第6話-② お酒は用法用量を守って正しく接収しましょう



 北天軍管区 

 クルーク自治共和国 首都星クヴァドラート

 R&Tボトラーズ クヴァドラート工場

 事務所 応接間


「特別徴税局調査部、部長の西条昌樹です。ただいまより、帝国税法第一五条に基づく税務調査を実施させていただきます」

「私は特別徴税局監理部、部長のセシリア・ハーネフラーフと申します。調査のお手伝いをさせていただきます」

「R&Tボトラーズ、クヴァドラート工場長のマディソンです」

「経理部長のセラーズです……調査は年次のものをクヴァドラート税務署より受けておりますが、どういうことです?」


 R&T側が不審に思うのは当然で、この時点で特に問題が無いとされているからこそ、現在もクヴァドラート工場は操業しているのである。


「我々の調査の結果、現在この工場が所有するエネルギープラントの設置規模および余剰電力量、それにともない納税されているエネルギー税について疑義が生じております」


 西条は単刀直入に説明した。無論、酒が目的ということはおくびにも出さない。


「現在設置されているプラントと出力については、提出させていただいている資料と差異はないものとしか」

「まあ、それを調べるのが我々の仕事でして。ただいまを持って、すべてのデータを凍結。調査に入らせていただきます。現時刻以降、我々の許可なくデータベースの変更、移動は禁止いたします」

「……さようですか。経理部長、調査に協力してさしあげなさい」

「はい、わかりました」


 工場側担当者の事情聴取を西条ら調査部とハーネフラーフが進める中、斉藤ら徴税三課は事務所の大会議室を貸し切り、データベースを上から下までひっくり返して精査を開始していた。


「いいんでしょうか、お酒を手に入れるために税務調査なんて……」


誰もが抱くであろう疑問を、斉藤が口にした。作業そのものは先日のヴィルヌーヴ子爵家の税務調査同様、真っ当なものだ。しかし目的が不足するアルコール飲料の入手にあるので、気後れするのは当然のはずだが、斉藤以外の特徴局員がその程度のことを気にするはずもない。


「まあ、しょうがねえよな。西条さんが税務調査に踏み切るくらいだから、負けはないと思うが」

「でも帳簿だけじゃわかんないわねえ。大体これ、何年前から滞納してるのかしら」

「創業二二〇周年だっけか、ここ……クヴァドラート税務署はなんて言ってる?」

「閉鎖中で応答なしです」


 税務調査の記録問い合わせのために斉藤が連絡したクヴァドラート中央税務署は、現在閉鎖中で自動音声の受付メッセージしか流れなかった。


「羨ましいなぁ。特徴局も止まっちまえばよかったのに」

「インディペンデンスのメインフレームにぶち込んで様子見かしらね」


 インディペンデンスをはじめとする特別徴税局徴税艦のメインフレームは、戦闘艦として必要になる演算処理の他、税務調査に特化した処理を行うこともできる。徴税四課により日々アップデートが続けられることにより、かつては複数人で数日を要するようなチェックでも、数秒でこなすことができる。また、各徴税艦同士に結ばれた超光速回線経由での相互チェックも可能で、収集されたデータは他の艦のメインフレームも学習し、さらに高速かつ正確なチェックを可能とする。


 現在までのところ、これを越えるメインフレームは地球帝国には存在しない。むしろ、必要とされる場所が存在しないと言っても過言ではない。 


「どう?」

「やはり帳簿上は問題がないようですが、売電量に比べて、発電量の申告が少ないようです。税務署は何をしていたんでしょう」


 斉藤は溜息を吐いて自分の端末のデータを壁面の大型モニターに転送した。


「こりゃあ実地調査がいるな」

「じゃあ手分けしましょうか? 私は引き続き、経理部の粗探し」

「俺は工場内を。斉藤、見てこい」

「見てこいって、何をですか?」

「決まってるだろ。エネルギープラントそのものだ」



 R&Tボトラーズ クヴァドラート工場駐機場

 インディペンデンス内火艇 〇二号


 斉藤とアルヴィンは二手に分かれて、軌道上の太陽光発電衛星を調査することにした。工場の駐機場に到着した内火艇に乗り込むと斉藤は見知った顔が艇長席で操縦桿を握っていることに気がついた。


