第27話-③ 特別執行、開始



 帝国暦五九〇年三月二五日〇一時四五分

 帝都ウィーン

 ヴィルヘルミーナ軍港

 巡航徴税艦ヴィルヘルム・ヴァイトリング

 艦橋


「これより特課は国税本省へ六六六条に基づく特別査察に入ります」


 斉藤の指示で、ヴィルヘルミーナ軍港からヴィルヘルム・ヴァイトリング以下強襲徴税艦三隻も離陸する。普段は数十隻の近衛艦が停泊している港は、これでもぬけの空になる。


「ヴァイトリング以下徴税艦は直ちに出港。国税省ビルを制圧します」


 当初予定では夜中の内に中央税務署に全局員を移動させ、陸路で国税省ビルに入る予定だった。しかし、戒厳令が葬儀後予想外に早く布告されたため、徴税艦での強襲策をとることになった。


「渉外班に徹底しますが、省職員の殺害は厳禁。抵抗があった場合は非殺傷的手段のみ許可します」

『斉藤。非殺傷的手段のみって、具体的には?』

「死なない程度にボコってください」


 控え室のマクリントック班長の質問に、斉藤は端的に答えた。


『死なない程度に、ね。難しいこと言うなぁお前さんは』


 文句は言うが、マクリントック達ならうまくやるだろうというのが斉藤の見立てだった。


「殺傷っていちおう傷つけることも入ってる筈なんだけどなあ」


 ゲルトのボヤきを、斉藤は聞いていないことにした。


「不破艦長、帝都交通局やら何やらが警告してくるでしょうが、無視して国税省へ。高度は限界まで下げてください。連中は帝都を傷つけられませんから」


 帝都はアスペルン地区を除けば高層ビルは少ない。古都ウィーンの景観をできるだけ維持しながら、帝都は作られてきた。官庁街も例外ではなく、特に帝都宮殿を見下ろすようだと不敬だという意見も多く、一番高い内務省本庁舎でさえ六階建て三〇メートル程度だ。


 その屋根を掠めるように、徴税艦は進む。


「悪どいですねぇ斉藤課長。永田局長そっくり」

「……」

「あっ、傷ついてる」


 ゲルトの言うとおり、斉藤は局長と似てると言われるのを極度に気にしていた。


 その時、もはや国税省は目の前というところで、強制通信介入の耳障りなノイズが艦橋内に響いた。


『特別徴税局巡航徴税艦、帝都の飛行禁止空域に入るには事前の許可が必要です。直ちに反転し退去してください』


 帝都交通官制局の係官の警告は穏やかなものだった。


「対空監視レーダーの自動対応メッセージですね。構いません。国税省ビルに着いたら全渉外班員は降下。大臣室、通信室、各出入口、地下電算室を制圧。外部からの交通通信を遮断します」

『特別徴税局! 直ちに反転し飛行禁止区域から退去せよ! 勧告に従わない場合は攻撃する!』


 続いての警告は怒号に近い。防空軍司令部からのもので、これは生身の人間によるものだった。


「あのー、ほんとに大丈夫ですか?」

「バーカとでもと返してみてください」

「えぇ……」

「冗談ですよ。そろそろ国税省ビルですね。艦の方は頼みます、不破艦長。くれぐれもこちらから発砲しないように」

「了解です。ご武運を」


 不破艦長は指揮を執りながら敬礼をした。斉藤もラフに答礼を返して、ゲルトを伴い格納庫へと向かった。



 二時一〇分

 国税省

 大臣執務室


 仮眠を取って翌日の業務に備えようとしていたシュタインマルク大臣――彼はこう言うとき、ホテルを取るような手間は取らなかった――は、執務室のソファで演習の時くらいにしか聞かないサイレンと近付いてくる地響きのような音で飛び起きた。


「な、なんだ!? なにごとだ!?」

「特徴局徴税艦が来ました!」


 執務室に飛び込んできたのは、やはり仮眠を取っていたはずの官房長だった。


「どこへ?」

「ここです! 国税省ビルにです!」

「なんだと!?」


 大臣は執務室の窓に掛けよって、カーテンを破り捨てるように引いて窓を開いた。周囲を圧する様な重力制御機関の轟音が耳に入る。


「こ、こんなことが……!?」

「大臣! お逃げください! 武器を持った連中が――」

「おっと、逃げられては困ります。大人しくしていてもらえば、命は助けましょう」


 政務官も駆けつけたが、その背後の人影に銃を突きつけられ、力が抜けたように座り込んだ。


「失礼します」


 片手に執行拳銃、もう片手に紋所こと野茨紋章入りの国税当局員身分証明書を掲げた斉藤は、ゲルトとアルヴィン、それに完全武装の渉外班員一個小隊を連れて大臣執務室を占拠した。


