第5話-① 慈善家の表の顔と裏の顔

 東部軍管区 恒星間宙域

 特別徴税局 総旗艦

 装甲徴税艦カール・マルクス

 局長執務室


「はあ、僕にお客さん? 誰? 怪しい惑星開発投資の話とかだったら追い返していいよ?」


 永田が来客の知らせを受けたのは、日課の新聞朝刊のチェックを終えた頃だった。


『エレノア・ローテンブルク。帝都で探偵事務所を営業。同行者はハンス・リーデルビッヒ。ローテンブルク氏の助手、だそうですが』


 カール・マルクス艦長の入井令二課長補佐からの報告に、永田は自分を名指しで来るような人物をリストアップしようとして、途中でやめた。今のところ、彼に探偵の知己はいない。


「探偵さん? へぇ、こんな何にもない辺鄙なところまで、おまけに直接僕をご指名とはねえ」

『どうなさいます? 追い返しますか?』

「なるほどねえ……せめてお茶くらい出さないと。いいよ、着艦許可出して」


 入井の言葉に、数秒だけ永田は考え込んで、決定を下した。この決定は安全や利益といったところからではなく、単なる好奇心から来るものだった。


『了解しました、では』

「どう思う? ミレーヌ君」


 入井の顔が机のモニターから消えると、永田は室内にいたもう一人の人物に声をかけた。ミレーヌ・モレヴァン総務部長である。


「少なくとも、局長に会いに来る変人なのは確かですね」


 書面から目をそらすこと無く、ミレーヌはあっさりと答えた。彼女は永田の決済した書類のチェックに余念が無い。ともすれば何も見ずに判を押す彼の悪癖に対するセーフティである。


「あはは。やだなあ、そういうことじゃなくて」

「憲兵や公安でないのであれば、とりあえず局長の身柄引き渡しではないです」

「人が悪いなあ、ミレーヌ君……」

「探偵というところは気になりますが……うちの噂を聞いてないわけでは無いでしょう。少なくとも二人が暴れたところで、即時鎮圧可能です」


 すでにカール・マルクス乗り組みの実務四課員が格納庫で待機中。元の罪状はともかく、戦闘力においては降下軌道兵団の兵士にも劣らない強者揃いだけに、ミレーヌはその点について不安は抱いていなかった。となれば、その探偵とやらがいかなる目的で局長に接触するのかだけが、彼女の懸念の元だった。


「そうだねえ……ミレーヌ君、同席してくれる?」



 第一食堂


 最近の斉藤は、自室にこもるだけでなく、比較的艦内食堂などで暇を潰すようになっていた。特徴局員達にも斉藤の名前と顔、そして斉藤袋絡みで認知度が上がったせいもある。斉藤自身も、実務課に比べれば遙かに知的・文化レベルの高いカール・マルクスの食堂に慣れてきた、という点も上げられる。


「斉藤。これからは週に一度は私が稽古付けてあげる」

「えっ、何の」

「決まってるじゃない。あんたの三半規管、根本からたたき直してあげる」


 また、徴税一課のゲルトがことあるごとに斉藤に話しかけている。周囲はあのゲルトがなぜ斉藤に、と不思議がっていた。


「無茶言わないでくれよ。大体僕は」

「自分が徴税三課だからって、戦闘機に乗らなくて済むなんて思ってるなら大間違い! アルヴィンさんとか見なよ、あの人自分で操縦まで出来るんだよ!」

「いや、あの人は……」

「負けて悔しいとか思わないの!?」

「どこの世界に徴税吏員が戦闘機に乗る組織があるんだよ!」

「ここにあるじゃない!」

「ここがおかしいんだよ!」


 基本的に特徴局員にまともな人間がいないというのを、斉藤は理解しはじめていた。どこの世界に戦闘攻撃機に乗って令状突き出す徴税吏員がいるというのか。斉藤の認識は何も間違っていないのだが、彼の置かれた環境はそれを許さない。


