第15話-⑨ 特別徴税局らしさを体現した者

 四時一五分

 第二格納庫


 アルヴィンの死亡時刻より五分ほど時間は遡る。


「いやあ、東部辺境から飛んできたものの、全て終わっていたとは」

「無事で何よりですよ……」

「言ってくれれば試したい対人火器やら対艦重力砲とか色々あったんじゃが」

「バカ言わないでくださいっていうか、なんですかそれ聞いてないですよ」


 徴税二課長ハーゲンシュタインと同課長補ラインベルガーは、東部辺境への出張に行っていたのだが、斉藤ら局員が人質に取られ、カール・マルクスが単艦でその奪還を開始するという報に接して、近隣にいた帝国軍巡洋艦を半ばジャックする形で――国税法六六六条の五九には帝国官公庁、帝国軍、星系自治省治安維持軍、航路保安局交通軌道艦隊は国税徴収に関わる業務において国税法に基づき特別徴税局の要請を受けた場合。その要請に最大限従わなければならないとある――イステール自治共和国までたどり着いていた。


「んんんんん?」


 ようやく軌道上に離脱したカール・マルクス第二格納庫は何やらでてんやわんやだったが、ハーゲンシュタインはその混乱の最中にもある異常を見つけていた。


「なんじゃこの血痕は」

「内火艇から艦内に続いていますが……」


 ラインベルガーは血痕の行き先を見ていた。


「おい、そこの若いの。何があったんじゃ?」」


 ハーゲンシュタインは背中の伸縮式サブアームを展開して格納庫に居た若い整備士を捕まえた。


「ああ、ハーゲンシュタイン博士、実は……」

「なーんじゃ泣くことはなかろう。ワシがそんなに怖いかのう?」

「いえ、そうじゃなくて。アルヴィン・マーティンが――」


 すすり泣く整備士の話を聞き終えるやいなや、ハーゲンシュタインは年齢を全く感じさせない俊敏な動作で医務室へと走った。



 四時二三分

 医務室


「ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

「博士? 辺境に出張のハズでは」


 駆け込んできた博士はそのまま手術用の手袋を嵌めてマスクをしていた。


「直ちにオペの準備じゃ! ラインベルガー! ワシのラボにXTSAシリーズ用の予備素体がある! すぐにここに持ってこい!」

「は、はい!」

「医務室長、アルヴィンにありったけ輸血を! 心臓が動かんのなら人工心肺でも手づかみでもなんでもいいから動かせ! 血液を巡らせるんじゃ! 酸素を送り込め! こやつの脳細胞を死滅させてはいかん! 大脳および小脳、脳幹部の摘出用意! あとの連中はすぐに部屋を出ろ! オペの邪魔になる!」


 あまりの剣幕にラインベルガーも医務スタッフも言われたとおりに動くしか無かったし、斉藤達は完全に呆気にとられていた。


「博士! 何をしようって言うんですか!? アルヴィンさんになにをするつもりなんです!」


 斉藤は博士に詰め寄るが、マスク越しに博士は怪しい笑みを浮かべていた。


「安心せい斉藤君。君の先輩をむざむざ退場させるようなワシではない!」


 ハーゲンシュタインが手術室から出てきたのは、それから五時間ほどした一〇時を回った頃だった。


「完璧じゃ!」


 手術衣からいつもの白衣に着替えたハーゲンシュタインが出てきたのを、斉藤は呆然とみていた。


「博士……」

「ふふふふ……XTSA-444で技術は確立済み。あとは実証のみだったが……来たまえ斉藤君」


 手術室に通されると、斉藤の目の前、手術台の上にはXTSAシリーズの素体が横たわっていた


「博士、これは……!?」


 普段見慣れた戦術支援アンドロイドと異なり、今目の前にあるのは素体そのまま。人工皮膚で覆われているのは頭部だけだった。手術室の隅にはボディバッグが――明らかに中に成人男性が入っている大きさ――安置されているのを見つけた斉藤が、ギョッとしてハーゲンシュタインに振り返る。


「ふふふ……征蔵などの実務課戦術支援アンドロイド、いわゆるXTSA-444シリーズは、機械学習機能を利用して帝国軍の戦術などに基づいた作戦立案を行なう機械でしかない。しかし今回は違うぞ。アルヴィンの脳組織そのものを制御装置として組み込み、サイボーグとしたものじゃ!」

