第4話-② ヒヤリハットは水平展開しましょう
実務三課旗艦
徴税母艦 大鳳
実務三課は特別徴税局の航空戦力一切を担う部署で、近衛軍払い下げのセイロン級戦闘母艦大鳳、信濃、フューリアス、翔鶴を中核として戦闘攻撃機三〇〇機と直衛の護衛徴税艦戦隊で構成されている。
「すまんね桜田課長。私の不始末を拭ってもらうようで申し訳ないのだが」
「後輩の不始末は先輩である自分の不始末。お詫び申し上げます」
「申し訳ございません」
「……すまねえな、桜田さん。俺が初任者研修やらなかったばかりに」
平謝りのケージントン、アルヴィン、斉藤であった。瀧山も頭を下げている。
「お気になさらず。我々実務三課は常在戦場。お任せください」
徴税三課長、
「それにこの作戦が失敗したとしても、私一人が腹を切れば済む話です」
「済みませんし切らないでください、課長」
ヘルムート・ニールマン実務三課課長補。元軌道航空軍中尉。桜田と共に不名誉除隊後、ボロディンにスカウトされた。金髪碧眼長身で眉目秀麗、なれど苦労の跡が忍ばれる渋面が特徴。常に最前線に赴こうとし、死に場所を漁るがごとしの桜田を止めるブレーキ役で実務三課の女房役。軌道航空軍や帝国艦隊の懲罰兵が中心の特徴局航空団を束ねる八面六臂の活躍。自身も帝国軍軌道航空軍在籍時に戦艦一隻、母艦二隻、航空機一〇機を撃破したエースファイターである。彼が居なければ、桜田はとうに一〇回は腹を切っている計算になる。
「そうかなぁ……」
「そうです」
「で、秋山ぁ、どうすんだ」
機嫌の悪そうな瀧山だが、実を言うと本格的な強制執行への同行は久々であり、彼としては新鮮な気持ちでこの会議に臨んでいた。彼は表情と内心が全く以て同期しないのが彼の仕様である。
「短期間で敵防衛隊を突破、目的を遂行するには、航空部隊だけだと些か突破力に欠ける」
秋山の言うことはもっともだ。航空機は機動性に優れた兵器だが、単純な火力、防御力、搭載力においては戦闘艦艇に大きく劣る。これは反応炉やその大出力から生み出されるシールド、超長射程高威力の火砲を搭載できる艦艇に対して、航空機が圧倒的に小型すぎるという点に原因がある。
「そうですね……そういえば、イルシンの隣、ポガナダ星域に帝国東部方面軍の補給拠点がありますよね?」
「桜田課長、よくご存じで」
「軌道航空軍時代に使わせて頂いたんです。アレを借りればいいんですよ」
「借りる? 何をですか?」
「光子魚雷を借りれば万事解決です」
「こ、光子魚雷を? それは桜田課長、火力が過大ですが」
弾頭部に反応炉でも使用される反物質燃料を充填し、着弾と同時に反物質保持機構を解放。対消滅反応により生じるエネルギー放射で対象物を破壊する乱暴な兵器――それが光子魚雷である。現在帝国軍で運用されているMk-500光子魚雷は直径一〇キロメートル少々の小惑星であれば一撃で消滅させることが可能であり、運用本数次第では惑星そのものの破壊を行う事も可能だが、今のところそれほどの数が運用されたことはない。余談だが帝国軍においては誘導性能を持つ、直径七二〇ミリメートルまでの飛翔体をミサイル。それ以上を魚雷としてカテゴライズしている。
「敵陣中央で起爆すれば、敵部隊を丸ごと消し去れます。もちろんそのような危険な任務を、他の者にやらせるわけにはいきません。私が攻撃機にて敵陣中央に投下・起爆します」
その場に居る誰もが聞き流しそうになるほど、自然な流れで自滅するような戦法を口に出した桜田。事実斉藤やアルヴィンは気づかなかった。これに対してツッコミ、いや異論を唱えたのはやはり副官のニールマンだった。
