第28話-③ 徴税艦隊~天翔る徴税吏員達

 四月四日

 一六時〇〇分

 装甲徴税艦カール・マルクス

 徴税四課 電算室


「はぁ……」


 本日何度目かのターバンの溜め息に、くわえていたタバコを灰皿に押しつけた瀧山徴税四課長が鬱陶しそうに舌打ちした。


「んだよターバン。またフェスのチケット抽選落ちたのか?」

「ちゃうねん」

「じゃあなんだよ」

「最近の仕事、いつも通りやん?」


 瀧山は自分の周囲に浮かぶフローティングウインドウ、周囲の四課員の姿を見渡してから眉間に皺を寄せた。


「だからなんだよ」

「なんかこう、もっとないん? 勲章もらえるとか、恩賞がバーンって感じのこう、なあ」


 ターバンの俗っぽい言葉に、思いっきり溜め息を吐いた瀧山は新しいたばこをケースから取り出して火を付けた。


「俺達ゃ法に基づいて執行続けてるだけで、恩賞バーンとかねえんだよ。まあ多少色を付けてほしいってのは理解するが」

「まあせやけどー」

「せやせや。ワシらこうしておぜぜを稼いでおまんま喰うのが仕事やっちゅうねん」


 瀧山の似非帝国南方方言に、ほぉと感心したような声を出したターバンは腕を組んで頷いた。


「瀧山はんは割り切りがええなあ」

「一歩間違えば俺らは叛逆者として処刑されてたんだ。今こうしてお咎めナシで働いてること自体が驚き桃の木、山椒の木ってとこだ」

「山椒は小粒でもぴりりと辛いって?」

「そりゃ斉藤の事だろ。アイツの手際も見事なもんだぜ。ほれみろアレ」


 電算室片隅のテレビを、瀧山が指さした。


『――で、ありますから、我々国税省としては、財務省、国土省、国防省、星系自治省など政府各所の特別監査を行ない、帝国臣民の皆様方に対して――』


 帝国議会の両院議員総会で行なわれている永田文書の公聴会で、帝国政府部内の内部監査を主張する国税大臣の答弁の様子を、瀧山は冷ややかな目で見ていた。


「最新の調査じゃ、自由共和連盟の次の総裁候補なんて言われてるらしいぞ。永田文書を政府閣僚として徹底追求するって姿勢が評価されてるらしい。斉藤が丸め込んだというが」

「斉藤はんも永田はんみたいなことしてまんなー」

「そうだぞー。ありゃ恐ろしいやっちゃでホンマ……」



 一七時一五分

 帝都ウィーン

 首相官邸

 閣議室


「……」


 首相官邸閣議室に戻ってきたラウリート首相は抜け殻のようにソファに収まっていた。居並ぶ閣僚もほとんどが同じような顔をしている。親族の葬儀でもここまで沈んだ顔をしないだろう神経をしているベテラン政治家達も、連日の批判は堪えているようだった。


「内務大臣は?」

「病院からは、当面無理だと連絡がありましたが」


 ギムレット公爵らの暗殺を企てただけでなく、永田はじめ特別徴税局局員、そのほか官僚や自治共和国政治家の暗殺を主導してきたと告発されていた藤田昌純内務大臣は、戒厳令解除と同時に病気療養のため入院と発表していた。


「藤田の馬鹿め。先に使ってしまっては、あとの者が迷惑するではないか」


 フィオナ・ギデンズ星系自治大臣が毒づいた。星系自治省については、自治共和国交付金の一部の予算請求を改竄し、水増し分をマルティフローラ大公国などに流していた疑惑から大臣、事務次官共に針のむしろだった。

 

「……」


 ギデンズのヒステリックさに比べれば、無言で目を閉じているだけのロジーネ・ジーグルーン・マルガレータ・フォン・ヘルツォーク財務大臣は静かだった。しかし、彼女はそもそも大公国などへの領邦交付金などに対する不明瞭な会計の責任を取らされることが明白であり、諦めの境地ゆえの静けさとも言えた。


