第6話-④ お酒は用法用量を守って正しく接収しましょう



 特別徴税局 総旗艦

 装甲徴税艦カール・マルクス

 局長執務室


「局長、クヴァドラートの西条部長より入電。現物徴収完了とのことです!」


徴税二課のハインツ・ラインベルガー課長補佐の報告に、永田はほっと胸をなで下ろした。


「はー、よかったよかった。あと二時間くらいでクヴァドラート近傍へ浮上するから、囚人兵、懲罰兵にお酒を配給してあげて。あと各艦一般職は局持ちで宴会にしよう。今年の新人歓迎会もまだだしね」

「分かりました。各所に準備を進めさせます」


 実は、この時点で特徴局本隊はクヴァドラート近傍宙域への超空間潜行で移動を開始していた。これも、さっさと酒を手に入れることで局内治安の回復を企図したものであり、鬼の総務部長を説き伏せた笹岡徴税部長の努力の賜物だ。



 第一食堂


「よし! 宴会準備! 酒のアテ用意!」


 西条達が戦利品と共に帰還するとともに、艦内に流れたのは特徴局カール・マルクス宴会部長こと瀧山寛の号令だった。彼はカール・マルクス内で行われる局持ち宴会など大規模な宴会において率先して準備を行うことで知られている。ただし、彼は準備までは完璧だが、その後のことは若い衆に任せている。なぜなら、彼は前後不覚になるまで飲んでしまうのだ。


「来たでー! 瀧山はん、酒が来たでー!」


 ターバンことスブラマニアン・チャンドラセカール・ラマヌジャンが酒瓶を両手に掲げながら食堂へ飛び込んできた。


「よぉし! 搬入急がせろ! 囚人兵共の配給分も第二食堂に突っ込むのを忘れんなよ!」


 瀧山の的確な指揮の下、カール・マルクス第一食堂は宴会場へと様変わりした。 


「皆さん、日々の業務遂行お疲れさまです。わたくし司会を最初だけ務めます、特徴局徴税四課長の瀧山と申します。では早速ではございますが、乾杯の音頭を永田局長より賜りたいと思います、局長、お願いします」


 お前普段のヤクザランゲージはどこに行ったと言わんばかりの、名司会振りを披露した。


「えー、今期予算執行の遅れから、随分とみんなには迷惑を掛けちゃったみたいですが、まあ今後も頑張っていきましょー。乾杯」


 やる気があるのか無いのか、曖昧な笑顔を浮かべた永田の乾杯の音頭と共に、宴が始まる。ちなみに、永田の挨拶は万事短いのが通例で珍しいことではない。



 特別徴税局 準旗艦

 装甲徴税艦フリードリヒ・エンゲルス


 装甲徴税艦フリードリヒ・エンゲルスはカール・マルクス同様、近衛軍で運用されていたセンチュリオン級重戦艦に改修を加えて運用されている。万が一、カール・マルクスが使用できなくなった場合、もしくはカール・マルクスが長期のドッグ入りが必要になった場合の予備であり、全ての設備がカール・マルクスと同様に整備されている。


「岩宿艦長。カール・マルクスから応答がありません」


 フリードリヒ・エンゲルスの通信士は、音信不通の総旗艦を不審に思い、艦長席で控えめにビールを飲んでいる上司へ報告した。


「いつものことじゃないか。今頃あちらは戦場だろう」


 フリードリヒ・エンゲルス艦長の岩宿課長補佐は、その有様を想像しながらため息をついた。


「ここはもういいから、君も飲んでくるといい。ここは私だけでいいから」

「え、本当ですか! ありがとうございます! あとで何かつまみ持ってきます!」

「頼むよ……確か、今年は新人がカール・マルクスに入ったな。彼は大丈夫なのだろうか」


 岩宿は、今年の新人の名前を思い浮かべながら、彼が特徴局で今後もうまくやっていけるように祈りつつ、二本目のビールに手をつけた。



 特別徴税局 総旗艦

 装甲徴税艦カール・マルクス

 第一食堂


「おう斉藤ぉ、飲んでるかぁ」

「は、はい」

「あんまり無理すんなよ。特におまえは目立つからな」


 酔っ払った局員からの警護もかねて、アルヴィンは斉藤の近くでビールジョッキを呷っていた。


「あらあら。アルヴィンさん新人に絡み酒は感心しませんね」

「わざとらしいこと言うなよハンナ。あれ、うちのボスは?」

「何か別件で用事出来たって、地球に行ったわ」

「管理職は辛いねえ」


 最近、徴税三課課長のアルフォンス・フレデリック・ケージントンは所用で席を外すことも多いが、その目的は今のところ部下には明らかにしていない。いずれ厄介ごとが持ち込まれるのではないかと、アルヴィンとハンナは予測していた。


