第12話-③ 密約
装甲徴税艦カール・マルクス
徴税部長執務室
「斉藤君、君のレポートは読ませて貰ったよ。いいねえ、すごくいい」
永田より一足先にカール・マルクスへ戻っていた斉藤は、笹岡徴税部長に呼び出されていた。何事かと思えば、税務調査のレポートについての高評価だったものだから些か拍子抜けだった。そもそも、ラカン=ナエでの暴走行為以外は斉藤の業務評価は良好そのものだったので、特に不安がる必要は無い。
「税務関係だけじゃなくて、背後の人間関係も入れてくれてるのがいい。僕らはそういうのも気にしなくちゃならないからね。上司から見た感想は?」
「斉藤の目の付け所はなかなかです。この前の帝国政策投資機構の調査といい、ベテラン監査官にも匹敵します。DSAのときといい、実に着眼点が的確です」
ソファに腰掛け、近くにいた猫のアーサーと戯れていたロードも、あっさりと斉藤を褒め称えた。
「ロードがそれだけ太鼓判を押すならやはり見込み通りか。今後も宜しく頼むよ」
「はい」
「それと、斉藤君を見込んで頼みたいことがある」
「はい」
「本国から領邦に、利用範囲無制限の金が渡されたとして、その目的と用途を想定することは可能かな?」
笹岡の提案に斉藤が返事を返すのに、二秒ほどの間が必要だった。
「可能です」
「そうか。では本国から三つの領邦国家に金が流れたとして、その想定される用途と目的、シミュレートしてレポートとして提出してくれるかい?」
「本国と領邦国家ですか?」
「まあ、国でも企業でも何でもいいんだけどね。金額が大きいから、国家ということにしてくれないか。額としては四五〇兆帝国クレジット」
「四五〇兆帝国クレジットですか!?」
金額を頭の中で理解したとき、斉藤は素っ頓狂な声をあげていた。四五〇兆ともなると、単なる脱税ではない。斉藤が今年度担当した事案を全て合計してもその一〇分の一にもならない。帝国の国家予算ですら、単位年度あたりようやく約九〇〇〇兆帝国クレジットであり、その五パーセントというのは小さな数字ではない。
「うん。その間の業務進捗の遅延はロードにも許可をもらっているよ。あと、カール・マルクスのメインフレームも無制限に使用を許可する。瀧山君には僕から話しておくよ」
「む、無制限、ですか?」
「もちろん艦の運行に必要な演算処理と、他部署の割当分以外の余剰だけどね」
「分かりました」
「期限は早いほうがいい。どのくらいで出来る?」
「本日中には」
「そんなに早く? まあ斉藤君に任せるよ」
斉藤が退室したあと、ロード・ケージントンは葉巻を口にくわえながら笹岡に顔を向けた。
「笹岡部長にしては、珍しい指示ですな」
「分かってるんだろう、ロード。局長がギムレット公との取引に応じた」
「やはり、例の件ですか」
「ああ。斉藤君にはいろいろと頑張ってもらう必要が出てくるだろうね」
「彼は張り切るでしょうな」
そう言うと、ロードは葉巻に火を付けた。
太陽系 第三惑星地球
帝都ウィーン 国税省 大臣執務室
「大臣、特徴局がピヴォワーヌ伯国の税務調査を完了したと報告がありました」
大臣室に入った国税省官房長の
「永田にしては早い報告だな」
国税省にあって国税省にあらず。特別徴税局の無法振りは大は強制執行スケジュール、小は事務連絡まで多岐にわたっており、特に永田から直接報告を行なうものについては一ヶ月遅れなら良い方で、酷いものは半年以上放置されていることがあり、再三の報告命令も永田はのらりくらりと躱し続けているものもある。
「はい。かの領邦は特に問題はないでしょうから。ピヴォワーヌ伯爵から、国税省宛に礼状も届いております」
「ピヴォワーヌ伯め、芝居がかった真似をしおって……」
ピヴォワーヌ伯爵オデットといえば、そつがないところが気にくわないとまで言われるもっとも新しい領邦の領主である。アンプルダン家は古くから惑星開拓庁の重鎮として辺境惑星開拓に従事してきたが、若く革新的な領主は、帝国本国でも人気が高いというが、保守的な人間のウケは悪い。
「特に戦闘などもなかったようです」
「自治共和国や鉱山惑星ならともかく、領邦首都で戦闘など起こってたまるか! 連中は頭がおかしいんだ!」
世が世なら『国税大臣発狂す』と新聞記事に躍り出そうなシュタインマルクの情緒不安定さだが、特別徴税局の話題の時だけなので今のところ大臣としての政務に支障は出ていない。
「まあまあ……ところで、気になる情報が入っておりまして」
