第27話-② 特別執行、開始

 帝国暦五九〇年三月二五日〇一時〇〇時

 巡航徴税艦ヴィルヘルム・ヴァイトリング

 格納庫


 慰霊と喪明けの振る舞いの名を借りた宴会はつい五分ほど前まで続いていた。今は非番明けの局員含めてスクリーンの前に整列させられている。


 徴税艦の格納庫は、局員を集めて行事を行なう際の講堂代わりにもなっている。すでに大型のスクリーンが立ち上げられ、特長局の紋章が映されていた。


「う゛え゛ー ぎ ぼ ぢ わ゛ り゛ぃ」

「ちょっとアルヴィン、吐かないでよ? っていうかなんでアンタ酔ってんのよ」


 アルヴィンの汚い声に、ハンナが二歩ほど後ずさる。


「博士が試作した解毒モジュール、まだ不完全だなあ……」


 人間の肝機能をすべて人工物で再現しようとすると、帝国暦五九〇年に至っても、未だに戦艦ほどの大きさになると言われている。すでに人工多能性幹細胞によるバイオテクノロジーによる人造臓器が実用化された現代では、機械による再現は無意味で不可能に近い――と、言われていた。


 しかしそれをやってのけたのが特別徴税局極彩色の脳細胞ことハーゲンシュタイン博士だった。しかし、アルヴィンの状態を見るに、その出来はまだまだヒトが本来生まれ持つ肝臓は愚か、バイオ人造肝臓には及ばないようだった。


「よく博士が付けたモノ試す気になれますね」


 斉藤はおぞましいものでもみるような目でアルヴィンを見ていた。


「そりゃあ斉藤、もう頭の先から爪先まで博士の作ったものだからな。気にしてたら身が持たねえよ」

「大体ねえ、アンドロイドのくせに酒なんか飲むから……ソフィちゃんは元気そうね」

「はい! 解毒剤も飲んできたので大丈夫です!」


 そもそもソフィは酒に強く、解毒剤を飲む前も大して酔った風ではなかった。


「元気だね、ソフィは……」

「ゲルト、顔青いよ?」


 ゲルトは解毒剤服用後、大抵の人間に現れる離脱症状に不快感を露わにしていた。


「解毒剤飲んでからそんなにピンピンしてるの、ソフィくらいよ」

「それにしても斉藤よぉ、何すんだよ、こんな時間に」

「もう少しだと思いますが……あ、映像来ましたね」


 映像が切り替わると、カール・マルクスの第一会議室が映され、上座に座る永田にズームされた。



 装甲徴税艦カール・マルクス

 第一会議室


「局長、帝都のヴァイトリングへの中継、開始しました」


 瀧山の言葉に、永田は頷いた。なお、この中継は特別徴税局専用回線での中継で、外部からの盗聴の類いはほぼ不可能と瀧山が太鼓判を押している。


「オッケー。それじゃあ始めようか」


 カール・マルクスの第一会議室には、笹岡徴税部長以下徴税部部課長、サー・パルジファル以下実務部課長、そしてセシリア、ミレーヌ、西条の監理、総務、調査部長が集められていた。


「今から僕が言うことを、全局員に聞いて欲しい。全艦放送に繋いだまま行なう。帝都の皆ー、聞こえてるかなー? ピースピース」


 真顔でダブルピースする永田に、帝都側の溜息が聞こえてきそうだと横で見ていた笹岡はあきれ顔でたばこに火を付けた。


「永田」

「あー、はいはい。僕は本省に居た頃、とある使途不明金の調査を行なっていた。現在までに、その総額は四五〇兆帝国クレジットを超えている」


 永田が一部の幹部以外の局員に、使途不明金問題を告げたのはこれが初めてのことだった。


「これらが、マルティフローラ大公国、フリザンテーマ公国、コノフェール候国に流れている。この資金を使い、連中は辺境賊徒から便宜を図って貰ったり、あるいは敢えて帝国内に侵攻させるための軍備を揃えさせていた」


 永田の操作で会議室のスクリーンに使途不明金の真の使途が表示された。ほとんどがパラディアム・バンクを経由して辺境惑星連合に渡っていることが突き止められたのは、先日の惑星アーカディア強制執行の成果だ。


