第28話-② 徴税艦隊~天翔る徴税吏員達

 四月四日

 一四時〇〇分

 マルティフローラ大公国領内

 実務一課旗艦 装甲徴税艦インディペンデンス

 艦橋


「一課長、敵艦は拿捕せよと局長からのお達しだ。沈めることのないように」


 ロード・ケージントンは実務一課、二課と共にマルティフローラ大公国領内での強制執行の指揮を執っていた。特課オブザーバーとしての仕事はほぼ無いので、こうして出張対応している面もあるが、彼にはもう一つの仕事があった。


「わかってるよおロード。スタン・カノン斉射。足止めして移乗攻撃アボルダージュだ。吉富、アルカイーニ、準備は?」

「スタン・カノン斉射準備完了」

『渉外班、いつでも出られます』

「いよぉっし! アル中二課長に負けんじゃないよ! それじゃ執行開始! 全艦突撃!」


 未だに主砲の半分と装甲の二〇パーセントが未補修のインディペンデンスだが、実務一課の稼動艦艇で無傷のものはないが、これで執行に入るよう依頼されたとき、セナンクールは名誉の傷跡だと言って笑うだけだった。


 現在実務一課が追っていたのはマルティフローラ大公と深い繋がりを持つ大公国領邦軍国防大臣、宣淙壹ソンジョンイルが乗った巡洋艦だ。


 永田文書の帝国議会での追及や捜査の手が広がるにつれ、マルティフローラ大公国、フリザンテーマ公国、コノフェール候国の閣僚や経済界の重鎮が相次いで逃亡しようとしていたが、すでに警察や公安、そして特別徴税局が捕縛を進めていた。特にマルティフローラ大公国の閣僚は重要参考人として移動に制限が掛けられていたのだが、それを破ってでも逃亡するとなれば、何かしらやましいことがある、ということだった。


「敵艦、なおも逃走。重力波反応増大」

「潜らせるんじゃない! 前進一杯! 総員対ショック姿勢!」


 吉富の指示で、艦列から離れたインディペンデンスが逃走を試みていた巡洋艦に体当たりを仕掛けた。全長で二倍、質量で五倍以上差がある装甲徴税艦の体当たりに、巡洋艦は大きく姿勢を崩した。


 なお、姿勢が安定しない状態での超空間潜航は、艦構造の破壊を招くので禁忌とされており、自動的に潜行シークエンスが停止するように、帝国航行法で定められている。


「スタン・カノン斉射!」


 電磁パルスの束が至近距離から叩き込まれ、艦全体をスパークさせた巡洋艦はようやく動きを止めた。


「アンカー射出、固定完了次第、渉外班は目標の確保を」

「よしよし。これで最後?」

「ああ。これで大公国の脱税やら国費不正流用の全容もよりクリアになる。それは、あとは好きにやってくれ」

「え? ロード、まだ制圧終わってないよ?」


 あとは任せたとばかりに、艦橋を出て行こうとするロード・ケージントンを、セナンクールは呼び止めた。


「問題ない。アルカイーニ君は優秀だろうし、問題ないだろう。私も自分の身くらいは自分で守るさ」

 