「そんな……! 先生? そんなことが可能なんですか?」


 オペを補佐していた医務室長も半信半疑と言った様子だった。


「……私もこのような猟奇的で非道徳的で非合理的な手術の経験はない、が……博士の技術が確かだと信じよう」

「なにを不安な顔をしておるのだ。どうせ死んでもそこらの惑星で荼毘に付されるかコフィンカプセルで宇宙葬がオチじゃ。死んで花実が咲くものか。科学の発展に寄与するだけで無く貴重な徴税吏員の能力も失われずに済むのだ! それでは起動するぞ。人類の新たなる一歩じゃ!」


 身も蓋もない博士の言葉に斉藤は唖然として言葉が出てこなかった。そんな斉藤を放置して、博士は素体に繋がれた端末のキーを叩いた。


『起動電圧正常。XTSAシリーズ 起動シークエンスを開始』

『中央制御装置コンタクト、アクチュエーター制御信号正常』

『アイボールセンサー起動。映像認識および中央制御装置とのリンク確立』

『生体CPU、補助脳のリンク確立』

『発声機構および表情制御機構のリンク正常。以降の音声は発声機構からのものに切り替え』


 人工音声による起動シーケンスの読み上げの後、素体の目が開くと、むくりと上体を手術台から起こした。


「ほれ斉藤君、呼びかけてみんか」

「あ、アルヴィンさん……?」


 言われて斉藤は恐る恐る、恐らく今この素体の中に入っているであろう人物の名を口に出した。


「……」


 人間で言えば寝起きのような表情の素体は、斉藤の声に反応して首を動かしたものの、応答はない。


「博士?」

「んんんんん? 制御中枢と素体とのリンクは完了しておるハズじゃが。寝ぼけておるのか?」

「さ……さ……斉藤……」


 人間の声帯器官を真似たという博士渾身の発声機構が、聞き覚えのある声を再生した。声帯含め、スキャンした声帯などを合成樹脂組織で構築した発声部は、やや違和感はあれど、ほぼ生前の当人と同じような声を出せることが確認された。


