第6話-③ お酒は用法用量を守って正しく接収しましょう

 R&Tボトラーズクヴァドラート工場

 事務所 経理部


「えっ? うちの所有輸送船のリスト、ですか?」

「はい」


 税務調査の対象者は、特別徴税局の資料請求について最優先で行うことが、帝国税法で定められている。斉藤は事務所にいた経理部長にデータの照会請求をしていた。


「……構いませんが、年度は――」

「とりあえず全て。除籍分も分かるようにしてください」

「分かりました。すぐに出させましょう」


 ジョージ・ハロルド・セラーズ経理部長は税務大学校卒業後、R&Tボトラーズに入社。本社経理部に配属され、すでに三〇年近い社歴をもつ。今年で五三歳になった彼は、まだ若い徴税吏員の目的を計りかねていたが、だからといって斉藤を嘲ることもない。何せ相手は特別徴税局、何をしてくるか分からない人間の集団なのだから。


「おい斉藤、なんだってんだよ」


 大会議室に戻った斉藤の姿を見て、アルヴィンが駆け寄った。最近あまり見られない、活発な斉藤の姿に驚いていたのである。


「アルヴィンさん、この工場に今いる船の数と、除籍分の数の合計がこのリストの船の合計になるわけでしょう? 船舶所有税を避けるためにも、廃船届を出して、スクラップにした――と見せかけて、工場の電力系統にその船を組み込んでしまえば」

「そうか! 特に難しいことしなくたって発電機になるってわけか、冴えてるなお前」


 当然である。斉藤は帝大経済学無修士卒 税務大学校卒、税理士・高等文官試験合格、二年飛び級により帝大入学なのだ。


「斉藤君、そのデータインディペンデンスに送りなさい。あっちのメインフレームに突っ込めば手っ取り早い」


 ハンナの指示で、斉藤は手に入れたデータをインディペンデンスのメインフレームに送信した。船籍照合だけでなく、その船に課税される艦船所有税なども同時に照合された結果が、斉藤の端末に返ってくる。


「これだ。船名ハクツルマル。五三五年クヴァドラート工場に引き渡し、五六〇年廃用」

「あー、この船おかしいわね。廃船届もクヴァドラート運輸局に出てるのに、税務署の記録では、当該船舶の反応炉取引税納付の履歴がない」


 斉藤が局員端末に転送したデータを見て、大会議室内は色めき立つ。斉藤の推測が、今確固たる証拠と共に、エネルギー売却税の脱税を暴きかけているのだ。


「めっちゃ使い込んだ船で残燃料はゼロ、炉ごと鉄くずってことはないか?」

「そんな危険なことできないですよ。それに炉ごと解体するのは廃棄物処分法でも違反行為です」


 証拠は九割方揃った、ただし、まだこの幽霊輸送船が実在すると確認できたわけではない。どこにあるのかが問題だった。現物が存在しない今、単なる手続き不備として扱われることも考えられた。


「じゃあ工場内の輸送船をしらみつぶしに当たるか?」


 アルヴィンの作戦は、実際に工場内を捜査、もしくは航路管制局などに照会して、ハクツルマルが工場内に存在するか確認しようというものだった。単純だが、時間と労力がバカにならない。調査は足を使うという彼の信条を体現しているが、斉藤には妙案があった。


「工場の図面で、妙な箇所はありませんでしたか? ちょうど二〇〇メートルくらいの船なら入りそうなものです」

「あっ、そうそう。工場の図面に変な空白があるのよね。ここが怪しいかも」


 調査部の協力もあり、一〇〇近い工場建屋の図面の解析はごく短時間で完了していた。そして、斉藤の予感は的中した。本社工場の図面に、正体がよく分からない空白域が存在していたのである。おまけに、この区画の工事費用が税務署側の資料には反映されていないことが明らかになった。


「どうでしょうか。ここまで証拠が揃えば、工場内の実地調査に移ってもいいと思うんですが」


 この後、西条とハーネフラーフによる確認を経て、斉藤は工場設備の管理者の尋問を自ら買って出た。


「工務部長のアーノルド・チェンです。何かご用で?」


 アーノルド・チェン工務部長はR&Tボトラーズクヴァドラート工場に高等実科学校卒で配属。叩き上げの工務担当者として社内では知られている。口は悪いが腕は確かという、ステレオタイプな職人肌の男だ。