「君は、特別徴税局の斉藤君!?」

「只今をもって、国税法第六六六条に基づく特別査察権を発動。庁舎から一切の人、物、情報の出入りを禁止します」


 すでに上空のヴィルヘルム・ヴァイトリングから国税省ビルのシステムに乗っ取り――これは事前に瀧山が永田の手引きで国税省メインフレームに仕掛けられたバックドアを用いた――が掛けられており、大臣の机の端末も、国税省内の通信インフラに接続されていた個人端末もすべて通信できなくなっていた。


「何を言っているのだ!? 君は何を言っている!?」


 シュタインマルク大臣は狼狽えて足をもつれさせ、机に寄りかかった。斉藤の顔を見て、彼は本気で恐れを抱いていた。


「お気づきになりませんか? 国税省が一〇年前に行った所業。その総決算の時が来たんです」



 二時五〇分

 装甲徴税艦カール・マルクス

 第一会議室


「帝都の特課より入電。国税省庁舎の掌握を完了。死者はゼロ。何名か殴り飛ばしたり蹴たぐったようですが、ヴァイトリングの医療班が治療中だそうです」


 秋山の報告に、永田はほっと胸をなでおろした。


「これでとりあえず仕込みは完了。あとは僕らが帝都にいくまで持ちこたえてくれるかだね」

「斉藤君には無理をしないようにと伝えてありますが……」


 秋山は気が気では無かった。もし斉藤達が国税省の制圧を解いてしまうと、せっかくの電子戦の仕込みが無駄になる。それは叛乱軍――ギムレット公爵自らそうな乗った――の作戦を根底からひっくり返してしまうことになるからだ。


「ま、六六六の特別監査というのは事実だし、当面手を出せないでしょ。夕方まで大きく動きはないだろうし、今のうちに寝とこうよ」


 永田が大あくびをして、その場は解散となった。



 帝国暦五九〇年三月二五日〇三時〇〇分

 帝都ウィーン

 国税省

 第三会議室


『特課長、地下通路の封鎖措置、完了しました』

「ご苦労様です」


 斉藤は着々と国税省ビル内での籠城体制を構築していた。徴税艦四隻を連れてきたことで、物資もエネルギーも自給できる。


 国税省に居たのは最小限の人員だけだったので、これらは渉外班の手により拘束されていた。第三会議室に臨時指揮所を置いた斉藤は、渉外班員達にも交替で休むように命じようとしたときだった。


『特課長、早速お客さんですぜ』

「誰です?」

『帝都中央警察署です。なんて答えます?』

「現在六六六発動中につき、国税省全面封鎖中と」

『了解』


 帝都のど真ん中に全長数百メートルの徴税艦を乗り入れているのだから、警察が来ない方がおかしかった。第三会議室の窓から見える正門には、すでに強襲徴税艦で運び込んだ歩兵戦闘車を配置しており、バリケード代わりにもしていた。渉外班員から説明を受けた警官はなおも立ち入りを要求したようだが、最終的に諦めて立ち去ったようだ。


「あとは帝都防衛軍団か」


 帝都防衛に当たる陸上兵力はウィーン近郊シュヴェヒャトに本拠地を置く第一機械化歩兵師団と第一機甲師団、第三二砲兵連隊が主力となっている。これらは無論斉藤達の数十倍の兵力を持ち、まともに当たれば勝ち目はない。


 これに加えてウィーナー・ノイシュタットには帝都防空軍の第一防空師団、第四戦略連隊、ウィーン市内にしてから帝都中央警察署を拠点に第一機動隊、第四機動隊、ブラチスラバには第三一憲兵隊などなど、いくらでも特別徴税局以上の戦力は存在している。