「あれ? 二人とも何か仲良しだね」

「ソフィ! 聞いてよ! 斉藤ったら戦闘機乗ったくらいでゲロ吐きまくりなの!」


 ソフィ・テイラー。彼女も最近、斉藤によく話しかけているのを他の局員が見かけている。ゲルトとは同期であり、何かと話したり、休暇に一緒に出かけることもある。


「テイラーさん、僕は何かおかしいのかな。ゲルトはこんなこと言うんだけど……」


 斉藤は縋るような顔でソフィに聞いた。一瞬、ソフィの中の母性が斉藤の情けない表情にくすぐられたが、彼女自身はそのことに気付いていない。


「斉藤君は悪くないよ」

「ソフィ! あんたこの軟弱者の肩を持つの!?」

「斉藤君は今年入ったばっかりだよ。そんなに無茶言わないの。ね?」

「テイラーさん……!」

「ソフィは甘いなぁ。どうせコイツも苦労するんだから、今のうちに鍛えてあげようっていう先輩の心遣いじゃない」

「ゲルトは本職のパイロットなんだから、素人相手に同じレベル要求しちゃダメだよ。瀧山課長と一緒だよ、それじゃあ」

「うっ……それは確かに」


 あまりに正論過ぎて、ゲルトルートでさえ言い返すことができなかった。


『達する、こちら艦長。三〇分後、本艦に来客がある。各員粗相の無いように努めよ。渉外班第一分隊は総員乙装備にて第一格納庫へ集合せよ』

「来客? 珍しいね、うちにお客さんなんて」

「そうね……」

「というか妙じゃない? わざわざ直接来る客なんて不自然だ」

「そうなの?」


 斉藤の言葉に、ソフィは首をかしげて見せた。


「ソフィ、あんた私達がどこに居るか分かってる? 適当な惑星のそばでもない恒星間空間。こんなところにわざわざ来るなら、超光速通信でも使う方が手っ取り早いじゃない」

「あ、そうか」


 ソフィが納得したところで、斉藤は新たな疑問が生まれていた。そもそも、こんな異常者の集団に何の用があってくるのか。来客というのはいかなる人物なのか。今の彼には知る由もない。



 応接室


「初めまして、探偵のエレノア・ローテンブルクと申します。こっちは助手のハンス・リーデルビッヒ」

「どうも」

「こらまたご丁寧に。特別徴税局局長の永田です」


 筋骨隆々というわけではないが、それなりに鍛えられた体の男と、小柄な女性。随分とデコボコとしたコンビだと永田は思った。永田は差し出された名刺ビジネスカードを受け取ると、自分も財布の中に突っ込んでいた名刺を差し出す。


「総務部長のミレーヌ・モレヴァンです」


 名刺入れから自分の名刺を取り出したミレーヌは、来客の言動、姿を注意深く、しかしそれとなく観察していた。


「へえ、帝都で探偵事務所を。旧市街のベイカー街とは洒落た場所で」


 永田は手元の端末に受け取った名刺を読み込ませた。事務所の場所や対応してきた案件の一覧をざっと眺めた永田は笑みを浮かべた。これは面白そうだ、とでも言うように。皇統ご落胤の調査、大企業の不正暴露、ペットの犬猫マングースヘビ鳥類両生類等々の捜索、そしてゴシップ、行方不明者捜索にとなんでもござれである。


「それで、今日は一体どういったご用件で?」

「ちょっとした特ダネ。いえ、あなた方の言葉でいうなら、強制執行先の候補をお持ちした、とでも」

「強制執行先の候補?」


 永田とミレーヌは顔を見合わせた。国税省本省、各地の税務署から候補が送られてくることはあっても、基本的には特徴局が自身で調べて執行先をリストアップするのが常である。


 それが、どこの馬の骨ともつかぬ探偵が、そんなネタを持ってきた。これは特徴局始まって以来の珍事だ。


「うちのほうでも逐一調べてるんですがねえ。それでも分からないネタがあるって言うんですか? あ、タバコいいです?」


 永田が一言断ってからタバコに火を付けた。この二人の訪問者の素性を考えているのかいないのか分からない男の行動に、ミレーヌはいつものことだと溜息を吐いた。


「どうでしょう? まあ見てもらうのが早いと思うんで、ここの端末……ねえ、ハンス」

「はいはい。使えないなら使えないってはじめから言えっての」

「うるさい!」


 ハンスは慣れた手つきで――彼はローテンブルク探偵事務所のメカニックでもある――応接間のコンソールを操作していく。ついでに彼は、首の後ろにデータ送信用のケーブルをつないだ。永田もミレーヌも、何せ眼球がメカという人間を見慣れているので特にそれについてのリアクションは無かった。現代において情報分析用に小型コンピュータを体内に埋め込んでいる人間は珍しいが驚くほど少数というわけではない。


