第5話-② 慈善家の表の顔と裏の顔

 装甲徴税艦 カール・マルクス

 局長執務室


「ヴィルヌーヴ子爵の税務調査については、局長の仰るとおりもう少し泳がせてから、と思っておったのですが……市井の探偵に遅れを取るとは、この西条一生の不覚。この程度の情報も見抜けぬとは。やはりカール・マルクスに籠もってばかりで勘が鈍っておるようです。この上は、吾輩自ら陣頭指揮をとり、現地調査を行いたく……!」


 恥じ入るしか無い、といった表情の調査部長西条が頭を下げている。彼が子爵家の財務状況に疑問を持っていたことは事実だが、まだ決定打をつかんでいなかった。無論これは彼の怠慢ではなく、膨大な案件処理に彼が忙殺されていることが原因なのだが。


「うん、いいよー。実務一課と徴税三課連れてって」

「はっ!」


 いつもの永田の軽い返事で、ヴィルヌーヴ子爵領への税務調査が決定された。西条が持ってきた令状に、永田は気軽に判を押した。なお、すでに徴税部長印と、その横には実務部長の肉球判が捺印済みだった。



 徴税三課 オフィス


「で、俺たちも同行、とまあいつもの通りだな……探偵からの情報提供っちゅーのがなんとも怪しい出所だが」


 斉藤らは、ローテンブルク探偵事務所からの提供データを見て、半信半疑のまま出動準備を進めていたが、アルヴィンは胡散臭そうに調査資料に目を通していた。


「ヴィルヌーヴ子爵は慈善事業でも名を馳せている方です。こんなあからさまな脱税なんてするでしょうか?」


 斉藤も子爵の名は新聞などで目にしたことがあった。大学在学中にも、彼の支援のおかげで進学できた人間を見てきた彼にとって、その子爵が普段の強制執行先の人間のような低俗なものとは考えたくなかった。


「その人となりと、脱税しないというのは両立しないものよ。どんなに良い人でも脱税することもあるし、どんなに悪人でも税だけはしっかり納めてる」


 ハンナの言葉に、斉藤は黙り込む。


「対象の人格がいいからと言って、手は抜けん。それが我々特徴局の仕事だ。斉藤、頼むぞ」


 そう言うと、返事も聞かずにロード・ケージントンはオフィスを後にした。いつもの薬切れのお時間である。斉藤が入局後、ロード・ケージントンはハンナやアルヴィン、総務部長らのお説教が効いたのか、きちんと喫煙室で愛飲の葉巻に火をつけている。


「課長は別件でこれからロージントンに飛ぶらしいから、俺達だけで行く。気ぃ引き締めて行こうや」


 アルヴィンは景気づけとばかりに、斉藤の尻をパシッと叩いた。



 西部軍管区

 惑星ロシェ・ルブラン


 ロシェ・ゼベス星系第四惑星ロシェ・ルブランは、有力な鉱山が衛星に存在するほかは、大して特徴の無い、それでいて人類にはかけがえのない可住タイプの惑星の一つ。実務一課を主力とする特徴局は抜き打ち税務調査を名目とし、ロシェ・ルブランの開拓本部を兼ねている、領主のヴィルヌーヴ子爵邸上空へと降下していた。


「いやいやよくぞお越しくださいました。税を滞納する不届き者をなぎ倒す特別徴税局のお噂はかねがね」


 降下した特徴局を出迎えたエロワ・ジョズエ・ヴィルヌーヴ子爵は、にこやかに西条へ握手を求めた。


「特別徴税局調査部部長、西条昌樹です。ただいまより税務調査に入らせていただく。この間、屋敷からの物品人員の搬出入は停止、もしくは我が特徴局により改めさせていただく。データ通信も一時的に上空の徴税艦よりモニターしております。ご容赦を」


 西条は握手に応じることは無かった。彼はヴィルヌーヴ子爵の功績などは知っていたし、自分が徴税吏員などでなければ、もちろん彼のような人間は尊敬に値するのであるが、何せ税務調査、それも限りなくクロに近い相手に対して、そういった感傷は禁物だと、誰よりも分かっていた。


「はい、よしなに」


 降伏勧告のような台詞を聞いても、子爵は相好を崩したまま、まるで客人でももてなすかのように、子爵邸の電算室へと特徴局一行を案内した。


 子爵と、子爵家に仕える事務員などへの事情聴取が進められる中、そのころ斉藤達徴税三課は、子爵家のデータベースを片っ端からひっくり返し調査に入っていた。


「斉藤ぉー。なんか出そうか?」

「見える範囲ではお手本のような収支報告ですね。綺麗すぎる気もしますが……」


 このとき斉藤は、久々のまともな現場だと張り切っていた。ここ半年間、やれ艦隊戦だ、やれ白兵戦だのの後で税務調査に入るものだからコンピュータはめちゃくちゃ、死体やらスクラップの山の横で調査活動などしていたのだ。死体を見れば朝食のスクランブルエッグをリバースし、通路に転がる人体の一部を見れば間食のあんぱんを通路にぶちまけていた。


