四の三
鶫は、この男に間違いないと思った。
今度の任務のターゲットである。
伊賀藤林衆の、
「
という情報が、鶫たち三人が滞在していた伏見の
なぜ、鬼巌坊が陰陽師と会っているのか、陰陽師は花神の一味なのか、それとも魂魄石に関係しているのか、すべては謎のままであったが、それを調査するために、鶫がその陰陽師――幸徳井祥馬に接触することになった。
当初は、
――もっと修行を続けたい。
ので伊賀に帰りたい、と云い出した。
別段、彼女がどうしても必要な事案でもないし、鬼巌坊と面識があることも勘案すれば、今回の任務には不向きでもあり、その希望を受け入れることにした。嵐は伊賀の、おそらく果心居士の元へ向かったのであろう。
そして、碧に関しては、鶫から上役に願って伏見に置いてきた。
前の戦闘でおった膝の怪我が思いのほか治りが悪かったこともあるが、
――碧は未練に縛られている。
と鶫には感じられた。
まだ花神恭之介に対する想いを振り切れていないようで、ぐずぐずと思い悩んでいるようにみえたし、そのせいで任務に支障をきたしかねないので、はずれてもらったのだった。
鶫からすれば、碧は、真面目すぎて融通がきかない面もあったが、過去を引きずるような執念深い性格だとは思っていなかったし、もう少し冷静な人間で、将来的に
幸徳井祥馬が、家に戻ろうと振り返った時、枝折戸の脇で見ていた鶫を見つけ、ちょっと驚いた様子で、びくりとひとつ肩を震わせた。
鶫が慌ててお辞儀をすると、祥馬もお辞儀をかえした。
五尺六、七寸の痩せ気味の体格をしていて、ほんとうなら鷹揚な印象をあたえるのであろう丸い骨格の頭部は、しかし頬に肉があまりついていないものだから、変に貧相にみえる。柔和そうに微笑む顔は、穏やかそうに弧を描く細い眼に、厚い唇をしていて、それらに不釣り合いに見える筋の通った高い鼻が眼を引いた。
鶫は半分演技で慌てたように、
「不躾に眺めてしまい、失礼をいたしました」
「そうですか」
と云った彼の声は、低くこもって聴き取りづらく、陰気な性格を露出させているようであった。
そしてそのままそっけなく祥馬は家に向かって行ってしまう。
慌てて鶫は、
「あの、幸徳井様でいらっしゃいますか?」
「はあ」
と立ちどまった祥馬は、微笑みながらも、なかば訝しむような眼で鶫を見た。その時、彼女の豊かな胸にちらと眼が動いたようだったが、慌ててそらす、まだ純情さを失くしていないその態度に、鶫はいささかの好感を抱いたのだった。
「私、奈良から参りました、
「はあ、そうですか」
と云う祥馬の顔は、まだなにか納得できないようで、しかし、少し間をおいてから、
「ここではなんですので、よろしければ、おあがりください」
鶫を誘うように手を、開け放たれた縁側に向けて差すのだった。
祥馬があがった後から、鶫も続いてその板の間にあがった。西向きで陽当りの悪い、六畳ほどの広さの、隅に文机が置いてある他は別段眼を引くものもない、空疎な部屋であった。
円座を鶫に差しだして座らせ、自分はじかに床に腰をおろして、
「まさか、私に客が来るなどとは思いもよりませんで」
なにか申し訳なさそうに祥馬は云うのだった。
おそらく先ほどの訝しむような眼で鶫をみてしまったことを詫びているのだろう。
「しかし、わざわざ奈良から、なぜ私なぞをお訪ねに?」
「はい」と一呼吸おいて、鶫はあらかじめ用意しておいた理由を話した。「実は、私、最近立て続けに不幸に見舞われまして」
「ご不幸?」
「ええ、ちょっと話しにくいのですが、縁談が三つも破談になりましたの」
「はあ」
と祥馬は心底気の毒そうな顔で、鶫を見るのだった。
「父が云うには、お前はそんなに器量もいいのに――父がそう云ったんですよ――縁に恵まれないのは、私には何か得体の知れない魔物のようなものが取りついていると申しますの」
と鶫は童顔の頬をちょっとふくらませてみせた。この蠱惑的な顔に惹かれない男もおるまい。
「でしたら、どこか有名な神社やお寺さんのほうが、効能があるのではないでしょうか。奈良にお住まいでしたら、それこそごまんと有名どころがございますでしょう」
などと陰陽師は、商売気がないのか、自分の祈祷能力に自信がないのか、鶫の渾身のふくれっ面にも動じずに云う。
「それが、父は熱心な陰陽師の信奉者でして」
「はあ」
「こんな時は、ぜひ陰陽さんに祈祷をたのまなくてはならない、と云うんですの。けど、陰陽師のかたなんて、その辺にそうそうめったにいらっしゃるものでもありませんでしょう。それで、探してみたら、こちらに陰陽師の名家であらせられる幸徳井様がいらっしゃるとききおよびまして」
「そうでしたか」
とやっと胸のつかえがとれたように、祥馬は微笑むのだった。
「名家というほどのことはないのですが」
この世辞にはちょっと気をよくしたらしい。
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