「えっ、ゲルトが操縦するの? というより、なんで君がここに?」

「なによ、文句ある? じゃああんただって小型船舶の操船免許取ればいいでしょ! 自分で操縦しなさいよ!」


 暇だったという理由でついてきたゲルトは、今回の調査では運転手として暇を持て余していた。そこで斉藤の実地調査の協力を依頼された。


「いや、それは、まあ……今回も頼むよ。戦闘じゃ無いから、インメルマンターンとかいらないからね」

「臨機応変に対応するまでよ」

「どこの世界に税務調査でインメルマンターンする役所が……いや、ここにあった」

「ガタガタ言わない。シートベルト締めて」


 内火艇とは言いつつも、超空間潜行以外の長距離航行が可能なのが、現代の内火艇である。緩やかな加速で大気圏を離脱して、目的地である静止軌道の発電衛星群へと向かう。


「……そういえば、なんで同行してくれるの? どうせ対艦戦闘でもないし、徴税一課はカール・マルクス待機でしょう?」

「う、うるさいわね! 万が一って事があるじゃない」

「え、あ、うん? よく分からないけどありがとう」


 そう、ゲルトルートはこの調査に随行を命じられた訳では無く、自ら無理矢理徴税一課長を説き伏せ、調査に同行していた。その理由をゲルトルートが語ることはまず無いし、斉藤が気付くこともない。


「太陽光発電衛星も、これだけあると壮観だね」


 帝国建国当時、すでに枯れた技術とされていた軌道上の太陽光発電衛星は、生産技術の高度化とマイクロ波送電の技術向上が進んだ結果、対消滅反応を利用する反応炉が登場した後も人類の主要な電力供給源として用いられている。クヴァドラート静止衛星軌道には、クルーク自治共和国所有のものと共に、R&Tボトラーズが独自資本で設置したものが設置されていた。


「そういえばさ、あんたこれが問題ないって、見ただけでわかるの?」

「……どう見ればいいんだろう」


 そう、斉藤は発電システムの専門家でも、建築物の専門家でもないのである。

 とはいえ、斉藤は持てる知識を応用し、コンソールに存在するレーダーのモニターに気がついた。


「レーダーの反応の数を見れば大丈夫じゃないかな」

「えーと……五〇一二基? えっ、ほんとに? こんなにあるの?」

「帝都の高軌道発電リングなんてもっとすごいよ」

「まあ、そりゃあそうだけどね」


 R&Tボトラーズ クヴァドラート工場

 大会議室


 斉藤が宇宙で首を捻っている頃、工場のありとあらゆるデータをひっくり返していたハンナが、違和感を覚えて西条に相談していた。


「西条部長、ちょっとよろしいですか?」

「ん、なんだねエイケナール君」

「売電量と実際に発電した量、それに工場内で使用されるはずの電力量を比較してみました」

「ほう……ん、ズレがあるぞ」


 今回、税務調査におけるポイントはエネルギー売却税をどのようにして回避しているかである。


「いくら太陽光発電とはいえ、宇宙に置いてあるものでこのズレはおかしいと思いませんか?」


 数年分のデータをグラフ化し、同時に売電量のグラフと並べると、その差は歴然としていた。


「ふむ……マイクロ波送電の、惑星大気による減衰でのロスということはないか? 軌道上の発電量の測定は?」


 無論、その程度のことを出来ていないと西条は考えていない。別部署とはいえ、西条はハンナ・エイケナールという徴税吏員の能力を高く評価していた。


「発電量から大気による減衰もシミュレート出来ています。元の値からしても、ずれが説明できません」


 しかし、ずれがあるというだけで脱税の決定的証拠とはなり得ない。西条とハンナはそのことを理解していた。電力系統に接続された各機器の消費量まで累積しても、工場の稼働状態に左右されるしデータを集めるのも一苦労だ。


