ハンナはこの状況をかなり悲観視していた。そもそも反乱勢力には大した政治思想も軍事力も無いし、そもそもこれが増税に対する反感から来る者であれば、国税省の走狗たる特別徴税局局員などいいサーカスの見世物にできる。つるし上げて銃殺。その位は衝動的にやりかねないからだ。


「そうか? 俺達を殺したら、それこそ叛乱軍は帝国中央政府も敵に回すんだぜ? 今ならまだ、星系自治省の治安維持部隊で済むはずが、東部方面軍の全面投入とかになったら、そらあ恐ろしいだろ? 原始惑星時代にまで逆戻りしたいってんならおすすめだが」


 アルヴィンの予想はハンナよりも楽観視したものだったが、東部方面軍全面投入となれば、ラカン・ナエが一〇〇年は人が住めない状況になるということも同時に考えていた。軌道上からの爆撃には超高出力の荷電粒子砲や対地攻撃用の電磁砲弾、さらには光子魚雷も使用されるから、場合によっては惑星上から都市が消え去ることも考えられる。帝国軍にはそれだけの火力を用意できることが、帝国では常識として知られていた。


「そりゃあそうだけど……」

「おい、そこの三名、立て」

「三名って、俺らか?」

「そうだ」


 相変わらずライフルの銃口を突きつけてくる覆面の男達は、斉藤、アルヴィン、ハンナを再びどこかへ連れて行く。


「どこへ行くんです」

「特別徴税局は我々の降伏要請を受け入れてくれないのでね、お前らに役立って貰う」



 第一格納庫


 格納庫のハッチが開かれスロープが降ろされると、総督府の公用車を徴発した叛乱軍が、斉藤達を連れて降りてきた。ハッチの向こう側には、一個中隊程度の叛乱軍兵士が控えていたように、永田には見えていた。


「局長、相手は素人です。ヤレと言われればヤリますが」


 永田の隣に立つマクリントック班長が、局長に囁いた。人質の三名を拘束するわけでもない、これだけ敵がいるのに銃口は無防備に下がったまま、視線もこちらを凝視して周辺警戒が出来ていない、ということを分析した上でだったが、永田は首を振った。


「こっちが飛びかかる間に斉藤君達殺されちゃうよ。今は相手の出方を見ようか」

「はっ」


 斉藤達の姿を認めた途端、格納庫に怒号とヤジが広がった。


「おいアルヴィンをどうする気だ!」

「ハンナさんに銃なんか突きつけやがって!」

「そんなチビ食ったってうまかねえぞ!」

「おまえら何が目的だ!」


 心配しているのかいないのかブーイングの嵐が叛乱軍に降り注ぐ。渉外班員としては今すぐぶん殴れば三人を取り戻せると確信していたが、班長から待機を厳命されていたので、鬱憤晴らしにやっている一面もある。


「静かにしろ!」


 あからさまに不機嫌な叛乱軍の兵士は怒鳴り散らすが、逆効果だった。シュプレヒコールはさらに音量を増していくが、永田が手を上げるとピタリと止んだ。彼らも只の荒くれ者ではない。


「はいはい、みんな静かにしてね。はい、ほんじゃあ、言いたいことがあればどうぞ」


 永田が一歩前に出て叛乱軍の一人に促す。


「お前に指図されるいわれはない! 聞けい! 我々はこの惑星ラカン・ナエの――黙って聞け!」


 黙って聞くようなお利口さんであれば、特徴局などに配属されていない。ただし、手を出すことは禁止と局長命令が出ている上、手を出した瞬間射殺と厳命されているので、囚人兵も懲罰兵も一切の暴力行為は働くつもりがない。ともすれば彼らは普段のストレスをこういった些か子供じみた行為で発散している節がある。


「我々はラカン・ナエ独立のために立ち上がった義勇軍である! 現時点をもって、ラカン・ナエ皇帝直轄領は、ラカン・ナエ共和国として独立を宣言した! 帝国と対等な独立国として、我々は遺憾ながら武断的処置を持って、この星を解放する!」


 斉藤は高らかに喋り続ける男を見上げながら、空虚だと思った。今更独立運動などして何になるものか。帝国がそれを許すはずはないし、彼らのバックに居るはずの辺境惑星連合も、本格介入してこないだろう。ここは帝国の中核宙域だし、相互支援が得られない中の独立宣言はどう考えても無謀だ。彼らは酔っているのだと斉藤は一人結論づけ、それ以上演説の内容を聞くのを止めようとした。しかし、彼らの批判の対象が帝国から帝国官僚に移ったところで、斉藤は気が変わった。