 それがどうだ。今度の現場は美しい子爵邸の中で、何に襲われるでもなく、自らの職責を全うできるのだから、彼が張り切らない理由は無かった。


「まあ、全部が全部いつもみたいにボロボロだったら困るわ」


 ハンナのぼやきに、斉藤も大きくうなずいた。


「ハンナさん、このリストはもう完了したものですか?」

「ええ、ダブルチェックお願い。ああ、やだやだ、次の公休はバーデン=バーデンのスパにでも行きたいわぁ」

「ハンナさん、温泉お好きですか?」

「うん。そういえば斉藤君の実家、極東管区よね? あそこもいい温泉地があるんでしょう?」

「有馬とか草津とか箱根とか……僕は行ったことが無いんですけどね」


 斉藤は中等教育までを極東管区の東京地区で受けたが、帝国大学進学後は当然帝都住まいだった。彼にとってはまだバーデン=バーデンのような欧州管区の温泉地のほうが馴染みがあった。


 そんな雑談をしつつ、日暮れまで調査は続けられたが、決定打となる証拠が見つからず調査は停滞していたころ、ヴィルヌーヴ子爵がにこやかに特徴局一行の元に現れた。


「遠いところからお疲れでしょう。調査もよいですが、少し骨休めされてはいかがでしょう? 屋敷にお部屋を用意させていただきました。今日はこちらでお休みください」

「うむ。ではご厚意に甘えよう」



 特別徴税局 実務一課

 装甲徴税艦 インディペンデンス


「あークッソ暇。どっかのトンチキが攻めてこないかなー」


 調査部隊をヴィルヌーヴ子爵領まで運んできた実務一課は、完全に開店休業状態だった。


「あんたなんてこと言うんですか」


 インディペンデンス艦長の吉富課長補は、ぎょっとして自分の上司に振り向いた。続いて、諭すように――周囲の人間から見ると説教――言葉を続ける。


「我々が暇なのはいいことですよ。大体ねえ、イチカチョウ、あなたこの時間にも給料出てるんですよ」

「危険手当みたいなもんよ。艦隊戦になれば、当たり所悪けりゃ一発でお陀仏じゃない」

「まあ、そりゃあそうですがね」


 吉富は元々民間軍事企業で戦艦の艦長を務めていたのだが、経営不振で倒産。職安で案内されたのが、特別徴税局の艦長職だった。群雄割拠とはいえ、戦艦クラスの艦長スキルというのは、まだまだ売り手市場らしいと喜び勇んで飛びついてはみたものの、上司はとんでもない、仕事もとんでもない、それを指揮する局長はもっととんでもない。後悔しなかったと言えば嘘になる。しかし、数年すれば住めば都と言わんばかりに、実務一課の良心としての自身の地位を盤石なものにしていた。


「そもそも! 私は終身刑の身だから、局長の許可が出ないと外にも出られない! 給料は出るけど使えるのは酒保と通販くらい! あー! どっかのバカが戦艦同士の一騎打ちとか申し込んでこないかなー! 資源衛星を人口密集地に落とすとか言い出さないかなー!」

「やめてくださいイチカチョウ! 他のクルーも見てます!」


 とはいえ、特に珍しい光景でも無く、セナンクールの禁断症状は徴税一課の名物である。


「構うもんですか! いいや、もうその辺撃とう。あの屋敷の尖塔とか面白そう」

「いいからもう寝ててください! 誰か! イチカチョウに睡眠剤をぶち込め!」


 艦長席のコンソールから火器管制をオーバーライドして主砲をぶっ放そうとしたセナンクールは、駆けつけた渉外班員に拘束され鎮静剤を打ち込まれ、しばし夢の中へと旅立った。



 ヴィルヌーヴ子爵邸

 ゲストハウス


 一般的に、税務署が税務調査に入る場合、調査先からの施しは受けないというのが不文律になっている、と斉藤は聞いていた。しかし、西条の動きはそれを完全に無視したもので、斉藤が不思議に思うのは無理からぬことだった。


