七之七
屋根のうえからすべてを見ていた嵐は、いままさに誅伐をくださんとする師に助太刀せんと、襤褸布を払い、花神恭之介の屋敷に向けて駆け降りた。その身はすでにいつもの忍装束をまとっている。
「師匠!」
塀を飛び越え、庭に降り立った刹那であった。
「さがれ!」
果心居士の大喝一声、嵐はたちまち金縛りにかけられ、無様につっ立った姿勢のままで全身が固まってしまった。
「な、なにを、師匠」
「出過ぎた真似をするでない、すっこんでおれ!」
やりとりを、静かな顔で眺めていた恭之介は、それを隙と見た。ふいに刀を振り上げ、居士に斬りかかった。
その一撃を、居士はなんなくはじく。
「さすがに、卑怯よのう」
云って老人は、左の手のひらを恭之介に向け、剣をくるりと回転させ、顔の横に横たえた。
いくつかの息が吸われ、吐かれた。
軽い気合い声とともに、居士の剣が動いた。身体を恭之介に寄せつつ、剣が振るわれる。
恭之介がその刀でいなす。
さらに居士の攻撃は間断なく続いた。剣は風車のように回転しつつ振り回され、上から下から右から左から、時に突きに変じ、変則的に恭之介を攻めた。
だが、恭之介は平然としている。平然とした顔で、いなし、躱し、弾く。
居士が跳んだ。
上空からの一撃を、恭之介が身を翻して避ける。
着地直後に居士の剣が横薙ぎに走る。
恭之介が後ろに宙返りして躱す。
居士が追う。
恭之介の左腕が突き出された。
その腕が当たったわけでもないのに、居士が後ろに弾き飛ばされた。
である。
地に尻をついた居士に向けて恭之介が飛び込み、一閃が振るわれる。
転瞬、その恭之介も、先の居士のように後ろに弾かれた。
今度は居士が腕を突き出し、念動力を放ったのであった。
弾かれつつも、恭之介は倒れなかった。着地し、そのまま数間うしろに滑る。
居士が立ちあがり、剣を構える。
恭之介は背筋を伸ばす。
ふたたび、ふたりは睨みあった。
「こりゃあ、良い格好じゃのう、嵐よ」
金縛りにあっている嵐のすぐかたわらで、腹に響くような低音の声がした。
「なにか妙な気配がすると引き返してきたのだが、ずいぶん面白いことになっておるではないか」
云って声の主――鬼巌坊は、嵐の尻をぺろりと撫でた。
嵐はわずかに動く眼で、無精髭に覆われた坊主を睨んだ。
鬼巌坊は、にっと笑みながら片目をつぶって、悪びれる風もない。
「おい恭之介、助けはいるか」
「無用。黙って見物でもしておれ」
「そうかい、人の好意を平然と踏みにじる男よのう」
ぶつぶつ文句を云いながら、鬼巌坊はふたりを避けるように庭の縁を回って、家の縁側にくると、笠を取りながら、草鞋をつけたまま胡坐をかいて座った。
祥馬がその行儀の悪さにむけて、非難するような眼差しをそそいだ。
「かあっ!」
居士のしゃがれた気合い声とともに、恭之介の上空がきらりと光った。
恭之介はそれを見もせずに横跳びに跳んだ。
今まで彼のいた場所に、雷光が走った。
ふたたび居士が気合いを発する。
雷光が一閃する。
恭之介は避ける。
数度、居士の気合いとともに、落雷が襲うが、恭之介は全てを避ける。
最後の一撃の直後、ふっと居士が息をすった瞬間、今度は恭之介が手を振った。
紫黒の電光が一条、居士を襲う。
が、居士はそれを避けぬ。ばかりか、剣を避雷針のごとく天空に突きあげ、稲妻を吸収してしまった。
そうして居士は左腕を突き出した。吸収した電気エネルギーを放出するように、手のひらから電光を放った。青白い雷光は幾筋もの茨の蔦のように別れ絡み合いながら、恭之介に向かって疾走する。
恭之介も左手を突き出した。
その手のひらから、同様のしかし異様な黒さをもった雷光がほとばしる。
無数の電の蔦がふたりの間で重なり、せめぎあう。
ふたりは渾身の力のかぎり、雷光に霊力をそそいだ。
せめぎあうエネルギーはやがて飽和の頂点を迎えた。
落雷のような轟音とともに爆発が起きる。
眼を射るような凄まじい光が庭内を包んだ。その場にいた全員が反射的に眼をつぶった。でなければ、その視力は失われていたことであろう。
爆風で、ふたりが同時に弾かれる。
爆発の光が収まったころ、恭之介はまったく自然な様子で立ち、居士はそれに向けて剣を構えた。
ふたりの視線が絡み合っている。
大野屋敷の高い塀を、人目を盗んで乗り越えた碧と鶫は、地に降り立った瞬間、顔を見合わせた。
あきらかに、屋敷の北の方角から強烈な霊力の爆裂を感じた。
意識を集中させて探ってみると、どうやらふたりの人物の霊力が激突しているようだ。
「急ぎましょう」
云い終わらぬうちに碧は走り出していた。鶫があとに続く。
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