第9話ー③ 斉藤、ついにキレる
装甲徴税艦カール・マルクス
第一艦橋
「全徴税艦は速やかに離陸。実務一課、二課は軌道上の敵艦隊。三課でセンターポリス上空を制圧。四課は政庁、警察、治安維持軍施設、ET&T通信施設、報道機関などを奪還する」
斉藤の暴走から十数分後、カール・マルクスのブリッジでは、秋山徴税一課長から各艦への指示が通達されていた。すでにセンターポリス各所に展開した特徴局渉外班が戦闘行動に入っており、実務一課から四課までの艦艇も、指示に従い次々に離陸していく。
「おあーん」
「ん、部長がブリッジまで来るなんて珍しい」
ブリッジのドアにもうけられた実務部長専用ドアをくぐり抜け、サー・パルジファル実務部長がブリッジに現れた。彼は笹岡にすり寄ると、そのまま彼の膝の上に飛び乗る。
「おあーん! おあーん!」
不安げにモニターに向かって叫ぶサー・パルジファルを、笹岡は優しく背中をなでる。
「斉藤君ですか? もうそろそろ戻ってきますよ」
「おおん」
本当か、とでも言いたげに、サー・パルジファルは笹岡の顔を睨み付けた――ように周囲からは見えた。
「ごあーん?」
「そうですよ。斉藤君は強い子です。きっと大丈夫です。五体満足で戻ってくるでしょう」
「うるるるるるる」
笹岡の回答に満足したように、サー・パルジファルは低く唸った。
実務一課
旗艦インディペンデンス
「課長、敵艦隊を捕捉。静止軌道基準方位角ゼロ、一二〇、二四〇に占位」
現在高度五〇〇キロメートル。出撃命令を受けて最大加速で大気圏を突っ切った実務一課徴税艦隊は、惑星ラカン・ナエ低軌道に達していた。事前に分離していた偵察ポッドにより静止軌道に三つの敵艦隊が居ることを察知して、戦闘態勢への移行が下令された。
「一番近いのはゼロの連中か。よーし! 基準方位角ゼロの敵艦隊をぶっ叩く!」
「あのー、残りはどうするつもりですか?」
大まかに敵の居る方角を指さしたセナンクール実務一課長に、遠慮がちな声でインディペンデンス艦長の吉富課長補が確認した。
「そっちはアル中の二課長にでも任せておけばいい」
遠くて面倒だし目の前の獲物を捕られるのは嫌だ、というセナンクールの言外の意思を確認した吉富は、小さく頷くだけだった。
「戦艦に戦闘母艦、巡洋艦に駆逐艦に揚陸艦! よりどりみどりの食べ放題! これよこれこれ! 全艦、
「さすがであります! よっ!! 突撃のために産まれた女! 憎いでありますなあこのこのぉ!」
実務一課課長補であり、特徴局の戦術支援アンドロイドであるフランシスがセナンクールの指示に歓喜する。そもそもが突撃志向の一点集中馬鹿がデフォルトの特徴局戦術支援アンドロイドだが、実務一課においてはセナンクールが立てる作戦が突撃重視の海賊戦法なので、彼はセナンクールの太鼓持ちのようになっている。
「あははははは! これよこれこれ! これでなくっちゃ!」
「地獄のようだ……」
悪魔のような笑い声が響くブリッジで、艦長席の吉富が小さく呟いた。しかし、セナンクールはそれを聞き逃さなかった。
「あん? なんか言った?」
「いいえ」
蛇に睨まれた蛙である。吉富は旗艦艦長の顔をしてから、大雑把なセナンクールの指示を、戦術行動を可能にするレベルまで翻訳する仕事に戻った。彼は自分の艦の指示と、他艦の指揮統率までやってのける希有な人物だった。
「全艦攻撃目標情報連携、各艦割り当ての目標に所定の作戦に従い攻撃開始!」
実務二課
旗艦ソヴィエツキー・ソユーズ
実務一課が戦闘配備に入った頃、実務二課もほぼ同じ高度に到達し、戦闘配備への移行を完了していた。
「同志二課長。まもなく外気圏を通過」
「さてさて、敵の陣容はどうかな」
かつて存在した国家の名を背負う特徴局実務二課旗艦の主は、大酒飲みのゲオルギー・イワノヴィチ・カミンスキー課長。かつて帝国軍に在籍していた時からの悪癖である職務中の飲酒は一般常識的には大凡認められるものではないが、飲めば飲むほど冴え渡る彼の性質から、特徴局においてはお咎め無しだ。