「そうか。悪いが経理部の粗探し、もう少し続けてもらえるか?」

「はっ……ところで、ハーネフラーフ部長はどちらへ?」

「工場長相手に尋問だ。まあ彼女の事だから、ボロディンのような脅迫まがいのことはしまい」


 西条は、応接室で行われているのどかな尋問風景を思い浮かべて、再びデータの精査に戻った。


「まあ、五七六年から工場長を。ではもう一〇年も工場長をおつとめなのですね?」


 事実として、セシリア・ハーネフラーフ監理部長による工場長への尋問は、しかし世間話のようなのどかな雰囲気が漂っていた。


「いえ、まあ前任のものから引き継いだだけで、私は特に」


 もちろん、ただの世間話では無い。ハーネフラーフは世間話をしつつ、何かボロが出ないものかと考えていた。ただ、工場長は工場長で、これがただの世間話ではないことに気づいていたし、何せ目の前のセシリア・ハーネフラーフという女性は美人だが、腰にレーザーライフルと軍刀を下げているので、うかつなことはいえないと注意深くなっていた。


「まあまあそんなことをおっしゃらず。これだけの規模の工場ですもの。働いている方も多いのでしょう?」

「この工場には一万五千人、まあ大半が設備補修のスタッフですが」

「まあ、それだけの方々をまとめてるなんて」

「工場内のほとんどの部分は、各課長クラスの掌握ですよ。私なんて、一〇年前までは本社の営業部長でしたから」


 R&Tボトラーズ最大の工場を預かる彼、ロナルド・マディソンは六一歳。本社営業部に入社後、営業部主任、広報部係長、生産管理部課長、そして再び営業部に戻り部長を務め、工場長に異動した経歴を持つ。彼自身、おそらくこの工場長という役職が自分の社内キャリアの終着点であると考えており、定年退職までの数年を無事終えられると、つい一時間ほど前までは確信していた。しかしここに来て、彼は不安を覚えた。あの特別徴税局が乗り込んできた。このあと自分はどうなるのだろう、と。


「あら、では工場内の事はあまりご存じないのですか?」

「これだけの工場ですから、日々勉強ですよ」


 ハーネフラーフは確信した。工場長をこの場で締め上げようが、今自分が腰に下げているライフルと軍刀で脅そうと有益な情報を手に入れられる可能性は無い。また、この工場長が就任する以前からエネルギー売却税の滞納が行われているであろうことを、ハーネフラーフは読み取っていた。もちろん、本当に税の滞納が行われているかは、調査の結果次第である。


「では、また何かお伺いするかもしれません。その際はよしなに」

「はい、しかし特別徴税局の方々も大変ですね。こんな飲料メーカーの工場などに。税務署に任せておけばよいではないですか」

「税務署とあなた方が結託している、なんてこともあるかもしれませんから」


 工場長は、おべっかのつもりで言葉を発したことに後悔した。表情は柔和なままなのに、ハーネフラーフの声には冷たいものが漂っていた。



 静止軌道上

 インディペンデンス内火艇 〇二号


「そうか、偽計か」


 地上では工場長の尋問が終わり、続いて経理部長が尋問されているころ、斉藤はあることに気がついた。


「え?」

「発電設備はなにも太陽光じゃなくたっていいんだ。ようは提出した資料にない方法で発電して、余剰電力を確保できればそれでいい」


 レーダーによる静止軌道の発電衛星の数は申告通り。しかし、わざわざ粉飾を行うものが、こんなわかりやすい場所で虚偽報告するわけがない。


「まあ、それもそうね。でも目立つとバレるでしょ?」

「軌道上には存在しないが、大出力のもの……そうだ、わかった! ゲルト、発電施設は宇宙じゃない、地上だ!」

「地上ったって……どこで何を使うの?」


 斉藤の推理は鋭い点を突いたものだが、重要なものが抜け落ちていた。ゲルトルートの言うとおり、どのような手段で、どこで発電しているか分からなければ、ただの思いつきで終わってしまうのである。