 国税省から帝都宮殿は目と鼻の先であり、すでにこの騒ぎは摂政マルティフローラ大公にも伝わっているはずだった。


『斉藤ぉ、大体準備は終わったから仮眠に入りたいんだが』

「わかりました。マクリントック班長の判断に任せます。ソフィ、ゲルト、君達も寝ておいてくれ」

「了解、夜更かしは美肌の大敵ってね」


 ゲルトはそう言うと、パーティションで区切った仮眠スペースの寝袋にもぞもぞと潜り込んだ。


「不破艦長にも伝えておいたよ。朝までは動きはないだろうって」


 ソフィもゲルトに並んで寝袋に入った。


「だろうね。アルヴィンさんは……」

「俺ぁ寝る必要はねえからな。何かあったら叩き起こすぞ」

「頼みます」


 斉藤は会議室の椅子を並べてその上で寝ることにしたが、極度の緊張からそのままでは寝られず、トランキライザーを飲もうとしたが、飲んで熟睡しても問題だった。寝たふりをすることに決め込んで目を閉じた。



 同時刻

 ライヒェンバッハ宮殿

 にれの間


「アレは……」


 仮眠を取っていた摂政マルティフローラ大公が起こされた頃には、すでに特別徴税局は国税省を完全に占拠していた。大公は寝室から楡の間に戻ると、国税省上空に滞空する巡航徴税艦ヴィルヘルム・ヴァイトリングを見て絶句した。


「偶然国税省前を通りかかった警官が事情を問いただしたようですが、国税法六六六条に基づく特別査察中であり、現在進行中の案件のため詳細は査察終了後にしか公表できないとのことで」


 マルティフローラ大公直属の士官が報告すると、舌打ちしてマルティフローラ大公は巡航徴税艦を睨み付けた。


「ええい、だからあんなザル法は改正しておくべきだったのだ……」


 ほぞを噛むような大公の言葉に、士官達も顔を見合わせるしかなかった。


「ともかく、戒厳令布告中である。重ねて特別徴税局に事態の説明を求めよ。六六六条を盾に取られたままでは軍事行動も取れん」

「はっ!」


 

 〇七時三二分

 国税省

 第三会議室


「おい斉藤、斉藤」

「ん……なんですか、アルヴィンさん」


 いつの間にか斉藤は寝ていたようで、アルヴィンの声でようやく目を開いた。


「早朝出勤の勤勉な国税省員の皆様が、正門でごちゃごちゃ言ってるようだぜ」

「はぁ、職務熱心ですね……正門前、聞こえますか?」

『こちら正門前。凄い数の国税省職員が押し寄せてますが』

「中に入れると面倒だな……そうだ。いいこと思い付いた」


 斉藤が笑みを浮かべて、人質の管理をしている徴税艦側の渉外班に連絡を入れた。数分後、第三会議室に憔悴しきった国税大臣が連れてこられた。


「なんだね……」

「国税本省内は現在特別査察中です。しかし本省職員の業務遅滞は許されません。大臣にはブラチスラバの代替予備施設への移行を承認していただきたいのですが」

「君達勝手に踏み込んでおいてそれかね!?」

「我々は国家公務員として法に基づき行動しております」

「ぐうううぅぅぅぅっ!!」


 顔を真っ赤にして拳を握りしめた国税大臣だったが、ともかく国税省機能の復旧をすることだけは許可した。正門前に押し寄せていた国税省職員は、ブラチスラバの代替予備施設で業務に当たることになる。


 斉藤達が見ている中で大臣は代替予備施設への移行を承認した。


「またお呼びするかもしれませんが、当分はごゆっくり」


 それっきり、斉藤は国税大臣を一瞥もせずに各所に指示を出し始めた。


「ま、待て! 査察の目的をまだ聞いておらんぞ! 斉藤君!」

「ほら、大臣閣下はこちらですよー」


 アルヴィンが斉藤に詰め寄ろうとする大臣を執務室へ連行していき、会議室は再び静かになった。


「電算室、そちらの進捗は?」

『瀧山課長のマニュアル通り、合図があり次第すぐに実行できます』

「わかりました、よろしく。地下通路等は?」

『誰も近付いてきませんね。そもそも地下通路の存在を忘れてるのか……』

「了解。引き続き警戒を。万が一の時は爆破して塞ぎましょう」


 斉藤が各所からの報告とそれに対する指示をしていた時、ヴァイトリングの不破艦長が緊張感を感じさせない声で斉藤に通信を入れてきた。


『斉藤課長~! ライヒェンバッハ宮殿より至急、現地責任者と話したいと連絡が入ってるんですが……』

「六六六に基づく特別査察中ですと答えといてください」


 幾度か帝都防空軍や中央警察署、憲兵艦隊やら何やらから状況を確認する通信が入っていたが、斉藤はすべて国税法六六六条に基づく査察中という文句で押し通していた。しかし、それでは済まない相手からの通信がついに入ってしまった。


