第7話ー① 特別徴税局は誰でも即戦力で笑顔が絶えないアットホームで風通しが良い職場です
特別徴税局 総旗艦
装甲徴税艦カール・マルクス
通信室
『クリスティーヌ・ランベールです。ただいま留守にしています、ごめんなさい。発信音のあとにメッセージをどうぞ』
立体映像で映し出された女性は、いかにも外向きの笑みを浮かべていた。ここ数ヶ月で何度となくみた映像に、斉藤は溜息をつくのを堪えた。
「クリス、タイミングが合わなくてごめんね。こっちはうまくやってる……と、思う。君はどうだろう。元気にしてるのかな。今度、時間が合うときにまた連絡する。君の声が聞きたいよ。それじゃ」
言い終わると同時に、通話を切断する。軍艦に準じた通信制限が行われるカール・マルクスだが、今はカール・マルクス自体が非番に当たる第三種警戒態勢であり、第一種警戒態勢以上で行われる通信監視は行われていない。
「……はあ。また時間が合わなかった」
斉藤はポケットから取り出した銀時計の蓋を開いた。時計の針は帝国標準時で二〇時ちょうどを指している。何せ特徴局にとって三月から一一月に掛けては稼ぎ時、もとい繁忙期。税務署が忙しい時期は特徴局も忙しいのである。
「メールのほうが、まだマシかな」
通信端末のサブディスプレイに表示された通話料金を見て、斉藤は我慢していた溜息を、まとめて吐き出した。
局長執務室
「第四九カルパチアが接舷。補給開始しましたが少々時間が掛かりそうです」
ミレーヌの報告に、永田は面倒くさそうにフィナンシャルの朝刊に落としていた目を上げた。最近彼は老眼が進んでいるようで、とりあえずの急場しのぎで老眼鏡を掛けている。彼はカール・マルクスから離れられず、一日もあれば施術できる老眼矯正手術の時間を取ることも出来ない。もっとも、ハーゲンシュタイン博士曰く、一〇分もあれば眼球の機械化が可能だと言っているが、永田はそれを固辞していた。倫理が欠片もなさそうな彼でも、老化という枷から逃れる代償に、マッドサイエンティストに身体を弄らせるのは抵抗があるらしい。
「なに? また爆弾?」
「得体の知れないウイルスだ細菌だガスだなんて混じってるとやっかいですから」
超光速通信の普及した現代でも、依然として直接現物を送付できる郵便・宅配サービスは利用されている。そもそも超光速通信はデータのやりとりのみなのだから当然で、特徴局にも定期的に輸送船が横付けし、補給物資や郵便物をまとめて搬入している。
「帝国国税省の走狗、と呼ばれてはや一〇年。やれやれ、敵が多くて困ったもんだねぇ」
世間一般の認識としては、税の滞納者というのは悪者で、特徴局は正義の味方のはずである。しかし、それは一方からのものの見方である。グレーゾーンを突き進み、私腹を肥やそうと画策するものにとって、帝国艦隊なみの戦力を伴って吶喊してくる特徴局というのは、邪魔な存在でしかない。そもそも国税というものが悪だという人間もいる。
「恨みを買ってるという認識はあるんですね……」
爆弾、刃物、脅迫文の類いは日常茶飯事。骨董品級の細菌・ウイルス入りの小瓶や粉末、中には新興宗教と思しき呪いの札、自費出版の経済理論の本など、特徴局に送りつけられる危険物等は枚挙に暇がない。
「でも向こうが悪いんだよ。僕は帝国税法に照らし合わせて強制執行を許可してるんだから、悪し様に言われる筋合いはないんだけどなあ」
ミレーヌもそれはもっともだと感じたが、特徴局のやり方そのものは、恨まれても仕方が無いのだろうと諦めていた。そもそも、酒類の現物徴収などということをしているから恨まれるのだと、ミレーヌは強く言いたかったが、ぐっと堪えた。そのほかにも、一企業に強制執行するために星系全域の通信封鎖を行い、都市部への強襲降下は交通管制に混乱をもたらすわけで、好意的に見られるほうが不思議だった。
「あっ、そうだ。いいこと思いついちゃった」
永田のこの言葉に何度振り回されてきたことか。ミレーヌはその次に出てくる言葉を予測して、ため息をついた。
徴税三課 オフィス
「なにこれ」
局長名で公布された通達をみたハンナは、得体の知れないものを見たような顔でつぶやいた。
