第8話ー① ドラゴンの尻尾

 特別徴税局 総旗艦

 装甲徴税艦カール・マルクス

 徴税三課 オフィス


「帝都中央税務署から協力要請が入った」


 ケージントン徴税三課長は、そう言うと愛飲の葉巻をくわえ直した。なお、火は付いていない。


「中央税務署から? わざわざうちにですか?」


 国税省国税局配下の各地の税務署と特別徴税局の関係は微妙なもので、どちらかといえば税務署側が一方的に特別徴税局を敵視している向きさえある。同じ税の徴収を行う組織が並立しているのだから、斉藤が疑問を呈する当然だ。


 そもそも本来特別徴税局は各地の税務署なども警備するのが仕事のはずだが、武装した滞納者などへの対処に特例措置を積み重ね、国税法改正などを経て現在の強制執行が法整備された形となってはいる。しかし、これが本来の業務でないことは確かなことだった。特別徴税局が強制執行をする場合、現地税務署に問題解決能力が無いと見なされた状態であり、税務署長以下、特別徴税局の介入は絶対に避けたい事態の一つで、今回のように相手方から協力要請が入るのは極めて希な事例というのは斉藤も特別徴税局入局時の研修で聞かされていた。疑問に思うのは当然である。


「内容は帝国政策投資機構への税務調査だ」

「政策投資機構っていやあ、毎年フィナンシャルのランキングでトップテンにいるようなとこじゃないすか」

「アルヴィン、あなた新聞なんて読むのね」

「当の然」


 ハンナの意外そうな顔に、アルヴィンは得意げに胸を反らした。しかし、それを端から見ていた斉藤としては、その程度のことは当然のことと考えていたが。


 それはさておき、帝国政策投資機構は無数にある投資ファンドの一つで、帝国の領邦国家や自治共和国で行われる大規模事業に対して融資を行い、その利息により投資家は利益を得る官民ファンドとして知られている。


「特徴局を投入するということは、強制執行の可能性があるということですか?」


 斉藤は、自分で聞いておいて、頭が痛くなっていた。帝都オフィス街の上空を強襲徴税艦や装甲徴税艦が飛び交い、荒くれ者が高層ビルディングに雄叫びとともに突入する光景を想像していたからだ。


「帝都中心部だ。そんな荒事になるとは思いたくないが……随行は実務四課から一個中隊だ。さほどのことは無いだろうと予想している。出発は一時間後、カール・マルクスが月軌道に浮上したら、内火艇で先行する」



 帝都 アスペルン地区

 帝国政策投融資機構 本部ビル

 四二階 第一会議室(中央税務署臨時オフィス)


 帝都宮殿から南東部に位置するアスペルン地区は、ウィーンが地球帝国帝都と制定されたあとに行われたドナウ川東岸の大規模再開発で発展したオフィス街であり、帝国本国に本社機能を置く法人の半数がオフィスを構えている。ドナウ川西岸に広がる古式ゆかしいウィーン旧市街と、旧市街と合わせるための景観保護の配慮がなされたドナウシュタット地区の政府官庁街に比べると、特に制限を設けずに作られた近代的な高層建築が立ち並ぶアスペルン地区は、まさに帝国の経済の中心地たる偉容を誇っていた。


 その高層建築の一つ。帝国政策投資機構本部ビルの一室に、斉藤達特別徴税局徴税三課一行は到着していた。


「どうも、帝都中央税務署のスレイマヌ・アングブワ統括官です」


 黒々とした肌に身長一九八センチメートルの巨躯は鍛えあげられ、筋肉が節くれ立ってスーツを押し上げている。胸に光る中央税務署の徽章がなければ、降下軌道兵団の連隊長とでもいった風貌の男。彼が中央税務署の現場指揮官のトップである、と斉藤らは事前にケージントン課長より聞かされていた。