「工場内の電気系統と図面を調べさせていただいたのですが、ちょっと分からない部分がありまして」

「税務署が電気系統を調べてるのか?」


 まずは斉藤が工務部長を問いただしたが、薄ら笑いを浮かべて質問に質問を返してくる。若造が知った口を聞くなと言わんばかりだ。


「我々は税務署ではなく特別徴税局です」

「ふーん、で? それがあんたらの仕事と何か関係あるの?」

「質問に答えてくれないと困るな。現在、この工場の電力源は軌道上の、R&Tボトラーズ社が所有する発電衛星のみ、それは間違いはないんだな?」


 あからさまに斉藤を見下すような横柄な態度を見かねて、アルヴィンが詰問する。


「ああ、そうだ」

「私からも質問です。この本社工場の冷蔵倉庫の横。この区画はなんですか?」

「随分と広いよなあ、これ。何にお使いで?」


 ハンナとアルヴィンに問われても、工務部長は動じない。しかし、斉藤には確信があった。だからこそ、こうやって新たな証人を呼び出してもらったのだから。


「そこは倉庫だよ。そう書いてあるだろ?」

「四〇年前の図面では、ここに輸送船のプラットフォームがあった。ここを潰して、今は本当に倉庫だと?」

「俺は工場内の全てを見てるわけじゃ無い。見ての通りでかい工場なんでね」

「では、こちらの空きスペースの調査をしても問題ありませんか?」

「どうぞ」


 相変わらず薄ら笑いの工務部長を見て、斉藤は自分の推測が間違っているのでは無いかと不安になってきた。


「……いやに堂々としてましたけど、いいんですか? これで空振りだと」

「何怖じ気づいてるのよ斉藤君。あなたが言い出したんでしょ? 自信持って、胸張って」


 工務部長、経理部長、工場長同伴の上で、倉庫と言われている場所にたどり着いた。工務部長が扉を開けると、様々な機材が山積みになっていた。どう見ても倉庫、そう言わんばかりに、工務部長が鼻を鳴らす。


「見ての通りだ。工場内で使う備品置き場だ。こんなところまで税務署さんは見るんですか?」

「まったく、疑うのはあなた方のオシゴトからすれば当然でしょうが、少しやり過ぎでは?」

「ふーん……まだ自信があるんですね、じゃあこれはどうかしら」


 工務部長と経理部長の二人が嫌みったらしく言うのを聞いたハンナが、腰のホルスターから執行拳銃を取り出し、初弾を装填する。ガチャリという金属音に、思わずR&T側の人間がその場に立ちすくんだ。


「お、おい銃なんて、何するつもりだ!」


 壁を背にして立つ工務部長に向け、ハンナが銃を構える。特別徴税局正式執行拳銃メッセレルE38の軽い発砲音と共に、薬莢が床に落ちる音が倉庫に響いた。


「う、撃ちやがったこのアマ……人に向けて……! 警察を呼ぶぞ! もしもし! 警察ですか! もしもし!」


 自分の胸の辺りをまさぐって、まだ生きているという安堵を得た工務部長が、制服の腕に内蔵された端末で警察署へ緊急通報をしようと、焦りもあらわに叫び続ける。経理部長と工場長も抗議の声を上げているが、この程度のことで慌てる特別徴税局ではない。なにせ斉藤ですらここまで一言も声を上げていない。彼もこういった状況に大分慣れてきたのである。


 一般人としては、突然発砲するような人間が目の前にいたら慌てない道理が無い。そんな些末な出来事はどうでもいいとばかりに、ハンナはホルスターに拳銃をしまうと、壁の着弾痕を観察している。


「ねえ斉藤君、ここ見て?」

「あれっ、穴が開いてる。しかも向こう側に何か見えますね」


 斉藤がのぞき込んだ先には、薄暗い空間に何か巨大なものがあるように見えた。些か芝居じみていた。


「あっるぇー。図面と違うなぁこれ。なんでこの先にこんな空洞があるんだー?」


 アルヴィンも同じく穴をのぞき込み、わざとらしい驚きの声を上げると――こちらもさらに芝居じみていたがワザとである――それと分かるほど経理部長と工務部長の顔色が青ざめた。ハンナはその反応を楽しむかのように微笑む。


