第5話-④ 慈善家の表の顔と裏の顔

 実務一課旗艦

 装甲徴税艦インディペンデンス


「地方のお貴族様が武器をそろえて戦争準備たぁ、やってくれるわね」


 突入した渉外班から送られた尖塔の中身を見たセナンクールは呆れたようにつぶやいた。少なくとも軌道上にいる艦艇を撃沈するだけの威力を持つものばかりで、小洒落た屋敷が要塞のようになっているのだから、呆れるほかないのである。


「しかしあの徴税三課のチビ、意外としっかりしたレポートを出してくるじゃない」

「斉藤、でしたっけ? 帝大主席だそうで」

「へえー。そんなエリート様だったとは」


 暢気にレポートを読んでいたセナンクールに、船務長が振り向いた。


「課長! 軌道上より戦闘艦艇と思しき反応が降下を始めました。こちらに向かっています」

「呼びかけには応じないの?」

「無視されてます」

「子爵のお迎えに来たのかしら……野郎共、艦隊戦用意!」

「おお、セナンクール課長。状況は」

「西条部長、軌道上からフネが降りてきます。推定では戦闘艦で、降下軌道もこちらに向かってくるものです」


 西条は渉外班の護衛の下、インディペンデンスに戻ってきた。セナンクールとしては、彼が同乗していない方が好き勝手出来ると考えていたが、それをあからさまに態度に出すのは避けた。


「武器の無制限使用を許可する。好きにやってくれ」


 適材適所、餅は餅屋。西条もその程度のことは弁えていた。事実上の作戦指揮権の委譲ということで、セナンクールは舌舐めずりして立ち上がる。


「了解! いっちょ派手にやりますか! 吉富! 全艦最大加速、敵艦に向けろ!」

「接近戦ですか……今回はスタン・カノンでなくてよいので?」


 強制執行時には、万が一敵対艦艇が現物徴収できる場合は可能な限り無傷で拿捕するのが特徴局実務課の方針である。そのために徴税二課、つまりハーゲンシュタイン博士が開発したのが指向性電磁パルス砲、通称スタン・カノンである。電子機器を一時的にダウンさせ、敵艦を無力化できるという代物である。


「どっかの三流軍事企業がカネだけもらって動いてるんでしょ。接収したってウチのシノギに関係ないわ。沈めちゃって」

「了解。主砲戦用意、近いぞ! 最大戦速で一気に距離を詰める!」


 他の実務一課所属の徴税艦も、単縦陣でインディペンデンスに続く。すでに敵艦艇は目視できる距離にまで迫っていた。


「距離一二〇〇〇で全艦一斉射撃。一撃で仕留めるわよ。一発でも外したら給料さっ引くから!」

「ったくイチカチョウは相変わらず……了解!」

「敵艦、距離一五〇〇〇……一四〇〇〇……一三〇〇〇、一二五〇〇!」


 すでに正体不明の敵艦隊は砲撃を始めていた。陣形の最先頭艦であるインディペンデンスに砲撃が集中するが、それもセナンクールの手の内だった。


「全艦単横陣に展開! 全砲門撃てっ!」


 大気圏内とはいえ、戦闘艦同士の砲戦距離としてはほぼゼロ距離である。一気に距離を詰め、勝負は一瞬で決まった。降下してきた所属不明艦は四隻、うち三隻が機関部に直撃、即座に轟沈。一隻は航行不能に陥り、そのまま不時着。実務一課側は損傷艦なし、という圧勝である。


「よーし、決まった!」


 フランチェスカ・セナンクール。彼女は帝国軍に捕らえられるまでは辺境で大暴れしていた海賊であり、その時についたあだ名がドッグファイター・フラン。至近距離での乱戦を好む彼女のスタイルを見事に示したもので、その手腕を風の噂で聞いていた永田が、特徴局に引き抜く決め手だった。