「主力は静止衛星軌道、基準方位角ゼロ、一二〇、二四〇に占位しています。それぞれA、B、Cと割り振ります」
艦橋中央の三次元ディスプレイの座標を読み取ったのは、ソヴィエツキー・ソユーズ艦長の
「よろしい。なかなか手堅い配置ではないか。セナンクールは?」
「敵A艦隊へ突撃を開始しているのであります。我々は、残り二艦隊の相手ですな」
戦術支援アンドロイドにして実務二課長補佐、レオニードが報告すると、カミンスキーは右手にぶら下げたウオッカの瓶を呷る。
「あの海賊め。こちらに面倒ごとを押しつけたか。まあいい。敵旗艦を落とした艦には酒樽を差し入れるぞ……ところで参謀長。この後どうすべきと思う」
さらにウオッカを一口含んだカミンスキーは、傍らに控えたレオニードに振り向いた。
「敵両艦隊が合流すれば、我々の倍。セナンクール実務一課長の援護を考えれば、我々で一艦隊は撃破する必要があります」
「つまり」
「ここはどちらかの艦隊に突撃であります。これしかありません!」
レオニードをはじめとする特別徴税局戦術支援アンドロイドXTSA―444の思考は基本的に突撃戦術一本槍であるが、基本的に実務課を預かる課長達と親和性が高いせいで、運用上の問題を生じていない。そもそも、戦術支援アンドロイドの思考ルーチンは徴税二課長ハーゲンシュタインの手によるものだが、曰く『帝国軍戦闘艦艇は艦首方向の火力と防御力が最大に、正面投影面積が最小になるように設計されているのだから、突撃をしないのは造船工学的にも戦術的にも下の下』らしい。これが本当に戦術的に正しいのかは、軍事専門家や本職の軍人の間でも議論の的になっているようだが、運用主である特別徴税局としては、これで成果が上がっているのだから良しとしている。
「その通りだ! 徴税二課はこれより特別執行配備に入る!」
再びカミンスキーはウオッカを呷る。すでに七〇〇ミリリットル詰めの瓶は半分ほど空になっている。
「全艦最大戦速! B艦隊とC艦隊が合流する前に、各個に撃破する! 全艦主砲戦用意! 第一目標はB艦隊! アルハンゲリスク、スターリングラードは本艦と共に敵正面から攻撃開始。高度一二〇〇キロメートルで重荷電粒子砲発射! マクシム・ゴーリキーは機動徴税艦隊を率いて敵右翼から強襲! 一気に揉み潰す!」
実務三課
旗艦大鳳
軌道上で大規模な砲雷撃戦が開始されている頃、地上ではセンターポリス制圧部隊の排除が行われていた。上空支援を担当する実務三課の戦闘母艦からは、地上攻撃装備の戦闘攻撃機が次々と発艦していた。
「全航空隊の発艦、完了しました。これでセンターポリスの制空権は我々のものです」
おなじみ戦術支援アンドロイドのケンソリウスは、誇らしげに報告した。航空戦術立案に特化された彼は、他の同型アンドロイドよりもやや落ち着いたパーソナリティーを持つ。
「敵はまともな航空戦力を用意していなかったようですね……惜しいですね。私も出て、せめてドッグファイトで撃墜されたかったのですが」
実務三課長の桜田政次郎(さくらだせいじろう)は、発艦した攻撃機隊を不満げに見送っていた。
「対空火器くらいは持っているでしょうが……」
課長補佐のヘルムート・ニールマンが、航空隊への指示の傍ら、またろくでもない自滅願望を呟く上司にツッコミを入れたのだが、これは逆効果であった。
「そうか! それがありましたね。すぐに私の機体の用意を――」
「ダメです! 何考えてるんですか!」
喜色満面で艦橋を飛び出そうとする桜田の襟首を、ニールマンは瞬時につかんで司令官席に押し込んだ。
実務四課
総督府前臨時指揮所
「総督府の占拠部隊の様子は?」
市街地戦であることから、徴税四課は指揮下の渉外班を降ろしたあと、臨時指揮所を総督府前に設けていた。インスタント叛乱軍が日頃の強制執行で鍛えあげられた渉外班に立ち向かうすべはなく、残るは総督府合同庁舎へ籠城した部隊のみとなっていた。