「ハーネフラーフ部長、お願いできます?」

「わかりました……せいっ!」


 セシリアが腰の愛刀宗定を引き抜き、目にも止まらぬ剣捌きを見せた。一瞬ののち、壁面は細切れになって、人が通れるほどの空間が開かれた。


「あー! なんだこれ、倉庫はダミーで、船がまるまる置いてある!」


 再びアルヴィンのわざとらしい声が上がり、ハンナは呆れた様子で溜め息をついた。


「横着こいて船ごと転用しようってのが気にくわないわね」


 外装は剥ぎ取られ、無数のケーブルがつながれた船が鎮座している。斉藤の推測は、完璧な証拠と共に裏付けられた。


「工場長、これはどういうことですかな?」

「わ、私は知らない、こんなもの」


 西条が涼しい顔で問いかけると、工場長が狼狽えて経理部長に振り向く。


「経理部長さん、目の前にあるものが何か説明していただけますか?」

「わ、私は……工務部長に聞いてくれ!」


 たらい回しである。


「セラーズ、てめえ!」


 工務部長の怒り狂う姿を見て、斉藤はようやく自分の推測が正しかったのであろうと安堵した。


「まあまあ、ただのスクラップである、ということも考えられますよね?」


 セシリアのおっとりとした声は、今やR&T側の人間を追い詰めるものでしかなかった。


「あ、そ、そうだったなあ。そうだよ、これはほら、スクラップに出すのが遅れてるだけで」

「それにしちゃあ、随分とご丁寧に鎮座ましましてるじゃねえか」


 工務部長の下手な芝居に、アルヴィンが悪態をつく。アルヴィンからしてみれば、この往生際の悪さは気にくわないものだった。


「西条部長、ハーネフラーフ部長、内部の調査が必要と思いますが」


 ハンナの進言に、西条がうなずいた。


「そうだな。では工場長、経理部長、工務部長、同道願えますか?」


 相手が不正を認めるまで見逃すつもりはないとばかりに、西条が工場長達を促す。船体中程につながれたタラップから船内に入ると、きれいに清掃が行き届いていた。照明は煌々と通路を照らし、あまつさえ通路のあちこちに安全衛生週間だの、労働安全五箇条だのというポスターまで掲示されている。


「スクラップにしちゃあ、えらくきれいになってるな。工務部長さんよ」

「た、確かあれだ、夜勤者用の仮眠設備だから」


 アルヴィンの言葉に、工務部長がしどろもどろに答えるが、先ほどのスクラップに出すのが遅れているという証言と食い違う。なぜスクラップなのに仮眠設備にしているのか。そもそも仮眠設備であれば、壁の向こうに隠しておく必要も、出入り口をカモフラージュする必要もない。


「機関室はこのドアの向こうですね?」


 もはや聞く意味が無いとばかりに、西条らは通路を進み、目的地にたどり着いた。アルヴィンが扉を開くと、パイプと配線の森が目の前に広がっていた。


「特徴局です、動かないでくださいね。その首刎ね落としますよ」

「ぜ、全員動くなよ! 特徴局の方に失礼だ!」


 セシリアは先ほど抜いた愛刀宗定を抜く素振りを見せた。それを見た工場長が、うわずった声で叫ぶ。軽合金製のパネルを易々と切り裂いた切れ味だ。人間の体もあっさりバラバラにすることが出来るのは、想像に難くない。


「業務中失礼。特徴局の者だ。ここが制御室か。君らはここで何をしているのかね?」


 西条が懐から野茨御紋――特別徴税局員の身分証明証――を取り出すと、機関室内を見渡した。


「工務部長……」


 西条の問いに、機関室に詰めていた工場従業員は助けを求めるように工務部長に顔を向ける。


「……ち、違う。これは違うんだ」


 上司として、庇うつもりが無いというのがありありと見える。それほど工務部長には余裕が無いように、斉藤らには見えていた。


「リシテア重工製ARシリーズ。商用貨物船用に開発された対消滅反応炉のベストセラーね。あなた、これがどこにつながってるか答えてちょうだい。虚偽申告は認めない」

「……工場内につなげられています。電力系統の図面はこちらです」


 ハンナは機関室のコントロールパネルから、送電先を割り出すと同時に、反応炉の制御員から工場の電力系統に組み込まれているという証言を得た。つまり決定的証拠が特徴局の手に渡ったことになる。