「えーと、なになに……はあ? テレビの取材が入る? へぇーこんな珍獣猛獣のワンダーランドに? 物見遊山で来る場所じゃねえけどなあ。動物番組ならわかるが」
アルヴィンがガオーなどとハンナに脅かしてみせたが、ハンナはそれを無視した。
「しかもチャンネル8の教育番組? 国営放送よ? 正気?」
チャンネル8、帝都中央放送は超光速通信網を利用して、地球帝国全域に放送されている国営放送。主にニュース、教育、歴史再現ドラマなどを中心に展開している主要メディアである。
「何をとち狂ったんだか。大方局長の思いつきだろうが」
「各部署、自部署の紹介のために人を出せ? やーよ私、まだこの前の案件も報告書片付いてないのに」
「俺だってそうだよ」
「あんたは溜め込みすぎよ」
面倒くさいのは誰でも同じ。お互いにお互いを牽制しながら、やるとは言い出さない。少しでも隙を見せれば、その瞬間に担当が自分になるかもしれない恐怖の中、二〇分にわたりそれとなくお前がやれという応酬がなされた頃、生贄が徴税三課オフィスに現れた。
「アルヴィンさん、さっき流れた通達なんですが――」
「おっ、斉藤! いいところに来た」
しめた! とアルヴィンは瞬時に判断した。押しつけるなら今しかない。ハンナはアルヴィンと斉藤が話し始めたのをいいことに、花摘みと称して離席した。
「はい?」
「実はさ――」
徴税四課 電算室
「はあ? 取材? なんで」
「知らんがな」
「テレビに出るのか。
「瀧山はんはカメラに写したらあかんやろ」
「んだとターバン! テメエに言われたかねえよ!」
徴税三課で斉藤一樹が哀れな贄となっていた頃、徴税四課、瀧山のシマである電算室では、やはり局長名で出された通達について議論がなされていた。
「自覚ありまっしゃろ?」
「……」
オールバックに極太ピンストライプのスーツ、スモーク入りレンズの眼鏡。どう贔屓目に見てもヤのつくマフィアそのものである。本人もそれは自覚があるらしく、ターバンの言葉に黙り込んだ。
「ほんで詳細はーっと……ほーん、人を出せって書いてありまっせ」
「んなもん、てめえがやりゃあいいじゃねえかターバン」
「そんな殺生な――あっ! 斉藤君、ええとこに!」
「はい?」
斉藤一樹と書いて不運な男と読む。この日の斉藤はとにかくタイミングが最悪だった。いや、取材対応を誰かに押しつけたい側からすればまさに天恵ではあるのだが。
「実はな――」
徴税二課 工作室
アルベルト・フォン・ハーゲンシュタインの工房。特徴局のカオスの根源。人類滅亡への一里塚。倫理がシュワルツシルト半径の向こう側に行った場所――と、ともかく徒名が異様に多いのが、カール・マルクスの徴税二課管轄の工作室である。
「博士。今度チャンネル8の教育番組の取材がうちに来るそうですが」
ハインツ・ラインベルガー課長補佐。徴税二課のあらゆる一般業務の統括を行うワークホースであり良識人。特別徴税局が過大な火力と過剰な兵員を維持しうるのは彼の働きあってこそ。縁の下の力持ち。彼は何かしらの部品の集合体を熱心にいじり回す上司、ハーゲンシュタイン課長に局長名の通達文のことを告げた。
「ワシはテレビなど興味ない。低俗な衆愚文化など見るだけ無駄じゃ、無駄」
科学に身を捧げた学究の徒たるハーゲンシュタインにとって、一般人類の文化などは些末なものであると断じた。ただし、彼は人類文化その物を無価値と断罪することはない。何せ彼の信奉する科学は、人類の生み出したものなのだから。ともかく、彼はバラエティ番組をはじめとするテレビの画面を見ることはないのである。
「博士が見るか見ないかじゃなくて!」
それはそれ、これはこれ。よそはよそ、うちはうち。アンタの常識など知ったことでは無いとばかりに、ラインベルガーは食い下がる。しかし、その程度のことは博士にとってやはり些末なものだった。
「おおそうじゃったそうじゃった。次の技術開発会議の準備があるんじゃった。あとは頼むぞ」
「あっ、博士! 逃げた……まだ次の強制執行の補給計画も立ててないのに」
