第7話ー③ 特別徴税局は誰でも即戦力で笑顔が絶えないアットホームで風通しが良い職場です
調査部 オフィス
「私が言いたいのは、だ! 帝国臣民の崇高なる義務であるところの納税という行為を軽んじている人間がいることそれ自体が度しがたい! ということで――」
インタビューが始まるや否や、調査部長の西条はいつも以上に熱の入った弁舌を振るうのだが、呼吸がそれに追随しなかった。
「西条部長、ストップストップ。はい、落ち着いてくださいね、深呼吸をしてください」
肩で息をする西条を、セシリアがなだめる。
「す、すまんハーネフラーフ部長。吾輩としたことがつい熱が入りすぎてしまってだな」
「ず、随分と熱血なお方なのですね」
インタビュアーのムルトネンも大分引き気味である。
「で、では続きを……私は今、特別徴税局の調査部、というところに来ています。こちらのお仕事は、調査部長の西条さんにお聞きしましょう」
「我々の仕事は、各地の税務署とは別個に税の滞納がないかを調査し、もし報告内容に疑わしいところがあれば、さらに精査、詳しく調査をするということです」
『そうか! 見る人がたくさん居ればいるほど、悪いことをしている人も見つけやすいんだね!』
「ははは、そういうことです。実際、現地税務署と結託し、意図的に脱税を計ろうとする例は少なくないし、税務署のチェックの及ばない部分が多い、そう、例えば皇統貴族などの――」
「カット! 西条部長さん、すいません、野茨ネタは勘弁していただけませんか?」
マクディーシが慌ててカメラを止めさせたのには理由がある。ジャーナリズム界ではおなじみの不文律、野茨ネタのタブーに掛かってしまった。
帝国の国章である野茨紋がその由来で、つまりは皇帝、ならびに皇統貴族ネタには自主的に検閲を賭けているのだ。帝国憲法は言論の自由も表現の自由も保障しているが、宮内省から無言の圧力があり、それに対してジャーナリズムは忖度している。それだけでなく、国営放送であれば帝国、民間放送では皇統貴族が大株主の大企業がスポンサーなのだから、その点について触れないのは、スポンサーへの配慮ということになる。
「むっ、それは解せませんな。皇統と言えど収入があれば税を納めるのは、皇統貴族としてのノブレス・オブリージュに反する上、税制度においても、皇統、一般臣民の区別なく納税の義務が課せられている」
「いえ、だからですね、あまりそう、露骨なものは……」
「西条部長、お気持ちは分かりますが、ここは穏便に済ませていただけませんか?」
「むう、君もか斉藤君。まあ仕方ない。あの部分はカットしていただいて結構」
「は、はあ……」
マクディーシの歯切れが悪いのも無理はない。彼は帝国の国営放送の社員であり、ディレクターといえど局の、そしてジャーナリズムに流れるタブーを犯すだけの権限も力量もない。それについては、彼を糾弾するのはよそう、と斉藤は心の中で考えていた。
総務部 オフィス
「総務部は、特別徴税局内の事務を一手に引き受ける部署になります。私たちがいることで、局員の方々の面倒な事務仕事を減らして、本業のお仕事に集中してもらう、ということですね」
トラブルなど起きようもない。総務部は特別徴税局でも数少ない一般職員の多い部署。怒声が飛ぶこともないし、人体改造に狂った上司がいるわけでもないし、強制執行の現場で銃を乱射するなどということもない。斉藤はソフィに対応を任せ、取材風景をただ見つめていた。
「ここは女性が多いですね」
「はい。男性もいらっしゃいますけど、適正や希望職種の都合で、ここは女性の比率が高いです」
ソフィの説明は一点の淀みもない。柔らかな声を聞きながら、斉藤は眠気に襲われていた。立ったままこっくりこっくりと船を漕いでいると、腕に柔らかい感触と硬い感触が同時に触れた。
「斉藤君、寝てはいけません」
「はっ……すみません」
セシリアの声に意識を覚醒させた斉藤は、腕に当たっていたのが、彼女のレーザーライフと胸だったことに気がついた。ただ、斉藤にとって豊かな双丘の感触よりも、レーザーライフルの冷たく硬い感触の方が、脳裏に残るものとなった。
「オッケーです! いやあ、テイラーさんでしたっけ。カメラが回ってるのに全然物怖じしないんですね。どうですか? うちの局のアナウンサーとか」
「いえいえ」
和やかな取材風景だが、それもここまで。続いては斉藤の担当する徴税部である。
