第27話-④ 特別執行、開始
帝国暦五九〇年三月二五日一八時〇〇分
国税省
第三会議室
「監視に出ていた渉外班から、ブラチスラバの代替予備施設側の本日の通常業務が完了し、省職員が帰り始めたって」
「しばらくはあちらに通勤して貰う旨は?」
「伝えてある」
ゲルトからの報告に斉藤は安堵した。国税省が業務を滞らせることは斉藤の本心ではなかった。
「さて……そろそろかな?」
「斉藤君、テレビテレビ。今からギムレット公爵殿下が演説するって」
ソフィが大型モニターを指さす、画面には深紅の近衛軍服姿のギムレット公爵が映し出された。
『ギムレット公爵メアリーである。まず、われわれの立場を明らかにする。我々は叛乱軍である』
「うわぁ、ほんとに叛乱軍って名乗った」
モニターを見ていたゲルトが呆れたような顔で首を振った。
「派手な公爵らしいね」
ソフィの感想も似たり寄ったりだった。
『戒厳令を敷いて帝国を私物化し、さらには辺境への拡大政策で甚大な犠牲を払おうともかまわぬと公言し、辺境宙域への勢力拡大のため、国費を極秘裏に引き出し、浪費する摂政マルティフローラ大公に、帝権を渡してはならないものと確信したため、我々は決起した』
「ハンナさん、報道各社への使途不明金問題の資料送付はどうです?」
斉藤は永田から渡されていた使途不明金問題の資料を、一部抜粋した概要版として各メディアに送付させていた。
「送付するだけはしたわよ。まあ現時点では戒厳令中だし、幾らでも握りつぶされるんでしょうけど」
一仕事終えたとばかりに、ハンナが伸びをした。
「公爵殿下達が勝てば、一斉に報じるでしょう」
その間もギムレット公爵の演説は続いている。
『国費を無用な戦乱に使い、賊徒を征伐するという大義のみを押し立てて、いたずらに民間人、軍人の別なく宇宙に散らそうとする行為は、今後の帝国一〇〇年の衰退を招く暴挙であると私は断言する。私は、断固としてその方針に反対し、皇帝バルタザールⅢ世陛下の正当なる後継者を決めるための皇帝選挙を実施することを、マルティフローラ大公に要求した』
「今頃大公殿下はどんな顔をしてるんだろうね……」
「さあなあ。しかしまあ、大公殿下ってなあまたお坊ちゃまだな」
アルヴィンの大公評に、斉藤は概ね同意した。このような形で批判をされては、現時点での戒厳令布告という正当性を欠く行為と共に、帝国臣民は大公に不審感を抱かざるを得ない。
「幾らメディアを遮断しても、こんな分かりやすい手段で宣言されたら、大公側も何か言い訳しないとならんだろ」
「どう言い訳するのか、見物ですよ」
いよいよ演説が佳境に入り、ギムレット公爵の声にも一掃の熱が籠もった。
『しかし、彼は我々の要求を無視し、一方的に戒厳令を布告し、摂政としての権限を悪用し、帝権を簒奪せんと企んだのだ! 事ここに至り、私は一時の汚名を甘んじて受け入れることにした。叛乱者、賊軍と私は呼ばれても構わない! すべての責は私が負おう。この身が八つ裂きにされようとも、私の意思は変わらない!』
『私はここに集った勇士諸君に明言する。我々の、帝国を憂える純粋な思いは、必ずや臣民の理解を得ることができる。この戦いこそ帝国の今後一〇〇年を占う決戦である! 帝国をあるべき形に戻し、為すべきを為そう! 各員の奮励努力を期待する!』
ギムレット公爵による苛烈な宣戦布告は、戒厳令中の報道規制など意味をなさず、瞬く間に広まっていった。
帝国暦五九〇年三月二六日二〇時〇四分
国税省
第三会議室
「夜間外出禁止令が出てるってのに、野次馬がうようよしてるな」
国税省内の監視カメラに接続して状況を確認していたアルヴィンが、斉藤の端末に正門前の映像を転送した。
「まあ、禁止令自体も必要な外出自体は認めていますし、罰則もないんで強制力が薄れてますからね」
上空の徴税艦や正門に展開する装甲車をカメラに収めようと群がったミリタリーオタク、祭りか何かと勘違いしているような酔っ払い、中には周辺官庁の官僚まで合わさって、当初は何が起きたのかと遠巻きに見ていた連中まで今や国税省を取り囲んでいる。
これらは随時帝都中央警察機動隊により解散させられているが、あとからあとから湧いて出てくるのだった。
二五日の深夜に国税省を強襲し、すでに二日目。相変わらず方々から国税省内の状況を知らせるようにと関係各署からは矢の催促だったが、斉藤はのらりくらりとその要請をかわし続けていた。時には国税法第六六六条を盾に取り、時には高官の脱法寸前、やり方次第で摘発できそうな節税への捜査もちらつかせるやり口は、永田の生き写しといっても過言ではなかった。
「斉藤、そろそろじゃねえか?」
「いよいよですか……本隊から連絡は?」
『えーとですねえ……噂をしたらなんとやら、ですね。第一段階、妨害始めろとのことです』
公爵による宣戦布告からほぼ一日。叛乱軍が太陽系に到着する合図だった。
「了解。電算室、第一段階、始めてください」
『了解! 第一段階、妨害始めます!』
同時刻
航路保安庁
交通管制センター
中央発令所
航路保安庁は帝国中に広がる宇宙航路の安全確保を司る国土省の外局だ。その中でも、帝国中の航路を運行中の艦船の状況を監視し、海賊行為や事故などがないかあればその情報を集約し各所に配信する交通管制センターに、突如緊急事態を告げるサイレンが鳴り響いた。