「山岳部、地熱発電……? 風力、波力、他に何か……」

「火山ねえ……ていうか、そんな大規模なもの、勝手に設置したらバレバレじゃない?」


 ゲルトルートの指摘は尤もだった。だが、現地税務署、事と次第によってはクルーク自治共和国が国内最大の企業であるR&Tボトラーズに便宜を図っていることも考えられた。しかし、斉藤は西条の読みがそこまで甘くないことをここ数回の税務調査で知っていた。自治共和国と結託していれば、はじめから調査などと言わず、強制執行に入っていても不思議ではない。


「もしくは、単純に反応炉とか」


 正・反物質の対消滅反応を利用した動力炉は、現代艦船の主要動力としてなくてはならないもの。地球帝国の版図が維持できているのも、この動力炉があってこそだった。


「なるほどね、小型のものなら工場建屋に隠せるってことか。あんた冴えてるわね、どうしたの? 変なもの食べた?」

「僕がいつも吐いてばっかりだと思ったら大間違いだよ。ゲルト、一度工場まで戻ろう」

「わかった」


 ゲルトルートと斉藤が工場事務所に戻ると、刀折れ矢尽きたという様子のハンナが力なく斉藤達を出迎えた。


「ハンナさん!」

「ああ、斉藤君。軌道上は異常ないでしょ。あーあー、空振りかしらねえ今回は」

「工場の見取り図はありますか?」

「えっ? あるけど何に使うの?」

「反応炉をどこかに隠してる可能性があります」


 斉藤の言葉に、ハンナは生気を取り戻した。


「……発電設備が軌道上にあるって認識にとらわれすぎてたってことか。焼きが回ったわねえ」


 惑星地表は環境保護法などの規制により、大規模な発電設備の設置、特に広大な地表を覆い尽くすような太陽光発電システムの設置は制限があり、小型の反応炉も通常であればコストパフォーマンスが悪いので設置されない。自然と帝国領の惑星では軌道上に大規模な太陽光発電プラントを設置して惑星地表で必要とされるエネルギーを確保する。


 斉藤は、建物の図面なども調査のヒントになることを、西条から学んでいた。データベースには工場創業当初から現在に至るまでの図面が全て保管されており、各年代における工場の改築工事なども、食品衛生法に従って、いつ、どこを、どのように改築したか詳細に記録されていた。それに併せて、改築工事に関わる予算と支払金額の記録も照合した。


「第三九工場は、二九年前に拡張工事が実施されて、第一〇二工場も同年改築工事。でもどうかしらね……地下の工事までやるような費用でもないわ」

「拡張工事費用を照らし合わせて……工事担当業者に請求書を出させましょう。なにか分かるかも」

「どうかね。何かつかめそうか?」

「それが――」


 斉藤は自分の推測、これから調査しなければならない内容を西条に簡潔に説明した。


「斉藤君、実にいい目の付け所だ。工場内の電力網に外部から接続されているのは、軌道上の発電衛星とクルーク電源公社への売電ラインのみだ。となれば、工場内に隠されていると考えるのは正しい。工場内の電力系統を調べるのと、工事費用の確認は調査部で進めよう」


 西条麾下の調査部は、徴税三課とは別の意味で調査のプロである。西条からして、かつて地方の税務署に赴任していた頃はゴミ捨て場の廃棄物の量から脱税を見抜いたことがある猛者である。


「工場長とのお話は終わりましたが、彼が何かを知っている様子はなさそうでした。ただ、かなり長期にわたりエネルギー売却税を誤魔化しているのは確かですね。経理部長は比較的落ち着いておられましたが……ただ、あれは何か隠している方の目をしています」


 セシリアの言葉に、西条は唸った。


「ふむ。ハーネフラーフ部長がそう感じたのなら、何か裏がありそうだ。とりあえず、皆、昼食にしよう」


 一見、西条という男は任務遂行のためなら手段を問わず、徹夜の強行軍も辞さない人間に見える。実際そういう調査を行うこともあるが、基本的に彼は人間が無理を出来ないレベルを弁えている。特に他部署との共同で調査に当たる場合、彼はフィジカル、メンタル面でのサポートを欠かさないきめ細やかな男だ。昼食を終えた特徴局は、調査を再開した。