「それにしても、今回の税務調査は斉藤君がMVPね。あれだけ早く調査を終えられたのも、君のおかげよ」

「ありがとうございます。でも、ハンナさんやアルヴィンさんが手伝ってくれたおかげです」

「あっ、可愛いこというじゃねえか。ほれ、グラス空いてるぞ」

「いえ、そんな」

「馬鹿野郎、先輩の酌はとりあえず受けとけって。テーブルの下にバケツあるだろ? そこにでも放り込めばいいさ」


 準備がいいアルヴィンであった。


「あっ! いたいた、斉藤君~!」

「あ、テイラーさん」

「なんだ~アルヴィンさんも一緒だったんですね~。はいアルヴィンさん、駆けつけ三杯」


 総務部のソフィ・テイラーが酒瓶片手に斉藤達のテーブルを訪れた。


「おいおい、駆けつけ三杯って俺が飲むもんじゃねえよ? そもそも三杯じゃねえだろ、それ」

「まあまあ、どうぞどうぞ」


近くにあったグラスで酒を受けたアルヴィンだが、ソフィは容赦なくなみなみと透明な液体を注いだ。ちなみに銘柄はR&Tボトラーズのウオッカ、スラーヴァ。希望小売価格五四〇〇帝国クレジットで好評発売中。


「かぁーっ、うまい! ていうか大分無茶させるな、お前」


 ちなみに、ソフィの移動ルート上には幾人かすでに酔い潰された局員が転がっているのを、アルヴィンは気付いていなかった。


「ふふっ、アルヴィンさんお強いんですもん。せっかくなので、はい斉藤君も」

「え、あ、いや」


 どこから取り出したのか、ショットグラスを手渡したのがソフィの慈悲と言えた。


「ままま、斉藤君、ぐーっといこうぐーっと」

「……っ! ゲホッゲホッ」

「あれ? 斉藤君お酒苦手?」

「ゲホッ……ちょっとね」


 斉藤は酒が嫌いなわけではないが、度数の高い蒸留酒より、度数の低いビールやワインなどを好むのだが、この時点で彼が酒を選ぶ権利がなかった。


「あっ! いたいた! 斉藤、ソフィ!」

「ああ、ゲルト……それは?」


 ゲルトは自分の顔ほどもある骨付きのローストチキンを頬張っていた。パイロットは体力勝負ということもあって、彼女は並の男性よりもよく食べるしよく飲む。


「あっ、斉藤も食べる? はい、どうぞ」

「え、う、うん。いただきます」


 差し出されたものはとりあえず受け取ってしまう斉藤であった。味は第一食堂調理係が気合いを入れだけはあり、上々だった。


「あっ、そうだ。斉藤君、お魚は好き? ムニエルとかなんかいろいろあったよ。持ってくるね」


そう言うと、ソフィは会場中央に広げられた料理の山へと駆けていった。


「斉藤、肉まだあるわよ、肉。ステーキとかもあったし、取ってくるわ!」


 ゲルトも後を追うように席を離れた。


「モテる男は辛いわね、斉藤君」

「え? 何がですか」


 ハンナはニヤニヤと斉藤に言うが、当の本人の反応は鈍かった。


「……鈍いわねー。あれだけ調査の時は鋭かったのに」

「まあまあ、ハンナさん、それを言っちゃあいけねえよう。斉藤には帝都に彼女がいるってのに」

「略奪愛って燃えるでしょう?」

「そういうことじゃねえよ。テメーさては経験者か?」

「お、おほほほ、何のことかしら?」


 珍しくハンナがボケ、アルヴィンがツッコミになっているのだが、この時点で斉藤は若干脳の回転が落ち始めている。ウオッカが早くも斉藤の思考能力を奪っていた。


 斉藤の目の前には、時間と共に食事の皿が増えていく。この段階ではまだ良かった。小柄とはいえ、彼もまだまだ二〇代前半の若者であり、若い食欲を満たし続けていた。


「失礼、徴税三課の斉藤君だね?」

「は、はい……」


 背後から声を掛けられた斉藤は、振り向いて凍り付いた。身長二メートルに達しようかという、大男がウオッカの瓶を手にして立っていたのだ。これが斉藤の数時間後を決定づけた。


