第9話ー④ 斉藤、ついにキレる

 装甲徴税艦 カール・マルクス

 徴税三課オフィス


「斉藤君! あなた自分がしたことがどういうことか分かってる!?」


 センターポリスの戦闘が終結した頃、鎮静剤と睡眠剤のカクテルを撃ち込まれた斉藤は、目覚めると同時にハンナ・エイケナール主任の雷を食らうことになった。


「申し訳ありません……」


 相手が逃げてくれたからいいものの、あの場で叛乱勢力の戦闘員に射殺されていても不思議ではなかったし、交渉決裂となってその場にいた局員諸共撃ち殺されていたかもしれないのが、斉藤の行動だった。


「どれだけ心配させたら気が済むの! 今回は運が良かっただけ! 二度と軽はずみにあんなことをしないで!」

「猛省いたします……」

「それにしても……なんか斉藤、ちょっと顔色良くなってないか?」


 アルヴィンに言われて、ハンナは斉藤の顔をのぞき込んだ。確かにここ一ヶ月ほどは白いというより青白い肌をしていた斉藤だが、血色がいい。


「言われてみれば……」

「あれか。うちに来てからのストレスが爆発したんだな。いいガス抜きになったじゃないか」

「あんなガス抜きの仕方は許しません!」


 気楽そうに言ったアルヴィンに、ハンナの得意技、近くにあったバインダーでチョップを見舞われた。


「よし! それじゃあ俺がいい方法を提案しよう!」

「却下。斉藤君をアルヴィンと同じ品性に落とすのは許可できません」

「そりゃあ冷たいなあハンナさんよ」


 そのとき、徴税三課オフィスの扉が開き、愛飲の葉巻を銜えたままのアルフォンス・ケージントン徴税三課長が現れた。


「無事で何よりだ、斉藤」

「課長、申し訳ありませんでした……」

「君の行動はアルヴィンやハンナだけでなく、他の局員も危険にさらす行為だった。局長からも処分を、と言われている」

「どのような処罰でも……」

「いや、待ってくださいよ課長。斉藤は――」


 アルヴィンがロード・ケージントンに食ってかかるが、それを制してロードは処分内容を通達する。


「斉藤一樹、厳重注意――これはもう終わっているようだが。それと一ヶ月間の徴税三課オフィス内清掃を命じる。また、彼の上席であるトリスタン・アルヴィン・マーティン・ウォーディントンは監督不行き届きによりオフィス横の便所掃除一ヶ月、同、ハンナ・エイケナール主任、右に同じ。そして――」


「アルフォンス・フレデリック・ケージントン課長、減給五パーセント、一ヶ月。というわけだ」

「えっ……」


 斉藤は全員の処分を聞いて、狐につままれたような面持ちだった。一番処分が重くなければいけないはずの自分が、たかがオフィス内清掃。そして連座で処分されたアルヴィン、ハンナがトイレ掃除、ケージントンが味方によっては一番重いとはいえ、減給で済んでいる。これは斉藤から見ても異様に軽い措置だった。


「部下の不始末は私の不始末。まあこの程度で済んでいるのは奇跡的だ。これからは無鉄砲な行動は慎むように。斉藤のキャリアに傷をつけまいという局長の配慮だな」


 それだけ言い残すと、ケージントンは再び葉巻を吸うために喫煙室へと向かった。


「はあ、それじゃあさっさと掃除は済ませましょうか。いくわよアルヴィン」

「おうよ」


 アルヴィンは約一五分後、ハンナは三〇分後に清掃を終えてオフィスへと帰還した。


「ちょっとアルヴィン、トイレットペーパー替えた? 洗面台の消毒液補充してないでしょ」

「げっ、男子便所まで見てんのか」

「当たり前でしょ! あなたがまともに掃除するなんて思えないもの」

「厳しいなぁ……おい斉藤、俺と変わらねえか?」

「ダメよ甘やかしたら。そもそも私らが斉藤君に負担掛けすぎてたのが、事の発端みたいなものじゃない」

「あの、お二人ともすみませんでした……」

「気にすんな。渉外班のフロアの掃除よりなんぼかマシだ」


 実際のところ、斉藤の勤務実態は荷重というほどでもなく、ただ特別徴税局という特殊な環境が斉藤の神経に過負荷を与えていただけの話だった。斉藤が特別徴税局に慣れるに従い、彼の症状は徐々に寛解していくことになる。