「さてお三方。いい加減、観念してもらえないだろうか? この区画の改築に際し、費用が計上されていない、この船の反応炉取引税も廃用時に申請するものが払われていない。全てお見通しだ」


 声音こそ通常のものだが、機関室の雑音に負けない音量で西条が最後通告を始めた。もはや逃げ場なし。この時点であらゆる弁解は無意味となる。


「これは記録に無い発電機です……」


 いち早く折れたのは、やはり経理部長だった。ここまで来てはシラを切っても自分が裁ち切られるのではないかと恐怖を覚えたのだろうし、伊達にこれだけの規模の工場で経理部長の役職に収まっているわけではなく、特徴局が着た時点で覚悟は決めていたのだろう。


 この後、休憩を挟んで会議室で行われた事情聴取において、正式にクヴァドラート工場側が不正を認めた。


「特徴局のもつデータのズレと、この工場の発電量とのズレは、ハクツルマルの発電分を組み入れることで見事に一致した。ハクツルマルの発電分を全て売電していた、ということで間違いありませんね?」


 ハクツルマルの廃船から現在に至るまでの発電量は、船内のメインコンピュータに全て記録されていた。これにより、太陽光発電衛星だけでは説明できない、売電量と発電量のズレが証明された。西条の事実確認に、事情を知る経理部長と工務部長は力なくうなずいた。


「つまり、現在のところこの輸送船の発電分を売電に回してから二八年間。この分のエネルギー売却税は納付されていないということです。さらに輸送船ハクツルマルは用途変更で発電設備にされたのではなく、船籍抹消、廃用で届け出ているわけですから、これは帝国船舶所有法第五条に違反です」


 転用届を出せば、当然工場の発電設備として土木局に届け出が必要で、そうなれば発電設備の電力量などは詳細に報告する義務が発生する。それを回避するには、廃船として届け出て、表向きは解体、売却したことにしておかなければならない。しかし、今回の調査では廃船なら当然に発生するはずの反応炉取引税未納付が発見されたことで、このような事態となった。これほどの大企業でこのような姑息な手段を採るとは、今実際に詰問している西条にしても、データを読み解いた斉藤はじめ徴税三課の人間も、深い落胆を抱かずにはいられなかった。同時に、現地税務署でこの程度のことは発見してしかるべきことであり、何故このような長期の脱税が続いていたのかについては苛立ちがあった。


「五六〇年の廃用届け出から現時点までの艦船所有税の滞納、虚偽報告に対する違反金。当然これらには重加算税も加わります。金額はこの書面の通りです」

「そ、それは」

 

 斉藤が自分の端末を操作して試算した納税額を見て、工場長が青ざめた。この時点で、R&T側の人間は今や汗を滝のように流すオブジェだった。工場長は自分も知らないこととはいえ、責任追及は免れないし、工務部長や経理部長も同様だ。R&T本社はトカゲの尻尾として、この三人を処罰するだけで済ませるかもしれない。斉藤は汗でぐっしょりと濡れた顔を何度も拭う経理部長らを見て、若干ながら哀れに思った。彼らにしても、自らの決定では無く、おそらく先代の工場長や、本社管理部門の指示でこの策を取ったのだろう。工場長は自らも知らないうちに行われていたことである。


「R&T本社には正式ルートにてこの件は報告させていただきます。おそらく他の工場にも同様の調査が税務署より入るでしょう。ところで、これほど長期間の滞納ですと、一括納付は厳しいと思いますが」


 西条の言葉に、工場長は慌てふためいた様子で周囲を見渡したが、経理部長も工務部長も俯いたまま何も言わない。


「分割などはどうなのでしょうか」

「基本的に、即日納付が不可能な場合は工場内資産の現物徴収で済ませます。輸送船などは高値で処分出来ますが」

「そ、それはご勘弁を!」


 クヴァドラートを中心とする北天軍管区から帝国中央、東西軍管区への独自の輸送手段まで保有するのがR&Tボトラーズの強みである。それには多数保有する輸送船が不可欠なのだ。


「これは帝国国税法第六六六条にも認められたものです。あなた方に拒否権は無いのですが――」


 逃げ場なし、といった工場上層部に、西条は妥協案、というよりも、本来の目的を通知した。


「――酒類の現物徴収、ということでいかがですかな?」

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