徴税一課 オフィス
「徴税一課は強制執行の作戦立案を行う部署です。強制執行とは、税を滞納し、税務署からの催告にも関わらず無視している滞納者に対して行われる収納業務です」
『戦艦とか巡洋艦を使って、かなり荒っぽいって聞いたよ』
「相手も武力を用いていて移行する場合は、それなりの装備が必要です。だからこそ、皆さんにはしっかりと、治めるべき時に税金を納めていただきたいですね」
カメラとマイクを向けられて話すなど、斉藤にとっては人生初の経験だった。しかし彼は、なんとか用意した原稿通りの内容を話し終えた。
問題はここからだ、と溜息をつきたくなるのを堪えながら、斉藤は次の部署、徴税二課へと取材陣を案内した。
徴税二課 工作室
「帝国の未来を担う若人諸君! 科学は! 人類の知識は! ありとあらゆる問題を解決することが出来る真理だ!」
カメラを向けた途端にこれである。斉藤は頭を抱えてその場にのたうち回りたくなったが、そこは堪えた。
「カット! 博士、取材対応だって言ってるでしょ!」
「斉藤君、何故じゃ? ワシの使命は、科学で人類を救済する――」
「あなたの仕事は特徴局の強制執行に関わる機材の開発と整備でしょう!」
「むう斉藤君、若いな。まだ君は科学を理解していない」
「博士は取材の目的を理解してないですね! テイク2!」
「あ、あのー。斉藤さん、だからカットの指示は私が出すんで、勝手に出さないでもらえますか?」
斉藤の余りの剣幕に、言い出すのが遅れたマクディーシが、若干苛立ちを見せた。
「す、すみません……」
斉藤の様子を見ていたソフィは不安に駆られた。明らかに今日の斉藤のテンションはおかしい。普段ならこんな大声を張り上げることもない彼が――少なくともソフィが見ている範囲では――ディレクターの指示も聞かずに先走ったのだ。
この兆候は、彼の隠れた一面を表すものではあったが、神ならぬ身であるソフィはそこまでは予想できなかった。
「良いかね? 人類の科学技術はすでに人体などという、有機物を主体とした不安定な器から旅立つ時が来たと告げている。そう! 人体機械化こそ我らの未来を切り開く――」
熱弁を振るうハーゲンシュタインを前に、さしもの百戦錬磨のカメラクルーもディレクターもカットの声が出ない。ましてムルトネンに至っては完全に立ち尽くしている。仮にこれが生放送であれば放送事故の歴史のトップに君臨するであろう光景だ。
「斉藤君、どんな手段でも構わないから、博士を止めて」
見かねたセシリアが溜息をつく。テレビ局のスタッフは全員ハーゲンシュタインの異様な雰囲気に飲まれていて、身動きできないのだから是非もない。
「僕がですか……」
「あっ、私スタンガン持ってる」
ソフィはブレザーのポケットから黒い塊を取り出した。
「なんで持ってるの?」
「え? ミレーヌ部長から普段から持っておきなさいって」
市販品のスタンガンではない。徴税二課謹製、女性局員に拳銃とは別に護身用として配備された特製スタンガンである。
「……まあいいや、貸してくれる?」
「はい、どーぞ」
「つまりだ! 超空間から準光速で砲弾ぐあっ――!」
斉藤はスタンガンを手に、意識がこちらに向いていないハーゲンシュタインの後ろに回り込んだ。迂闊にも露出していた首筋をめがけて、スタンガンの先端を当てると同時に放電。博士は二、三度痙攣して、その場に崩れ落ちた。
「さすがの博士もスタンガンは効くか」
「ちょっ、あの、大丈夫なんですか!?」
崩れ落ちたハーゲンシュタインに恐る恐る近づいたムルトネンの狼狽ぶりは、斉藤にとって不思議なものだったが、彼女の反応こそごく一般的なものであり、斉藤はすでに特徴局の日常に認識を侵されているのであった。
「大丈夫、だと思います。普段から爆発食らってるでしょうし」
「お見苦しいところを見せて申し訳ありません。徴税二課長は持病の
セシリアが微笑んでマクディーシに言うが、百戦錬磨のディレクターもあまりの状況に、理解が追いついていない様子だった。
「しゃ、癪?」
「はい、癪です」
「スタンガン――」
「癪です」
マクディーシは事実を確認しようとしたのだが、セシリアはそれ以上の説明は不要だとばかりに押し通した。単に物腰が柔らかそうというだけで監理部長として外部折衝を任されているわけではないのが、彼女の非凡ならざるところなのだが、あまりの圧力にマクディーシも引き下がらざるを得なかった。