 葉巻を咥えたまま出て行ったロード・ケージントンを見送りながら、セナンクールは目をぱちくりとさせた。


「さっすが内国公安局出身ってこと?」

「さあ?」


 吉富艦長は肩をすくめて、すぐに艦内状況の把握と指揮に戻った。



 一四時二〇分

 巡洋艦フスハール

 艦橋


「さすがだなアルカイーニ。仕事が早い」


 葉巻で一服してから、まだ掃討が続く艦内を一人で歩いてきたロード・ケージントンは、艦橋に入って笑みを浮かべた。すでに制圧済みだったのだ。


「ロード・ケージントンにお褒めにあずかるとは光栄至極」


 芝居がかった仕草で一礼して見せたアルカイーニの足下には、拘束された宣淙壹国防大臣が転がっていた。


「さて……あなたには色々と聞かねばならない。財務大臣殿もそろそろ捕まるだろう。洗いざらい吐いてもらうぞ」


 床に転がった国防大臣は、唇をかみしめて黙り込んでいるだけだった。


「インディペンデンスの取調室に放り込んでおいてくれ。後で私が聴取する」

「イエス・マイ・ロード」



 一四時二〇分

 実務二課旗艦 装甲徴税艦ソヴィエツキー・ソユーズ

 艦橋


「実務一課が国防大臣の身柄を確保したとのことです」

「セナンクールに先を越されたか」


 ニヤリと笑ったカミンスキー実務二課長は、三分の一ほど残ったウオッカのボトルを飲み干してから実務二課長補、XTSAー444フェリックスに目を向けた。


「こちらはどうか?」

「まもなく包囲網に掛かります」


 実務二課が追撃していたのは、マルティフローラ大公国財務大臣のドリー・フィンリーが乗る駆逐艦だ。体当たりしてでも逃走を防いだ実務一課に対して、実務二課のそれは追い込み漁のようだった。


「マクシム・ゴーリキー、ヴァリャーク、エカチェリーナⅡ、ピョートル・ヴェリーキーに作戦開始を打電」


 カミンスキーの指示が駆逐艦に伝わると、小惑星やらデブリの陰に隠れていた機動徴税艦が一斉に飛び出し、四方からスタン・カノンの斉射を浴びせかけた。


「敵艦回避しました!」

「チェックメイトだ。艦長」

「はっ! スタン・カノン、撃て!」


 旗艦ソヴィエツキー・ソユーズ、装甲徴税艦アルハンゲリスクからスタン・カノンが発射され、直撃した。


「巡航徴税艦アヴローラ、スターリングラードに移乗攻撃を開始させる」


 実務二課各艦の鮮やかな連携により、駆逐艦が拿捕された。実務二課は二課長の見た目と裏腹に、きめ細かな任務が行える点で、破壊力に特化した実務一課とは性格が異なっている。


「これで逃亡を計った馬鹿共は全部捕らえたか?」

「はい……マクシム・ゴーリキーより、敵艦艦長より降伏と、財務大臣の身柄引き渡しを申し入れてきたとのことです」


 カミンスキーの問いに答えた安藤艦長が、僚艦からの通信内容もついでに報告した。


「よし! これで今回の仕事は達成だな。我らの勝利に!」


 どこからともなくウオッカのボトルを取り出して、半分ほど飲み干したカミンスキーは満足げに微笑んだ。


 同時刻

 フリザンテーマ公国領内

 首都星ブラーヴニック

 センターポリス上空

 実務三課総旗艦 徴税母艦大鳳


「さて……こちらの仕事は粗方済みましたか?」

「はっ。何事もなくてよかったですね」

「まあ、何かあれば私が出て死ぬ覚悟で迎撃すればいいだけですし」

「座っててください。出番がないってのはいいことじゃないですか」


 桜田実務三課長は、やんわりと、それでいて抵抗できないくらい強い力で座席にニールマン課長補に司令官席に押し戻された。


「地上のほうは、ボロディン課長が張り切っているようですね」


 実務三課と実務四課は、合同でフリザンテーマ公国首都星の官庁街に強制執行を行なっていた。フリザンテーマ公爵自身は帝都で軟禁されていたが、彼の身柄の安全が確認出来ないならいかなる調査にも応じない、と現地国税局の査察要求が領邦政府に突っぱねられた為、今回の強制執行と相成った。


「領邦軍の動きは?」

「静観の構えですね。治安維持艦隊、警察も同様です」

「そうですか……」


 戦闘がないのはよいことだ、と言ってはみた桜田だったが、彼は常に死に場所を求めて常在戦場。ニールマンは相変わらずそれを留めるのに必死だった。



 一五時一〇分

 財務省前

 実務四課前線指揮所


『首相府の警衛部隊の排除、ただいま完了しました』


 大公国財務省前庭に構築された実務四課前線指揮所に、通信機越しのヴラドレン・チムーロヴィチ・ストルィピン渉外係長の野太い声が響いた。


「手こずったな、同志ヴラドレン・チムローヴィチ」


 帝都ライヒェンバッハ宮殿での戦闘で負傷したボロディン実務四課長は、全治二ヶ月の診断を受けていたが、平素と変らず前線指揮に赴いていた。尤も、今回は銃撃を受けるような事態は想定されていない。


