第28話-① 徴税艦隊~天翔る徴税吏員達

 帝国暦五九〇年三月二七日、帝国標準時一七時四五分。帝国本国での戦いは終結を見た。


 同日一八時より緊急召集された上院下院での戒厳令解除、全権委任法によるマルティフローラ大公フレデリク・フォン・マルティフローラ・ノルトハウゼンへの全権も剥奪され、摂政解任が決定。


 同時に近衛司令官メアリー・フォン・ギムレット公爵が摂政代理に就任。戒厳令解除後、皇帝選挙が終わるまでの間に限り、皇帝の執務を代行することが布告された。


 戦闘により損壊した帝都宮殿は復旧するまで閉鎖。当面の仮宮殿として離宮のラゲストロミア宮殿を利用し、延期されていた皇帝選挙の実施を一週間後の四月四日に決定されたことが布告された。


 明けて三月二八日の朝刊一面は、全紙マルティフローラ大公他、皇統会議拡大派による辺境惑星連合への不正資金流出、領邦税他の脱税により特別徴税局によるライヒェンバッハ宮殿への強制執行が実施されたことを公式に帝国政府が認めた。


 この執行の根拠となった永田文書と呼ばれるマルティフローラ大公らの不正の告発文書に帝国中が騒然となり、二八日から上院、下院合同の委員会においては、一〇年余の間政権与党にあったエウゼビオ・ラウリート政権に対する批判と追求に追われ、自由共和連盟他、与党の支持率は急降下した。議会の勢力バランスは完全に崩れ、ラウリート政権は極めて困難な状況下、任期間近ということもあり、皇帝選挙の後解散することを宣言するに至る。


 一方、国税省は早い段階で国税査察権により各領邦への監査のみならず、政府内部にもメスを入れることを明言。自己弁護と追求回避にやっきになる政権幹部を尻目に、無論批判は受けながらも永田文書に記された不正の実態を調べることになった。


 これらの混乱の最中、ヴィオーラ伯爵が隠棲を発表、同時にヴィオーラ伯爵を長期にわたる伯国統治の功績ということで公爵に格上げし、その日のうちにギムレット公爵がヴィオーラ公爵ギムレット家として、ギムレット侯爵家から分家。


 これにより、領邦国家領主のうちから次代皇帝を選出するのが不文律の皇帝選挙に、大手を振って出馬することが可能になった。布告から一週間後。皇帝選挙が実施された。


 一〇時から投票が始まると、仮宮殿であるラゲストロミア宮殿に黒色旗が掲げられた。帝国臣民が固唾を呑んで見守る中、二時間後に投票が終わると同時に、新たな皇帝旗――ギムレット公爵家の紋章である絡み合い牙を剥く二匹の蛇を、帝国国章でもある野茨の蔦が囲んだもの――が掲げられた。名実ともに、帝国第一四代皇帝、メアリー・フォン・ヴィオーラ・ギムレット。メアリーⅠ世が誕生した瞬間である。


 選挙の後、ラゲストロミア宮殿のバルコニーに姿を現した若く、激烈な印象を与えるメアリーⅠ世のお出ましに、帝都は歓呼の渦に包まれた。宮殿前広場には新たな皇帝を祝福する民衆が集い、どこからともなく帝国第二国歌である皇帝賛歌が歌われ出すと、何時しか帝都中に響き渡るような合唱へと発展していった。



 四月四日

 一二時一五分

 東部軍管区

 サルールバード自治共和国

 首都星バハムール衛星軌道上

 巡航徴税艦ヴィルヘルム・ヴァイトリング

 徴税特課 オフィス

  

 斉藤一樹は、新皇帝誕生の報を、ヴァイトリングの艦橋で聞くことになった。


「おー、花火も上がってら。皇帝万歳! ってか」


 点けっぱなしのテレビに釘付けだった一同の中で、いち早く叫んだのはアルヴィンだった。


「なぁ斉藤。新皇帝の戴冠を祝して一献」

「今から執行でしょう。ダメに決まってるじゃないですか」


 斉藤の回答はにべもない。


「なんでぇ、ツレねえでやんの……」

「大体戴冠式は来週じゃないですか。執行終わったら好きなだけ飲めばいいでしょう……っていうか、アルヴィンさん飲んでも意味ないじゃないですか。脳味噌以外メカなのに」

「まあ、そうカタいこというなよ」


 そんな会話をしていると、オフィスのドアが開いて、渉外係長マクリントックがワイン、ブランデー、焼酎、ウイスキーの瓶を抱えてオフィスにやってきた。


「ヒャッハー! 皇帝陛下ばんざーい! つつしんで慶祝けいしゅくの意をひょうしてまずは一献ってかぁ?」

「マクリントックさんまで何やってるんですか!?」

「なんだよぉ、ノリが悪ぃなあ斉藤。溜まってんのか? 今なら時間あるぞ? 一発ヌイとくか?」

「ノリもヘリもないんですよ! あとセクハラ! エアロックから放り出すぞマクリントック! 執行前だっつってるでしょ!? 大体マクリントックさん、渉外係長になったんですよ!? 刑期も消えてちゃんと採用されたんだから、しっかりしてください!」


