第26話ー④ 臣民最大の悲しみに送られて(公式発表)

 東部軍管区

 ジャムダハール自治共和国

 低軌道上

 装甲徴税艦インディペンデンス

 食堂


 実務一課は普段通り、各地の強制執行に出撃しており、特段変わったこともないまま執行を済ませていた。順調とさえ言えた。


 しかし、艦内の空気はどこか沈みがちだった。


「陰気なものねえ。皇帝が死んだからってここまでする?」


 セナンクール実務一課長は、昼食のハンバーガーセットを貪りながら、食堂の大型モニターを見ていた。皇帝崩御から一夜明けて、どこのチャンネルも皇帝の治世を振り返り、その死を悼む特別番組ばかりになっている。


「イチカチョウ、不謹慎ですよ」


 インディペンデンス艦長の吉富よしとみ課長補は、辺りをはばかるように首をめぐらせた。


「別に当人が聞いてなきゃいいでしょ? 帝国ってのは内心の自由を保証してるんでしょ」


 元々セナンクールは帝国辺境の分離独立運動を指揮しながら海賊行為をしていた。その彼女だけに、皇帝崩御には感傷も何もない。当然、彼女のみならず、帝国において帝国への忠誠を誓うのは軍人と公務員、爵位持ちの貴族くらいのもので、あとは常識的な範囲内での崇敬である。


「大体、昨日死んで今日、明日でしょ、明後日には帝都に遺体が戻ってきて、二日間安置して弔問受けて葬儀して、大体一週間。現状維持してましたってだけで一週間番組組むの?」


 あまりにも明け透けで、生粋の帝国生まれ帝国育ちなら思っていても言わないことをセナンクールは平然と言ってのけた。バルタザールⅢ世の治世において、帝国は領域を拡大するでも、人類史に残る大発見があったわけでもない。そもそもその現状維持に対して公然と唾を吐きかけていた側が言うのだから始末に負えない。


「あのねえイチカチョウ……いい歳してるんですから常識ってものを持ってくださいよ」


 吉富課長補も例に漏れず生まれも育ちも帝国領内であり、セナンクールの言いように居心地の悪さを覚えて、意味はないと知りつつも発言を諫めた。帝国臣民の七割から八割は、皇帝に対しての侮蔑などを聞けば程度はそれぞれながら不快感を感じるものだった。


「アタシに常識なんて説こうなんざ、一〇〇万パーセク早いのよ」

「距離でしょ、それ」


 なお、一〇〇万パーセクは約三〇〇万光年である。


「大体分離独立運動やって海賊して懲役五〇〇年近い人間に常識があるなんて思ってるの?」

「はいはい、私が悪うございました……」


 呆れかえった吉富艦長は、アイスコーヒーを飲み干して、さっさと持ち場に戻った。



 東部軍管区

 首都星ロージントン

 錨泊宙域

 装甲徴税艦カール・マルクス

 第一艦橋


『ただいま、アミーキティアセンターポリス宇宙港から、多くの領民に見送られて皇帝陛下のご遺体を載せた近衛総旗艦、インペラトリーツァ・エカテリーナが出港いたしました。明日昼頃、帝都ウィーンに到着する予定とのことです』

「近衛艦は派手だなあ……」


 入井艦長は艦橋の大型モニターで中継映像をぼんやりと眺めていた。特徴局本隊は稼動艦を他の実務課に一時移籍させ、入れ替わりに本部戦隊に編入した損傷艦の補修をロージントンで進めていた。とはいえそれらは細かなものを除けば浮きドックや近場の造船所での作業であり、本部戦隊は開店休業状態。入井は久々に暇を持て余していた。