 斉藤達特徴局一行は、屋敷の別棟へと案内され、翌日へ備えることになった。


「ハンナの部屋クイーンサイズのベッドじゃねえか。デカイベッドで寂しくねえか?」

「あら、一緒に寝てあげましょうか? 変なことしたら眉間に風穴開けてやるんだから」


 冗談めかして言うアルヴィンに、ハンナが指で拳銃を撃つマネをした。


「おー、怖い怖い……」


 それぞれあてがわれた部屋に入り、数分後、西条の部屋に集合していた。


「アルヴィン、盗聴器はどうだった?」

「一つもねえな。今時迂闊な盗聴手段なんぞ設置したら、逆に疑われる。賢明な判断だな」


 斉藤は全く気にしていなかったが、アルヴィンは自分の部屋の盗聴器調査をいつの間にかこなしていた。自分もその位のことは出来なければならないのだろうかと、ややうんざりしていた。


「良かったんですか? 僕らは上に戻ればいくらでも寝るスペースもありますし、便宜供与とされると調査に支障が……」

「特徴局員にこの程度で便宜を計ったなんて思えるような、おめでたい人間がいるなら会ってみたいもんだ」


 アルヴィンの言葉に、斉藤はうなずいた。そもそも施しを受けてなお、不正があれば大砲を使ってでも是正するのが特徴局である。


「至れり尽くせりなのはともかくとして、僕らの目を逸らせようとしているような……」


 夕食まで用意していたヴィルヌーヴ子爵の行動は、ともすれば心証を良くしたいが為の行為にも見えるし、毒や薬を仕込むことも考えられた。少なくとも斉藤はそれを用心していたが、あまりにも西条やアルヴィンが普通に食べ進めるので、抵抗感が無くなっていた。現実問題として、薬物や毒を盛ったことなどすぐ判明するわけで、そんなことをすれば、今度は警察沙汰ということになる。


「吾輩もそれは感じていた……こうして屋敷内にとどまる時間が長ければ、何か尻尾を出すのではないかと思ったのだが。別棟に案内されたのは誤算だったな。吾輩は事務室に居座ってやろうと思っていたのだが」


 事実、西条は徹夜で調べ上げることも辞さないと言って、寝袋まで持参していた。


「よし、斉藤、おまえも来い。こんなこともあろうかと屋敷の使用人用の制服をくすねておいたんだ。ほれこれ」


 アルヴィンはどこからともなく、使用人用の制服を取り出した。


「あら、なにそれ、メイド服?」


 アルヴィンの掲げた一着は、紛うことなきクラシックスタイルのメイド服である。ハンナが物珍しそうに見ている一方、アルヴィンは斉藤にニヤニヤとした顔を向けた。


「おう、斉藤用な」

「ちょっとアルヴィンさん! なんで僕がメイド服なんですか!」

「いやあ、斉藤に合いそうなサイズの服が他に無くてだなあ」


 斉藤は身長が小さいだけでなく肩幅も狭く、普通の男性用使用人服だとダボダボのブカブカになってしまう。そこでアルヴィンはメイド服を調達したのだが、斉藤は自分がそれを着たときの姿を想像して赤面していた。


「ふーん……斉藤君、ちょっとこっち来なさい」

「えっ? なんですかハンナさん、離してください! 何をする気ですか!」

「いいから! うふふっ、素材がいいから似合う似合う!」

「あ、いや」

「お化粧の一つや二つはたしなみでしょ。ほらほらぁ、大人しくしなさい」


 ハンナの部屋へ連れて行かれ、服を剥かれた斉藤はなすがままにされた。十数分後、斉藤は変わり果てた姿、もとい驚くべき変身を遂げていた。


「……いやはや、お前メイド服似合いすぎじゃない?」

「うむ……」


 感心した様子のアルヴィンが、斉藤の頭からつま先までを矯めつ眇めつ眺める。普段斉藤はソフトな七三分けにしているが、これをブラシで梳いてやればショートボブに見えなくもない。恥ずかしげに顔をうつむけている斉藤に、アルヴィンは感心した様子で矯めつ眇めつ眺めていた。調査部の局員はおろか西条も唸る出来映えである。


「なんで僕がこんなことに……」

「いや、これふっつーに俺行ける気がする。斉藤、これが終わったらちょっと俺の部屋に来ねえ? 大丈夫大丈夫、優しくするから」

「何がですか! 吐きますよ! セクハラで訴えましょうか!?」

「ははは、冗談だ、冗談。化粧もばっちりだな」

「これはハンナさんが……」


 普段自分が化粧っ気が薄い割に、ハンナにより斉藤に施されたメイクは気合いの入ったものだった。


「素材がいいとやりがいがあるわー。あー、楽しかった」


 完全におもちゃにされている斉藤であった。ちなみに胸には詰め物までされており、ささやかな膨らみがメイド服の胸元を押し上げている。


「これで多少は怪しまれないだろう。いくぞ」

「あ、あの……本当にこれで行くんですか」

「かわいいから大丈夫だって」

「それは大丈夫って言わないんです!」


 アルヴィンの軽薄な笑みに、斉藤は噛みつくような勢いで反論した。


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