御年七〇歳とは思えない身のこなしで、ハーゲンシュタインは工房の奥へと滑るように走り去った。後に残されたラインベルガーは、自分の抱える仕事の量を考慮し、これ以上のオーバーワークは身体機能の維持に支障が出ると判断した。
「失礼します。ラインベルガー課長補佐、少しお訪ねしたいことがあります」
おお国父メリディアンの導きかと、敬虔な帝国国教徒であるラインベルガーは感謝した。ここはなりふりを構うなと言う啓示である。そう考えた瞬間、彼は土下座をしていた。
「斉藤君! 僕を助けると思って、お願いを聞いてほしいのだが! 後生だから! 実は――」
調査部 オフィス
「西条部長、次のテレビ取材の件で聞きたいことが」
今日の斉藤一樹の間の悪さたるや、彼の一生分の間の悪さを使い切るほどだが、ともかく彼は自ら死地に赴くがごとしである。
「おお! 斉藤君、いいところに来てくれた。実はテレビ取材の件だがな、吾輩としてはぜひ! 君に頼みたいと思っていたところなのだ!」
「いえ、ですから僕は」
「うむ! 君ならばそうやって快諾してくれるものと信じていた! ではよろしく頼む! 今日の一五時から第三会議室で打ち合わせだそうだ! うむ!」
西条も自部署の業務量を検案した上で、苦渋の選択なのだが、端から見ると馬鹿でかい声で斉藤の肩をバシンバシンと叩きながら押しつけたようにしか見えないのであった。
第二会議室
「あら。随分と少ない……」
「テイラーさん……」
「あれー? 斉藤君一人? 他の人は?」
「聞いてくれよ! 実は――」
斉藤の愚痴は五分にも及んだが、ソフィは黙って聞き続けた。良くあることではあるが、斉藤の人の良さは、特徴局内においては彼の急所になり得るということを、彼女は理解していたのである。
「ああ……みんな面倒くさがってるんだね。うん」
ソフィがそう締め括るころには、斉藤も落ち着いていた。
「テイラーさんは総務部の?」
「うん。部長から頼まれちゃって」
「あら……随分と集まった方が少ないですね。斉藤君とソフィさんだけですか?」
セシリア・ハーネフラーフ監理部長は、不思議そうな顔で第三会議室を見渡した。
「ハーネフラーフ部長も、テレビ取材の件で?」
「ええ。私が今回この件の窓口になっているの」
彼女の想定では、各部署一名ずつ代表者を題してもらい、取材の意義の説明を行う予定だったのだが、まさか徴税部を斉藤が全て担当するのは想定外だった。
「……大丈夫なんですか? 猛獣の檻の中に一般人を入れて」
「ダメだよ斉藤君、本当のこと言っちゃ」
斉藤をたしなめたソフィだが、そもそも猛獣の檻という点は否定しない。
「うふふ、斉藤君は意外とはっきりものを言う人なのね。でも、帝国の税金を司り、税金で運営される組織としては、帝国臣民の皆様に、私たちの活動実態をお伝えするのも大切な業務の一つです」
「いえ、僕が軽率でした。申し訳ありません」
物腰の柔らかいセシリアの言葉に、斉藤は自分の軽率さを恥じた。そう、自分は国税省の外局にいるのであり、無頼の輩ではないのだ。組織の批判は必要以上になると内部にたまる膿となる。そう考えた斉藤は頭を下げた。とはいえ、斉藤の一言程度でどうこうなる特徴局ではない。
「さて、実務部の方は誰が来てくれるのかしら」
「あー! あったま来ちゃう!」
セシリアの言葉と共に、会議室に現れたのは徴税一課のゲルトルートである。
「あれ? ゲルト、どしたの?」
「実務部のほうはテレビ取材、ぜーんぶ私が担当だって! あのちょびひげ全部引っこ抜いてやるんだから!」
ちょび髭とは、徴税一課を預かる秋山課長のことであろうことは、斉藤以下会議室に居た三名共に理解していた。
「……それはしょうがないんじゃないかな」
「そうね……基本的に実務部は荒っぽい方が多いですし」
「荒っぽいと私なんですか!? あれ、斉藤なにしてんの?」
「僕も徴税部は全部押しつけられたんだよ。よろしくね、ゲルト」
「あはははは! ざまあみろ!」
「なんだと! 大体ゲルトだって同じじゃないか!」
「そうだった……」
斉藤の反撃に、ゲルトルートは頭を抱えた。何せくせ者揃いという点では徴税部を上回るのが特徴局実務部の特色である。
「はいはい、痴話げんかは後にしてね」
