九之二十二
台上で混乱する人々の、皆の鼓膜に突き刺さるような悲鳴があがった。蜘蛛鬼の断末魔の叫声であった。
マホシヒコのほうへと近づいた蜘蛛鬼を、カヌタヒトが抜き打ちで片足を切断し、倒れ込むところに返す刀で首を斬り落とした。
彼の太刀筋はすさまじいものであるが、蜘蛛鬼は首を落とされた後に鳴き叫んだのだから、これもまたすさまじい光景である。
そして首のない巨体が倒れ伏した時には、彼の長巻はすでに背中の鞘に収まっている。彼の背負う鞘は特殊な工夫がされていて、なめした革でできているのだが、筒状に閉じられているのは先のほうだけで、鍔元側の三分の一くらいは抜刀しやすいように片側が開いている。
倒れる鬼が起こした風で、カヌタヒトの、総髪を後ろで束ねた髪の、ぼさぼさと跳ねた鬢の毛がわずかになびく。
「ちょっとちょっと、何をしてくれてるのよ」
怒りで髪が天を突きそうな勢いで、憤然と床をふみならしながら近づいたのはヒナメであった。まだ十三、四歳のつややかな白い肌をして、柳のような眉に端のとがった大きな眼を普段より数段つりあげて、つんと尖った鼻に皺をよせ、ちょっと大きめの口をさらに大きくして、云う。他の巫女たちと同じ着物のうえに、そでに赤い縫い取りのある千早のような上着を羽織って、せわしなく腕を振り、その袖をひらひらとうちふるいながら。
「ここまで飼いならすのにどれだけ苦労したと思っているの」
彼女には妖魔を操る能力があった。幼童のころまで妖魔に育てられたと噂されている少女である。噂の真偽のほどはさだかではないが、町でうとんじられて、彼女自身が妖魔のような暮らしを送っていたのを、マホシヒコが拾い上げたのであった。
この山に、魔物を呼び寄せて結界のようにして防衛させているのも彼女である。
しかし今の彼女のその怒りの言動の根源に、妖魔たちをいたわる気持ちがないのはあきらかであった。
「あの鬼たちは、あたしが何年もかけて調教をしたの。あなただって知っているでしょう。あたしの長年の苦労を一撃で台無しにしないでよね」
そんなふうに怒っている。
カヌタヒトは聞こえていないわけでもないだろうが、まるで聞く耳は持っていないようすである。
「よいではないか、ゆるしてやれ、ヒナ」
そう優しくとりなしたのは、マホシヒコであった。
「カヌタは我を助けてくれたのだからな」
冷静そのものの声音でマホシヒコは云った。その手の槍からは、やむことなく青色の発光が辺りを照らし続けている。まだどんどんと霊魂が吸いとられていて、正面から吸収された霊魂が濾過されたように澄んだ色となって、後ろのあぐり姫に向けて放出される。
「マホシヒコ様がそうおっしゃるなら」ヒナメは矛を収めるように云った。
そしてヒナメは、暴れている鬼たちに向かって声を張って叫んだ。
「お前たち、落ち着け!」
その声に、残っている三匹の蜘蛛鬼たちはぴたりと動きをとめた。命令に素直にしたがったというよりも、なにか見えない鎖で縛りあげたようなとまりかたであった。
「目標を間違えるな、お前たちの獲物はそこにいる四人の曲者だ」
腕を、まるで操り人形を操作するような動きをさせながら、ヒナメが云った。
「ぶっつぶしておしまい!」
はっと我にかえったような顔をしていた蜘蛛鬼たちは、碧たちに身体をむけた。
三匹が三様に吠え、その声が周囲の空気をふるわせた。
眼は血走り、口からは絶え間なく涎をしたたらせ、今までの興奮した様子よりも、さらに異様な不気味さを感じさせた。
ヒナメは腰に束ねてあった鞭を手に、それを蛇のようにしならせて、舞台の床を叩いた。
「さあ、楽しい見世物のはじまりよ。血に飢えた鬼と必死に生き残ろうとあがく人間との、本気の殺し合い。こんなまたとない演目が観られるなんて、ぞくぞくしちゃうわ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます