第7話ー② 特別徴税局は誰でも即戦力で笑顔が絶えないアットホームで風通しが良い職場です
装甲徴税艦 カール・マルクス
第一食堂
ブリッジ勤務の当直員以外は寝静まる深夜三時。ソフィ・テイラーは喉の渇きを覚え、食堂の自販機ブースに向かっていた。彼女は食堂にたどり着いたとき、異様な光景を目の当たりにした。
『――続いて、東部軍管区、辺境安全情報をお伝えいたします。東部軍管区、ロンバイ自治共和国、惑星ルジェリワへの渡航は止めてください。現在滞在中の方は、いつでも待避出来るように――』
誰も居ないはずの食堂。誰かが消し忘れたのだろうか、壁面モニターに放送終了間際の辺境渡航安全情報が流れていた。ソフィは電源を落とそうと近づいたが、モニターの前に誰かが座っている。
『該当自治共和国においては、帝国暦五八二年頃から小惑星帯を拠点とする反帝国武装組織ムクティダータによるテロ活動が激化し、防衛軍、警察、帝国国教会施設、大規模なイベント、デモ行進などに潜伏したムクティダータ構成員による襲撃・テロ行為の発生が深刻化しています』
ソフィの見慣れた後ろ姿が、そこにはあった。東部辺境の渡航安全情報のアナウンスが流れる画面を見ている人間は、斉藤一樹だった。
『現在星系自治省による掃討作戦、警察部隊の増強による治安維持が一定の効果を上げているものの、現在も警戒態勢が維持されています。ムクティダータによるテロは軌道上の太陽光発電衛星にもおよび、現地インフラは不安定です』
「斉藤君?」
渡航安全情報は、見ていて面白いと思うものではないとソフィは考えていた。こんな時間まで起きて、わざわざ見るものではない。しかし、ソフィがのぞき込んだ斉藤の目は、画面ではなく、その向こう側を見ているようで、実はもっと近くを見ているようだった。
「あ、ああ、どうしたの? ソフィ」
「どうしたの、斉藤君。大丈夫……? もう三時だよ、寝ないと」
「あはは、ちょっと考え事をね。驚かせてごめん」
「……大丈夫じゃないよ、斉藤君! どうしちゃったの!?」
「別になんでもないよ。じゃ、また明日」
無表情な斉藤は、ソフィの方を振り向きもせずに立ち上がり、ゆらりと食堂を出て行った。一人取り残されたソフィは、まるで昼間に見た斉藤とは別人の、幽霊か何かを見ていたのではないかと、自分の胸に手を当てた。冷や汗が止まらない。あれは明らかに、普通の人間がする顔ではなかった。
『――当該自治共和国での滞在においては、不測の事態に備え、食糧、飲料水、医薬品の備蓄、移動手段の確保と整備点検を徹底してください。また、滞在中の安全のため、当地での所在、滞在目的などは帝国弁務官府へ通知の上、定期的な連絡を緊密に行ってください。以上で本日の渡航安全情報放送を終わります』
『こちらはEET-08、こちらはEET-08、帝国中央放送八チャンネルです。本日の放送は終了いたしました。災害時等、緊急時には臨時放送を実施いたします。それでは皆さん、おやすみなさい』
その日の放送を終えるアナウンスが帝国第一国歌が流れると、渡航安全情報を流していた画面が風にたなびく帝国国章の大写しに切り替わる。ソフィは悪い夢でも見たような気がして、小走りで自室へと戻ることにした。
第三会議室
「おはようソフィ。なんかあったの?」
取材対応の定例打ち合わせの時間には三〇分ほど早い時間に、ゲルトはソフィに会議室へ呼び出された。
「……斉藤君のことなんだけど、最近様子変じゃない?」
「変?」
「夜中なんだけど――」
夜中に食堂にいた斉藤のことをソフィはゲルトに説明した。
「確かに変ね」
率直なゲルトの反応が、かえってソフィに危機感を抱かせた。ここでゲルトが笑いながら『あいつ頭がいいのによくわかんないわね』程度で返してくれれば、そういうものかと流せたかもしれない。しかし、ゲルトは真顔だった。
「最近、様子が変ってハンナさんも言ってたし……」
「疲れてるのかしらね」
「ゲルトが戦闘機で振り回すからじゃない?」
「最近はこっちも忙しくてやってない。もう一回くらい空戦機動したら直らない?」
「うーん……それは荒療治、かな」
そもそも医学的根拠などない。
「おはよう、ソフィさん、ゲルト」
噂をすればなんとやら。斉藤の姿を見たゲルトとソフィは、一瞬フリーズした。
