第7話ー④ 特別徴税局は誰でも即戦力で笑顔が絶えないアットホームで風通しが良い職場です

 徴税四課 電算室


「ここは電算室です。ここは私達の任務のために重要な、たくさんのデータを分析する為のコンピュータが設置されており、徴税艦の運航に必要な計算処理もここで行なわれています」


 あの瀧山徴税四課長とターバンという、徴税部でもハーゲンシュタインに次ぐキャラクターの濃さを誇る二名を擁する徴税四課。斉藤達は当初から、トラブル回避のために電算室前を素通りするだけで済ませる予定でいた。


「今もこの私達の足下で稼動し続ける四基一二群のスパコンこそ、宇宙で最強最速の税務調査専門システムというわけです。申し遅れました、私が特別徴税局徴税四課の課長、瀧山です」

「課長補佐のスブラマニアン・ラマヌジャン・チャンドラセカールです。まあまあ中へどうぞどうぞ。見られて困るものは見えへんところにありますさかい。中も見てって~」

「こんにちはー。お邪魔しますー」


 そのままカメラは電算室の中へ入っていく。予定外の行動に斉藤達取材対応チームは慌てて作戦を立て直す必要に迫られた。


「瀧山課長、これはどういう風の吹き回しですか……」

「なんだ斉藤、文句あんのか? テメェの部署の紹介はテメェらでやる。当然のことじゃねえか」

「それは、そうですが……」


 取材対応など面倒だ、勝手にしろと言わんばかりだった瀧山だが、最終的に将来の特徴局エンジニアという存在が増えたほうがよいということを判断し、取材受け入れを決定したのであるが、その点を斉藤他取材対応チームには一切共有していなかった。また、取材に来たのが帝都中央放送一の美人アナウンサーと名高いアイラ・ムルトネンであり、男所帯の徴税四課員の熱烈歓迎! という空気に後押しされた形でもあった。


 その間にも、ターバンによる方言丸出しの解説は続いていた。


「こない大型のメインフレームを積んどる艦は、帝国軍の旗艦クラスくらいやろなぁ。ほな、なんでこないなもんが必要か、お姉さんわかる?」

「え? そうですねえ、やっぱり、お仕事がそれだけ多いから、ですか?」

「ピンポーン! お姉さんに一億点!」

「やったー!」

「ほんでまあ、特別徴税局にはこういうコンピュータの専門家もおらな回らん、というのは伝わった?」

「このテレビを見ている皆! 我々特別徴税局徴税四課は有望な技術者をいつでも待っているぞ!」


 強面ににこやかな笑みを貼り付けた瀧山のどアップで、徴税四課の収録は完了した。

 その後も和やかに追加の取材が進み、予定を一〇分オーバーする形で、斉藤達は徴税四課オフィスを出た。


「いやあー、協力的な方々で助かりました。中々いい画が撮れましたよ」

「それはなによりです」


 上機嫌のマクディーシの様子に、セシリアもほっと一安心と言った表情だ。しかし、次の言葉に彼女は思わず顔を強ばらせた。


「ところで、局長さんからいただいた資料には徴税五課もあると書いてあったんですが、取材行程に入ってないんですよね? どこにあるんです?」

「……今はカメラ止まってます?」

「え? ええ」

「五課については局外秘でして、内容はもちろん、五課というものがあることも口外無用です」


 セシリアは腰の愛刀宗定に手を掛けていた。そして斉藤も、その行動に息をのんだ。確かに自分は徴税部が五課まであることを知ってはいたが、誰がどんな仕事をしているのかはまったく聞いたことがなかった。これまで自分の仕事と新しい環境への順応のために記憶の隅に追いやられてしまうのだった。


「は、はい」


 マクディーシは引きつった笑顔でうなずくだけだった。ムルトネンに至っては凍り付いたように動かない。帝国省庁にはありがちな省外秘・局外秘の類いは、一介の市民といえども知れば公安警備局の監視が付くと噂されているだけはあるということだ。



 実務一課 旗艦インディペンデンス

 ブリッジ


「ここは実務一課、特別徴税局の強制執行をする部署です。旗艦のインディペンデンス他、特別徴税局には数十隻の徴税艦が配備されています。軍隊とは違うんだけれど、特別徴税局の任務は、危険もたくさんあります。だからこそ、こういった大げさにも見える装備が必要不可欠なんです」


 若干の棒読み感はあるものの、ゲルトルートもなめらかに原稿通りの台詞を紡いでいた。


 熟慮に熟慮を重ね、一見まともながら勤務中の飲酒風景を撮られるのはまずいと実務二課を外し、別の現場に出かけている実務三課はそもそも除外、囚人兵の資質が最も荒い実務四課を避けた結果、今回取材が入るの実務一課、それも旗艦のみという念の入りようである。


「こちらがインディペンデンス艦長の吉富課長補です」

「どうもこんにちは。私は民間軍事企業にいたんですが、こうして今は特別徴税局の徴税艦を預かる身です。皆さんの中には、将来軍艦に乗り込みたい、あるいは商船で働きたいと考えている方もいるかもしれませんけれど、帝国では私のような、省庁に属する艦艇で働く方も多いです。ぜひ、皆さんの将来設計に特別徴税局の道も入れてみてはどうですか? 私達は、皆さんの入局を楽しみにしています」


