第12話-④ 密約
装甲徴税艦カール・マルクス
第一会議室
「これが斉藤君のシミュレートかい?」
斉藤の提出したシミュレート結果は、永田、笹岡、そしてロード・ケージントン、ミレーヌ、西条、セシリアに閲覧されていた。
「しかし、去年の四月にうちに挨拶に来た斉藤君が、こんな立派な仕事をしているなんて、私ちょっと涙が……」
「セシリアの気持ち分かるわ。あんな現場に放り込まれてるのに……」
セシリアとミレーヌがハンカチを取り出したのを見ながら、居心地悪そうな西条、笹岡、ロードはやや肩を落としていた。
「何だかとんでもなく悪いことを我々がしているように聞こえるのだが」
「碌でもない役所なのは事実だよ、西条部長」
「上司としてはあまり嬉しくない評価ではありますが」
「ねえねえ、そんな自虐するよりも斉藤君の苦労の結晶見ない?」
永田はそんな幹部達を一顧だにせず、スクリーンに目を向けていた。
「やはり軍事予算に投入か。しかしこのABCの三国がそんなことをしたらさすがにバレるのではないか?」
「その点も斉藤はカバーしており、辺境部に根拠地を作っているのではないかと推測しています」
西条の問いにはロード・ケージントンが答えたが、これも斉藤の用意していた注釈で十分だった。
「なるほど。ヴィルヌーヴ元子爵の件でも、帝国に把握されていない開拓惑星等の情報もあったねぇ」
永田は満面の笑みで頷いていた。
「それも、人員輸送や物資輸送の線を手繰ればいつかは見つかりそうですが」
「斉藤君もそこに言及しているね。それにエイケナール君が追加で書き添えてるんだよ。辺境惑星連合から出稼ぎ工員を募集してるのでは、とか」
笹岡が表示させたハンナのコメントは、会議室の一同に苦い顔をさせるに十分だった。
「それは厄介だな。帝国領内からの人の流れは分かりやすいが、賊徒の領域からでは調べようがない」
西条の危惧は尤もで、一同は深い溜息を吐いた。特別徴税局はあくまで帝国領内における国税の不正を調査し、強制徴収などは出来ても辺境惑星連合内の現地調査は管轄外だった。
「なるほどねえ……いや、事態はより深刻だなぁ」
永田の言葉以上に深刻だった。敵国である辺境惑星連合に資金を提供している上、それで帝国中央の目が届かない軍事力を整備するなど、国家反逆罪の適用さえ考えられる。
「外に意識が向いているのも厄介だが、もしその矛先が中央に向いたらどうなるのかな」
笹岡の疑問には、ミレーヌが答えた。
「まあ、あっという間に陥落するでしょうね。こんな感じで」
ミレーヌの操作でカール・マルクスメインフレームでのシミュレーション結果が表示される。帝国本国に展開する戦力を最大限大きく見積もっても、東部方面軍並の戦力をぶつけられたらひとたまりも無い、とにべもない結果だった。
「ともかく、やはり我々の事前予想はある程度当たってしまうということだ」
西条が深い溜息を吐いた。実のところ、斉藤のレポートの内容はこの会議室にいる一同の中では想定の範囲内の内容だった。永田が掴んでいた使途不明金の実際の使途については定期的に調査と検証を行なっていた。今回はむしろ、幹部達の中で思考が凝り固まり、結論だけが先行していないかということを外部――この場合は事情を知らない斉藤達――の目を借りて再検証してみようということだった。
「局長、先手を打って当該領邦の偽計を明らかにすべきでは?」
西条の言葉に、永田は珍しく考え込んでいた。
「まだだね。これはあくまでシミュレート。証拠が掴めないとねえ……まあ、遠からず尻尾を出してくれると思うんだけどね」
リンデンバウム伯国
首都星アミーキティア
リンデンバウム伯爵邸
帝国皇帝は領邦領主から選出されることが不文律となっている以上、領邦のいずれかは帝国皇帝の所領ということになる。当代皇帝バルタザールⅢ世、本名バルタザール・フォン・リンデンバウム・カイザーリングはその名の通り、リンデンバウム伯爵としての地位も併せ持つ。
皇帝は戴冠すると日常生活や政務も含めて地球の帝都ウィーンで行なうので、所領に戻るのは年に数度、夏期と冬期の静養の際のみとなるが、例外もある。
バルタザールⅢ世は長引く体調不良から、静養のため所領に戻っていた。
「余も不甲斐ないことだ」
「何を仰います。陛下の御容態が快復することを、臣民も待ち望んでおります」
「歳を取るとは、その期待に応えるだけの気力を失わせることでもある。のう、フレデリク」
バルタザールⅢ世の私邸を訪れていたのは、現在帝都で皇帝の名代として政務を統括しているマルティフローラ大公フレデリク。彼は月に一度程度、皇帝の見舞いに訪れることになっていた。