「どうしたの?」
「え? ああ、なんでもないない」
「そ、そうだよね。おはよう一樹君、よく眠れた?」
「まあね。あっ、夜中はびっくりさせてごめんね、ソフィ」
「いいよ。でも早く寝ないとダメだよ?」
「わかってるよ。最近寝付きが悪くってね」
少なくとも今相対している斉藤はいつもの斉藤だ、とソフィは判断した。夜中の斉藤とは別人のような感覚を覚えたソフィだったが、ハーネフラーフ監理部長が入室してきたのを見て、一旦取り留めのない考え事を中断した。
「おはようございます。今日はチャンネル8の方もいらしてるので、取材に関する最終的なすりあわせを行います」
「チャンネル8、教育科学部ディレクターのラシード・アル=マクディーシです。本日はよろしくお願いします」
浅黒い肌に豊かなひげ。マクディーシは業界では名の知れたやり手のディレクターで、チャンネル8の教育番組の多くは彼が手がけてきた。丁寧な作りが子供達にもわかりやすく、評判も高い。
「レポーターを担当します、教育科学部のアイラ・ムルトネンです」
ムルトネンはチャンネル8の『うたのお姉さん』を務めていた看板レポーターである。現在は教育番組のナレーターやレポーターを務める傍ら、同局のドラマでは女優もこなすなどマルチな働きぶりで知られる。
「特別徴税局、監理部部長のセシリア・ハーネフラーフと申します。遠いところからお越し頂きありがとうございます」
「徴税三課、斉藤一樹です」
「総務部、ソフィ・テイラーです」
「徴税一課、ゲルトルート・アウガスタ・フォン・デルプフェルトです」
ソフィは隣に座る斉藤の横顔とチラリと見る。昨晩の亡霊のような顔ではなく、あくまで外向きの、生真面目そうな顔をしているのを認めて、彼女は安堵した。やはり夢でも見ていたのだろうと思い込むことで、彼女は平静を保ったのだ。
「基本的に初等学校の生徒向けの番組になりますので、平易な言葉遣いで説明頂けますと幸いです」
「こちらの台本は、一度お送りしたのですが、あれで問題はございませんか?」
「はい、うちの編集担当も驚いてましたよ」
「ありがとうございます。基本的な取材の流れは、以前お伝え頂いたとおりですか?」
「はい。ムルトネンと、このマスコットキャラクターのドーゾくんの掛け合いで番組は進行します」
マクディーシが撮影スタッフが持ち込んだコンテナを開くと、一メートルくらいのサイズの丸っこいフォルムのロボットが現れる。マクディーシにより電源を入れられると、いかにもというような電子音を発した後に、頭部のインジケーターライトが点滅する。
『こんにちは。ぼくドーゾ君』
「まあ、可愛らしい!」
セシリアがドーゾ君の前にしゃがみ込んで矯めつ眇めつした後、頭部をなで回している。
「あ、あの。こちらのマスコット、スタジオ収録などのとき、見学者の方にプレゼントしてるものなんですが、よろしければ」
「まあ! ありがとうございます!」
ぬいぐるみに頬ずりまでしているセシリアをみたソフィとゲルト、斉藤はセシリアの意外な一面を目の当たりにして驚いていた。
「ちょっと可愛いとか思ってしまった」
「わかる」
「斉藤君、ああいう人がタイプなの?」
「ち、違う! そういう意味じゃない」
「あのー、とりあえずお話を進めてもいいですか?」
呆気にとられていた特徴局一同に、マクディーシが控えめに声を掛けた。
「番組構成としては、まず税金とはなにか、を軽く説明して頂いて、国税省、そして特別徴税局のお仕事内容について紹介してもらい、最後は若いお三方に、視聴者へのメッセージなど頂ければ」
職業が変わっても番組構成の大枠は踏み外さない。テンプレートに沿った堅実な構成である。
この後、二、三の確認事項を経た後、早速撮影が開始された。
「みなさんこんにちはー。アイラおねえさんと」
『ドーゾ君の』
『ティーンエイジャーお仕事図鑑!』
「改めましてこんにちはー。今日ご紹介するのは、帝国の省庁の一つ、国税省の特別徴税局です」
『おねえさん、おねえさん。特別徴税局っていうのは、一体何をしてるところなんだい?』
「慌てないの。ほら、見える? 特別徴税局っていうのはね、帝都に庁舎、お仕事をする場所を置かずに、ああやって船でお仕事をしているんだよ」
『ええー! 船で!? 大きいねー!』