 入井艦長のよどみのないインタビューは、斉藤とソフィの手によるものである。何せゲルトルートは文章そのものが乱雑であり、本人に修正・推敲が不可能であると判断した結果で、これが斉藤の負担を倍加させていた。しかし、その甲斐もあって取材そのものは、ここまで極めてスムーズに完了していた。


「はい、カット! これで全ての部署を取材完了ですか?」

「ええ、こちらの不手際も多く、申し訳ございませんでした」

「いえいえ。なかなか見られないところも見せていただいて、私達としても勉強になりました」

「そろそろカール・マルクスへ戻りましょうか」


 斉藤が促すと、何事かカメラクルーと話したマクディーシが少し不満げな顔をした。


「え? どうせなら艦内の画も少しいただけると」

「それはカール・マルクスでも十分です。ほぼ同じですから」


 斉藤が急かすのは二つ理由があった。一つは囚人兵の比率が高い実務課の艦艇の内情を見せたくないということ。もう一つは、実務一課長がまだ就寝中であるということ。実は実務一課への取材は一課長が寝ている間に済ませるということで、無駄なやりとり、予想外のトラブルを回避しようという、斉藤なりの配慮であった。


 しかし、現実は時として意図しないトラブルを巻き起こす。


「あー眠っ! 酒が抜けてない……あれ? 取材?」


 囚人兵用に配給されているジャージのまま、セナンクール実務一課長がブリッジに上がってきた。二日酔いの不快感に眠りを妨げられたのか、その顔はひどく歪んでいた。


「す、すぐに帰りますから!」

「あの、この方は」

「ああ? 誰これ」


 マクディーシがジャージ姿のセナンクールを指さす。まるで鏡像のようにセナンクールもマクディーシを指さした。


「……帝都中央放送の方々です。マクディーシさん、こちらは実務一課長のセナンクール課長です」

「あっ、あそこに何か見慣れない船が居るわね。撃ってみるか」


 それだけ聞けば用はないとばかりに、セナンクールの意識はすでに全く別のところへ写っていた。


 寝起きのセナンクールの機嫌が悪いのは実務一課内では有名であり、その解消法は周囲の未確認物体を適当に破壊するというものだが、今回は普段と訳が違う。セナンクールは自席に収まると、課長権限で勝手に火器管制システムを立ち上げ、主砲の照準を特徴局以外の艦艇――帝都中央放送所有の高速船――に合わせた


「何言ってるんですか!? 取材中ですよ!?」

「一課長アレは!」

「ちょっと待ってください! あれはうちの船です!」

「よし! 主砲発――」


 斉藤と吉富艦長の制止も間に合わない一瞬の出来事。パネルの発射ボタンを押した瞬間、インディペンデンスの主砲、艦本式七五口径荷電粒子砲が放たれる。直撃なら民間船など粉微塵である。しかし、一秒後には眩い閃光と共に消え去るはずだった船は、まだそこにある。


「おやまあ監理部長さん。アタシの船で銃を抜くなんて趣味が悪い」


 斉藤の脇に居たセシリアが、抜く手も見せずにセナンクールのこめかみに長銃身のレーザーライフルを当てていた。


「セナンクール課長、その言葉はそっくりそのまま返させてもらいます。ジョークにしては趣味が悪いですよ」

「あはは、アタシに趣味なんて期待するの?」

「ええ、今は特に」

「分かってる分かってる」


 ヘラヘラと笑うセナンクールを一睨みして、セシリアはライフルを腰に下げ直した。


 最後の最後にとんでもない窮地が訪れた取材対応であったが、この後は局長室での短い総括のあと、怯えた顔をした取材班は逃げるようにして、立ち去っていったのである。



 数日後

 カール・マルクス

 局長執務室


「やあ、みんな、この前の取材はお疲れさまだったね」


 いつものように、やる気があるのかないのかさっぱり読み取れない顔をした永田が、取材対応に当たった四名を呼び出していた。セシリアだけは苦笑い、ソフィ、ゲルト、そして斉藤は居心地の悪い顔をしている。


「あー、この前対応してもらった取材のヤツね、お蔵入りになっちゃったんだって」

「やはり、ですか……」


 セシリアは先に結果を伝えられていたようだったが、残る三名は落胆の色を隠せない。


「あんなに頑張ったのに……」

「あれ、絶対実務一課長のところがヤバかったよね」


 溜息交じりにうなだれたソフィとゲルト。原因については、帝都中央放送からは公式回答を得られていないが、思い返せばいくらでも放送中止にしたくなる理由は思いつくのだから、仕方がない。


「いやあー、できあがりの映像はいいんだけどね。局内の判断で放送中止だって。いやー、何が悪かったのかなぁ」


 それを知ってか知らずか、白々しい永田の言葉だけが、執務室に響いた。


「ぼ、僕らの苦労はなんだったんですか……」


 絞り出すような斉藤の声。当然である、彼はこの取材対応の原稿作成は当然ながら、取材当日もかなりのエネルギーを消耗している。特に徴税二課、実務一課で。


「でも斉藤君も特徴局の人たちのことがよく分かったでしょ?」

「ええ……とんでもない人たちだってことが!」


 背広の胸ポケットから、潰れたたばこの箱を取り出して一本銜えた永田に、斉藤は取材対応の疲れからか、思わず最大ボリュームで怒鳴っていた。


 局長相手に怒鳴りつけるなどという非常識な出来事は、日々の業務の中で誰もがいつの間にか忘れ去っていくことだった。


 しかし、これは斉藤の心のダムが決壊する、後から考えれば予兆とも言うべき事柄だったのである。

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