「さらに、自分達の派閥に属する貴族に軍備を整えさせていた。これは来たるべき辺境侵攻のために極秘裏に揃えた私兵集団だ。強制執行でも、時折皇統の方々が不相応に強大な私兵を揃えていた所以ゆえんだ」


 これらは艦内や中継先のヴィルヘルム・ヴァイトリングでも閲覧されていたが、あまりの事態に唖然として声も出ない局員が多かった。


「これは、明らかに帝国に対する反逆行為だ。戦争を自分達の利権のための道具にし、領土拡大のための口実を作り、辺境市民や辺境惑星連合の市民さえ、その犠牲にしようとしている……自分達で賊徒を支援しながら、一方で彼らを撃滅するという。マッチポンプも甚だしい」


 永田の口調は平素と変わらないが、顔に浮かぶ感情は怒りそのものだった。


「一〇年前、この調査は中止を命じられた。国税省上層部のみならず、帝国政府はこれら使途不明金問題を把握していたのに、僕を特徴局に封じた上で命を狙いながら口封じをしてきた。しかし、それも今日までだ」


 永田が再び画面を切り替えると、チャンネル8の特別番組が映し出された。


『――繰り返します、本日一時、摂政大公殿下の要請により、帝国全域に戒厳令が布告されることが閣議決定されました。現在帝国議会議事堂には、上院下院議員が慌ただしく入っていくところが目撃されております。なお、この件について宮内省および内閣府はまだ公式声明を出しておりません。中継の――』

「とまあ、こんな感じで、皇帝崩御後に行なわれる筈だった皇帝選挙は戒厳令中無期限延期。その間に帝国軍や領邦軍により、我々特徴局の検挙拘束が行なわれる予定だということも、さる情報筋から伝えられている」



 帝都

 ヴィルヘルミーナ軍港

 巡航徴税艦ヴィルヘルム・ヴァイトリング


『僕はこれを放置することはできないと判断した』


 ヴァイトリングの格納庫は騒然となった。この格納庫に、いや、特別徴税局の人間の中に以前の戒厳令が布告されたことを身を以て知る者はいない。


『我々は過日、謎の武装集団に襲われた。特別徴税局解体を目指してのことだろう。恐らく、戒厳令布告後に同様の事態が想定された。そこでほぼ全艦を、ヴィオーラ伯国へと移動させた。皆には心配や不便をかけて申し訳ない』


 不便や心配という点においては、局員はあまり実感がなかった。そもそも特定拠点がない特別徴税局に入局した時点で、休暇の旅にどこかに移動した所属艦に合流したり、執行前にはすべての外出が制限されることは珍しくなかったからだ。


『すべては僕が一〇年前に、大公達の懐に手を突っ込んだことから始まった。君達を巻き込んでしまって申し訳が無いが、これから行なうことは、彼らの罪のすべてを暴き、裁きを下すための戦いだ』


 永田の顔がこれまでにないほど引き締まり、緊張感のあるものになった。見ている局員も思わず直立不動になるほどのものだった。


『これより特別徴税局は、ギムレット公爵の軍に合流し、マルティフローラ大公の確保、使途不明金、脱税、特別背任の責を問う』


『無論、通常の業務では無い。戦いの帰趨次第では、我々は本当に叛乱軍のまま終わるかも知れない。しかし、特別徴税局が加勢すれば必ずこの戦いに勝利し、ギムレット公爵の元でマルティフローラ大公の罪を裁くことが可能になる』


『僕の復讐戦に付き合えない、という者は遠慮無く離艦して貰って構わない。僕は離艦する者が、今から僕が行なう一切行動に関与していないという文書も出す』


『付いてきてくれる者だけ、付いてきてくれ。以上』


 静まりかえった会議室、いや、特別徴税局全体が静かだった。


『三〇分待つ。それまでに腹を決めてね』


 永田はそう言い残して、中継は終わった。


「お、おいおい……斉藤、こりゃあエラいことだぞ……」

「聞いての通りです」


 アルヴィンがどうにか口を開いたが、斉藤は落ち着き払っていた。


「局長が言われたとおり、これから行なわれることは極めて危険性が高いものです。最悪の場合、叛乱の罪に問われることになるかも知れません……しかし、僕はこの仕事を放り出すことはできません」