 特別徴税局の局員のうち、ギムレット公爵に従った所謂囚人兵は罪刑の重さにより刑期を短縮したり、特赦により免除が行なわれた。マクリントックはこれで刑期が帳消しとなり、そのまま特別徴税局採用の専門職として四月から勤務することになった。


 なお、渉外係長は今まで所謂囚人兵とされていた懲罰兵や服役中のところを引き抜いた渉外班員のうち、元々渉外班長を務めていた者の中で特赦により刑罰権が消滅した者を任命したものだ。


「わかったらその酒瓶しまってきてください。勤務中の飲酒は実務二課長だけの特例なんですから」

「へいへい……」


 その時、艦内放送のスピーカーが呼び出し音を鳴らして、続いて艦長の声がオフィスに響いた。


『斉藤課長ぉ! とりあえず皇帝陛下万歳ってことで――』

「不破艦長! 飲酒は後からにしてください!」


 斉藤のツッコミに、不破艦長は驚いたようにひぃ、と声を上げた。


『あ、あれぇ? なんで分かったんですか? もしかして課長ってばエスパー?』

「エスパーでもストパーでもありません! まったく……ほらほら皆、仕事仕事。年度初めは忙しいんだから」


 斉藤が手を叩いて促し、テレビやら何やらを見て騒いでいた特課一同が仕事に戻った。


 一二時三〇分

 東部軍管区

 首都星ロージントン

 錨泊宙域

 装甲徴税艦カール・マルクス

 第一艦橋


「実務一課、二課、三課、四課、それぞれ執行開始した模様です。特課も予定通り……しかしまあ、損傷艦の修理も終わらぬうちから、今年度の収作戦を行なわねばならんとは」


 秋山はカール・マルクスの修理状況のガントチャートを見ながら溜息を吐いた。


 帝都での執行後、カール・マルクスは三日ほどかけてライヒェンバッハ宮殿の庭園で応急処置を行ない、どうにか最低限の航行機能を回復した後、大型の浮きドックに接合したまま普段の定位置である東部軍管区首都星ロージントンまで回航された。


 他艦も多かれ少なかれ損傷していたが、執行の合間に直していくということで破損部位が残っているものも多い。カール・マルクスにしても、艦内の一部通路は艦内戦闘中に爆破して使い物にならず、現在でも修復作業が続けられていた。


「まあ、普段の執行の半分の規模で仕事が回るわけで、結構なことじゃない。溜まってた休暇も一気に処理してもらってるし。入井艦長がいないカール・マルクスも久々だなあ」


 重度のワーカーホリックと化している入井艦長ら徴税艦運航スタッフも、艦が浮きドックに入ったままでは大した仕事もないため、溜まりに溜まった休暇を少しでも消化してもらっている。今、カール・マルクスの艦長代行は秋山が務めていた。


 実のところ、秋山自身も休暇が溜まっているのだが、彼自身もまたワーカーホリックであり、自分の休暇のことはあまり気にしていなかった。


「財務省が予算縮小を要求してるという話もありますが」

「今月後半選挙でしょ? 政権交代しちゃえば一旦立ち消えになるからしばらく大丈夫だよ」


 艦内禁煙! と書かれたポスターを一目見てから、くわえかけたタバコをグシャグシャのソフトケースに入れ直して、永田はコーヒーを啜った。


「ほんとですかねえ……」



 同時刻

 総務部 オフィス


「さあさあとっとと仕事の遅れを取り戻さないと、いつまで経っても新年度が来ないわよ!」

「「「「はいっ!」」」」


 総務部はむしろ先の帝都への執行時より殺気立っていた。特別執行ということで予算から人員配置まで通常業務度外視のことを、年度末に約三日間も掛けたのだからその分の業務の遅れが響いていた。


 そこへ国税査察権行使ということで各領邦への監査、永田文書公開に伴い脱税が明らかになった企業のうち、納付を拒む企業への強制執行がドッと押し寄せた形になり、平常時の新年度よりもさらに業務量が増えていた。


 合成紙が飛び交いフローティングウインドウが各デスクを行き来して報告復唱質問回答が機関銃弾の如くたたき出されていた。



 同時刻

 徴税二課 工作室


「修理用資材の手配に消耗品の手配、工員に浮きドックのレンタル料に艦載火器の帝国軍からの供与申請に……」


 ラインベルガー二課長補は、現在徴税部の中でも特に忙しい立場にある。元々特徴局の兵站関連を一手に担うラインベルガーは、修理艦艇が山積みの状況で降って湧いた繁忙期だった。