「艦長、溜まってる休暇消化しにいけばいいじゃないですか」


 副長のチェガル係長が入井に振り向いたが、入井は首を振った。


「こんな時に出かけてみろ。臨時休業やら自粛でまともに買い物もできやしない」

「ああ、私も親父から聞きましたよ。前の時はヨットレースも自粛してたって言いますからね」


 皇帝崩御に伴う民間生活への規制は特に規定されていない。しかし、誰ともなく雰囲気で営業自粛や派手なイベントは延期されていくので、自然と社会の雰囲気は暗くなる。


「……だが、休むなら今しか無さそうだな」

「ええ。どうせカール・マルクスは当分動かないだろうし」


 などと艦長と副長がそれぞれにスケジュールを合わせて溜まっている休暇の消化に向けて話し合おうとした時だった。


「入井艦長。現在他の艦の修理はどうなっている?」

「秋山課長。休暇取らなかったんですか?」


 秋山徴税一課長が第一艦橋に上がってきた。てっきり秋山も休暇を消化しているのだろうと思っていた入井は、少し驚いて見せた。


「それどころじゃない。今から動ける艦は全部ヴィオーラ伯国へ移動する」

「ヴィオーラへ? 何か急ぎの案件でもあるんですか?」

「わからん。局長からの指示だ」


 永田が思いつきで何かしらの指示を下すことは珍しくない。入井は特に疑問に思わず、艦艇修理の手配をしている徴税二課長補のラインベルガーに通信を入れて、秋山からの指示を伝えた。


『浮きドックで修理中のものは、追加費用を払えば移動先でも修理できますが』


 修理資材の手配や修理状況の管理でてんてこ舞いのラインベルガーは、少し疲れた様子だった。しかし秋山の意図を汲んで、的確な提案を出してきたのは、彼の非凡ならざる点だった。


「ではそうしてもらおう。入渠中の艦は?」

『明日にはエマニュエル・ダーマンが出てきます。それ以外は最低限の補修を徴税二課と各艦の整備班で』

「わかった。ダーマンには浮きドックで補修中の艦艇を連れてきてもらうとして、準備が整い次第、本隊は先発する。各実務課にも、現在の執行スケジュールを終わらせて集合するように打電。各局員に非常呼集。発進までに間に合わない者はヴィオーラ伯国へ直接向かうようにと」

「了解しました……副長、休暇は来年度消化だな」

「ですね」


 ともかく、指示が出ればそれに従うのが彼らの仕事。そして重度のワーカーホリックであるので、艦長以下その方が元気なのだった。


 特別徴税局本部戦隊はこの一二時間後、その時点で動ける艦艇がすべてヴィオーラ伯国へと移動を開始した。三月二一日のことだった。



 地球

 帝都ウィーン

 ヴィルヘルミーナ軍港


『では、巡航徴税艦ヴィルヘルム・ヴァイトリングの補修につき、当方で作業を行ないます』

「よろしくお願いいたします」


 斉藤達はウィーンの近衛軍母港に入港していた。


「さて……不破艦長。ちょっといいですか?」

「はい? も、もしかしてデートのお誘いですか?」

「デート……それもいいですね」

「たははは、年上をからかうもんじゃないですよ課長」

「子供扱いしないでくださいよ……まあいいや、艦長室で話しましょう」



 艦長室


 斉藤は永田からの指示を、一言一句誤魔化さずに不破艦長に伝えたが、不破艦長は目を白黒させて、首を辺りにめぐらせた。ドッキリか何かと思っていたと本人は後に語っている。


「えっ……えっ、ええええっ!? そ、それクーデターじゃないですか!」

「そうなんですよ……」

「ワタシハドウスレバイインデスカ?」


 片言になっている不破艦長を見ながら、普通ならそういう反応をするものだろう。自分はなんと特別徴税局という組織、永田閃十郎という男に慣れきってしまったのだろうと斉藤は感慨にふけるが、そんな悠長なことを言っていられる時期でもなかった。