「課長、あくまで今回の任務は光子魚雷を用いた敵殲滅ではありません。あと、それじゃ課長死んじゃいます。ダメです」
「良い案だと思ったのですが……」
事前に実務三課長の経歴を見ていた斉藤は、本当にこの自死願望の塊のような人間が、帝国軍のエースだったのかを訝しんだ。
「光子魚雷を使うのであれば、敵艦隊の陽動に使おう。イルシンⅢの軌道上には開拓時に使われて、現在は放棄された資源衛星がある。これを雷撃し、そちらに艦隊を展開させる。実務三課の機動徴税艦と航空隊による近接攻撃を仕掛けて動きを封じ、反対側からは航空部隊と徴税四課の渉外班を空挺降下。首都一帯を制圧し、イルシン自治政府に即時の税納付を突きつける」
秋山の作戦は堅実だった。
「秋山課長の作戦は極めて現実的ですね。私からは修正すべき点は無いように思いますが。ロード・ケージントンはいかがですか?」
「私は作戦そのものに申し上げることはない。秋山課長に一任する」
「作戦は一課長に任してるから俺は言うこと無し」
桜田、ロード・ケージントン、瀧山の三課長も異論は無かった。
「ただし……空挺降下しただけだと、時間を稼がれて首謀者を逃亡させる恐れがある。これをどうするかだ。もっと頭数が居れば、軌道封鎖を掛けられるが」
戦下手を自称する秋山であるが、彼自身の作戦計画は極めて現実的で実直で、そこが当時の上官達にはあまり受けが良くなかったというのが現実である。しかし特徴局配属後は、ほぼ海賊と山賊の集合体である実務課の人間と比較すると、極めて優秀な作戦立案能力を持っていると言える。
「では、警告後に首都一帯のインフラに爆撃を加えましょう。地下通路などがあれば、バンカーバスターなり、うちの護衛艦から爆撃させれば済むでしょうし」
「いいねえ。どうせならド派手にやろうや」
「小官も同意見であります!」
落ち着いた物腰の桜田ではあるが、彼も特徴局実務課の人間である。門外漢の瀧山は言わずもがな。実務三課所属のXTSA-444戦術支援アンドロイドのケンソリウスなどは考えるに値しない。斉藤は会議の内容を聞きながら、本当に自分は国税省の役人なのか、ここは海賊か辺境惑星連合のアジトなのではないかと自問した。
「首都一帯への爆撃はインフラへのダメージが大きすぎる。今回は奇襲だから、いつものように一般市民の避難を勧告する時間的余裕がない」
そもそも、秋山は特徴局のオーバーキルぶりには辟易している一面がある。もちろん相手が抵抗を示す場合に特徴局のもつ戦力を最大限活用することには異存は無いのだが、彼にとって無駄な火力の投入は可能な限り避けたいところであり、民間人殺傷などもってのほかだ。
「課長、意見具申!」
堂々巡りに入るかと思われた会議の席に、威勢の良い女性の声が響いた。
「なんだ、ゲルトルート」
「航空機の少数編隊により、政庁へ直接乗り込み、政府要職に直接令状を突きつければいいのでは? 都市部への空爆よりもスマートです」
赤毛のポニーテールにパイロットジャンパー。斉藤のすぐ横に座っていた彼女の意見は、居並ぶ特徴局幹部達をして唸らせた。彼女の言い様を借りるのであれば、スマートである。
「妙案だな。だが、そんなパイロットどこに居る? 対空砲くらいは撃ってくるだろう」
彼女の意見は実に秋山好みの、最小限の戦力を投入して最大限の効果を発揮するものであったが、作戦実施となれば話は別である。現実的に、宇宙での戦いが始まった時点で特徴局航空隊への対空射撃は行われるだろうし、それを回避して政庁への突入というのは至難の業である。実務三課の航空隊は、経歴はともかく、腕利き揃いで知られている。それでも犠牲はかなりのものになるだろう。