 総額四五〇兆帝国クレジットにも及ぶ使途不明金問題の根幹は財務省にあり、彼女の責任は明らかだった。


「もはや総辞職は避けられないが、新帝が決まるまでは我々がなんとかするしかない。各省、ここは膿を出すつもりで協力していただきたいものだ」


 オットー・シュタインマルク国税大臣は、沈鬱な閣議室の中一人意気軒昂だった。先の世論調査の結果もあり、急に政治家としての使命に燃えだしたとも言えるが、彼自身もそれほどクリーンな身の上ではない。特別徴税局が一言、彼の選挙での不正を指摘した途端、彼の足下はあっという間に崩れ去るのだから。


「政権をとって一〇年。まさかこのような形で幕を閉じることになるとはな」


 ポツリとつぶやかれた言葉が誰のものだったかは、この部屋にいる誰にもわからなかった。



 一七時二七分

 装甲徴税艦カール・マルクス

 第一会議室


「本省がうちに人を寄越すって」

「寄越すって……うちにですか? 監査役とかでなく?」

「うん。まあ特課の動きがあまりにめざましくって、世論のご機嫌取りのためみたいだよ」


 徴税特課は小規模案件とはいえ、各所の著名な企業に対する強制執行が続いており、斉藤個人の意外な過激さと若きエリートというキャラクター性が相まって、急速に帝国内における存在感を増していた。


 ラウリート政権は下がり続ける支持率に対する最後の抵抗を試みようと、それまで避けていた政策を野党の要求により通し、法案改正に臨んでいたのだが、その一つが特別徴税局徴税特課の規模拡大である。


「まあいきなり斉藤君のところに一個艦隊なんてことは出来ないからね。ヴァイトリングと、適当な機動徴税艦と強襲徴税艦を預けて、戦隊規模に拡大しようかな、と」

「なるほどね……秋山君、斉藤君の堪忍袋に火が付いても対応出来る柔軟な連中の選定を頼むよ」

「はっ」


 斉藤は基本的に温厚だし無茶な命令を出さないが、ひとたびキレれば周辺被害をいとわない強攻策に出ることも珍しくない。その点を笹岡が秋山に念押しした。


「ミレーヌ君、セシリア君、西条君、笹岡君は特課にもう少し人を割いてもらうことになるから、そこんとこよろしく。斉藤君の下にいるテイラー君とデルプフェルト君を主任に昇進させて統率させる」

「はっ!」

「かしこまりました。しかし斉藤君もいよいよ特徴局の顔と言ってもいいですね」

「うむ。やはり吾輩が見込んだだけのことはある!」


 がははと笑う西条に、イヤーマフをつけたセシリアが微笑んだ。

 

「うんうん。僕も仕事が減って助かる」

「逆でしょう。斉藤君が特課長に掛かりきりになるんですから、局長は自分の仕事をちゃんと処理してください」

「はい……」


 ミレーヌに釘を刺された永田が、やや落ち込んだ様子で頷いた。


「せっかく局長付なんてポストを発明したのに、同じく自分で発明した特課でその目論見が外れるとは、策士策におぼれるってやつかな?」


 笹岡がニヤニヤ笑いながら永田に言う。言われた方の永田は思いの外嬉しそうな笑みを浮かべていた。


「いやあ、ここまで特課が使いやすいとは思わなくてさ。抜かったなあ……」


 後ろ頭を掻きながら永田が笑いながら言うと、会議室の一同も釣られて笑い出した。


「まあ、斉藤君は僕や笹岡君、西条君よりも長く特別徴税局を率いることになるホープだ。本省キャリアとして経験を積ませるためにも、特課の規模拡大はいずれやることだったからね」


 局長にしては妙案だ、と全員が頷いた。


「ま、若手の登竜門、もしくは虎の穴ってとこかな」

「ブートキャンプってことにもなるかもしれませんが」


 笹岡とミレーヌの言葉に、永田がうんうんと頷く。


「鬼軍曹斉藤一樹ってね。いやあ楽しみだなあ斉藤君の新人シゴキ」

「局長も行ってきたらいいんじゃないですか?」

「ぼく、ゆとり世代だから無理」


 永田が真顔で答えた。


「ま、斉藤君に帝都に出迎えに行ってもらうとするかな。未来の特別徴税局員、天翔る徴税吏員のタマゴ達を」

「孵化する前に叩き割られなきゃいいですけどね」

「わあミレーヌ君辛辣ぅ」


 