「依然として反応がありません。降伏勧告はしているのですが」
市街戦装備に身を包んだ徴税四課の戦術支援アンドロイド、オスカールの目線は、傍らに立つ帝国軍指導将校服――階級章だけ外され、今は特別徴税局の識別章が取り付けられている――姿の実務四課長レオニード・アレクセーエフ・ボロディンに注がれた。
「上空の敵艦隊を排除したところで、総督府に陣取られたままでは我々の目的は達成されない。人質になっている総督達も無傷で解放せよと局長からのお達しだ」
「殲滅ならば手っ取り早いのですがね」
「そうだ。まったく、どうせなら総督らを血祭りに上げてから独立宣言をしてくれればよかったのに」
ここが今回のセンターポリス奪還作戦の最難関ポイントである。ここだけは、さすがの反乱勢力もまともな装備を持った部隊を配置していた。各所に対空砲、ミサイルランチャー、そして陸上戦力対策としては装甲戦闘車が配備されている。まともに打ち合えば、特別徴税局渉外班としても無傷では済まされなかった。
しかし、それはボロディンにとってはさしたる問題ではない。
「主義に殉じるというのであれば、実にいい。純粋な信奉こそ蜂起の理由として映えるというもの。我々もこれだけの陣容で出てきて仕事がないでは、いささか不満というものだ」
ボロディンの足下に、政庁の屋上から狙撃したと思しきライフル弾が着弾する。コンクリート片が舞うのを見てにやりと笑ったボロディンは、野戦用通信機のマイクを取り、政庁前に布陣した渉外班へ向けて命令を下した。
「同志諸君! それでは仕事に取りかかるとしよう! 全部隊突入開始!」
号令一下。雄叫びと共に渉外班はあらゆる障害を排除して前進する。
「同志四課長。斉藤一樹の身柄を保護しました。大分興奮していたようで、鎮静剤と睡眠剤をぶち込んで、ようやく大人しくなりました」
カール・マルクスの格納庫から反乱軍のライフルを奪い取り、乱射しながら市街地を疾走していた斉藤一樹の確保は、ボロディンが最も信頼を置いている渉外班長のヴラドレン・チムーロヴィチ・ストルィピンに任されていた。彼の選抜した特殊任務部隊により、斉藤の身柄は無事、確保された。
「負傷は?」
「捕縛に向かったうちのゴロツキ共が引っかかれました」
「勲章だな」
報告をしているストルィピンの頬にも、生々しいひっかき傷が新たに出来ていたのを認めて、ボロディンは苦笑を浮かべた。
「だそうだ、アルヴィン」
「いやあ、ボロディンさんやチムローヴィチさんにまで迷惑掛けちまって、すんませんでした」
心底申し訳なさそうにアルヴィンが頭を下げた。前代未聞の事態に、アルヴィンはただ謝罪することしか出来なかった。
「なぁに、彼は局長が選んだ人間だし、将来有望な若者をむざむざ死なせるのは、私の主義に反するのでね」
未来ある若者、特に罪も犯さず真っ当に生きてきた堅気を見殺しにしては実務四課の名が廃る、とボロディンはアルヴィンに言うと、今も激戦が繰り広げられる政庁へ向けて歩き出した。防弾チョッキもヘルメットも不要。階級章を外した帝国軍指導将校服はそう物語っている。彼の居場所は指揮所にあらず。ただ戦場のみ、彼の屈折した感情を受け止めてくれる場所だと信じて。
ボロディン達実務四課の総督府突入と前後して、軌道上の艦隊は実務一課と二課により殲滅。総督府占拠部隊の指揮官が自害し、残存勢力が降伏してラカン・ナエの反乱は鎮圧された。
この反乱は帝国の公式記録では海賊放送による欺瞞として処理され、内務省他関係各省庁も同様の公式見解を述べるにとどまった。たとえどんな内容が報道されようが、政府中枢においては公式記録こそ唯一の事実である。皇帝直轄領において反乱など起きうるはずがないということで、この事件は幕を閉じた。
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