「私が行きます」
彼女の名はゲルトルート・フォン・デルプフェルト。元帝国軍少尉という経歴を持つが、それだけなら特徴局では珍しいものではない。しかし、彼女はヴィオーラ伯国の名門帝国貴族、デルプフェルト子爵家の長女である。そのままなら順当に跡取り娘となるはずだったが、親の意向に反して半ば出奔し、帝国軍へ入隊。航空隊配属を希望し、パイロットへの道へと進んだ。それが何故、特徴局などという魑魅魍魎のるつぼの中に居るのかは、様々な憶測を呼んでいる。
一つだけ言えるとすれば、彼女の操縦の腕は特徴局でも五本の指に入る、ということだ。
「面白そうですね。私も露払い程度には役立つでしょう」
桜田も挙手したが、これは明らかに対空砲に自らの身を晒すという点で選択したのである。
「では、その手で行こう。桜田課長、部隊編成はどうします?」
「本隊はあくまで陽動としてイルシンの防衛艦隊の意識を引きつけます。本隊の航空隊指揮はニールマン君。艦隊の方は菊池艦長に任せますが、それで問題ありませんか?」
「承知しました」
菊池健夫実務三課長補佐は帝国東部方面軍に所属する第八艦隊の戦隊参謀の経歴を持つ機動徴税艦や巡航徴税艦を率いての砲雷撃戦の専門家だった。旗艦が空母とは言え、少数の艦艇を有効活用してくれるだろうという、桜田の信頼厚い部下の一人だ。
「光子魚雷の徴発は巡航徴税艦インディアナポリスとデ・ロイテルに任せよう。合流先は別途指示する。あと、瀧山課長には電子戦指揮をお願いしたい」
「あ、俺も仕事あるの」
基本的にカール・マルクスに乗艦中、瀧山の仕事と言えば複雑怪奇な電算室のシステム維持管理と、特徴局内部の暗号管理、他省庁や敵対組織、非合法組織の暗号解析が主任務だが、電子戦に使用されるプログラムなども瀧山配下の徴税四課謹製である。陰険で陰湿にして悪辣で狡猾。特徴局の電子戦を第三者が評価したとき、必ずこれらのいずれか、もしくは全てに該当する。
「そうでなければ電算室の番人を空母に乗せるわけないだろう。出来ればこちらが肉眼で確認されるくらいの距離まで気づかれたくはない」
「そらそうだな。ま、イルシンの防衛隊司令部とET&Tの中継局をいくつかぶっ潰せばいいわけだろ? やってやろうじゃねえか」
「で、徴税三課からは誰が強行突入班としていくか……だが」
当然、強制執行となれば令状を出さねばならないし、証拠隠滅を防ぐためにも徴税三課員からも突入班に随員を出さなければならない。ロード・ケージントンは殊更に重々しく切り出した。
「アルヴィン、戦闘機のパイロット資格も持ってるでしょ?」
ハンナの一声が全てを決定した。自他共に認める何でも屋、トリスタン・アルヴィン・マーティン・ウォーディントンは戦闘機、攻撃機、小型艇、戦車、装甲車、大抵の軍用兵器の搭乗ライセンス保持者である。特徴局入局後、取迫られた
「えっ!?」
「そうだな、私は歳だ。激しい飛行は身体に堪える」
「あ、こんな時だけ歳を盾にしやがって」
「斉藤、戦闘機乗ってみないかね? なに、君にも良い経験になるさ」
ロード・ケージントンは懐から愛飲の葉巻を取り出していた。そろそろヤク切れ間近らしく右手に振戦が見て取れた。
「しょうがねえなあ……じゃあ斉藤と俺で行ってきます」
斉藤の意思とは無関係に、出撃要員が決定した。
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