「痴話喧嘩じゃない!」「痴話喧嘩じゃありません!」
セシリアの注意に見事にシンクロナイズした抗議の声。斉藤とゲルトルートにとって、痴話喧嘩などと言われては甚だ迷惑な事だった。
「えーと、それじゃあ打ち合わせを始めましょうか。放映予定の番組は、チャンネル8で帝国標準時一〇時から放映されている『ティーンエイジャーお仕事図鑑』ね」
セシリアが机のタッチパネルを叩くと、壁面モニターに当該番組の録画が映し出される。チャンネル8はバラエティ主体の民放と異なり、国営放送の色合いが強い。
「あ! 見たことあります!」
「懐かしいねー。初等学校のときに授業で見てた」
「僕は見たこと無いけど、どんな番組なの?」
ゲルトとソフィは話が合うが、斉藤はその番組を見た記憶がなかった。そもそも学校教育の行われている時間帯に放送されはするが、生徒に視聴させるか否かはその時間帯の教員の判断に委ねられている。
「いろんな仕事場にカメラが入って、その人たちがオシゴトの紹介とか、大変なこと、楽しいこととかを紹介してくれるの」
「ふふっ、私も見たことがあります。あれを見て、一度は警察官に憧れたこともあったのですが」
セシリアは今年で三一歳。斉藤達とは一〇年近い年齢差があるが、同番組の視聴経験がある。ティーンエイジャーお仕事図鑑は放送開始から一五年で、帝国中央放送の開局以来、同コンセプトの番組は続いているのだから当然のことである。
「話を戻しますね。今回は特徴局の各部署の業務紹介をしてほしいとのこと。その際、本当は各部署長に紹介をしてもらおうと思っていたのですが……今いる三人で分担します」
「結局そうなるのか……」
「まあまあ、私総務だけだから手伝うよ」
「分担を決めました。ハーネフラーフ、私ですね。特徴局全体のご紹介。ゲルトルートさんは実務部。あとの総務部、調査部、徴税部は斉藤君とソフィさんで分担してください」
「セシリア部長! なんで私だけ一人なんですか!」
「ごめんなさい。でも実務部のほうと関係が深いのは、ゲルトルートさんだけなので……私も手伝いますので、頼めるかしら」
「うう、わかりました」
「さすがに原稿なしで全部紹介は出来ないと思うので、各自紹介予定の部署について、簡単にナレーション原稿を作成しておいてください。完成したら私に一度見せてね。今日はみんなこちらに集中してもらうように、各部署長には私から通達しておきます。まったく、三人に押しつけてしまうなんて、私も怒りますよ。もう……ああ、そうそう。取材は明日入るそうなので、今日中に原稿等は仕上げておきましょう」
「そんな急に!?」
「局長がどこからかコネを使って強引にねじ込んだのでしょうけれど……無理を言ってごめんなさいね。私は所用で一時間ほど外しますが、その後は手伝います」
セシリアの計らいにより、通常業務の一切から解放された斉藤、ソフィ、ゲルトは、担当部署の紹介内容をまとめる作業へと移った。
「調べれば調べるほど、何なんだよこの役所」
「まあまあ」
斉藤とソフィは会議室に残り、各部署のインタビュー用原稿の作成に入った。ゲルトのみ、各実務課への事情聴取もとい事実確認を進めているところだった。
「テイラーさんは不思議に思わないの?」
「うーん、特に。でももっと不思議に思うことはあるよ」
「え? 何?」
「なんで私のことはテイラーさん、なの?」
「……えっ?」
「だって、ゲルトはゲルトって言うし、ハンナさんはハンナさん、ミレーヌさんだってミレーヌさんなのに、なんで私だけテイラーさんなの? ずるい!」
「ずるい、っていわれても」
「私のこともソフィでいいよ。いい? さんはい」
「……ソフィ、さん」
「つれないなぁ、斉藤君」
「だ、大体なんで僕だけ名前で呼ばなきゃいけないんだ。だったらソフィだって名前で呼んでくれるの?」
「えっ、それは」
「なんでさ!」
斉藤に他意はなかったが、ソフィとしては斉藤の彼女への配慮もあってか、そこまで距離を詰める気にはなれなかった……のだが、本人は無自覚で行なっていた。
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