無駄に大きなリアクションのドーゾ君の台詞を聞きながら、斉藤達は撮影の様子を眺めていた。
「随分子供向けなんだね」
「幼年学校から見るからね」
「しっ、おしゃべりしない」
「はいはい……ソフィ、先生みたい」
とりあえずしばらく三人とも出番がないため、とりあえずはそのまま黙って撮影を見つめていた。
「それじゃあ早速、お仕事現場で実際に働いてる方のお話を聞きに行こう!」
『おおー!』
「……カット! オッケー。ムルトネン、今日もいいじゃないか。それじゃあ次、インタビュー入ります」
局員の一番槍はいつでも暇そうな特別徴税局局長、永田閃十郎である。
「では撮影行きます」
「いやー、なんだか緊張しちゃうなあ。カメラ写り大丈夫? いやあ、白髪染めしとけば良かったかなあ」
「局長はいつでもお変わりありませんよ」
「あ、そう? それならいいんだけど」
セシリアの言葉に相好を崩した永田だが、言葉の裏まで読んでいたかは定かではない。セシリアとしては、多少弄っても大して変わり映えしないと言いたかっただけだった。
「私が特別徴税局の局長、永田閃十郎です。皆さん、国を人間の体に例えると、税金は国家の血液。足りなくなれば体は動かなくなります。個人や企業では対応出来ないこと、たとえば各種の社会保障、それに軍隊、警察、消防、医療機関の維持、例えば電力公社の運営……これらを動かすためにも税金をきちんとお納めいただくことが必要なわけです。私たち特別徴税局のお仕事は、税金を納めずにいる会社や組織、ときには個人の方からきちんと税を徴収することにあります」
「思ったよりまともだ」
「そうだね……斉藤君、局長をなんだと思ってたの?」
「無責任と無気力の実体化」
「……分かる気がする、うん」
「局長さんの普段のお仕事はなんですか?」
「私はたばこを吸いながら新聞読んで次のロージントンカップの予想を――」
「カット!」
ディレクターより先に斉藤がカットを宣言した。
「局長! 公共の電波で職務怠慢を宣言するつもりですか!」
「あれ? でも僕の普段の仕事なんてないよ? 僕は組織のトップとして責任を取るのが仕事だからね」
「もっとオブラートに包めませんか!?」
「わかったわかった。斉藤君怖いなあ、それじゃあテイク2いけます?」
「え、ええ。あのー、斉藤さん、カットはこちらで言いますので、ご心配なく……」
「申し訳ありません、つい……」
斉藤は頭を下げた。ついというにはあまりにも衝動的な行動に、斉藤自身が驚いていた。
「私は特別徴税局の長として、強制執行をはじめとする各種業務の最終許認可、そのまま進めてね、とか、これじゃあだめだと突っ返すのが主な仕事です」
「はい、局長さん、ありがとうございます。それじゃあ、局長さんにドーゾ君から質問があるみたいなんですが、いいですか?」
「はい、もちろん。どんな質問かな?」
『税金を納めるのは、帝国憲法にも書いてあるように、臣民の義務だよね? 払わない人なんて本当にいるの?』
「はい、いますよ。実例は、そうだな。調査部で聞いてもらうといいんじゃないかな?」
『調査部?』
「わかりました。では、局長さんはお仕事がお忙しいみたいだし、次の部署に突撃だ!」
『おー!』
「……カット! 局長さん、ここは局長さんから説明頂くようにしておいたんですが……」
「まあまあ。でもお姉さんとこのロボット君すごいねえ、アドリブも出来ちゃうんだ」
『あらゆるアドリブにも対応だよ!』
「おお、そうかい。それじゃあおじさんもちょっと期待しちゃおうかな」
自分の仕事は終わったとばかりにポケットから取り出したたばこに火をつけた永田を見た斉藤とソフィは、溜息をついた。
「あれ、絶対説明面倒くさいって思ってたやつだよね」
「多分……」
「それじゃ、あたしは実務課の方の準備があるから行ってくるわ」
「デルプフェルトさん、よろしくお願いします。ハーネフラーフ部長とテイラーさんと斉藤さんは、このままお付き合い頂けますか?」
「ええ、もちろんですとも」
「不安だ」
まだ局長が終わっただけ。ここから先のコトを考えて、斉藤は頭痛を感じずにいられなかった。
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