「久しぶりだな。アングブワ」

「こちらこそ。ロードにはいつもお世話になりましたから」


 どうやらアングブワ統括官とロード・ケージントンは旧知の仲らしい、ということも、斉藤達は薄々理解していた。


「紹介しよう。私の部下のハンナ・エイケナール、トリスタン・アルヴィン・マーティン・ウォーディントン、斉藤一樹だ」

「お初にお目にかかります」

「どもっす」

「よろしくお願いいたします」


 三者三様の反応に、アングブワ統括官は微笑を浮かべた。彼が感じたのは、特別徴税局とは国税省内にあって、その潮流とは無縁の愚連隊なのだ、という確信である。


「彼は私が公安警務庁にいた頃に世話になってな」

「何をおっしゃる。お互い様ですよ。君が斉藤君か。ケージントン課長から話は聞いてるよ。なかなかいい目をしているとね」

「いえ、そんな」


 斉藤は自分の話を、上司であるロード・ケージントンが他人にするとは思っていなかった。彼にも少しは一般的な組織人としての顔があるらしいと、認識を改めた。


「それにしてもだ。アングブワ、中央税務署ともあろうものが、わざわざ特徴局に応援を頼むとは。何があった」


 ここでようやく本題である。中央税務署の事務官数名も臨席して、今回の税務調査に至った経緯を、アングブワ統括官自らが解説することとなった。


「ご存じのとおり、帝国政策投資機構は、主に自治共和国や領邦国家を対象とした投資ファンドで、惑星開拓や都市開発のように膨大な費用が必要な計画に対しての、手堅い運用が謳われています」

「わざわざ我々を呼んで税務調査に入るのだ、何か気になる点があるのだろう?」


 ケージントンは指先で葉巻を弄びながら、アングブワ統括官の顔を見つめた。


「はい。実は特別徴税局の徴税三課と見込んで、我々と平行して調査してほしい点がありまして」


 アングブワが目配せすると、事務官が合成紙に印刷された資料を斉藤、アルヴィン、ハンナ、そしてケージントンに配った。


「なるほど。開拓予算を過小報告、帝国法人税および証券取引税の脱税か」

「手口は単純ですが、それなら私達の出番はないのでは」


 資料を一瞥したロードが言うのを聞いたあと、斉藤は思わず口に出していた。しかし、それを見たアングブワ統括官は大きくうなずいた。


「いいところに気がついたね、斉藤君。実はこの疑惑は三年ほど前から帝都中央税務署が調べていたんだが、全く糸口が見えん。恥ずかしい話だが、疑念があるだけでどの案件かは不明だ」

「実際に何を粉飾したかを探せってことですかい?」

「その通りだ。ウォーディントン君、いい答えだ」


 まるで教壇に立つ教師のようだ、と斉藤は感じた。特別徴税局に配属されてからは特に、人間というのは見た目と中身が一致しないとは強く感じる出来事が多かった。


「また、帝国政策投資機構は税務調査の際の動きが怪しい。考えられるとすれば――」

「資料を隠している、もしくはリアルタイムに隠蔽用の資料を作成している?」

「まさか、そんな」


 アングブワ統括官のあとを引き継いだハンナの言葉に、斉藤は絶句した。


「不可能な話ではない。我々だって瞬時に調査先の経理帳簿を各種データと併せてシミュレートすることが出来る。必要となれば、こちらの提出要請を受けて、都合の良いデータを出すことも可能だ」

「……そこまでして隠すのは、脱税だけでしょうか? リスクと釣り合いが取れていない気がします」


アングブワ統括官の言うことは斉藤も分かっているが、だからこそ納得できない部分がある。ただ、今の時点では霊感に近いもので、事実としてはなんら確証のあるものではないのだが、斉藤は斉藤なりに、徴税吏員としての嗅覚が育ちつつあった。


「まあ、額が大きくなればそれだけの価値があると考えるかもしれん。ともかく、皆さんには我々中央税務署に同行し、別ルートから探りを入れてほしい」

「わかった。ではアルヴィン、ハンナ、斉藤。行くぞ」



 帝国政策投資機構 四三階

 第四予備室(徴税三課臨時オフィス)


 会議用の椅子と机だけが設置されている簡素な部屋が、当面の徴税三課の根城である。持ち込んだ機材をセッティングした斉藤達は、早速仕事に取りかかる。


「カール・マルクスとの回線設定完了しました」


 斉藤は以前のメール誤配信事件以来、定期的にラマヌジャンや徴税四課員による研修を受けていた。今ではカール・マルクスとの直通回線の設定くらいは難なくこなせる。もちろん、これはメール誤配信事件の原因の一端であった玄人向けのUIを、瀧山四課長が徐々に見直しをしていることも関係している。