『いえ、それが……相手は摂政と名乗っているんですが』

「大ボスの登場だな……まあ、局長達があてにできないし、時間稼ぎくらいはしないとですね。第三会議室に転送してください」


 現在国税省ビルは内外の通信の一切を封鎖している。ヴァイトリング経由で回された通信画面には、ニュースや新聞で見る現在の帝国最高権力者が現れた。


「特別徴税局徴税特課課長、斉藤一樹でございます」

『君は今、何をしているのだ』


 通信相手の摂政マルティフローラ大公は斉藤を睨み付けていた。


「我々は現在、国税法第六六六条に基づく特別査察を実施中です」

『査察の目的はなんだ? 徴税艦を帝都まで乗り入れたのは何故か?』

「査察完了までお答えいたしかねます」

『私が答えろと言っているのだ』

「摂政殿下にあらせられましては、国税法を破れと、私に命じられるのですか?」


 斉藤はあくまで強気だったが、さすがに自分の属する組織のさらに上に立つ雲上人を相手にするとなると手が震えた。


『現在戒厳令布告中である。治安維持を名目に君達を拘束することは容易いが』

「戒厳令中であっても帝国法が停止しているわけではありません。どうしてもと仰るなら国税法第六六六条の効力停止に関する特例法でも持ってきていただかないと」


 若い官僚とは言えごり押しでは無理と判断したのか、大公は咳払いして話題を変えた。


『ところで永田局長他、特別徴税局本隊はどこにいる?』

「西部軍管区へ強制執行に出ております。それ以上は申し上げられません」

『……一時間以内に国税省を明け渡せ。でなければ首都防衛師団を使って君達を追い出すことになるが』

「どうぞ」


 実力行使を宣言した大公だったが、斉藤は涼しい顔をして答えた。


『なんだと?!』

「その場合、我々は適当な徴税艦を自沈させ、帝都諸共討ち死にする覚悟で来ております。対消滅炉の大気圏内爆発がどの程度の威力か、おわかりでしょう?」

『貴様! 摂政である私を脅迫するのか!?』


 帝国広しといえど、大公に向かってこんなレベルの脅迫をするのはギムレット公爵、永田、そして斉藤含めた三人くらいだった。


「脅迫? いいえ、これは警告です。我々が査察を終わるまで手を出さないでいただければ、我々は平和裏に退去いたします。それでは失礼します」


 斉藤はそう言って一方的に通信を遮断した。


『ちょっと課長ぉ~!』

「斉藤君、本当に大丈夫なの?」

「斉藤大きく出たわねえ」


 不破艦長、ソフィ、ゲルトの反応を受け、斉藤は肩をすくめた。


「どのみち首都防衛師団が突っ込んできたら、ヴァイトリングで逃げるしかないんです。この程度の脅迫は可愛いものでしょう」

「可愛いかどうかはさておいても、首都防衛師団だけじゃなくて、特殊部隊とか機動隊とかまだまだ一杯いるのよ?」


 ゲルトに突っ込まれたが、斉藤は窓の外に浮かぶヴァイトリングの艦艇を指さした。


「徴税艦自爆させると言ってるのに迂闊に突っ込んでこないでしょ」

『帝都市民にバレたらパニックになりますよ!』


 不破艦長の悲鳴に近い声に、斉藤は頷いた。


「だから大公殿下は絶対にこのことを公表できませんよ。ただでさえ戒厳令下でピリピリしてるのに、ウィーン市民が逃げだそうとかデモ行動とか開始したらエラいことですからね。ま、それはそれでこちらとしても好都合だけど。いっそ国税省ビルの周りを市民が包囲してくれたらいい。殺到する市民を追い散らしながら突入するのは、さぞ骨が折れるだろう」


 斉藤がニヤリと笑うと、ゲルト達はゾッとした顔で斉藤を見ていた。


「悪人だ……」

「さすが局長の一番弟子……」

『今の顔、生き写しみたいでしたよ』

「……」

「あ、また傷ついてる」


 ゲルトが言うと、斉藤はさらに項垂れた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る