 ラカン・ナエ総督府

 応接室


「どうも、特別徴税局の永田です」

「今回はなんとお礼を申し上げればいいのか……ああ申し遅れました。ラカン・ナエ総督のグェン・フー・ミンです」


 永田は、目の前に居るのがラカン・ナエに入港したときにモニター越しに見た総督と同一人物とは思えないほど、腰が低いことに気がついた。彼も帝国の役人である以上、総督として管理下にある惑星での反乱行動を未然に防げなかったことに対して、後ろめたい思いがあるのだろう、と永田は推察した。


「いえいえ、我々は偶然居合わせただけでして……ところで、ぶしつけですがちょっとお願いがありましてね」

「お願い? 我々でお力になれることでしたら、なんでも」


 総督府は内務省直轄、特別徴税局は国税省直轄。縦割り行政の権化のような両者が会談の場を持つこと自体が異例なのに、そこでさらにお願いと来た。総督としては警戒せざるを得ないが、何せ彼らの報告次第では、自分のキャリアは崩壊する。彼らに弁護を依頼する為にも、ここは協力してやるのもやぶさかではない……と、総督は軽い気持ちで頷いた。


「いやー、実はですね――」


 永田の言葉に、総督は狼狽えたものの、結局永田の依頼を全面的に引き受けてくれるということで、わずか一〇分の非公式な会談は終了した。



 装甲徴税艦カール・マルクス

 局長執務室


「おかえりなさい局長」

「ああ、ミレーヌ君か。何かあった?」


 総督府から戻った永田を執務室で出迎えたのは、憮然とした表情のミレーヌ・モレヴァン総務部長だった。


「何かあった? じゃありません。斉藤君と徴税三課の処置、本当にあれでいいんですか?」

「いいんじゃない? そもそも僕は公式記録に残すつもりもないし」


 ミレーヌの言うことはもっともではある。本人がオフィス清掃、先輩であり指導役の二人も同様。監督者である課長でさえ減給五パーセント一ヶ月。これではお咎めなしと大して変わりはない。このような判例が少ないとはいえ、斉藤本人はもちろん、周囲の局員の生命の危機であったからには、もう少し重い処分が妥当だと考えていた。しかも、局長本人が公式記録に残さないと言ったのだから、本来なら大問題のはずだった。


「学校じゃないんですよ? 斉藤君に対して少し甘いのではありませんか?」

「私情が入ってるとでも?」

「はい」

「じゃあミレーヌさんならどのくらいにする? 死刑?」


 ミレーヌの即答に、困ったようなそうでないような顔をした永田はミレーヌに問い返した。死刑などとポンと出してきた永田に、自分がそんな見境無い人間だと思われているのかと腹を立てたミレーヌだった。


「そんなことはしませんが……せめて停職一ヶ月程度は考えるべきかと。医務室長の診察記録ではやや精神不安定の気配もありますし」


 これでも他省庁であれば軽すぎる判定だろうとミレーヌは考えていた。だが、免職をこの局長が許可するはずもなく、ミレーヌとして妥協点が見つかったのが停職だっただけである。