「ありがとね斉藤君。課長、ちょっと名前貸してもらえます?」

「何をするつもりだ? 連帯保証人にはならんぞ」


 露骨に嫌な顔をした上司を見て、ハンナはいたずらっぽい笑みを浮かべた。


「人聞きが悪いこと言わないでくださいよ。徴税四課を動員したいんですが」

「好きにしてくれ。私はアングブワと経理部門の聴取に入る。妙な動きがあれば知らせてくれ」


 そう言い残すと、ケージントンは退室した。恒例のヤク切れの頃合いだが、果たして喫煙スペースがこのビル内に存在するのだろうか、と斉藤は無用の心配をしていた。


「ハンナさん、どうする気ですか?」

「カール・マルクスで暇してる徴税四課に、ちょっとした娯楽を提供してあげるのよ」


 斉藤の問いにいたずらを思いついた子供のような笑顔を浮かべたハンナを、アルヴィンはげんなりとした表情で見ていた。



 特別徴税局 総旗艦

 装甲徴税艦カール・マルクス

 徴税四課 電算室


「おいターバン、ちょっといいか」


 徴税三課長名で送付されたメッセージが、徴税四課長瀧山寛の眉を歪めさせた。別段不機嫌な訳ではない、彼の脳がほぼ無意識にそういった動きをさせているだけだ。これが彼の人相の悪さと相まって、より一層周りの人間に警戒心を抱かせる理由となる。


「何ですのん? せやせや今から礼拝の時間やってん~」


 長年瀧山と付き合ってきたターバンことスブラマニアン・チャンドラセカール・ラマヌジャンは退避行動に入ろうとしていたが、瀧山は自分の近くを通り過ぎようとしたラマヌジャンの首根っこをつかみ、強引に空間投影型のディスプレイに顔を向けさせた。


「いいからツラ貸せ」

「いやもう貸してますやん。利子は高こうつくでぇ」

「いいからこれ読め」

「……ほっほーん、徴税三課のロードが支援要請? 大砲でも撃ち込むの?」

「どこにそんな文言書いてあんだよ。帝国政策投資機構メインデータベースの監視だ」

「あー、そういえば三課が行く言うてたね。でも税務調査やろ? 妙な真似はせんのと違う?」

「そこが怪しいんだろ? ウォッチドッグ走らせとけ」

「まあそれはええけど……はいはいトム君お仕事やでー」


 自席に戻ったターバンはキーボードを軽やかに叩き、投影型タッチパネルに指を走らせ、数分で帝国政策投資機構のメインバンクの監視体制を整えた。ちなみにウォッチドッグ、もしくはトム君ことピーピングトムは両者ともに徴税四課謹製の監視プログラムの渾名である。


 なお、現代では投影型キーボードも普及しているのだが、技術者、特に徴税四課に勤めるようなシステムエンジニアには物理キーボードが根強い支持を得ている。


「よしよしバッチリ見えてるでぇ……それにしてもエラい複雑な階層してまんなー。これ、もうちょっと調べた方がええんと違う?」

「そうだな。必要だと思ったらどれだけ兵隊割いても構わねえ」


 ターバンの画面から転送されたメインバンクの構成を見た瀧山も、ターバンと同じ結論に至った。


「ガッテン承知の助」



 帝国政策投資機構 四三階

 第四予備室(徴税三課臨時オフィス)


「今のところ動きはないようね。こちらの調査が本腰を入れてからが勝負かしら」

「物理的にデータベース分離していたらどうするんです?」


 斉藤の疑問は当然だったが、その点はハンナも感じていたことだ。そして、彼女が態々徴税四課を動かしたのは、暇つぶしの案件を送りつけるためだけではなかった。


「そう思ったから、徴税四課に頼んだのよ。言わなくても探りをいれるでしょ?」

「当たりをつけるとするなら、どっかデカイ案件で調整してるだろうな」

「その心は」


 斉藤は『大喜利じゃあるまいし』とツッコミを入れたい気持ちもあったが、黙ってアルヴィンとハンナの会話を聞いていた。


「年間数万件扱うのに、いちいちチマチマ調整するより、でかいのを誤魔化すほうが手間が少ないのと違うか?」

「まあ、一つの見方ではあるわね」


 小はビル一棟、大は惑星開拓までを取り扱う帝国政策投資機構の年間取り扱い案件数は文字通り星の数ほどになる。これらを一つ一つ微調整するくらいなら、取扱金額の大きなものでまとめて誤魔化すのが効率的だ、というのがアルヴィンの主張である。件数を絞れば、それだけ秘密保持も集中して行う事ができる。


「直近数年での大きな案件をリストアップしてみました」

 

 斉藤がリストアップしたのは東部軍管区、フリザンテーマ公国領惑星アル・サリーヌのセンターポリス再開発。ヴィシーニャ候国領ノヴィ・レスコの太陽光発電衛星整備事業。東部軍管区、ピヴォワーヌ伯国の第三衛星鉱山開発。コノフェール候国惑星グボノーガヤ・ムノガノーシカの極地加熱用の集光パネル建造事業。それにマルティフローラ大公国、首都星シルトクレーテの軌道エレベーター建造事業の計五件である。


