第5話-③ 慈善家の表の顔と裏の顔
ヴィルヌーヴ子爵邸
ゲストハウス
斉藤一樹とアルヴィンはゲストハウスを物色していた。
「しかしまあ、見える範囲に監視カメラもなし。洒落てるねえ、全部埋め込んでやがんの」
「見ただけで分かるんですか?」
「そこの壺とか、あと壁の絵だな。博士作成のプログラムがどこまで通用するやら」
「やってることはコソ泥ですけどね……」
聞けば聞くほど、斉藤は自分の将来のキャリア像が分からなくなっていた。スパイものの映画に出てくる敏腕スパイのような人間にならないと、ここで出世をするのは難しいのだろうか。スカートの裾を押さえながら斉藤は自問自答した。
「本館へのルートは塞がれてるな。見てみろあそこ。何人か警備が立ってやがる」
通路のカーテンの隙間から外を見ると、歩哨がいるのが見えた。機械警備で無いあたり、特徴局への警告とも取れた。
「あちらに忍び込むのは難しそうですね」
「……斉藤、ここは俺が見ておくから、そこの防災室見てこい」
「は、はい」
特別徴税局 臨時オフィス
斉藤とアルヴィンがゲストハウス内の調査を終える頃には、西条にあてがわれた客室は、特別徴税局臨時オフィスとして機能していた。
「おかしい。調度品の量は皇統貴族なら不思議ではないが、惑星間通信設備がこれほどあって、屋敷には地下シェルター……帝都の官公庁並の重防御だ」
西条は昼の調査の際に入手した屋敷の見取り図を睨み付けていた。もちろん通信設備もシェルターも、あって不思議なものでは無い。ただ、明らかに軍事用途のものなのが、彼の癇に障った。これが領邦国家であれば、領主の屋敷は政庁の予備施設として設計されるから不思議では無いが、惑星一つが領地の辺境貴族にこれほどの設備は不要のはずだった。
「戻りやした」
「おお、アルヴィン、斉藤君。何か手がかりは?」
「子爵の野郎、本館へのルートに警備員立たせて、俺達をここから出さないつもりですぜ」
「ふむ。やはりか……」
「西条部長、これを」
斉藤は防災室で見つけたデータディスクを西条に手渡した。
「配電図か。斉藤君、しめたぞ」
西条が机の上のラップトップにディスクを読み込ませると、屋敷のホログラフィーと重ね合わせられるように、無数の細い線が投影された。
「緊急用発電設備がこの規模か……リシテア重工製対消滅発電プラント……巡洋艦の主動力炉クラスだな。この太いラインはなんだ……産業用途でなら分かるが、ただの屋敷だぞ?」
西条は無数の配線とそこにつながる機器を易々と読み取り、手帳に書き込んでいく。斉藤は彼の手帳をのぞき込んだが、驚くほど細かく、几帳面な文字で書き込まれていくのを見て驚いていた。
「へえ、西条部長、これが分かるんですかい?」
「我々の仕事は帳簿を見ただけでは分からんことが多い。ただ税の知識だけあれば良いのなら調査部は不要だ」
斉藤はこの瞬間、この特徴局に配属されて初めて感銘を受けた。この無茶苦茶な特別徴税局においても、こうして職務に対して忠実な人間もいるのだということに。ただ、声のボリュームだけはなんとかしてほしいと考えていた。これでも西条は周囲を憚ってかなりボリュームを落としているのだが、間近で長時間聞くには辛い。
「この塔の中だ。地下の発電設備から伸びる太いラインはここに集中している」
西条が指さしたのは、屋敷の本館の隅にそびえる尖塔だ。ここだけは意図的に内部構造が省略されていて、不自然極まりない。飾りとしての尖塔という可能性はあるが、それにしては不自然な配線だった。
「よし、じゃあ西条さん、俺たちが見てきましょう」
そういって自信満々のアルヴィンが斉藤を連れ、ゲストハウスの外に出た。
「……そういえば、どうやって屋敷に戻るんですか?」
「え?」
「いくらなんでも、バレると思うんですが」
「そこはほら……言い方一つだろ?」
「本当ですか?」
警備に立っている歩哨が、斉藤とアルヴィンを見咎めてライトを照らす。
「止まれ! 何だ使用人か、ゲストハウス詰めではないのか」
「お客様がワインをご所望でして、ワインセラーへ取りに戻るところです」
今のところ、変装はうまく機能しているようで、特徴局の人間とバレてはいない。アルヴィンは普段のフランクな話しぶりを封印して、斉藤はおびえたような素振りさえ見せた。実のところ、斉藤は本当に怯えていたのだが。
