三之四
が、黙っていられない女もいる。
「まったく、せっかく話がまとまりかけてたのに、いきなりしゃしゃり出てくるんじゃねえよ」
嵐があきれたように、そっぽを向いたままで云う。
「あん、なんだ偉そうに、でか女っ」
「てめえこそなんだ、チビ猿っ。さっきから聞いてりゃ、どこぞの三流忍者らしいが、流派はどこだ」
「甲賀だよ」
「甲賀のどこだよ」
「戸沢流だ」
「戸沢?聞いたことねえな」
「戸沢白雲斎先生を知らねえとは、貴様モグリだな」
「こちとら、ついこの間まで果心居士に修行をつけてもらってたんだ。お前といっしょにすんな、三流」
「うちの才蔵といい、伊賀者は陰険で根性が捻じくれてるな」
「黙れ、甲賀の単細胞め。忍術が稚拙なもんだから反対に口だけは達者だな」
「だったら、いっちょやってみるか、見てみるか、味わってみるか、俺の忍術」
「やってやるよ、犬にケツを噛まれるよりも、痛い目にあいたいならやってやるよ」
「はん、俺の火遁を見て、尻尾を巻いて逃げ出すなよ」
闇に生まれて消えるのが宿命の忍者ふたりが、さっきから自分たちの出自や流派を曝しあっているのだから、周りの者は開いた口がふさがらない。
どうした、かかってこいと佐助が意気込めば、お前のほうからかかってこいと嵐がやりかえす。いやお前が先だ。いやいやお前だ。怖気づいたか。お前こそ気後れしたか。佐助が見上げて嵐がみおろして、お互いの鼻の頭が擦れ合いそうなほど顔を間近に、埒もない子供じみた口喧嘩を延々つづけている。
「やめんか!」
「やめなさい!」
あぐりと碧が口をそろえて叱咤する。
ふたりは首をすくめて、とたんに黙り込む。
「うちの者が申し訳ございません。お気持ちにお変わりがないのでしたら、どうぞ、お屋敷にお連れください」
「うむ、うちの半人前忍者のほうこそ失礼した。ついてまいるがよい」
そういうとあぐりは、さっと身を
碧たちは後を追った。
「おい佐助」
とあぐりが野菜籠を差し出すのへ、
「こりゃしたり。気が付きませんで」
と受け取って、あぐりと碧たちの間に少年忍者が入って、姫を守るようにして、歩く。
九度山に吹く風はどこまでものどかで、ここから十一里北に漸々と沸き起こっている戦雲などは、おだやかに吹き流してしまっているかのようであった。
さて、五人が屋敷に到着するまでの暇を借りて、ここで、真田家について少々語っておきたい。
真田左衛門佐幸村は、関ヶ原の戦いのおり、父安房守とともに信州上田において、徳川秀忠の軍勢を翻弄し、長期にわたって足止めし、結果徳川軍主力を決戦に遅参させ、家康をおおいに憤慨せしめた男であった。
しかし、それも局所的な勝利でしかなく、関ケ原で西軍が惨敗。
戦後、徳川方についていた兄信之(信幸)やその岳父本多忠勝の嘆願もあり、死罪をまぬがれ九度山に流罪となったわけである。
爾来十四年……。長の籠居生活。間居して不善をなしたわけでもないが、幸村は子宝に恵まれて、男女あわせて十二人の子供がいた(関ケ原以前も含め)。
物語の時点ですでにはかなく夭折した子供もいたし、個々の来歴を語ると枚挙にいとまがなくなってしまうので省くことにするが、子供たちの出生順や実母については諸説がふんぷんとしており、資料によりまちまちなのが現状である。
物語に颯爽と登場したあぐりという姫も、あの有名な幸村嫡男大助よりも年上という資料もあるし、この時点で家族は全員大坂城へ入っていたという資料もある。
だが、ここでは、あぐり姫はまだ幼童の面影が残る少女で、その母であり幸村の正妻である大谷吉継の娘(竹林院)は九度山に残っていた、という説をとりたい。
ちなみに、あぐり姫が夜尿症であったという資料もないので、あしからず。
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