「ああ、申し遅れた。実務二課課長を務めているゲオルギー・イワノヴィチ・カミンスキーだ」


 ゲオルギー・イワノヴィチ・カミンスキー。実務二課長を勤め上げるスキンヘッドの大男は、元々帝国軍第八艦隊の戦隊司令まで勤め上げた男だが、重度のアルコール中毒、そして謹厳そうな見た目に似合わず女好きで、それがたたって帝国軍を不名誉除隊になった経歴の持ち主だ。女遊びは控えるようになったものの、酒量は衰えることなく、なにせ酒を飲めば飲むほど冴えてくるという、人智を逸した身体機能の持ち主として知られる。


 強制執行時の艦隊戦を担当するセナンクール同様、配下には装甲徴税艦をはじめとする戦闘艦艇を多数擁し、戦い方もセナンクールのような海賊戦ではなく、帝国軍の統帥綱領にあるような堅実なものを好む。ただし、寝ているとき以外は酒を飲んでいる。


 ただその一点を除けば、彼は特徴局内でも尤も真人間に近いのだが、酒好きの一面が、全てを台無しにしていた。


「さ、斉藤一樹です」


 カミンスキーが差し出した手を握り返し、固い握手を交わす。カミンスキーの手は斉藤の倍はあろうかという大きさだった。


「西条部長から、君がR&Tボトラーズの不正を見抜いたと聞いた。今年の入局だと聞くが、やはり帝大出のエリートは違うな」

「い、いえ、まだまだです」

「謙遜することはない。君は立派に徴税吏員としての使命を果たしたのだ。今日は君の成果を祝って飲もう! 諸君! 我らが斉藤一樹君の将来の栄達に!」


 カミンスキーは会場となった第一会議室に響き渡る大声と共にウオッカの瓶を掲げると、それを一息に飲み干してしまった。


「いよっ! さすが二課長! 特徴局のウワバミ! いやー、さすがっすわ。ささ、もう一本」


 瀧山は普段の厳めしい顔つきと刺々しい言葉はどこに行ったのかという太鼓持ちぶりで、カミンスキーに代わりのウオッカの瓶を手渡す。


「はははは! 今日は無礼講だと聞いている。飲み明かすぞ!」

「ほら斉藤君、どんどん食べてね!」

「斉藤ぉ! 今日は飲むわよ! ほら! グラス空いてるもったいない!」


 世間一般的には両手に花、という状況なのに、斉藤の心は晴れなかった。斉藤は恋人であるクリスティーヌ・ランベールを、地球に残してここにいる。彼女と共に食卓を共にしたのは、半年以上前のこと。そう冷静に考えられたのは、飲み会が開始された一九時から一時間ほど。斉藤の意識は時間を経るほどに曖昧になっていった。


 そして、時刻は日付も変わろうかという帝国標準時二三時五四分。斉藤一樹はトイレの便器と友達になっていた。


「うう……」

「斉藤、お前なぁ飲めないなら無理するなって……まあ、あの酒樽の横にいたら感覚も狂うか」


 背中をさすっているアルヴィンも大概飲んでいるのだが、彼は自分の酒量をわきまえることが出来る人間だ。斉藤は、大学時代のコンパなどで当然酒を飲んだことがあるのだが、何せカミンスキーが横にいて、瀧山がはやし立て、さらにソフィ、ゲルトが酒だ肉だ魚だと持ってくるものもだから、食べ過ぎ、飲み過ぎのダブルパンチ。そもそも大学時代、周りの学生もそれなりに文化的教養の高い人間が多く、特徴局の超々体育会系飲み会のノリ、というのは彼にとって未知の文化だった。