「不時着した敵艦へスタンカノン斉射、動きを止めたら乗組員の捕縛に移る。あとで取り調べといて」

「何時見ても、君の指揮は見事なものだが、一緒に乗っていると生きた心地がしない」


 オブザーバー席に座っていた西条が苦笑しながらセナンクールに言う。


「西条部長にお褒めいただけるとはね。相手が帝国艦隊なら、もっと面白いものを披露できるんだけど」

「御免被る」



 ヴィルヌーヴ子爵邸


 上空で艦隊戦の決着が付いた頃、屋敷内を逃げ回り、逃亡用の小型シャトルに乗ろうとしていたヴィルヌーヴ子爵を特徴局渉外班が確保したとの報告が入った。


「おい斉藤、こいつがヴィルヌーヴ子爵で間違いないかい?」


 後ろ手に縛り上げられた子爵は、最初に斉藤達を出迎えた時とは打って変わり、落ちぶれ、煤け、見るも無惨なものだった。


「はい、間違いありません。子爵、この後は税務調査の続きを行います。あれだけの武器を、帳簿に記載せず購入していたんです。開拓惑星管理税、惑星鉱産税、固定資産税、所得税、貴族税……重加算税、追徴課税含めて納付していただきます」

「……」


 悄然としたヴィルヌーヴ子爵は、ただ、斉藤を一睨みすると、渉外班によって連行されていった。


「……それにしても、なんであんなものを」

「斉藤君! アルヴィン!」

「おお、ハンナさんよ、無事だったかい」


 ハンナは尖塔砲撃を合図に、屋敷内を調べ上げ、税務調査の資料になりそうなものを物色していたらしい。元情報泥棒の経歴は伊達では無い。


「それはこっちの台詞。それにしても、子爵の端末を漁ってたら、まあ出るわ出るわ。裏ルートの武器商人とか海賊とのつながりもあるわね、あの子爵。何を考えていたんだか」


 ハンナの言葉に、斉藤は尖塔の中でのやりとりを思い返していた。彼は隣の星系に領地を広げたがっているような言葉を発した。そして、自分一人ではない。それが意味することとは何だろう、と。しかし、斉藤はそこで熟考することを許されなかった。仕事を終えた渉外班員達からメイド服姿をからかわれ、スカートをまくり上げられるは、ハンナに化粧直しをしないか? などと言われるは、彼はしばらくその件でオモチャにされるのであった。


 

 特別徴税局 総旗艦

 装甲徴税艦カール・マルクス


「ハイハイ餃子の金将アル――あっそう。ご苦労さん。ゆっくり戻ってきてちょうだい」


 ヴィルヌーヴ子爵確保の報告を受けた永田は、現地の西条に残務処理などを指示したあと、常にはない険しい面持ちをしていた。


「そっかー……やっぱり戦力そろえてるのか、……あー、もしもし笹岡君? ちょっと来てもらえる?」


 自分以外の誰もいない執務室で独りごちた彼は、机の上の電話を取り上げると、徴税部長、笹岡巌ささおかいわおを自室へ呼んだ。


「これ、どう思う?」


 永田は世間話でもするような調子で、ヴィルヌーヴ子爵領の西条から届いた報告を見ていた。笹岡は、古式ゆかしい屋敷に備えられた大型砲の画像を見て、渋い顔をしていた。


「僕も信じたくはなかったけれど、どうも事実らしいね。星系自治省の同期も警戒してると話していたよ」


 近年、辺境貴族やら自治共和国の一部が必要以上の戦力をそろえつつある、という噂は帝国中央でも有名なものだったが、何せ確証がないので噂の域を出なかった。しかし、実例として出てきてしまった。既にどこから嗅ぎつけたのか、特徴局総務部にはいくつかのジャーナリストから取材の申し込みが来ている。


「僕も最近調べたんだけど、東部をはじめとして、中古武器市場がすごく高騰してるんだよ。ほらこれ」


 応接机の脇に積み上げられた新聞束から、永田は一部の経済紙を取り出した。


「昨日のフィナンシャルの夕刊か……チェリー・テレグラフも同じような記事を出していたけれど、エンパイア・テレグラフの転載じゃないかと思っていたよ。ここ数年で中古巡洋艦が倍だなんて普通じゃない」


 電紙ディスプレイの表示を切り替えながら、笹岡は驚いていた。彼は軍事についてはさほど明るいわけではないが、近年の武器市場の値上がりについてはある程度聞き及んでいた。それにしても、実際の上昇値を見ると驚きを隠せなかった。


「売れ筋は艦齢三〇年程度のものだねぇ……まあ、僕らは武器の性能はどうでもいいんだ。西条君から送られてきた調査報告書だけど、これだけでも真っ黒だ」


 ヴィルヌーヴ子爵領で正体不明の艦隊と交戦したセナンクールの報告書も、永田と笹岡の注意を引くものだった。何せその艦隊はヴィルヌーヴ子爵の私兵だった。つまりヴィルヌーヴ子爵は自分の屋敷と惑星を要塞化する傍ら、ペーパーカンパニーを使って艦隊までそろえようとしていたわけで、武装蜂起、帝国への叛乱を疑われても仕方が無い状態だった。


