七之八

 隠れ家では、恭之介と居士の、ふたたび剣による攻防が始まっていた。

 飛び跳ねつつ攻撃する居士の剣戟を、恭之介は冷静に受け流し続ける。

 一見、居士が攻めているようにみえて、しかし、じょじょに、そして確実にその動きに鈍化があらわれはじめていた。その絶大な霊力によって老いを感じさせない動きを見せていた居士であったが、やはり老齢は老齢であった。身体の持久力が完全に衰えていた。

 恭之介はそれを読んでいた。

 そこで霊力をぶつけあう戦いが一段落すると、防御に徹し、体力と霊力を温存する策に出た。そうすれば老いた居士はやがて自滅する、とふんでいる。

「ぬし、老いぼれとあなどるでないぞ、うん?」

 攻撃の手をとめ、肩で息をしながら、居士が怒気を抑えて云った。

 恭之介は冷然と居士の眼を見つめ返す。

 そこへ、今度はふたりの足音が近づいてきた。

 居士は舌打ちをした。

 ――また余計なのが来おった。

 足音はちょうど嵐が金縛りにあって立ちすくんでいる場所で止まった。

「お前たちも、余計な手出しをするでないぞ」居士はそちらを見向きもせずに云った。「でなければ、嵐と同じめにあわせるぞ」


 碧と鶫は、同時に嵐を見、居士を見、その向こうの花神恭之介を見た。

 だが、驚きはしなかった。

 さもありなん、などと碧は思うのだ。

 常から不可解な言動の多い果心居士である。突然、なんの前触れもなくすずろに道を歩く碧の眼前に現れたとて驚きはしない。そんな居士なので、弟子に天誅をくださんと、合戦最中の城の中に現れてもまったく不思議ではないのである。

 不思議と云えば、碧たちがこの隠れ家に乗り込むのを見計らったように、その場で決闘をしている偶然が不思議であるのだが、はたして……。


 居士と恭之介の間は、二間ほど。

「さて、いらぬ観客が増えたようじゃ。そろそろ幕を引こうかのう」

 云って居士は柄を両手で持ち、顔の前に剣を垂直に立てた。

「ノウマクサンマンダ、ボダナン、アビラ、ウン、ケン、インダラヤ、ソワカ!」

 呪文を唱えると、その立てた剣に向けて上空から稲妻が走った。その稲妻を、そのまま剣にまとわりつかせ、

「忍法、帝釈雷霆たいしゃくらいてい!」

 叫んで飛びあがった居士は、二間の距離を瞬時に飛び越え、恭之介の頭上から、凄絶な一撃を打ちおろした。

 恭之介は左腕をあげて、紫黒の瘴気を念動力で操り居士を押し返そうとするが、霊力によって推進力を得ている居士の身体は瘴気を割って近づく。

 やがて、互いの身体が至近に迫り、雷光をまとった剣が恭之介の額に到達せんとし、

「いっしょに逝こうぞ!」

 雷光は居士の全身を覆い、その身が雷霆の弾丸と化して恭之介に激突し、ふたりの身体を電撃が包み込んだ。

 スパークするまばゆい放電が、ふたりを周囲から隔絶させた。周りで見守る者達は、眼を細めて彼らの姿をとらえようとするが、まるで雷光の繭に包まれたかのごとく、内部は見わけられない。

 自らの肉体さえもさいなむ電光に、居士が叫ぶ。

 そして、恭之介も叫んだ。だが、それは苦痛の叫声ではない。気合いであった。

 気合いとともに瘴気がはじけた。

 瘴気の爆発は雷を四散させ、爆煙が周囲を包む。

 しだいに爆煙が薄らいでゆくと、やっとふたりの身体が周囲で見守る者達の眼に認識された。

 居士は、脱力したように後ろによろめいて、

「む、無念じゃ……」

 きりきりと歯ぎしりをし、その口惜くちおしさに相貌が歪んだ。

 刹那――。

 恭之介の刀が大上段から振り下ろされた。

 果心居士の身体は、脳天から幹竹割からたけわりに両断された。

 とみえるや、居士の身体はたちまち灰となって地に散じ、手にしていた剣が乾いた音を立てて地に転がる。風に飛ばされるように灰燼かいじんが舞い、やがてその全てがあとかたなく消失した。

 何が起きたのか……。

 皆が目の前で起きた事態を脳内で整理する間もなく、

「師匠っ!」

 金縛りの解けた嵐が叫んで、恭之介に走り寄る。

 一瞬の白昼夢から覚めたように、はっと意識を戻し、碧と鶫もあとを追う。

 真っ向から殴りかかった嵐を、恭之介は蹴り飛ばし、嵐の背後から飛んできた鶫の手裏剣を刀ではじき、飛び込みつつ振り下ろされる碧の暁星丸を鍔元で受け止めた。

 碧は叫んだ。

「お前はいつもいつも……、お前だけは、絶対にゆるさない!」

 もはやかつての愛情などは消し飛んで、ただ憎悪の塊を吐き出すように叫んだ。

 突っ込んでくる嵐を左腕を突き出して瘴気で抑え込み、抑え込みつつ刀をすべらせて碧をいなして、背後に蹴って追いやり、短刀を手に死角から突撃してきた鶫の腹を蹴って家屋の壁にまで飛ばした。

 しかし、くノ一三人はめげぬ。不屈といえるほどの闘志を身体に満たし、立ち上がり、恭之介を囲んだ。

 彼の背後から閃いた碧の暁星丸を、振り返りもせず左手をあげて瘴気で受けとめ、身体をよじりながら碧を持ち上げ、二間ほどの高さから、地面に叩きつけた。

 それでも碧はたちあがる。

「絶対にゆるさない」

 碧の瞳が、恭之介の瞳を射抜くように鋭く、憎悪をみなぎらせてきらめいた。

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