「アルヴィンさん……? 分かりますか!? 僕です! 斉藤です!?」

「……あれ? オレ、何してた? さっき確かタバコ吸ってだなあ……あ?」


 素体、いやアルヴィンはぼんやりと自分の腕や足を見て、最後に股間に目を移したが、身体を大きく震わせた。


「オレのチン○がねえええええ!!!!!! どこ行ったマイ・サン!!!!!」


「っていうかオレの体が機械になってるぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」


「なにこれ?!?!?!?!?! どーなってるの?!?!?!?!」


 ガタガタと震えるアルヴィンは頭を抱えてうずくまる。これほど人間らしい動作が可能だとは斉藤も予想していなかった。


「博士! だ、大丈夫なんですか!?」

「む。全身まるごと一度に機械化したから意識との合一が出来ておらぬようだな。混乱しておるようだ。わはは」

「わははとか暢気にいってる場合ですか!? 落ち着いてくださいアルヴィンさん!」

「ふう。どうした斉藤」

「いや急すぎるでしょ!? もっと混乱してていいんですよ!?」

「混乱しとるのはおぬしじゃ斉藤君」


 博士の指摘にもかかわらず、斉藤は狼狽えていた。


「ちょっ! 博士なんの冗談なんすか!? オレの体どうなってるんだこれ。っていうかマイ・サン! オレのムスコとムスコの素はどこ!?」

「ムスコの素とか言わないでください! ていうか気にするのそこなんですか!?」


 博士の肩を強請るアルヴィンに、斉藤はようやく普段の調子を取り戻してツッコミを入れた。


「性器を挿入しての生殖行為なんぞ非合理的じゃ。お主の生殖細胞なら冷凍保存してあるわい」

「おお、さっすが博士気が利いてる……じゃなくて!」


 ノリツッコミまで出来るのか、と医務室長は博士の技術の精巧さに舌を巻いた。


「そもそも、お前は種を蒔いても芽吹かせる気も無いし育てるつもりもないのについていてもしょうがあるまい」


 博士の言葉にアルヴィンは項垂れた。


「わぁ正論火の玉ビッグバン……じゃなくて! どーするんですこれ! オレの体機械じゃないっすか!」

「うむ! 男があがったのう! 見惚れるのう! ワシがあと六〇年若くて女子おなごなら惚れておったわい!」


 サムズアップなどして見せた博士にアルヴィンはなおも泣きついた。


「いやそうじゃなくて! うぉぉぉぉぉぉ! 俺の人生の楽しみがぁぁぁぁ……」

「博士! 本当に大丈夫なんでしょうね!?」

「ワシが信じる科学を信じればええんじゃよ」

「あなたの信じる科学と僕が信じる科学が別だったらどうするんですか!?」


 さらりと言ってのけた博士に斉藤はなおも食い下がった。


「まあそんな些末さまつなことを気にするでない」

「些末じゃない!」「些末じゃねえ!」


 二人の言葉に、何を言われているか理解出来ないという風に博士は肩をすくめた。


「些末些末。ほれ、美容整形のお時間じゃ。生前と違わぬ美男子にしてやるからおとなしくせい」



 一〇時三〇分

 局長執務室


「はあ!? 博士がアルヴィン君をサイボーグ化したぁ!?」


 永田は素っ頓狂な声を上げた。今までもこれからも、永田かこんなに驚くところは見ないだろうと、報告したロード・ケージントンは考えていた。


「XTSAシリーズの素体に、アルヴィンの脳を移植した、と博士は証言しています。先ほど斉藤が聴取しましたが、寸分違わずアルヴィンであることは間違いないようで」


 そこまで聞いてから、永田は先に局長室に来ていたミレーヌ・モレヴァン総務部長に振り向いた。


「……サイボーグって帝国臣民籍の処置どうすればいいんだろうね」

「さあ……?」




 一二時二三分

 徴税三課 オフィス


「いっやー、体の半分くらいズタズタにされてた気がしてたんだけど、まあなんか、生き返っちゃったな」


 博士の手による美容整形――合成樹脂と軟質素材を用いた――により、アルヴィンは生前の姿を取り戻していた。


「軽すぎませんか!? っていうか本当にアルヴィンさんですか?」

「おうよ」


 斉藤は手元の端末でとある人物の納税記録を纏めたものを呼び出した。


「……五八八年四月一〇日、入湯税四九二帝国クレジット」

「そりゃロージントンのアウグスタⅠ、ソープランドの淫乱帝イレテミーナだな。あそこのモニカちゃんがまたおっぱいデッカいんだよ。ありゃあ最高だ」

「同年六月三日、宿泊税五六〇帝国クレジット」

「ヴィオーラ伯国、惑星マーギュリット、センターポリスのホテル・マンツィアリーに一泊。そこでデリヘル頼んだんだよ。ありゃいい女だった。四〇には見えなかったな」

「よかった、本当にアルヴィンさんだ……」


 安渡した様子で斉藤が笑った。


「おうおう、疑ってたのかっていうか今のデータなに? なあ何でまとめてあったんだ?」

「お気になさらず……しかしデータベースとはもうリンクしてますよね?」

「疑うってんならだなあ……なんならお前のほくろの場所、全部言い当てられるぞ」


 アルヴィンの提案に、斉藤が顔を真っ赤にしていた。


「いつ見たんですか!?」

「大丈夫だって、パンツの中までは言わねえから」

「ちょっと待って下さい言わないってどういうことですか!? なんで知ってるんですか!? ヘンタイ! エッチ! ケダモノ!」

「ちょ、待てよ! お前がゲロ吐いて酔い潰れてドロドロになったときに着替えさせただけで、別にオレがお前を喰っちまったとかそういうのじゃないぞ! 酔い潰して無理矢理ヤルなんてオレの主義に反するからな!」