「徴税三課は忙しいからね。停職させるほど暇じゃないでしょ。本人の申請と医務室長の診断以外で停職させるのは妥当じゃないよ」

「しかし」

「じゃあミレーヌさん、僕の代わりに局長やる? だったら量刑も思いのままだよ」


 まだ不満げな表情のミレーヌに、永田は言い放った。その気も無いのにこの言葉を出すのは、永田がその話を終わりにしたいサインである、とミレーヌは知っていた。


「それに本国がラカン・ナエでのクーデターなんて無かったと言ってるんだから、それに伴ううちの行動もなかったことになるでしょ? 斉藤君の暴挙はなかったことにしなきゃ政府との見解不一致になる。ロードの減給だって、まあ将棋の負け分取り消しってコトで済ませるし」


 これ以上の翻意を促すのは無意味だと感じて、ミレーヌも話を切り替えることにした。


「はあ……まあ、今回はこのくらいで。それよりも総督府に行ってなにしてきたんですか?」


 永田が随員もつけずに外部の人間と会うのは、大抵碌でもないことを思い付いたときだということも、ミレーヌは知っていた。


「ちょっとね、内務省の情報を色々と横流ししてもらった。省内秘のやつ」

「……内務省の? 何に使うんです、そんなもの」


 帝国内務省の主な仕事は警察行政を司ることだが、その性質は機密の壁に阻まれ不透明だ。国内不穏分子の監視や処分もその職責であり、誰もが近づきたくない組織の一つである。


「情報は集めて他のものと合わせると、いろいろ分かることも多いんだよ」

「また何か企んでるんですか?」

「聞きたい?」

「いいえ」


 たばこを銜えたままにやりとした永田に、ミレーヌは即答した。関わると碌なことにならないと、彼女の勘が告げている。


「おや、つれないねえ」

「これ以上仕事が増えたら、博士に私のアンドロイドでも作ってもらわないといけませんから」

「それは勘弁だなぁ」


 永田にしては珍しく、本心とも思える言葉だった。カール・マルクスの中を大量の総務部長型アンドロイドがうろつく光景を思い浮かべたからだ。


「ま、悪いようにはならないよ。安心してね」


 誰が聞いても不安しか感じない永田の言葉を聞いて、脱力したミレーヌは執務室をあとにした。



 太陽系第三惑星 地球

 帝都 ラインツァー・ティア・ガルテン

 ギムレット公爵家 帝都別邸


 帝都ウィーン郊外。旧世紀から変わらない静かな森林地帯は帝国皇統貴族でも限られた人間だけが別荘を構えることを許されていた。とはいえ、別荘敷地以外の大半の領域は現在でも臣民の憩いの場として機能しているし、皇統貴族にとっては、帝国臣民と直接ふれあうことが出来ることもあってか、人によっては好んでこの地に滞在する。


 その皇統貴族の一人、ギムレット公メアリーは帝都別邸でラカン・ナエ直轄領動乱のニュースを注視していた。いや、注視と言うよりも、目の前に居る不愉快な存在から目をそらしたいという目的もあった。


「あんなの近衛に任せてくれればすぐに鎮圧して見せたのに、東部軍が意地張った挙げ句、特別徴税局が鎮圧? コメディにしたってもっと気の利いた筋書きにするでしょう」


 ギムレット公爵は皇帝直属の兵力である近衛軍の司令長官を務めている。ここ半世紀は儀仗兵としての役割が大半で、戦力としては形骸化しつつあった近衛軍を短期間で実戦部隊として鍛え直し、兵力の拡充を行った手腕はもちろん、国政についても些かドラスティックな発言が多く、俗な言葉遣いで人によって評価は分かれるものの、実務能力についてはここ一〇〇年の皇統貴族では一歩抜きん出た力を持つ。


「この場合、特別徴税局は投入すべきものではない。これは局長の責任問題だけでは済まん」

「あら、あなたの部下の穀潰し共がちゃんと仕事してないから、こんなことになってるんじゃない……どうせ公式記録は反乱など起きてないで済ますんでしょ? 内務省の程度も知れたものね。ねえ、大公殿下」