「その資金として、収支報告の偽装かい? 全く、剣呑な時代になったものだね」


 ヴィルヌーヴ子爵の脱税のからくりは、単純に自分の収入を少なくして貴族税を回避し、さらに児童福祉基金や奨学金基金に金銭を流しつつも、それの額を過大に報告していたこと。彼が児童福祉基金や奨学金基金の会長であるからこそ出来たことだ。また、自分の領地の開拓予算なども水増しし、それを武器購入に充てていたのだ。


「いやあ、来たるべくしてって感じ? とはいえ、まだ証拠が少ない。もう少し慎重に動くべきかなぁ」

「永田らしからぬ寛大さだね。昔の君なら皇統貴族一斉捜査とか言い出すものを」

「そんなに僕は剣呑だったかい? そりゃあ君の見間違いだよ」

「そうかな? 僕ほど君を理解している人間はいないと思うんだけど。だからこそ僕を国税省から引き抜いてくれたんだろう?」


 笹岡は特別徴税局徴税部長になる以前は、永田と共に国税省本省にいた。永田がとある事件をきっかけにして本省から特徴局に島流しになる際、無理矢理引き抜いていた。


「さあて、どうだろうねえ?」


 永田は、背広のポケットから取り出したたばこに火をつけて、はぐらかすようにニヤついた。


「また、そうやってごまかすのかい……僕も一本もらえるかな」

「どうぞ」



 実務一課 旗艦

 装甲徴税艦 インディペンデンス 

 医務室


「おう斉藤。ご苦労さん」

「アルヴィンさん、傷は平気ですか?」


 尖塔の砲撃時、降り注いだ破片から斉藤を守ったアルヴィンは、太ももに大きな裂傷を創っていた。


「なあにかすり傷だ。しばらく傷口が目立ちそうで、こりゃあ風呂屋にゃ当分行けねえな。ま、これも男の勲章ってヤツ?」

「いい機会だわ。股の乾く暇もないアルヴィンさんも、たまには休業でいいんじゃないの?」


 医務室のベッドに寝かされたアルヴィンの頭の上に、ハンナはバインダーを叩きつけた。


「帝国全土に俺を待つ女がいるんだよぉ。傷くらいなんぼのもんじゃいってね」

「ほんと救いようがないわねぇ。いつか刺されるわよ?」

「ははは。美人に刺されるなら本望だ」


 特徴局に入局してから半年程度とはいえ、斉藤は度々アルヴィンの夜遊びに連れて行かれかけた。そのたびにハンナの鉄拳が、アルヴィンの頭部に見舞われるのだが。


「あら、じゃあ今刺してあげましょうか?」

「おっかねえこと言うなよぉ」

「半分くらい本気よ。はい、これ傷病手当金の申請書。書いたら私に見せて」


 バインダーとペンを突き出して見せたハンナに、アルヴィンが苦笑いを浮かべる。


「……すいません、先に自室に戻ります」


 ハンナとアルヴィンの漫才を見ていた斉藤は、急激な眠気に襲われて医務室を後にした。


「おう、お疲れ」

「なんか斉藤君、顔色悪くなかった?」

「ん? そうか?」


 元々斉藤は活発な人間ではないし、細身で色白だ。とはいえハンナから見ても、最近の斉藤は青白く、元気が無い。仕事中は緊張感からかシャキッとしているが、ともすると気の抜けた返事をすることも増えていた。


「あの子、時々ぼーっとしてるっていうか、知能指数が下がってるって言うか……疲れてるのかしら」

「まあそりゃあ疲れることはあるだろうが。中だるみするようなタマじゃないさ」

「何事もなければいいけど。ほら、あんたはさっさと報告書片付けなさい」

「おいおい、けが人に手厳しいねハンナ姉さんよ」

「その程度が怪我に入るようなタマじゃないでしょ、あんたは。それにしても、彼、いつまでメイド服着たままなのかしら」


 斉藤一樹疲労蓄積問題は、後日思いもよらぬ方法で解決されるのだが、この時点ではハンナもアルヴィンも、斉藤自身でさえ知る由も無かった。


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