「フレデリク、他の皇統とも話し合い、皇帝選挙の準備をせよ。準備が終わった段階で、余は退位し、玉座を新たな皇帝に譲ることを望んでいる。皇帝の座についたまま死ぬなど、卿ら残される者に負担を強いるだけだ」
皇帝崩御となると、葬儀や服喪の都合で様々な制約が皇統貴族のみならず、一般臣民にも影響を与える。無論、突然死などもあり得るので必ずというわけではないが、歴代皇帝でも自らの健康不安や老齢を理由に退位することは珍しいことではない。
「……気弱なことを仰いますな。帝都はこのフレデリクにお任せあって、陛下はお体を休められることのみ務められればよいかと」
「うむ……フレデリク、次の代替わりは、恐らく帝国の行く末を大きく変えるものになるだろう。くれぐれも、他の皇統と議論を欠かすことのないように」
バルタザールⅢ世は即位から五六年目を迎える。次の皇帝も問題が無ければ半世紀は即位している可能性が高い。それを喚起したバルタザールⅢ世だが、マルティフローラ大公は頷いただけだった。
「もちろんですとも……しかし陛下、ご静養が長引くのなら、やはり私が摂政の座につき、陛下をお助けいたしたく存じますが」
「……うむ。それもやむを得ないかもしれぬな。また、卿に頼むともなれば、正式な形で勅を出す。もうしばらくは考えさせてくれまいか?」
マルティフローラ大公は頷いて、最敬礼をして退室した。
「……聞いておったか、ナタリー」
隣室に控えていたのは、ヴィオーラ伯国領主のナタリー・アレクシア・ヴィオーラ・ウォルシュー伯爵。九四歳とバルタザールⅢ世より九つも上ながら、
「フレデリク坊ちゃんは、随分と摂政の地位にご執心のようで」
先代マルティフローラ大公の時代も知るヴィオーラ伯爵にかかれば、帝国随一の領邦マルティフローラ大公国の領主でも子供扱いだが、何せ大公が三五歳となれば、ヴィオーラ伯爵の孫と言っても不思議ではない年齢差だ。
「会う度に摂政の地位をせがまれては、もう少し現世にしがみついておかねばと思うこともある。アレは野心が強すぎるのだ」
皇帝は溜息を吐いて、ベッドから身体を起こし、ガウンを羽織って窓際の椅子に移動した。ナタリーはそのテーブルに、紅茶を用意していた。
「今年の茶葉の出来は中々だ、とうちの農政長官が申しておりました、どうぞ……フレデリクは上昇志向の強い子だとは思っていましたが、やはりもう少し厳しく叱りつけてやるべきでは?」
「子供ではない。そのようなことをしても効果はあるまいよ」
皇帝は苦笑いを浮かべて、紅茶に手を伸ばした。
「うむ、やはり紅茶はヴィオーラ産に限るな……」
「しかし、ご息女が聞いたら落胆されますわ。父上も丸くなったものだ、と」
「グレータにはレジーナのほうが厳しかったのだ……おかげで領主としても申し分ない能力を身につけてはくれたが」
皇帝バルタザールⅢ世には一人娘のグレータ・フォン・カイザーリングがいる。すでに領邦経営の大半は彼女の手に渡っている。
「レジーナ様はいい皇后であらせられましたわねえ。今年が、亡くなられて丁度二〇年でしたか」
その後もしばらく、皇帝とヴィオーラ伯爵の歓談は続いたが、三〇分ほどして、ようやく皇帝は本題を切り出した。
「卿の言っていた領邦領主の代替わりの件、承知した。あとは卿の好きなようにするがよい」
領邦領主に定年はなく、そのつもりがあれば本人が死去するまで続けられる。ただ、領邦領主は現状血族継承なので大きなトラブルは起きにくい。領邦領主は多忙な役職で、自分の後継者に領主代理の地位を与えて経営に当たらせることも多い。しかし当代ヴィオーラ伯爵ナタリーには子供が居ない。数十年前に夫と共に事故で喪って以降、伯爵は再婚せずに今に至る。
今回の代替わりでは新たな皇統をヴィオーラ伯爵に指名することになっていて、人選は伯爵に一任されていた。
「ありがとうございます、陛下。しかしながら、ぜひ次代ヴィオーラ伯爵の叙爵は陛下から行なってほしいものですわね」
「ふふ、ではせいぜい静養せねばな。せめて後任の顔と名前くらいは聞いておきたいものだ」
「何人かに声を掛けていますが、本命もいますのよ。決まればお知らせいたします」
「ほう……また結果が分かれば教えてもらおう。余も楽しみが増えるというもの」
皇帝の弱々しい笑みに、ナタリーは内心でこれが最後の拝謁になるかも知れない、と覚悟を決めていた。
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