「それを先に言わんか」
「特別徴税局から人事案が」
「ん? なんだこれは、こんなポスト聞いたことないぞ」
「どうでしょう。不可としますか?」
「局内人事と装備取得については基本的に本省から口も手も出さない。そういう約束で先代の大臣がヤツを特徴局に封じ込めたのだからな」
シュタインマルクは官房長が差し出した書面を改めて一瞥して、サインして突き返した。
「よろしいので?」
「やむを得まい。どうせハッタリだ。キャリア一年目の人間に何ができる」
「そうですか……どうされました?」
官房長は、目の前で急速に青ざめていく国税大臣を見て首を傾げた。
「いや……本当にハッタリなのだろうか」
そんなことを私に言われてもという顔で、官房長は首を振った。
「今ご自分で仰ったではありませんか。たかだかキャリア一年目の人間に何ができる、と」
「う、うむ。そうだな」
ハッタリだ、そうに決まっていると自分の心に言い聞かせ、シュタインマルクは自分の政務に勤しむことで、永田の顔と特別徴税局という存在を脳内から追い出すことにした。
装甲徴税艦カール・マルクス
徴税三課 オフィス
『――続いてのニュースです。来年度予算が帝国史上初めて
「京かあ。まあいつかは突破するものと思ってたが、生きてる間に聞くたぁ思わなかったな」
一通りの事務処理を終えた徴税三課のオフィスで、アルヴィンはニュース番組を眺めていた。
「指数表記にでもしたほうが良いんじゃない? 一〇の一六乗帝国クレジットって……余計わかりにくくなるか」
「どうせパンピーにゃわかんねえよ。かえって分かりにくくなったら関心薄れていいんじゃないか?」
ハンナがぶつくさというのを、アルヴィンは笑い飛ばした。
「由らしむべし知らしむべからずか。そうやって愚民化推し進めると国家の寿命が縮むわよ」
「歴史上、滅ばぬ国家など無かったのだ。ショージャヒッスイ、オゴレルモノモヒサシカラズ」
「突然歴史ドラマのナレーションみたいな真似するんじゃありません」
「へいへい……おう斉藤、笹岡さんの案件の調子はどうだ?」
雑談を切り上げたアルヴィンは、斉藤にちょっかいをかけ始めた。
「桁が大きすぎていまいちイメージがつきませんね」
斉藤が普段取り扱う脱税案件は、大きくても一〇億帝国クレジット程度が主で、四五〇兆帝国クレジットといえば領邦クラスの予算規模だ。財務官僚ならばよくある桁数とは言え、一介の国税当局員にはあまりに大きな金額だった。
「四五〇兆帝国クレジットねえ……んな大金をどうこうする強制執行でも考えてんのかね、上は」
例年、帝国の国家予算は九〇〇〇兆帝国クレジット台で安定していたが、四五〇兆帝国クレジットとはおおよそ五パーセントに達する。
「それはないと思いますが、国家レベルの不正送金のような案件でシミュレートせよとのことでしたが……」
「芳しくねえのか」
「想定すべき条件が多すぎて絞り込めなくて……時間さえ掛ければ終わることですが」
斉藤の目の前のディスプレイに移る項目の多さに、アルヴィンはめまいを覚えた。
「ふうん……まあ頑張れよ。コーヒーくらいは淹れてやる」
「はは、どうも」
斉藤の机の上のマグカップに、サーバーで数時間熟成されたコーヒーを注いだアルヴィンは、何かを思い付いたように斉藤のディスプレイを見つめた。
「なあ斉藤よ、ちょっと考えたんだが」
風味もなにもかも飛んでしまった熱いだけの液体を啜ってから、アルヴィンが斉藤の肩を叩いた。
「なんですか?」
「問題はもっと単純に出来るんじゃないか? 確かに国となるとややこしいが、国なら大金動く可能性が一つある」
アルヴィンの示唆に斉藤は気付いた。
「戦争ですか?」
「そう。戦争準備を仮想ケースに考えて、帝国内乱時のデータを入れてやれば、面白いシミュレーションになるはずだが」
「面白いって……アルヴィンさん、どこかの領邦が内乱を起こす想定でやれってことですか?」
不承不承といった斉藤だが、しかしアルヴィンの勘は侮れない。実のところ斉藤も最終的には戦争を想定するつもりだったが、これで背中を押された格好になった。
「なーに、笹岡部長はともかく、局長はそういうの好きだぜ、多分」
「好き嫌いで仕事してるんじゃないんですから……」
「でもよお、ありきたりな献金とか贈収賄考えるのは骨だろ。関係者何人だ? 金の使い道もそれだけ増える。いくら何でもそんなシミュレート出来ねえだろ?」
「それはそうですが……もしかして、笹岡部長ははじめからそのつもりで」