「古典のロボットみたいになってますよ。ともかく、ヴァイトリングは、僕の指示があり次第国税省上空に来て欲しいんです」

「えっ、いいんですか?」

「万が一の時は自沈して、国税本省ビルから半径五キロ消し飛ばすと脅迫に使うので」

「え!??!!?!?」

「声が大きいですよ」

「むぐぐ」


 艦長は口を手で押えているが、コミカルな動きに思わず斉藤は微笑んだ。


「脅しですよ。ブラフです。僕らが国税省を制圧したとしても、その後帝都警察機動隊やら大公派の陸戦兵が雪崩れ込んできたら止めようがないですしね」

「は、はあ……それでも雪崩れ込んできたらどうするんです?」

「その時は全速で逃げるので、まあ逃走手段としても重要です。帝都交通局やらが制止命令出すでしょうが、聞く耳持たずこちらに来てくださいね」

「りょ、了解……」

「もっとも……本当にそんなことになるかはわかりませんが」


 斉藤はこの時点でもまだやや楽観的だった。しかし、皇帝国葬の準備の裏で着々と状況は悪化していた。



 ヴィオーラ伯国

 カイパーベルト帯

 装甲徴税艦カール・マルクス

 第一艦橋


「ほぉー、これだけかき集めたのか、公爵殿下は」


 先発してヴィオーラ伯国に到着していた特徴局本部戦隊は、ヴィオーラ伯国首都星系の外縁部に広がるカイパーベルト帯に設定された集結座標に向かっていた。


 これらはすべて、万が一摂政マルティフローラ大公が戒厳令を布告した場合に備えて集結した、皇統会議維持派、つまりギムレット公爵派の艦隊だった。特別徴税局の全艦を合わせても、この艦隊の四分の一程度にしかならない。


「ヴィオーラ伯国にパイ=スリーヴァ=バムブーク候国にピヴォワーヌ伯国の領邦軍ですね……領邦軍は国葬にそこまで艦艇を出さないとは言え、ほぼ全軍をここに集めていたとは」


 集結している艦艇の所属を読み取った秋山は、呆れているのか感心しているのか分からない声で呟いた。通例では各領邦は一個戦隊、大体戦艦か巡洋艦四隻を弔問と葬儀の際の儀仗艦として派遣するとはいえ、領邦本国の守りも考えない全力投入とも言えたからだ。


「これで本当に大公殿下と殴り合うのでしょうか。相手はマルティフローラ大公国、フリザンテーマ公国、コノフェール候国に中央軍を加えた大兵力です」


 大公派の領邦はいずれも建国から年数が経っており、人口も多い分領邦軍の規模も大きい。


「しかも、大公達は領邦軍のほぼ全軍を本国に派遣したらしい。弔問にしちゃあ、派手だよねえ」


 永田は艦橋のモニターで流される皇帝国葬に関するニュースを見て、暢気に呟いた。丁度画面にはマルティフローラ大公国領邦軍艦隊の姿が、地球を背景に軌道上に展開している様子が映し出されていた。


「彼我戦力差は一対一・八から二です。オマケに帝都地球の低軌道要塞群、大気圏内の防空軍もいるとなれば」

「まあそこをなんとかするのが僕たちの役目でしょ? なんのために斉藤君に帝都に行ってもらったと思ってるの?」

「……儀仗兵というのは建前ですか!」


 秋山は今の今まで、本当に斉藤達には儀仗兵としてのみの役割を与えた物だと考えていた。その点では秋山は特別徴税局局員と言うより、一般的な軍人の思考が抜けていなかった。


「あはは、秋山君は正直だなぁ……ま、これが無駄になるのが一番いいんだけどね。葬儀にも出ない不義理を詰られる方が、戦争やって未亡人やら孤児を産み出すより遙かにマシだよ」

「ごもっともで……」

「ま、葬儀の様子はテレビで見られるし、せめて葬儀の最中くらいは数珠でも持って拝んどきますか」


 永田はポケットから取り出した国教会紋章入りの数珠――永田の生家の地方では一般的な神具――を持って、丁度帝都クリサンセマム大聖堂へと近衛師団が行進しつつ運ぶ皇帝の棺に、手を合わせた。


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