「通れ。早く用事を済ませるんだぞ」
「どうも……夜中までお疲れさまです。あとでお夜食でもお持ちしますか?」
「いえ、結構。メイドも夜中まで大変だな。カワイイ顔してんじゃねえか」
斉藤は「僕は男だ!」と叫びたい気持ちがないでもなかったが、そこはぐっと堪えて頭を下げるに留めた。いくら何でも、声を出せば男だと気付かれるのだ。
歩哨はそれまでと同じく、微動だにせずゲストハウスの方に向き直った。彼らは斉藤達と本当の使用人を見分けられるほど、ここに長く勤めているわけではないのだと、斉藤はほっと胸をなで下ろした。
「ザルな警備だなぁ、おい」
歩哨と十分距離が取れたところで、アルヴィンが口を開いた。ニヤニヤと笑っている顔を見た斉藤は、許されるのであればここで「何で僕がこんな目に」と叫びたいところであった。
「でも、屋敷に戻れましたね」
「さて、西条さんの言ってた尖塔はーっと……こっちだ」
屋敷内は静まりかえり、通路の照明は落とされている。夜間なので当然と言えば当然なのだが、監視カメラなどでこの時間にうろつく人間はキャッチされているのに、それに対するアクションが無い。アルヴィンは不安を覚えたが、証拠を押えないことにはどうしようもないので、足を進めた。斉藤はというと、足下がスースーしてそれどころではなかった。何せひらひらとしたロングスカートの内側は、普段のボクサーパンツ一枚なのだから。
「ここだな……鍵が掛かってやがる」
「鍵を盗み出しますか?」
斉藤も発想がすでに特徴局のそれである。
「んー、電子錠か。ぶっ壊すのが早いな」
アルヴィンはさらに過激だった。懐から普段使っている携帯端末を取り出すと、ケーブルを引き出して電子錠のパネルにつなげる。
「さて……博士と瀧山四課長特製のウイルスだ。内務省のメインコンピュータだって一分で前後不覚になるっちゅー触れ込みだが……それ来た」
電子音とともに、ガチャリと機械的な音がした。斉藤はこのウイルスを注入されたパネルを気の毒に思った。あの博士と四課長特製ということは、どうせろくでもないものに違いないのだから。
「中は普通の部屋ですね」
「いや、そこの階段が上に続いてる」
らせん階段を上り始めると、ようやくこの尖塔の正体が明らかになった。
「おいおい、こりゃあたまげた。対空レーザーにレーダー類一式……かーっ、対軌道用の荷電粒子砲と電磁砲まであるぜ、ちょっとした要塞だな」
「こっちはミサイルです……」
「何におびえてこんな重装備を?」
軍事知識に疎く、戦闘機を見ても戦闘機だとしか感想が言えない斉藤でさえ、これが普通でないことは理解できた。
「さあ……海賊向けなら軌道上に戦闘衛星でも半ダースくらい浮かべとくのが安上がりだ」
「決まっているではないか。君らのような勘のいい連中への対策だよ」
「誰だ!」
階段を上ってくる足音共に響いた言葉に、アルヴィンが臨戦態勢の構えを見せた。
「……せっかくお客様にはゆっくりお休み頂けるお部屋を用意したのに、抜け出すとは」
ヴィルヌーヴ子爵とその部下達――メイド達である――が銃を構えて尖塔に入ってきたのである。
「ヴィルヌーヴ子爵! これは一体何ですか!?」
「国税の狗がいずれ来るだろうことは予想していたが、まさか正々堂々、税務調査から入って頂けるとは思わなかったよ。それならこんなに重装備を揃える必要も無かったのだがね」
斉藤は塔内の禍々しい兵器を指さして子爵に問うが、子爵は鼻を鳴らして不満げにしかめ面を見せただけだった。
「子爵、あなたは一体……!」
斉藤は、昼間に見たヴィルヌーヴ子爵と、今目の前にいる人間が同一人物だと認めたくなかった。それはヴィルヌーヴ子爵が慈善家で、帝国臣民の中には少なからず彼のおかげで勉学に集中できたものもいるからだ。しかし、明らかに目の前の男はそういった風聞とは無縁の、小悪党のような台詞を吐いている。
「なに、ちょっとお隣の星に生存圏を広げようと言うだけさ。中央に迷惑を掛けるつもりはない」
生存圏の拡大――帝国憲法にも記されている言葉だが、今この状況で発せられると、不埒な考えにも聞こえる。ヴィルヌーヴ子爵領ロシェ・ゼベス星系は、西部軍管区の果てであり、ここから超空間潜行で二日ほど掛ければ、辺境惑星連合の一構成体である第一インターステラー連合と言われる勢力の支配圏がある。