「あり得る話ね」
自分の仕事を片付けつつも、アルヴィンと斉藤の会話に神経を向けていたハンナも頷いた。
「だろ? あとは武装勢力か、民間軍事企業でもいいが、あの辺のゴロツキに金バラ撒いておくとかやりそうだ。DSAの事例も参考になるんじゃね?」
「ありがとうございます。アルヴィンさん、これで早く済ませられそうです」
「礼はいずれ形でな」
数時間後、細かな条件の設定などを経て完成したレポートを、斉藤はアルヴィンとハンナにレビューしてもらっていた。徴税三課にしては珍しく残業中だ。
「国防省の軍事計画案みたいね」
ハンナは斉藤の作成したレポートを見て呟いた。
「いくつか並行してシミュレートしましたが、これが予定される金額をもっとも合理的に消費できると分かったので……」
ピヴォワーヌ伯国の税務調査を終えて投錨地の東部軍管区首都星ロージントンへ向かうカール・マルクス艦内で、斉藤が仕上げたレポートの要旨は以下の通り。
架空の国家A国、B国、C国は帝国から違法に受給した四五〇兆帝国クレジットを軍事分野に投入。戦艦、巡洋艦、駆逐艦などの正面戦力の他、補給艦などを含む兵站部門の拡充、増員する兵員の給与などもこれで対処。各種物価を厳しめに見積もったとしても東部方面軍のナンバーズフリートと同規模、つまり四個艦隊、陸戦要員八〇万名、航空機一二〇〇機、その他火器類などを揃えても四五〇兆帝国クレジットで収まるという試算だった。
「んー、さすがに無理筋か? そんなことしたら帝国中央政府にバレずに行動するのは不可能だ」
「まあ、そもそもこれだけの軍隊作って何がしたいのか、ということもあります。そこでもう一つのシミュレートです」
斉藤は用意していたもう一つのシミュレーション結果をオフィスの大型モニターに投影した。
「これは、軍拡の規模をもう少し絞り、外征を行い、さらに現地への工作資金などを用意すると仮定したものです」
「ああ、そういえばンなこと言ってる皇統子爵サマが前にいたな」
ヴィルヌーヴ子爵の所領税等脱税事件はすでに結審まで済んでおり、子爵は領地と財産没収、爵位剥奪の上で終身刑が確定していた。その時の税務調査と、子爵本人からの取調べのデータがカール・マルクスに残っており、これを応用したのが斉藤が作成したもう一つのレポートだ。
「この場合、一部資金を辺境惑星連合内の協力者や反政府勢力にバラ撒くことを想定しています。また、敵の内部分裂を誘うことで投入戦力を減らし、その分を制圧した惑星の開拓・再整備に転用することが可能でした」
「外征、ねえ……帝国軍も領邦軍も、防衛のための戦力であって外征は今までやったことねえからな」
「ねえ斉藤君。例えば、よ。バラ撒き先が辺境惑星連合内の叛乱勢力じゃなくても構わないのでしょう?」
「例えば?」
「辺境惑星連合を維持させるための資金提供」
ハンナの言葉に、斉藤はもちろんアルヴィンさえゾッとしたような表情を浮かべていた。
「そりゃあ主任さんよ、マズいだろ。帝国の敵に資金提供して頑張ってね~なんてやったら、そらぁ外患誘致に内乱罪のハッピーセットだ。死刑は免れねえぞ?」
「そうよねえ、いくらなんでもそんなことしてないわよねえ……」
「そうですね……しかし、DSAの例もあります。帝国内の一部勢力が賊徒に何らかの支援をしていることが明らかになりつつあり、これ自体、例えばある領邦による陰謀とか」
斉藤の言葉に、アルヴィンとハンナが顔を見合わせて、斉藤とも見合わせ、苦笑いを浮かべた。
「そ、そんなことあるわけないじゃな~い。やぁねえ斉藤君」
「あ、あははは、そうですよね。あはは」
「そうそう、斉藤ってば、考えすぎだってばよ」
「……ま、まあ、シミュレートはあとで見直して、笹岡部長に提出しておきます」
「お、おお、そうだな。それ終わったら飯、飯にしよう」
「そうね。久々にまともな税務調査に入ったから、なんだか疑り深くなってるだけよ、うん」
笑って誤魔化そうとしたが、三人は言いようのない予感の様なものを感じて、やや顔を青ざめさせていた。私企業や個人による資金や武器の提供ならともかく、領邦がそんなことをしていたら、一歩間違えば帝国は内乱に見舞われる可能性すらあるからだ。
なんとも言えない後味の悪さを感じつつ、徴税三課の面々は仕事にキリを付け、その日の業務を完了させた。
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