「仲、お宜しいんですね」


 ぎゃあぎゃあと言い合いながら資料の準備を始めた探偵コンビに、永田は茶化すように言った。


「は、ははは」


 照れ、困惑、嫌悪感。複雑な感情の入り交じった精一杯の愛想笑いをエレノアが浮かべると同時に、応接間の壁面モニターに新聞記事が大写しされる。


「二日前のデイリー・エンパイアですか」


 朝夕発行。帝都新聞社発行の帝国最大の発行部数を誇る主要新聞で、朝刊一三五帝国クレジット、夕刊六五帝国クレジットである。


「この三面なんですけどね。ハンス、出して」

「はいはい……ここです」

「えーと……俳優のデビッド・ホワイトマン、またまた三股?」

「三股で済んでるんですかね、あれ」

「うちの調査だとまだまだ余罪はありそうですよ」

「えっ、ローテンブルクさんそんなことまで調べてるんですか?」

「いやあまあ、うちは手広くがモットーでして」

「実は本妻がいるんじゃねえかってのもありますよ」

「へえ。いやあ、まさに種馬。元気だねえ、おじさんちょっと羨ましい」

「はははっ、美人を取っ替え引っ替えですからね」

「んん゛っ」


 永田、エレノア、ハンスの芸能界シモの世間話は、ミレーヌの咳払いによって中断された。


「本題を、リーデルビッヒさん」

「ああ、そうじゃなくてその下、北天の大貴族であるエロワ・ジョズエ・ヴィルヌーヴ子爵の脱税疑惑」

「ヴィルヌーヴ子爵? ああ、児童福祉基金の会長のねぇ。いい人だよね、彼」

「さすがは特徴局局長ともなると、顔に出さないですね」


 エレノアとて、伊達や酔狂で探偵などしている身であり、永田のようなつかみ所の無い人物との会話も手慣れたものである。ただ、彼女も永田という男が何を考えているのか、何も考えていないのかを計りかねていた。永田という男は、第三者から見たとき、適当なことをいうおじさんというイメージが強すぎて、その深層を読み取るには慣れが必要だと後に書き残している。


「あはは、まあそれも職業柄必須スキルみたいなもんですからね」

「調査部、でしたっけ? 特徴局にある資料だけでは、多分すっぱ抜けない。だから今は泳がせておこう、そうお考えなのでは?」

「そうなんですかねえ。僕はハラキリ担当であって、担当部署は別にありますから」


 適当なことをいう永田を、ミレーヌが肘で小突いた。


「トップのお辛いところですよね。まあそれはともかく、次はこちらをご覧ください」


 エレノアは自分の鞄から、合成紙の束を取り出して、机の上に置いた。


「……これは財務収支の帳簿ですか?」


 永田はバラバラとめくった紙束を、ミレーヌに手渡した。ミレーヌはもう少し丁寧に、コピー用紙の内容を読み取っていく。


「とある筋から入手しました。これはまだ他の場所には出回っていないものです」

「口ぶりからすると、これがヴィルヌーヴ子爵家のものだ、ということ?」

「ええまあ。信じるか信じないかは局長さんと総務部長さん次第ですけど」


 ミレーヌの厳しい目線に、エレノアはにっこりと微笑んだ。


「まいったなあ。僕はこういうのを見るのは慣れてないんだよねえ」


 白々しい嘘である。ミレーヌはもちろん、エレノアもハンスもその言葉の一割も本気で受け取っていない。


「総務部長さんはどう思います?」

「見た目だけなら真っ当な収支報告書でしょうね。ただ……ちょっと不明瞭な点があるわね、これ」

「へえ、ミレーヌ君もそう思う?」

「総務部は経理課もありますから。知りませんでした?」

「へえ、そうだったんだー」


 永田の白々しい返事を受け流し、ミレーヌはさらに収支報告書を読み解いていく。


「妙に惑星開拓予算が多いですね。この子爵家は確か惑星一つが所領のはずですが」

「そこ以外はほぼ未開拓だからねえ。衛星と外惑星も開発すればちょっとした小遣い稼ぎにはなるのに、開拓状況に比して予算が過大だね、これ」


 領邦国家の領主以外の皇統貴族の中には、辺境の一惑星、一星系、あるいは複数星系をまとめた星域を自分の領地として管理、運営しているものもいる。ヴィルヌーヴ子爵もその一人であるが、彼の領地の開拓規模はそれほど大きくない。それなのに、帳簿上の予算はかなりの規模で組まれており、ともすれば子爵家の財政を圧迫しているようにも見えた。それがミレーヌの疑問の理由だ。


「……私は探偵であって徴税吏員ではないですけど、これちょっと違和感がありません? そもそも、これを見てないデイリー・エンパイアが記事をぶち上げるくらいですから、それなりに不思議な点は多いわけです」

「しかもこれ、表の帳簿でしょ? これに出ていない収入と支出。気になるねえ」

「でしょう? それでなんですが――」


 にっこりと笑みを浮かべたエレノアが、手元に電卓を用意してみせた。


「いくらで買います?」



 第一食堂


「おう斉藤。何だ、両手に花びらダイカイテンかこの野郎」


 相変わらず喧喧囂囂と話し続けている斉藤、ゲルト、ソフィのもとにニヤニヤ顔のアルヴィンが現れた。


「それを言うなら両手に華でしょ……なんですかダイカイテンって」

「あ! アルヴィンさん、また仕事さぼってんの?」

「ハンナさんに怒られますよぉ」


 ゲルト、ソフィから言われては、さすがのアルヴィンも形無しである。後ろ頭を掻いてごまかしていた。


「ゲルトちゃんもソフィちゃんも手厳しいなぁ、おい。そんなに若いのがええのんか、いやそうじゃねえ。斉藤、次の現場が決まったそうだ。準備しとけよ」

「どこにいくんです?」

「西部のド田舎」


 アルヴィンの言葉に、斉藤は次の現場が血の海なのか、硝煙の臭い渦巻く地獄なのかを想像して、先ほど食べたおやつのドーナツが逆流しそうになる感覚を覚えた。

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