「無理矢理じゃなきゃいいんかい。こりゃ完全にアルヴィンだわ」


 ハンナが溜息を吐いて、本人と認めざるを得ないと調書に記した。そんなとき、アルヴィンが何かを思い付いたようで斉藤をジッと見つめた。


「ふーむ。お前案外骨太いな」

「なに見てるんですか!?」

「いやこの目さ、博士の義眼と一緒のモデルなんだよ。すげえぞこれホントに全部スケスケ。赤外線だと下着丸見え」

「警察に突き出しますよ!」

「アルヴィンあんたこっち向いたら反応炉にぶち込むからね!」



 一二時五〇分

 一号取調室


 徴税三課でアルヴィンへの取調べが行なわれている頃、もう一つの取調べが艦内で行なわれていた。


「こんな場所ですまないねえ、コーンズ署長」

「な、なんのつもりだ笹岡部長!」


 殺風景な取調室は、強制執行後に犯則嫌疑者や加担者などの聴取に用いられる部屋。無機質な室内には床に固定された椅子が一脚。そこで笹岡は突入班が捕縛してきたブリスゴー税務署長コーンズの取調べに当たっていた。


「なぜあんなマネを? 独立の暁には財務大臣にしてやるとでも言われたのかい? 公僕としての良心を二束三文で売り払うだけの価値がある見返りがなければ、こんなことに加担しないだろう?」


 笹岡はただの柔和な猫の餌やり係ではない。本省にいた頃から永田と共に辣腕を振るい続けた冷徹な官僚の一面も持っている。特別徴税局徴税部長となってからは、嫌疑人などの取調べを自ら行なうこともあった。


「ルガツィン伯爵、いや、伯爵位は剥奪されたそうだが……まあいい、彼は税務署地下の司令室で自殺したそうだ。死体が見つからないと死因は分からないが、他の幹部も捕らえられた者は少数。コーンズ署長、君も重要な参考人だ。他の機関に引き渡す前に聞きたいことがある」


 椅子に手足と首を縛り付けられたコーンズ署長は、顔を恐怖で引きつらせながら口を開いた。


「ち、ちがう、私は、騙されていたんだ!」

「騙されたなどと言うのを信用すると思ってるのかい? 聞き飽きたよ、そんな言い訳」


 笹岡はタバコに火を付け、紫煙を燻らせながら怯え竦むコーンズを見下ろしていた。ルガツィン伯爵が独自に叛乱を企てたとは思えない、誰かが糸を引いている、と笹岡は推測していた。


「し、知らない、私は知らん!」


 叛乱加担者は言うまでも無く国事犯。死刑か、終身禁固刑は免れない。コーンズがそれを回避するために、騙された、被害者だ、と喚き散らすのは笹岡も予想済みだった。


「まあそう言うだろうね。ここである程度君の罪状は明らかにしておきたいんだが……でないと、公安の国事犯向けコースに引き渡すことになる」


 嘘か真か、内務省公安警察庁の国事犯取調べでは生きたまま全身の皮を剥ぎ、眼球をハンドグラインダーで削るなどという拷問がまかり通っているという話が、まことしやかに囁かれている。コーンズもそれを知っていた。無論、そのような拷問は行なわれて居らず、もっとスマートに自白剤の投与や電気ショックが用いられるのみだが。


「せめて、せめて司法取引をしてくれないのか!?」


 騙されたと主張するなら、多少は首尾一貫できないのかと笹岡は苦笑いを浮かべて、コーンズの顔に煙を吹きかけた。こんな小物のせいで特別徴税局はあわや壊滅だったのかと、苛立ちを押し殺してから詰問を始める。


「じゃあ話して貰おうか。裏で誰が糸をひいている。ルガツィンは皇統としては比較的良識派。独自に叛乱を企てるほどの野心は持ち合わせていなかったはずだが」

「連中はムクティダータのような、国内のテロ屋ではない……笹岡部長、あなたも聞いたことくらいはあるだろう。惑星アーカディア」

「辺境の不法占拠惑星か。なるほど、連中が……となると、まさかパラディアムバンク絡みか」

「あそこの連中がルガツィン伯爵に援助をしていたと聞いてる。だから辺境惑星連合は今回出てこなかったんだ。君の言うとおり、私は公僕としての良心を売り渡した……私は……頼む、命だけは……」


 分の悪い賭けに乗るのなら、命を賭け金にするくらいは覚悟しておくべきだ、と永田辺りは言うだろうななどと、笹岡は吸いかけのタバコを床に放り、靴底で揉み消しながら考えていた。

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