 ヴィオーラ伯国領宙内

 一六時〇〇分

 巡航徴税艦ヴィルヘルム・ヴァイトリング

 徴税特課 オフィス


「……また局長に面倒な仕事を押しつけられたな」


 カール・マルクスからの通達に、斉藤は露骨にイヤな顔をしていた。


「ま、新人教育は教育担当者の成長も促すってのが通説だからなあ」

「サイボーグも成長するんですか?」


 アルヴィンが珍しくまともなことをいうものだから、斉藤は驚いたように聞いた。


「あったぼうよぉ! 俺様の一・五ZFLOPSゼタフロップスの頭脳がバッキバキに成長してくのよ」

「どうせ九割くらいポルノの同時再生にでも使ってるんでしょ」

「……」


 ハンナに突っ込まれたアルヴィンがフリーズしたまま動かない。斉藤はジト目でアルヴィンを睨んだ。


「アルヴィンさん?」

「な、なはははは、そそそそそんなことあるわけないじゃないっすかっすよ」

「ZFLOPSが聞いて呆れるわ」

「一度博士に頼んでイニシャライズしてもらいますか……」

「それがいいわね」

「待て待て待てってばよ。残り一割でも俺ぁ十分働いてるじゃねえか」

「再生してること自体は否定しないんですね」

「……」


 本省に出す調書の整理をしていたソフィに言われて再びアルヴィンがフリーズした。


「まあいいか……艦長、針路を帝都へ。明日〇九〇〇、本省にて新規入局者の受け入れを行ないます」

『アイアイサー!』



 四月五日

 〇八時四五分

 帝都ウィーン

 国税省

 第二四会議室


 夜を徹して移動していたヴィルヘルム・ヴァイトリングは三〇分ほど前に帝都に到着。ヴィルヘルミーナ軍港から渉外係の運転する歩兵戦闘車で国税省にたどり着いた斉藤達は、待機場所に充てられた会議室にいた。


「どうにか間に合った」

「不破艦長とかマクリントック係長が航行法とか交通違反しまくってたけど……」


 会議室のソファにグッタリと座り込んでいた斉藤だったが、それ以上に今回疲れ切っていたのはゲルトだった。彼女は飛行機では酔わないが車には酔うらしい。


 航路帯通行序列、大気圏内航行規則等諸々の問題をすっ飛ばした操艦指示に、斉藤達は戦きながらの航海だったし、装甲車にしても免許を持っているのか怪しいマクリントックが装甲車のハンドルを握り、軍港から国税省までノンストップでのドライブだった。


「まあ六六六でなんとかなるでしょ?」

「斉藤君、それは――」


 斉藤に釘を刺そうとしたソフィに、斉藤は手を上げて制した。


「はいはい、局長と同じだっていうんだろ? ソフィの言いたいことは分かってるよ」

「あのねえ斉藤君。私怒ってるんだよ? ふて腐れてないで真面目に聞いてよ」

「……ごめんなさい」

「よろしい」


 シュンとした斉藤を見ながらハンナとアルヴィンがヒソヒソと話し始める。


「やっぱソフィちゃんには勝てねえんだな斉藤」

「まあ女が強い方が家は上手く回ると相場が決まってるらしいぞ」

「なんですか二人とも、ヒソヒソと……」


 そんな会議室のドアをバンッとノックも無しに無神経に開いて入ってきた男がいた。


「やあ斉藤! 元気にしていたかい?」

「……」


 その男に、斉藤は一切の感情を消した目を向けた。


「おやぁ? 僕の顔を忘れちゃったかナ?^ ^ 斉藤クンと会えるのが楽しみで楽しみで(笑)僕ってば三日前から眠れてないんだよナンチャッテ❤ チュッ❤」


 投げキッスをした男はそのまま斉藤に抱きついた。彼の名はフィリップ・アンドレ・シリル・ラポルト。以前監督官として特課に送り込まれた本省領邦課所属の、斉藤とは相性最悪の帝大同期の本省キャリア組だ。