「アルヴィンさーん、お水持ってきました」


 酒保でアルコール解毒剤やら水やらを買い込んできたソフィは、男子トイレの扉を開けてアルヴィンに呼びかけた。


「おう、悪いなソフィ。男子便所だからって気にすんな、入ってこい」

「あ、はい。失礼します……斉藤君、大丈夫? お水買ってきたよ」

「うん……」


 男子トイレの個室をのぞき込んだソフィは、斉藤に声を掛けた。


「ごめんね、私とゲルトも無理に押しつけちゃって」

「気にすんなって……そういえば、ゲルトはどうした?」


 アルヴィンは、ソフィと共に酒保に出かけたはずのゲルトがいないことに気がついた。


「さっき部屋に放り込んできました。あの子ももう、ベロンベロンでしたから」


 ふと、アルヴィンは目の前にいるソフィの飲酒量を思い出してみた。カミンスキーほどではないにしても、彼女もかなりの量を飲んでいるはずなのに、ケロッとしている。そんな酒豪が横にいれば、メートルは上がりっぱなし、目方なんてわかりゃしない、というものだ。


「立てるか斉藤」

「あい」

 

 返事だけは一人前だなと、アルヴィンは苦笑した。足下が全くもっておぼつかない。放っておくとあさっての方向に流れていって、そのまま寝てしまいそうだったので、アルヴィンは斉藤を部屋まで背負っていくことにした。それもまた、先輩である自分の務めと考えていた。


「ろうしてこうなっひゃったんでおう」

「え?」


 呂律の回らない口調で、斉藤はつぶやいた。本人は記憶にない、酒により麻痺した脳が発した、普段は深層に眠っている言葉だった。


「ぼかぁ、大学ぁ出て、高等文官試験受けぇ、税務大学校お出れ、なんれこーにいるんれひょ」


 忘れられがちだが、彼は帝国でも一握りのエリートだ。そんな彼が、非常識が服を着て大砲を振り回す特別徴税局に配属されたのは、運命のいたずらという他ない。


「ままならねえもんだよなあ、人の世は……うん」

「クリス、僕ぁ……どうして……」

「寝言だかなんだかわかんねえな」

「クリスさんって、確か斉藤君の彼女だよね? 最近連絡してる?」


 特徴局でも数少ない、斉藤の彼女の肉声と顔を知っているソフィは、この時点では本気で斉藤が恋人との関係維持が出来ているか心配をしているのだが、同時に、斉藤に対して自分が無意識ながら攻勢を掛けているのはどういった感情なのか、という点が抜け落ちている。


 いずれにせよ、彼女も特徴局という組織に馴染みすぎて、一般人の感情の機微に疎い部分があった。


「クリスっれ言ったらクリスらよ……どうしれうのあ、いま……」


 ソフィの言葉に返事をしたように見えるが、もはやただの独り言でしかない。

 

「……彼女は遙か数千光年彼方か。不憫だが、まあ仕方のねえことだ」


 特別徴税局は帝国省庁の中でも特に独身者が多いことで知られており、その原因は渉外班所属の懲罰兵や囚人兵の数が多いという点があるのだが、総合職や一般職、つまり斉藤のような真っ当な人間も独身者が多い。帝都の庁舎や主要惑星のセンターポリス勤めの官僚が多い中、特徴局は帝国領内を行ったり来たり。自宅に帰っている日数など、たかがしれている。家庭内不和の末に離婚などは当たり前、結婚前でも恋人といつの間にか関係解消しているという人間は数多い。唯一の例外は、調査部部長の西条昌樹。彼は二女の父であり、妻である西条美歌子とも円満な関係を続けており、今年で結婚二〇周年を迎える。


「……寝ちゃってますね」

「こりゃあ朝起きたら部屋中酒臭ぇぞ、こいつ。仕事出られるんだろうか……?」

「私、酔い覚ましとお水買ってきます」

「おう、頼むよ」



 居住区 斉藤の部屋


 翌朝。斉藤は自分の部屋で目を覚ました。


「……頭痛い」


 斉藤は起床と同時に不愉快なほどの頭痛に呻いた。時計を見れば朝六時四五分。普段の起床時間より少しだけ早い。ベッド横のサイドボードには、アルヴィンの『目が覚めたら飲め!』という力強い文字と、ソフィの『ごめんね』という丸い文字が書かれた書き置きが、アルコール解毒剤とミネラルウォーターのボトルと共に置かれていた。ちなみに、ミネラルウォーターは徴収品ではないが、R&Tボトラーズ製だ。


「……酔い覚ましなんて何年ぶりだろう」


 薬そのものの味と解毒が完了するまでの不快感は宇宙一と名高い通称酔い覚まし、アルコール解毒剤を口に含み、ミネラルウォーターで流し込む。


「……シャワー浴びよう」


 その後、斉藤は始業時間一〇分前にはきれいに身支度を調え、徴税三課オフィスへと出勤したのであった。

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