 嫌みの一つもぶつけて気が晴れたのか、メアリーはそこでようやく正面に向き直った。テーブルの反対側に座るのは、皇統大公フレデリク・フォン・マルティフローラ・ノルトハウゼンその人だ。帝国皇統貴族、つまり皇帝候補の貴族の中では最高位のマルティフローラ大公を務め、文武両道、整った顔立ちに貴族然とした優雅さから人気が高い。


「なんのことだ。内務省は私の管轄ではない」


 涼しい顔で言ってのけた大公であるが、実際のところ、近日中に次代皇帝候補、そして病床に伏せりがちな皇帝から摂政に任じられると噂の彼が、内務省を掌握していないはずがない。公爵はお題目を述べるにとどまった大公を一瞥して、不満げに鼻を鳴らした。


「可愛げの無い……東部の内情、うちの信頼できるスジがまとめたものを内務省に渡したけど随分塩対応よ。これで東部でまた武装蜂起なんて起きたら内務大臣のすげ替えだけじゃ済まないわよ」

「無論だ。内務大臣にも調査を厳命してある」

「どうだが……茶飲み話であなたが私の貧相な屋敷に訪れるなんて思ってないわ。何?」


 公爵のぶしつけな態度に気を悪くするでもなく、大公は手にしたティーカップをソーサーにおいてから口を開いた。


「皇帝陛下が、領地にお戻りになった」


 過激な発言と豪胆さで知られる公爵も、大公の言葉には些かの衝撃を受けた。


「ふうん……なるほどね。最近は随分とご公務を減らされたと思っていたけれど、それでか」


 現在の帝国において、皇帝と皇統の間には必ずしも血縁があるわけではない。公爵にとって当代皇帝は帝国統治機構における最高権力者という認識ではあっても、自らの祖父や父のような感情を持つことはない。


「皇統会議の招集は、伯爵以上の位階をもつ皇統二名以上の了承が必要だ」


 皇統会議とは、皇統貴族のうち、各領邦の領主を務める皇統、および参加を認められた伯爵以上の皇統を集めた会議で、会議の議題は帝国の国家基本方針の決定や大規模な軍事計画、新たな帝国領邦国家の創設、皇統の追加および除名。そして次代皇帝を決定する皇帝選挙の施行の決定に際して招集される。これらは最終的に皇帝へ上奏され、皇帝の認可と帝国議会の承認をもって、正式に認められることになる。


「取り巻きのフリザンテーマ公爵かコノフェール侯爵にでも言えばよかったのに」

「せっかく帝都に居るのだ。共に帝国を牽引する皇統同志、顔を突き合わせたいと思っただけのこと」


 建前だろうと公爵は受け取ったが、大公は本心からそう言っている。大公としては臣民からの人気が高い公爵を、帝国統治に有効活用したいという思惑があった。しかし公爵は大公のことが人間としてあまり好ましい部類でないと認識していた。また、大公は大公で公爵を政治的に利用はしたいが、私人としてはやはり好ましい部類ではない人間としており、これが皇統貴族二人の道を大きく別つ遠因になる。


「あらそう。まあ、招集はいいんじゃないかしら。どうせやらなきゃいけなくなることだし」

「わかった。では日程は追って通知する……たまには私の屋敷にも顔を出してほしいものだな」

「毒殺でもするつもり? 精々高い酒でも揃えとくことね。毒ごと飲み干して上げるから」

「私がそのような小細工を弄すると思われていたのは心外だな。では失礼する」


 大公がバトラーの案内で退室したあと、公爵はテレビに映し出された特別徴税局の局長を見つめた。帝国省庁にあっては星系自治省治安維持艦隊、国土省航路保安局の交通機動艦隊と艦隊を保有する例はあるが、いずれも有事には帝国軍に統合されるのに対して、特別徴税局はその戦力一切が徴税業務と国税省の警護部隊としてのみ機能するとされている。


 これは面白い立場だ。いずれ縁がありそうだと思いつつ、彼女は帝都滞在中の日課である、自然公園の散策に出かけることにした。

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