「ええい鬱陶しい! 離れろ! 抱きつくな! 撃ち殺すぞ!」


 ラポルトを見事に背負い投げした斉藤だったが、ラポルトは器用に体勢を立て直し、緩んだネクタイを締め直した。


「いやはや、随分と乱暴だなあ君は」

「ラポルト、なんでお前がここにいるんだ? 事と次第によっては射殺しなければならない」

「なんでそうなるのよ」


 真顔でとんでもないことを言う斉藤の頭を、ゲルトがその辺にあったバインダーでべしっとはたいた。


「いやあ、着任に先だってご挨拶に」

「……」


 ラポルトの言葉を聞いた斉藤は三秒ほど硬直した後、ごく自然な仕草で会議室を出て行こうとした。


「待て待て斉藤、コラッ! 逃げるんじゃない!」


 斉藤の意図に気付いたゲルトが斉藤を羽交い締めにする。


「ゲルト、後は任せた!」

「任せられても困るっつうの! ソフィ! 押さえて!」

「はいな!」

「はーなーせー!!!!! いーやーだー!!!」


 二分ほどジタバタと抵抗した斉藤が正気に戻ったのはそこからさらに一分ほど経ってからだった。


「……で、お前がうちに? 正気か?」

「僕の目を見てご覧!」


 らんらんと輝くラポルトの目を一瞥して、斉藤は本気でイヤそうな顔をした。


「出来の悪いガラス玉みたいだ」

「君も腐ったサカナみたいになってるヨ❤」

「うるさいっ!」

「冗談だよ。ま、このあと全員が顔合わせだ。総勢一五名。国税省生え抜き、期待の新人達だ。大事にしてくれよぉ斉藤。殴る蹴るなんてもっての他だし、パワハラもダメだよ?」


 ラポルトはニコニコしていたが、急に真面目な顔をして話題を切り替えた。


「んなことするか」

「僕にさっきやったばかりだよね?」

「――」

「わかったわかった。そんな恨めしい目で見ないで。ゾクゾクしちゃうヨ❤️」

「~~~~~~~~っ!」


 斉藤は腰の後ろのホルスターから執行拳銃を取り出そうとしたが、ソフィに取り押さえられた。


「斉藤君抑えて抑えて。銃なんか取り出さないの」

「はいはい殿中殿中」


 ゲルトが拳銃を取り上げて自分の上着の内懐に仕舞った。そうこうしている内に、第二四会議室には配属予定者が事務官の案内を受けて入室してきたので、着任に当たっての訓示を行なうこととなった。


「指揮官登壇! 総員傾注! 頭ぁ中!」


 アルヴィンの馬鹿でかい号令に、ラポルトを除いた新規入局者がびくりと跳ね上がった。


「アルヴィンさん軍隊じゃないんだから」

「似たようなもんだろ」

「んん゛っ!」

「へいへい」


 斉藤のわざとらしい咳払いに、アルヴィンが苦笑して気をつけの姿勢を取った。


「特別徴税局徴税特課長、斉藤です。噂は皆何かしら耳にしてると思う」


 居並ぶ一同の顔は不安で一杯だった。無理もない。斉藤はもちろん、特別徴税局そのものの風聞というのは誰しも気にする。なお、斉藤自身は入局まで自分が外局に回されることなど一切考慮していなかったので、特別徴税局のことなどほとんど調べていなかったし、ごく僅かな知識は記憶の底に沈んでいた。斉藤はそんなことを思い出していた。


「帝国の国税の狗、動く追い出し部屋、出世の袋小路……散々な言われようでね。ただ、それは事実とは少し違う」


 斉藤は全員の顔を見渡してから、さらに続ける。


「我々特別徴税局の任務は脱税などの義務不履行・違反を許さず、国税の公正な徴収を実施することにある。敵は幾万。企業、団体、領邦、自治共和国など多岐にわたる。我々はこれらに対して一歩も引かず、税制における正義を貫くために居るのだ。特別徴税局はその根を帝都に下ろさず常に駆けずり回る、なぜならば」


 斉藤の次の言葉を一同が待った。斉藤は力強く、その言葉を発する。


「我々は、天翔あまかける徴税吏員なのだから」


 斉藤の言葉に、会議室の一同が姿勢を正した。


「各員の活躍を期待する。それでは行こうか。僕らの仕事場へ」


 その後歩兵戦闘車に乗り込み、荒っぽい運転で早速新規入局者は手痛い洗礼を受けた後、ヴィルヘルム・ヴァイトリングに乗り込んで星の海へと飛び立つ。


 国税の公正な徴収は公正な国家の礎。


 その言葉を実践し続けるため、特別徴税局は帝国領内を東へ西へと奔走するのだった。

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