「司令! 太陽系内と周辺航路の監視システムが次々に停止しています!」
「なんだ? 太陽嵐にしては時期がズレているが」
「これは……システムに侵入者です! 管制センター機能の乗っ取りを掛けられています!」
「馬鹿な! 攻撃相手は誰だ!? 自動防御は!」
「ダメです! 防壁を次々と突破され……逆探知……これは、国税省中央メインフレーム、プルートー……!?」
「国税省からハッキングだと!? 至急確認しろ! バックアップへの切り替えを急げ!」
これを皮切りに、連鎖的に帝国本国では異常事態が広がっていく。
二〇時〇七分
ET&T本店
通信管制センター
帝国の超空間回線をはじめとする通信網の提供、管理を一手に担うET&T本店の通信管制センターも、航路保安庁とほぼ同時刻に緊急事態が発令された。
「内惑星通信網が、次々と外惑星通信網から切り離されています!」
「A・ケンタウリ交換局との回線が不通です!」
「システム再起動! バックアップへの切り替え! 長距離通信網はすべてアンタレス経由でまわせ! A・ケンタウリの復旧急がせろ!」
「システム障害ではありません、外部からの攻撃です!」
帝国の公社であるET&T、その本店のコンピュータシステムは監督官庁である通信省メインシステム、この場合は内務省と共同使用しているメインシステム、通称ユピテルが何らかの攻撃を受けているということである。
「どこからだ!?」
「国土省メインシステムです!」
「またメリクリウスのポンコツか!」
二〇時一〇分
ライヒェンバッハ宮殿
地下司令室
皇帝の居城ライヒェンバッハ宮殿の地下には、帝国全軍の指揮も可能な大規模な司令部設備が備えられている。これらは上空からの砲爆撃にも耐えうる複合装甲に守られており、シェルターとしても機能している。各官庁とも地下通路で接続されており、帝都陥落という事態に陥っても、皇帝を安全にヴィルヘルミーナ軍港まで連れ出すことができる構造だ。
その司令室では、木星近傍でこれから始まろうとしている大公軍とギムレット公爵の叛乱軍による大会戦を前に参謀達が駆け回り、通信士の冷静な報告が飛び交っていた。
しかし、それが一瞬止まり、続いて悲鳴のような報告の連鎖に切り替わった。
「ガニメデ基地、通信途絶!」
「前線の第一艦隊と超空間通信が切断されました!」
「監視衛星群とのデータリンクカットオフ!」
「何が起きている!?」
「マルスに対してユピテル、プルートー、メリクリウスからの干渉を検知!」
「なんとかして復旧するんだ! バックアップへの移行はどうなっている!?」
二〇時一三分
ライヒェンバッハ宮殿
楡の間
「なに? 前線と通信ができない?」
『はっ、目下現状を確認し復旧に全力を注いでおりますが……』
「ともかく急げ。敵は目前まで迫っているはずだ」
司令室からの報告に、マルティフローラ大公は頭を抱えた。
「殿下、しかし前線を預かるピエラントーニ元帥は実績も豊富。本国から状況を確認出来ないだけなら、問題は無いかと」
マルティフローラ大公国領邦軍参謀長のダニエル・カアナパリ中将の言葉に、大公は頷いた。
同時刻
国税省
第三会議室
『特課長。航路保安庁より、こちらからのシステム侵入が確認されたので至急止めて欲しいと要請が来てますが……あっ、切れた……通常回線不通です』
空っぽの国税省に充てられた通信は、セキュリティチェックの上でヴィルヘルム・ヴァイトリングに転送されていた。航路保安庁からの要請に、斉藤は苦笑いを浮かべた。
「こちらでも確認出来ず。何か言ってきたら至急調査を行なうとだけ返答してください」
『はっ』
「とぼけたことするわねえ。ワザとやってるのに……」
ハンナが国税省のデータベースを漁りながら呟いた。
「まあ、戒厳令のおかげで詳しい情報を皆は知らないですからね。まさか僕らが叛乱軍に属しているなんて思いもよらないでしょうし」
涼しい顔をした斉藤が、コーヒーを飲みながらのんびりと応えた。
「しかし、何をするつもりなんだろう……不破艦長、カール・マルクスとの通信は維持できていますか?」
『メイン、サブ、エマージェンシー、いずれの回線も維持しています』
「了解です。第二段階の指示を待ちましょう」
これは二月の特別徴税局襲撃事件の意趣返しでもあった。瀧山が永田の手引きで国税省中央コンピュータシステムのプルートーと、それを経由して各省メインシステムにバックドアを用意した上で、博士謹製のウィルスを投入。
遠隔操作で起動することも出来たが、万が一カール・マルクスからの通信が遮断された場合に備えて国税省を特別査察の名目で封鎖、直接実行することが求められた。斉藤達が国税省を押えたのにはそういう意味もあった。また、特別徴税局本隊の行動をマルティフローラ大公らに悟らせないためには、国税大臣、官房長、政務官の身柄確保も重要だった。
結果としてこれは上手くいっており、特別徴税局は現在までのところ、本隊は西部軍管区で強制執行を行なうことになっている。
「あとは本隊が来るまで、ここを維持できるかですかね」
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