九之二十三

 三匹の蜘蛛鬼が、碧、鶫、嵐、鬼巌坊の四人を半円形にとりかこんだ。

 鬼巌坊は三人の娘たちの後ろにまわりこんで云った。

「これくらいなら、お前たちでもなんとかなろう」

 自分は無関係だ、若い者が働け、とでもいうような云いようであった。

「ふざけんな」即座に嵐が不快げに云った。「共同戦線とか云いながら、ただいっしょにここまできておしまいかよ。ふざけるな、手伝え」

 いっと彼は顔をしかめた。

「しかたがないのう」

 嵐が構えて、力をためるように腰をおとした。鬼巌坊もすっと腰を落とした。

「いくぞ!」

 叫んで嵐は、一番右にいた蜘蛛鬼のふところに飛び込んだ。飛び込みつつ、メタボリックにふくらんだ鬼の腹に正拳突きをはなった。まるで大砲のような一撃だった。鬼の腹がつぶれたようにへこんで巨体が前のめりに倒れる。そこへ鬼巌坊が飛びあがり、嵐の頭を越して鬼の頭のてっぺんに旋風脚を叩きこんだ。頭蓋骨が割れ、陥没し、首が折れて胸に垂れ下がる。鬼は地響きをたてて倒れた。

 その時には、鶫も跳んでいた。一匹の首に鋼糸を巻き付け、そのまま鬼の頭を蹴って背に周り、糸を引っ張って首をギリギリと絞めあげる。小さな身体のどこにこれほどの膂力りょりょくが秘められているのか、鬼がのけぞるほどの力でぐいぐいひっぱった。もちろん、鶫ほんらいの腕力だけでなく、旋律の律動で鋼糸をあやつっている。

 そしてのけぞった鬼の頭をめがけ碧が地を蹴った。空中でくるりと前方宙返りをうって、その勢いで、右手の逆手にもった暁星丸を鬼の脳天に突き刺した。絶命した鬼が倒れ、反対に碧が後方に跳ねた。

 三匹目の蜘蛛鬼が、右腕を薙いで碧を襲ったのをかわし、独楽のように全身を回転させて両手の刀を振るい、鬼の右腕を切り落とした。鬼がけたたましく叫声をあげた。悲痛に叫ぶ蜘蛛鬼へ嵐が前方から走り寄って、顔面に拳を叩きこんだ。鬼は顔の骨が砕けて血を振りまきながらも、まだ今生にわずかにしがみついて、ひとりでも死出の道連れにせんとばかりに左腕をむやみやたらに振りまわす。が、数瞬後には、鶫の投げた短刀がぼんのくぼにつきささり、黄泉へ旅立った。

 ほんの半年ほど前までは、彼女たちは三人がかりで一匹の蜘蛛鬼を倒すがやっとのことであった。それが、気がつけば、鬼巌坊の助力があったとはいえ、あっという間に三匹の蜘蛛鬼を葬ってしまった。

 そんな、自分の成長を実感するゆとりなどはない。

 碧はすぐに駆け出した。

 目指す先には、青色の霊光につつまれたあぐり姫の姿がある。

 姫の身体は、じょじょに浮きあがっていて、今でははだしのつま先がもう床の上二間ほどの高さにまで達していた。

 瞬時に三匹もの、手塩にかけて調教した蜘蛛鬼が倒れ伏した光景を、まさに信じられないというようすで、あっけにとられて凝視していたヒナメが、視界を横ぎった貫頭衣姿の娘によって、はっと我にかえった。

「とめろ、殃狗おうく!」

 命令とともに横手から、まだらの巨大な影が飛びだした。三毛模様の狛犬のような妖獣殃狗おうくが碧の前に立ちふさがった。あぐりを連れ去り、ずっと護衛のように付き従っていた、雷音らいおんと名付けられた殃狗であった。

 碧がそれと気づいたときには、殃狗のその広い頭で頭突きをくらって、身体がもといた位置にまで飛ばされ、嵐と鶫に受けとめられてていた。

 だが、雷音は追撃してこなかった。あぐりに寄り添うようにしてたち、七、八尺はあろうかという巨大な身体を身構えながら威嚇するようにうなっているだけである。

 誰も近寄らせまいと牙をむき出しにしてにらみつける雷音と、碧は見つめ合った。妖獣とはいえ、人語を解するほどの非常に高い知能を持っている。彼にしてみれば、自分に純真な愛情をそそいでくれた少女の知己の仲の碧を傷つけるのに抵抗があるのだろう。

 この殃狗は、そういう人間臭さの浮いた眼の色をしている、と碧には感じられた。

「なにをしているの、殃狗!」

 ヒナメは、いくら命じても動こうとしない雷音に走り寄ると、手に持った鞭を振りおろし、三毛の背中を打った。するどい、そして冷酷な音が走った。

「畜生のぶんざいで、あたしに逆らうんじゃあないわよ。とっととあの目障りな連中を始末しちゃいなさい。その牙で、ぐちゃぐちゃに噛み砕いてしまいなさい!」

 そしてまた、彼の背を鞭で打った。

 ――人間臭さのない人間もいるのだ。

 碧は心でつぶやいた。

 人間よりも妖獣に人間味を感じるというのは、いったいどういうものだろう――。

 少女の血走った眼をにらみながら碧は立ちあがって、彼女に向かって二刀を構えた。

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