「おー、忙しそうじゃのうラインベルガー」


 博士は珍しく、コーヒーなど飲みながら非常にのんびりとした調子で工作室をうろうろしていた。永田から依頼されていた無人徴税艦計画が一段落したことで、ラインベルガーとは逆に、博士は休暇に入っている。無論、彼にとっての休暇とは彼の信じる科学の探究なので工作室に入り浸っているのだが。


「そう思うなら手伝っていただけません?」

「わははは、ワシは事務仕事がテンでダメなんじゃよ。さらばじゃ! うわはははは!」



 一三時〇二分

 局長執務室


『局長、取材要請やら何やらが星の数ほど押し寄せてるんですが』

「全部定型文で国税省広報に問い合わせてって返事でいいよ」


 セシリア・ハーネフラーフ監理部長の苦情に、永田はモニターに映る彼女の顔を見ずに返事をした。


『その広報からも永田に対応させろ! とすさまじい抗議が来てますが』

「強制執行中につき無線封鎖中ですって返しとけば大丈夫だよ」

『それ、無線封鎖中に返したら嘘だってバレるじゃないですか……』


 セシリアは呆れたように首を振った。


「あっ! 斉藤君とこに回す?」

『カール・マルクスに強制執行掛けるって言われますよ』


 妙案! とばかりに手を打った永田だったが、セシリアの回答に困惑した表情を浮かべた。


「えぇ……彼、過激だなぁ……」

『局長の教育が良いんじゃないですか?』

「あはは、それほどでも」

『褒めてません。ともかく伝えましたよ。局長デスクの端末に転送しといたんで、対応頼みます』

「ああそんな、セシリア君冷たい!」


 メールやら接続要請やらの通知がどっと押し寄せた通知音で、永田はうんざりとして、セシリアを責めるような、些か子供じみた声を上げた。


『こちらも平時の業務に加えて、国税省本省や各地の国税局との折衝で手一杯なんです。よろしく頼みます』

「えー」

『頼みますよ』

「はい……」


 セシリアに一喝されて、永田はしょんぼりとした様子でたばこに火を付けた。


「好き放題やったツケだな。斉藤君もこれを知ってて特課で執行に出かけたんじゃないかな?」


 いつも通り、たばこを吸いながらコーヒーを飲んでいた笹岡が、永田を茶化す。


「今から副局長とかいうポスト作って、彼に対応させようかな」

「それやったら、今度こそ斉藤君は君のところに渉外班一個連隊引き連れてやってくるぞ」


 笹岡の指摘に、永田は渋々と言った様子で頷いた。


「はいはい……というかさ、笹岡君こそなにのんびりしてるの」

「僕はキチンと平常業務をこなしてるからね。誰かさんと違って溜め込まないから」

「……」

「さ、僕はサー・パルジファル達のブラッシングの時間だ。頑張りたまえ、局長」

「努力しまーす」


 永田の気合いが一つも感じられない返事を聞いてから、肩をすくめて笹岡が局長執務室を出て行った。



 一三時二一分

 ローレンス鉱山開発株式会社 本社衛星

 巡航徴税艦ヴィルヘルム・ヴァイトリング

 艦橋


『帰れ! 国税の狗が! どうせまた賊徒に流してんだろ!』


 惑星バハムールの衛星軌道上に浮かぶ鉱山小惑星に立て籠った嫌疑人相手に、斉藤は最後通牒を突きつけたのだが、相手の返答は先述の通りの罵倒である。


「言いたいことはそれだけでしょうか」

『てめえらこれ以上近づくなら、資源衛星、首都星に落っことすぞ!』

「衛星管理法違反まで追加されたいのなら、ご随意に」

『それでも公務員か!』

「はい」

「……」


 斉藤は努めて冷静に対処していたが、ゲルトにはアームレストをイライラと叩く斉藤の様子に一抹の不安を抱いていた。


『はいじゃねえんだよ! とっとと帰れ! 頭でっかちの帝大出の坊ちゃまなんざ怖くねえ! テメーみたいなガキに用はねえ! 税金ドロボー!』


 すさまじく低レベルな罵倒の羅列に、遂に斉藤の堪忍袋が音を立てて破裂する。


「黙って聞いてりゃ付け上がりやがって! 学がない馬鹿は大人しく納税義務を果たしてろ! こちとら特別徴税局だぞ! お前らタダじゃ済ませないからな。生きてそこを出られると思うな! 艦長、執行開始! 全門斉射。撃ちまくってください!」

「いやそれじゃ徴収する資産なくなっちゃいますよぉ」


 一応特課内でナンバーツーの不破艦長は斉藤の指示に抵抗を見せたが、それは儀礼的なものである。


「いいから発射!」

『おい待て撃つってなんだ!?』

「えー、ホントに撃つんですかぁ」

「ちょっと! 待ちなさい斉藤!」


 ゲルトの静止にもかかわらず、斉藤は指示を覆すことはない。


「構わないから発射!」


 帝国を震撼させた帝都宮殿強制執行から約一週間。斉藤達は通常業務を開始した。





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