 斉藤はそこで言葉を切って、格納庫に居た全員を見渡した。


「今後の帝国の運命が決まることになるでしょう。無論、無理強いはしません。この執行に賛同できない人は遠慮なく申し出てください。僕の部屋にこっそり来てください。叛乱に加担していないことの証明書を、局長から預かっていますので。三〇分後、執行に入ります」


 斉藤もまた、そう言って訓示は終わりと自分の部屋に向かった。



 〇一時四五分

 艦橋


 結局時間まで誰も来なかったので、斉藤は艦橋に上がった。


「斉藤課長、離艦者はゼロです」


 珍しくきちっとした敬礼をしてきた不破艦長に、思わず斉藤も直立不動になり、その言葉に苦笑した。


「……皆真面目だな。こんな貧乏クジ引くだなんて」

「アンタに連れてこられた時点で大方予想は付いてたわよ」

「それもそうか」


 ゲルトに言われて、斉藤は頷いて定位置のオブザーバー席に座った。



 同時刻

 装甲徴税艦カール・マルクス

 局長執務室


「永田」

「おお、笹岡君? どうしたの、船降りる?」


 先ほどまでの緊張感のある顔はとうに緩んで、永田はいつも通りヨットレース誌に目を通していた。


「そんなわけないだろう。離艦者は二〇人くらいだな。ヴィオーラに残ってもらうよ」


 いずれも一般職の総務課員で、入局から日も浅い者ばかりで、ミレーヌが一年も特別徴税局にいないのに泥を被らせるのは避けたいという温情によるものだった。


「特課は?」

「離艦者ゼロ。士気が高いね。斉藤君のおかげかな?」

「そうか……皆バカだなあ……こんなことに付き合うなんて」


 永田は申し訳なさそうな、それでいて嬉しそうな笑みを浮かべた。


「局員は局長の背中を見て育つものさ」

「言ってくれるなあ……皆、ありがとう……離艦者への文書発行はやっておくよ。秋山君、これより特別徴税局は、本省の指揮下を離れ独自の判断で行動する。明日には公爵殿下がこちらへ来るそうだから、準備だけ進めといてね」

『了解』

「あっ、それと本省に通信入れといてね、内容は――」



 〇一時五〇分

 国税省

 大臣執務室


 永田が決断を下した頃、深夜にもかかわらず戒厳令布告のために召集された後、国税省に戻ったシュタインマルク大臣は執務室で休息を取っていた。


「しかし戒厳令布告とは……自信が無いからこそ戒厳令か……」


 シュタインマルク自身は皇帝選挙の帰趨を大まかに把握していたが、ギムレット公爵優勢という噂は確かなものとして感じていた。あんな過激さだけが売りの女が皇帝になるなどとは信じたくなかったし、マルティフローラ大公が戴冠できないとなれば、その後様々な悪事が明るみに出て、自分の首を絞めることになるので気が気ではなかった。そして彼の足元には、常に永田閃十郎がニヤけた顔で落とし穴を掘って待ち構えている。


「大臣、特別徴税局――」

「なんだ!?」

「いえ、その、西部軍管区のフォレスタル・シップ・ビルダーズへの強制執行を行なうと連絡が」


 官房長の報告に、シュタインマルクは過敏に反応し、露骨に顔をしかめた。


「こんな時でも奴らは戦争ゴッコか。平和な連中だ……」

「いかがします?」

「許可しろ」

「はっ」


 許可を出してから、シュタインマルク大臣は寒気に似た感覚を覚えた。


「永田が執行を事前に通達してくることなんて、今まで無かったぞ?」

「警戒しているのでしょう、失敗はしましたが、例の事件以降、特徴局からの報告は以前よりはまともに届いておりますし」

「ならいいのだが……」


 このときのシュタインマルクの予感は後から考えれば情勢を肌感覚で正確に読んでいたのだが、読めただけでは二流。それに対策を講じられてこその一流政治家だった。もっとも、時流も読めない三流政治屋が跋扈する政界で、シュタインマルクのような感覚を持てる人間は案外貴重とも言えた。

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