「は、はい、癪ですね、ええ……よろしくお願いします」
しかし、そんな一同の背後で、ユラリと立ち上がる影が一つ。
「さあて、どこまで話したかね?」
電気ショックの後遺症もなにもない、といったハーゲンシュタインがそこにはいた。
「うわあ生きてた」
斉藤の驚きは当然だが、失礼でもあった。
「ふふふふ、少々強めの電気ショックを受けたようだが問題ない。こんなこともあろうかと体内電流の補正が出来るように、心臓にマイクロチップを埋め込んである。そもそも我が徴税二課で作った武器や無力化ガスの類いはとうに免疫がついておる!」
誇らしげに手を広げて見せたハーゲンシュタインに、一同絶句である。
「ところでどうかね? 君達も機械の体が欲しくはないかね? ワシは科学の力で七〇を超えてもなお健康。頭脳は冴え渡り創造力は日々増していくばかり。そもそも人体などというナマモノによってメンタル、フィジカルの両面が左右されてしまうから問題なのだ。人間とはそんなタンパク質諸々その他の不完全な器にあることが存在証明ではない。自らが人間だと認識することこそが人間の人間たる証明なのだ。なあにすぐに済むことじゃ遠慮は要らん」
そういって、ひげ面のディレクターをひっ捕まえたハーゲンシュタインは工房の奥へと彼を引きずっていこうとした。しかし、そのハーゲンシュタインの首もとに、鍛え上げられた特殊鋼で作られた刃がそっと添えられる。
「博士、それ以上のお戯れは……おわかりでしょう?」
満面の笑みを湛えたセシリアだが、もし彼女が手首をほんの少しでも動かせば、ハーゲンシュタインの頸動脈は容易く切開される。もっとも、それを見ていた斉藤やソフィは、その程度でこの科学に取り憑かれた悪魔が死ぬのだろうかと考えていた。
「なあにハーネフラーフ部長、冗談じゃよ。年寄りの戯れ言とでも切り捨ててくれい」
肩をすくめてマクディーシを解放した博士だが、その表情に大した反省の色は見られない。
「おわかりいただけたようで何よりです。でないと戯れ言の前に博士の首を切り捨てるところでした」
「おお、ハーネフラーフ部長は怖いことを言うのお」
そう言うと、博士は自分の仕事は終わったとばかりに工房の奥へと消えていった。
「あ、あの……」
「次の部署に行きましょうか。少し時間が押しています。皆様もお忙しいでしょうし」
再びセシリアの有無を言わさぬ、それでいて柔らかい声音に気圧されたマクディーシは、とりあえずこの場を逃れることを選んだ。
「は、はい……じゃあ、お願いします」
『じゃあ、次の現場へゴー!』
一人、いや、一機ドーゾ君だけは意気軒昂だった。
「空気の読めないロボットだな……」
斉藤のつぶやきは、工作室の機械音にかき消され、誰にも聞き取られることはなかった。
徴税三課オフィス
「徴税三課は私の所属部署です。実際に強制執行や税務調査に入る前に、各種調査を行い、脱税状況などを調べるのが仕事です。また、執行や税務調査の際は現地に赴いて、脱税手法や資産の隠匿状況なども、実地調査します」
立て板に水とはまさにこのこと。斉藤の演技は意外にもそれなりのものだった。
「まるで税金の探偵さんみたいですね」
「まあ、似たようなものかもしれません」
「お、取材か? うまいこと進んでるか?」
カメラが回っているというのに、間食のあんぱんを囓りながら斉藤に話しかけるアルヴィンであった。
「アルヴィンさん、映り込むならインタビューしますけど」
「おっと、そりゃあ遠慮しとこうかな」
「やめときなさいよ。アルヴィンなんて公共の電波に乗せたら特徴局の品位が下がる」
「とっくに下がってるだろ? んなもん」
「正論は勘弁して」
「あのー、一応撮影中ですので、お静かに願えますか……」
アルヴィンが割り込んできた時点でカメラを止めていたらしいディレクターが溜息交じりに言った。そろそろ堪忍袋の緒が切れるのではないかと、斉藤はさすがに不安だった。とはいえ、彼が独断でカット指示を出したこともその一因なのだが。
しかしながら、徴税三課は徴税二課と異なり、テイク2はわずか五分で全ての撮影が完了した。これは斉藤が全ての説明を手短に、事前の打ち合わせ通りに行ったためであり、最初から全てこうしておけば良かった、と彼は後に述懐している。
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