「貴様らのような国家のシロアリどもが、我々の財産を食い潰している! 本国はいざ知らず、辺境の民は、帝国からの重税により、搾取されている! 貴様ら国税の走狗そうくの罪は大きい!」


 国税の走狗、確かにそうだ。特別徴税局は悪質滞納者から税金を巻き上げるためには手段を問わずに強制執行をする。しかしそれがなんだというのだ。法に則り、会計処理を行う善良な臣民や企業がいるのなら、悪質な滞納は許すわけにいかない。


 そして辺境の民が搾取されているという点についても斉藤は不愉快だった。確かに辺境領域の自治共和国などの税率は高めに設定されているが、それはそこに住まうことで被るリスク、例えば辺境賊徒共の襲撃などに対処する防衛費に充てられるし、あるいは惑星改造に伴う費用の回収に充てられている。帝国辺境においても、中核惑星と同様の生活水準を維持させるために、インフラに対して帝国中央がどれだけの資源と金と人員を投下しているのか分からないから、軽々しく搾取などと言えるわけだ。


 マイクを手にがなり立てる反乱兵の言葉に、斉藤は徐々に怒りを感じた。貴様らには何も分かっていない、と声には出さないが、彼の脳内で止めどなくリフレインする。そもそも叛乱軍の兵士はなぜ批判などしているのか。交渉に来たのではないのか。聞いている渉外班員は飽きてきたのか座り込んで雑談しているし、永田はタバコに火を付けている。見物に来た局員も飽き飽きした表情を隠しもしない。


「――つまり! 貴様らのようなな役人が、我々の税金を食い物にしている!」

「無能……!?」


 叛乱軍兵士の演説が最高潮に達したところで斉藤は思わず口を開いた。


 人口一兆人、半径一万光年にも及ぶ版図を維持するための官僚機構に対して無能とは何だと斉藤はブツブツと文句を言っていた。


、じっとしてろと言っている! お前は人質なんだぞ!」


 ここに来てチビである。斉藤一樹という男は、小柄であった。帝国保険厚生省保健統計局の調査によれば、帝国臣民の二〇代男性の平均身長は一七一センチメートル、女性は一五八センチメートルとなっており、斉藤は二三歳の現時点で一五二センチメートル。しかも斉藤は五体満足ではあっても、筋骨隆々というわけでもない。


「聞こえていないのか!」


 体格差というのは圧倒的不利な状況を生み出すことが多い。それを極限まで体を鍛えあげることで克服するか、それとも学力などの身体の大きさによらない能力で克服するかは様々であり、斉藤は後者だった。故に、斉藤は自分のことを無能という奴には徹底的に理詰めで反論するし、身体的特徴をあげつらうような輩にはそれなりの反抗を試みた。今回はこの両面において、斉藤はかつての屈辱的な扱いを思い出し、さらに仕事のストレスも加わり、すでに自分の感情と行動を制御不能な状態に陥っていた。


「無能……無能……」


 チビと言われるのは見た目の話で、それは不愉快でありこそすれ耐えられる。しかしそれを克服するために身につけた知力。一兆人を超す帝国臣民でもごく一握りのエリートのみが進学し、卒業していく最高学府の帝国大学を、しかも皇帝からの恩賜の銀時計を拝領し卒業したのに、自分のことを見た目だけでしか識別できていない人間に無能などと蔑まれる謂われはないし、これほどの屈辱はない。


「無能……無能……無能だと!?」


 斉藤の叫びが、第一格納庫に響き渡る。誰もが動きを止め、斉藤に視線を向けた。彼はうつむいたまま、両手を握りしめたままブツブツと何事かを呟いている。


「僕は――卒……税務――税理士――違う――」

「あ、お、おい斉藤」


 アルヴィンが引き留めるのも聞かず、いや斉藤にはもはやアルヴィンの声など聞こえていない。彼の聴覚には無能の二文字だけが反響していた。


「僕は! 帝大修士卒! 税務大学校卒! 税理士・高等文官試験合格! オマエらみたいなのとはアタマの出来が! 違うんだ!!!!!!!」


 例えるならばそれは超新星だった。斉藤という男の理性と衝動が、無能の二文字により均衡を失い、理性は重力崩壊を起こし、破滅的なエネルギーを放出した瞬間だった。


 言うが早いか、斉藤は男のライフルをもぎ取った斉藤が、狙いも定めずに銃を乱射し始めた。あっけにとられた特徴局員も、すぐに身をかがめている。反乱軍はといえば、突然の凶行を目の当たりにして、撤退を始めた。相手がチビの素人とは言え、目暗撃ちするような人間相手に立ち向かうのは危険だからだ。