『はっ。帝都宮殿の戦い以来、総務部長より周辺施設の破壊は避けよと厳命されておりますので』


 やや困ったように弁明した渉外係長の言葉に、ボロディンは含み笑いをして紅茶に口を付けた。帝都宮殿は一階と地下フロアが派手に損壊しており、宮内省から特別徴税局総務部へ、理解はするが不満を表明するという迂遠な抗議を受けていた。宮殿の建物そのものの補修費用はともかく、激戦となった正面玄関ホールなどの古美術や装飾の被害総額は、普段の強制執行における被害総額を大きく上回るものとなっていた。


 そこで、総務部長ミレーヌ・モレヴァンから各渉外係長に、必要の無い損害は避けることと厳命されていたのだった。


「歴戦の猛者も総務部長の『ダメ』には勝てんと見たが?」

『言わないでください、同志四課長』

「分かっているさ。それに総務部長も宮仕えの身。言わざるを得ないのだろう。ともかく、ご苦労」



 

 一五時三〇分

 東部軍管区

 サルールバード自治共和国

 首都星バハムール衛星軌道上

 ローレンス鉱山開発株式会社 本社衛星港湾区画


「あーあーあー……全部吹っ飛ばしちゃってもう。斉藤君、荒っぽいよ最近」


 執行が完了した資源衛星に入った斉藤、ソフィ、ゲルトら特課の面々だが、早速ソフィは端末片手に被害集計を初めて、斉藤をジト目で睨んだ。


「どうせ徴収後の再開発で委託事業者切り替えたら、施設も含めて入れ替えるでしょ」

「ダメ。瓦礫撤去とか電力網とか復旧からやるんだから、無駄な費用出ちゃうでしょ」


 ダメ、の一言の元に弁明を一蹴された斉藤は、首をすくめて口を尖らせた。


「わかったよ……まったく総務部長みたいなこと言うんだもんな」

「なに?」

「なんでもありません……」


 再びソフィに睨まれた斉藤は、すごすごとゲルトの後ろへ、それとなく移動した。


「子供か、あんたは」

「ゲルトに言われたくないね」

「なんですって!?」

「言った通りだよ!」

「はいはい喧嘩しないの。エアロックからたたき出すよ」


 斉藤とソフィ、ゲルトらの痴話喧嘩を遠目に見ていたマクリントックが、吸い終えたタバコを放り、ブーツの踵で揉み消しながら、アルヴィンに顔を向けた。


「ありゃ嫁の尻に敷かれるタイプだな」

「んだなし」

「なんでおめさ北部方言に訛っちまってんだ」

「まあ冗談はさておいてだ……」


 アルヴィンは銃撃やら砲撃で損壊した衛星内部の港湾区画を見渡して、深い溜息を吐いた。


「俺ら、一応帝国の巨悪の所業を暴いた正義の味方だろ? なんでこんな、愚にもつかねえバカタレの対処に奔走してるのかねえ」


 アルヴィンの言うことは尤もで、永田文書、つまり永田が告発しなければ大公に理ありと見る向きはあったし、皇帝選挙の帰趨は全く違うものとなっていた可能性が高い。国費の不正流用や脱税も常態化して手が着けられなくなることも考えられた。


 だというのに、相変わらず特別徴税局は各地のゴロツキのゴネ得は許さないとばかりに、精力的に活動している。


「バーカ。正義の味方だってゴミ拾いとかすんだよ、知らんけど」


 マクリントックは足下に転がっていた空き缶をコツンと蹴り飛ばした。放物線を描いてダストボックスに入っていく空き缶を横目に、そういうものかねえとぼやきながら、アルヴィンは未だにキャンキャンと騒いでいる三人の若者達の仲裁に入ることにした。





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