「そもそもよぉ、対消滅炉だって証拠もねえんだぞ?」


 アルヴィンの疑問はもっともで、今のところ斉藤の憶測だけを頼りに、調査は進められている。


「……そうかもしれませんけど」


 先輩からの指摘に、斉藤も答えに窮した。理論は完璧だが、それを実証する証拠をまだ彼は手にしていない。


「インディペンデンスのセナンクール課長からは、惑星上に大規模発電設備と思しき反応はないってきてるのよ? となれば、斉藤君の推測が、答えに近い。違う?」

「あと、そもそもエネルギー売却税の粉飾自体がこちらの見間違いってこともあるだろう?」

「売電量と発電量と使用量のズレが説明できないわ。軌道上の太陽光発電設備以外に、発電をしているものがあるはずだって西条さんは言ってるけど」

「そりゃあ、あの人が言うくらいだからなあ……」


 そのときである。軌道上のインディペンデンスとの通信用に持ち込んでいた野戦用通信機から、暇を持て余した実務一課長の嘆きが流れてきた。


『まだ調査は終わらないの? ったく今回、暇でしょうがないわ』

「セナンクール課長、すいませんがまだ掛かりそうなんですよ」


 誰かが相槌を打たないと、際限なく愚痴が流れる。そう感じたアルヴィンは、自らセナンクール実務一課長の会話相手を請け負った。


『まあ、アタシは構わないんだけどさ。時間があったって外に出れりゃあしない』

「課長、あと刑期何年くらい残ってるんです?』

『三桁年よ。細かいことは覚えてないわ』


 彼女は元海賊にして反帝国主義の活動家。本来銃殺刑に処されるものを、司法取引で強引に終身刑に減刑させた過去がある。永田により特徴局に引き抜かれなければ、塀の中で一生を終えたであろう人間である。


「うへえ。特赦でも出ないと死んじまいますね」

『博士に頼んで機械の体にでもしてもらおうかなぁ』

「そりゃあタチの悪い冗談ですぜ」


 アルヴィンとセナンクールの会話を聞きながら、斉藤も心の中でうなずいた。ハーゲンシュタイン博士に機械化手術を依頼するなど、正気の沙汰ではない。


『暇だからその辺の小惑星撃ち落とすってのもできないしねえ。アイドリング以上にあげないと主砲のエネルギーも供給できないし。大体対消滅燃料の消費量なんて、コンマ以下の数字でしか変わんないのに、こういうときだけお役所根性で節約しろとかどーなのよ、総務部長』


 セナンクールが省エネ指示を出した総務部、ひいてはミレーヌ・モレヴァン総務部長への批判に入ろうとしたとき、斉藤はまるでパズルの掛けていたピースを見つけたような感覚を覚えた。


「それだ!」

「うおっ、どうした斉藤」


 突然の大声に、アルヴィンが思わず椅子から飛び上がった。


「船舶用の機関を発電機にしてるとしたらどうです!?」

『え? え?』


 事情を把握していないセナンクールは、画面の向こうで何事かと目を白黒させている。


「セナンクール課長! ありがとうございます! 事務所に行ってきます」

『あ、ああ、いいってことよ……あの子、どうしちゃったの?』

「さあ、何か気づいたんでしょうが……まあ、しばらくはうちのボスと将棋でもしててくださいよ」


 大会議室を飛び出していった斉藤を見送りながら、アルヴィンは通話を締め括ろうとする。彼の上司であるロード・ケージントンは最近調査にも同行せず、別件調査を進めているらしい。おそらく、インディペンデンスの仮オフィスで心置きなく愛飲の葉巻を堪能しながらだ。


『ヤだよ。あの人相手のチェスの負けが込んでるんだ。これ以上おごる酒の量を積み増ししたくないね』

「早めに精算しといた方がいいっすよ、それ。ボトルで済んだのがケースになる」


 心底厭そうな顔をして、セナンクールは通話を終えた。野戦通信機のモニターが待機画面に切り替わり、アルヴィンはとりあえず、斉藤が戻ってくるのを待つことにした。

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