「て、撤退!」


 反乱兵達は足をもつれさせながら走り去る。たとえ軍人でも、目暗滅法で銃を乱射する人間からは距離を取る。いわんや、にわか作りの叛乱軍の連中は、銃を手にしたのは今日が初めてというお気楽な人間もいたのだから無理もない。


 しかし、それでも斉藤は止まらない。何者かが落としていったライフルをつかむと、そのまま開け放たれた格納庫ハッチから外に走り出ていった。


「どいつもこいつも身勝手だ! おまえらの住んでる惑星はおまえらが自分で開拓したのか!? 違うだろ! 帝国が徴収した税金によって開拓されたんだ! おまえらの歩いてる道は何だ! お前らに何がわかる! 警察、軍隊、消防救急災害対応、ゴミ処理に水道に電力交通通信インフラ! お前ら自分でイチから作って運営してみろ!!!!!」


 斉藤の叫びが木霊する。本部から通達が出たのか、反乱軍は急速にカール・マルクスの周囲から離れていった。銃を乱射する、自分たちと同じくらい危険な人間に命を賭して立ち向かうほどの度胸はない。正規軍からの反乱者でさえそれである。武装組織の人間など、本格的な戦闘訓練を受けたわけではない。ただ一人の人間がライフルを乱射するだけでも、怖じ気づいて逃げ出す始末だった。


「金だけは持ってるくせに節税だ何だと言ってる奴らもだ! いいから有り金全部国庫に納めて死んじまえ!」


 過激な発言である。しかもこれを今年入局したとはいえ、現役の役人が発言しているのだ。幸運なことに、この発言は銃声にかき消された。


「くーたーばーれー!!!!!!」


 その頃、格納庫に取り残された特徴局員達は唖然として、斉藤の叫び声を聞いていた。


「秋山殿、しっかりするであります! 秋山一課長殿! チャンスであります! 混乱に乗じて指揮系統の回復を! 一課長殿!」


 いち早く現実に帰ってきたのは、本部戦隊参謀長、徴税一課長補佐でもある戦術支援アンドロイドの征藏(いくぞう)であった。


「あ、ああ、そうだった。総員配置に戻れ! 入井艦長、直ちにカール・マルクスの発進準備を、実務四課および各艦渉外班は周辺掃討を開始! 実弾の使用を許可する! 使用火器無制限! 総員に第一種執行配備を発令! 局長!」


 征蔵に促されて矢継ぎ早の指示を脊髄反射で飛ばした秋山徴税一課長だが、局長は遠くを見ていた。


「あー、彼、ネジが外れるとすごいんだね」

「ちょっ、局長、局長!」

「ああ、うん……ボロディン君呼んでもらえる?」


 何度か呼ばれて、ようやく永田は現世に意識を帰還させた。


「局長、つながりました。実務四課長です」


 どこからか野戦用の通信機を持ってきた徴税一課課長補の糸久三郎が、受話器を永田に手渡す。


『同志局長、これは一体どういうことですか? さきほど、誰かがライフルを両手に持って突撃していったのですが』


 野戦用の通信機のモニターには各所への怒号と指示が飛び交う声を背に、ボロディン実務四課長が訳が分からない、といった顔で映し出されていた。


「ああ、うん。徴税三課の斉藤君がね、ブチ切れちゃって」

『なんと! ではあれは』

「なんかね、反乱軍の人からライフルもぎ取って乱射しながら走って行っちゃった。実務四課で護衛しつつ、鎮静剤でも打ち込んで引きずり戻せない?」

『直ちに部隊を向かわせます!』


 ボロディンは以前の強制執行の際、斉藤を指揮下に入れていた事もあり、彼の人となりを少しは理解していたつもりだった。しかし、今の斉藤はボロディンが理解していたものとは大きく違っていた。


 ともかく、斉藤のような若い人材をいたずらに失うことは避けたいということで、通信が切れた後、ボロディンは実務四課渉外班長ストルィピン指揮の精鋭二個小隊を、斉藤の護衛と捕縛のために差し向けた。


「あはは、どうしたもんだろうね、これ。この調子だと、多分総督府も奪還できそうだね……そうだね、奪還しちゃおっか」


 永田の顔が、普段の何を考えているのか分からない、ともすれば気合いの入っていない腑抜けたものへと変わると、周囲も落ち着きを取り戻した。

 

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