「何の話だ? 俺達は特別徴税局として、あんたが納めるべき国税を納めていないことを追求しに来ただけだ。あんた、一人で戦争おっぱじめようってのか?」
アルヴィンも拳銃を構えたまま、ヴィルヌーヴ子爵に問いかける。
「一人? それは君の思い違いだな」
「何?」
斉藤はどうすることもできず、そもそもメイド服に着替えるときに拳銃は置いてきてしまったので、二人の会話を聞いているしかなかった。
「まあいい。下手に動かないでくれよ。君達は転落死ということにしておきたいのでね」
子爵が手を上げると、メイド達がライフルを構えた。逃げ場もない斉藤とアルヴィンは、じりじりと後ろに下がることしか出来なかった。
「くっそ、抜かったな」
「アルヴィンさん……!」
ゲストハウス
時間は少し遡る。ゲストハウスの方では、残った西条達が斉藤とアルヴィンの信号をたどりながら、ヴィルヌーヴ子爵の不正を暴くため、収集したデータを精査していた。
「アルヴィンと斉藤君からの信号が途絶えました!」
調査部のスタッフが叫ぶと、西条の部屋にいた全員が神経を強制執行モードに切り替えた。
「やはりあの塔か」
「西条部長、実務一課長と連絡が取れました!」
「よし、回してくれ……起こして悪かったな、セナンクール課長」
『西条さん、一体なんなのよ』
万が一のために、屋敷の上空に待機させておいたインディペンデンスに通信がつながり、寝ていたであろうセナンクール実務一課長が寝間着のジャージ姿のまま、通信画面に映っていた。
「説明はあとだ! 事態は一刻を争う、吾輩の指定した座標を砲撃しろ! 砲撃後、指定ポイントへ渉外班を降下、屋敷内の制圧に向かわせろ」
『いやまあ、やれと言われればやりますけどね、本当に良いの?』
「構わん!」
『……どうなっても知りませんからね。副砲、弾種徹甲、単発、撃ち方用意、撃てっ!』
ヴィルヌーヴ子爵邸
インディペンデンスからの砲弾が放たれてからコンマ数秒後、電磁加速された徹甲弾は、尖塔頂部に着弾した。砕かれた壁面の破片が降り注ぎ、メイド達とヴィルヌーヴ子爵はその間に逃亡した。
「斉藤、危ない!」
降り注ぐガラス片、コンクリート片からアルヴィンが斉藤を庇う。
「アルヴィンさん!」
降り注いだ鋭いガラス片がアルヴィンの太ももを切り裂いていた。黒いスラックスから血がにじむのが斉藤の目にはありありと見て取れた。
「俺はいい! 早く上に子爵の追撃命令を」
「おっと、話は聞かせてもらったよ」
大穴の開いた尖塔頂部から、ワイヤーを使ってスルスルと降りてきたのは、完全武装の特徴局渉外班だった。
「特徴局渉外班参上ぉ! そこのメイドとボーイ! 安心しな!」
「あ、あなたは……確かマクリントック班長」
斉藤はその顔と声に見覚えがあった。彼が初めて強制執行に随行したクリゾリートⅧで、渉外班を指揮していたメリッサ・マクリントック班長である。今回の税務調査には、渉外班指揮官としてインディペンデンスに同乗していた。
「あん? ああ、どっかで見たと思ったら、あのゲロボーイ」
彼女も、死体を見たくらいで嘔吐していた青年の顔と声は覚えていた。斉藤にとっては些か不名誉な覚えられ方ではあるが。
「ゲロボーイとか言うな! ヴィルヌーヴ子爵が逃げました!」
「安心しな。ヤツは屋敷内で袋のネズミさ。付いてこい。アルヴィン、テメエはそこにいな。ハンファ、アルヴィンの野郎の応急処置を」
「うっす」
渉外班員の一人が応急処置キットを取り出して、アルヴィンの傷口の手当てを始めた。瞬間冷凍スプレーで傷口を凍結処理していく。
「メリッサ、屋敷のメイドはあまり殺すなよ」
「一課長からは殺しは最小限って言われてるよ。ったく、テイザーガンは重いし嵩張るから持ち歩きたくないんだけどさ」
斉藤は、そんな指示を出す人間が特徴局にいるのかと訝しんだが、同時に安堵した。無差別に人が死ぬことを望むほど、彼はまだ特徴局に染まってはいなかった。時間の問題ではあるのだが。
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