「なんだこのマルティフローラ大公国の案件。無駄にでかいことやるもんだ。総事業費一四〇兆クレジットって、マジ?」


 人類が初めて軌道エレベーターの運用を開始したのは旧地球連邦時代末期であり、すでに五〇〇年以上前のことになる。その頃は核融合炉が主流で、現在使用されているような反重力推進器は存在せず、地上と宇宙の連絡のためのエネルギーが少なくて済む軌道エレベーターの実用性は十分にあった。


 しかし、現代では小型のコミューター機から全長一キロメートルを超える大型艦船も反重力推進器による航行が可能となり、軌道エレベーターによる人員輸送は、無秩序な惑星地表への出入りを禁止するため、つまり保安上の理由によるものが大きい。 


「シルトクレーテを地球に次ぐ第二の帝都にでもしたいんじゃない? むしろ一四〇兆で収まるのかしら」


 斉藤もハンナもアルヴィンも、さすがに軌道エレベーターの建造費の試算などできない。現在地球で建造中の第一三号エレベーター《レオパルトⅣ》の建造費を調べたところで、アルヴィンが呻いた。


「三二〇兆クレジットだぁ? いやー、桁が違うわ。なんでこんなに高いんだか」

「本国の軌道エレベーターは、低軌道ステーション部分に武装もありますし、増設する度にバランス補正やらなにやらだそうで……僕も初めて知りました」


 帝都軌道エレベーター公社の中高生向け広報資料に目を通した斉藤は、まだまだ自分が知らないことが世の中にはあるものだと感じていた。彼は国税や行政組織の知識はあってもその他のことについては一般庶民に比べれば多少知っている程度にすぎない。それ自体は何ら不思議なことではなく、大抵の人間がそんなものだ。知ったかぶりをするほうが最終的に痛い目に遭うということは斉藤も理解していた。


「んー、まあ私達は軌道エレベーター建造するわけじゃないし、このくらいにしときましょうか」

「で、これを全部調べるのか?」


 建造費だけ見てげんなりとしていたアルヴィンにハンナが答えるまで、数秒だけ間が空いた。


「アルヴィン、さっきの五件以外で適当な案件をピックアップ。審査部と経理部に絶え間なく資料を請求し続けて」

「動きを見るつもりか?」

「まあね。私はデータベースの方探るから、斉藤君はとりあえず……そうね、さっきの五件を調べてみて」

「分かりました」

「よし、申請出した。ちょっくら出かけてくる」


 アルヴィンはそう言い残すと、いそいそと臨時オフィスを後にした。


「何しに行ったんでしょう?」

「粉掛け」


 アルヴィンの行動の真意をハンナは理解できていたが、あえてそう答えていた。どうせ余分なこともするのが、トリスタン・アルヴィン・マーティン・ウォーディントンの人となりなのだから。



 三一階 審査部オフィス


「ちわーす、特徴局のもんですが、依頼したデータ、まだっすか?」


 アルヴィンは野茨御紋を掲げてズカズカと帝国政策投資機構審査部のオフィスに入った。遠慮会釈もない無礼千万な来客に、目を点にした審査部の職員の視線が集中する。


「もう送ってるはずですが。こんなに大量にどうなさるおつもりで?」


 審査部係長のユ・ヒョジンは警戒心もあらわに、オフィスの奥へ奥へと歩いてきたアルヴィンの前に立ちはだかる。


「いやあ、下っ端ってのは辛いっすわ。見てこいと言われれば行くしかないんで」

「そうですか。お察しします」


 アルヴィンの軽薄な態度が、ユ・ヒョジンの癇に障る。彼は胡散臭いことこの上ない徴税吏員を、どうやってオフィスの外へ叩きだそうかと考えていた。しかし、アルヴィンはアルヴィンで、すでに目の前の男のことなど眼中にない。空いているデスクの上をのぞき込んだり、机の下までのぞき込む。はっきり言って変質者と言って差し支えない。


「君、今晩空いてない? ご飯でも一緒にどうよ? 帝都のうまい店は任せておいてくれよ」


 近くに座っていた女性職員に声を掛けたアルヴィンの前に、ユ・ヒョジンは再び割り込んだ。


「あの、ご用がなければお引き取りください」

「あはは、こりゃダメだ。ガードが堅いねえ、それじゃ」


 アルヴィンはひらひらと手を振って、女性職員にウインクまでして出て行った。オフィス内に妙な空気が充満したのを感じて、上司不在の審査部を預かる身として、ユ・ヒョジンは咳払いをして、各自が仕事に集中するように促した。

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