九之二十六

 舞台の裏をくるりと大回りして、南の端まで移動していた鶫は、かたまり震えている人々の間から碧と嵐の様子をみた。

 なにか説得でもしたようすで、殃狗をあぐり姫のもとへとさがらせた碧が、マホシヒコにむけて走り出した。

 嵐は、カヌタヒトを殴り飛ばした勢いのまま、一直線に進撃する。

 こちらのほうにカヌタヒトが転がってきたので、一瞬ひやりとしたが、なにかまうことはない、と判断した。そうして群れる幹部たちの間を、マホシヒコへと駆け抜ける。

 左右からどうじに、マホシヒコに飛びかかった碧と嵐が跳ね飛ばされた。

 マホシヒコは槍の魂魄石に集めた霊気をあやつって、自分を覆うバリアーにしていた。

 完全にマホシヒコの意識は前方のふたりに向いていた。

 鶫は音もなく滑り寄って、間合いをはかって飛び込んだ。

 跳びながら投げた短刀は、柄頭からのびた鋼糸を伝わせて旋律の律動で操っていた。

 だが、それも彼を覆う霊気に跳ね飛ばされた。

 手もとにもどった短刀を空中でつかみ、ふりおろしながら、鶫は弾道飛行をして身体ごとマホシヒコに向けてぶつかっていった。

 しかし、距離一間を過ぎた時、くるりとマホシヒコが振り向き、振り向きざまに天之瓊矛あめのぬぼこを薙いだ。

 眼に見えるような刃風とともに襲い来る三つ叉の穂先を、鶫は落下軌道ちゅうに強引に身体をひねって躱し、くるくると回転しながら着地した。

 マホシヒコはその鶫の姿をみて、にやりと笑ったようだった。おまえが裏切ることなど想定のうちだ、とでも云いたげな笑いかたである。


 ――やはり、あの槍をなんとかしなくてはならない。

 立ちあがって碧はそう思った。

 槍を躱した鶫も起きあがっていたし、嵐も体勢をたてなおしたようだ。

 三方から、まったく正三角形の位置からマホシヒコを囲んでいる。がしかし、彼をつつむあの青色の霊気をなんとかせねば、いかんともしがたい。

 そこへふらりと人影が近づいてきた。

 南のほうにかたまって不安そうに状況を見守っている群衆たちのなかからでくるナヅキカドであった。

 彼は胸をはり、両手を後ろでにぎって、悠々歩き、マホシヒコのそばで脚をとめた。

「まったく、己の力量も見極められる、出来損ないどもめ」ナヅキカドはあたりを睥睨するようすで居丈高に云った。「お前たち有象無象が何人束になってかかって来ようが、神に守られしマホシヒコ猊下げいかに傷をつけることさえあたわぬ。己の非力をしれ。無能を心に刻め。そうして絶望のなかで朽ち果てるがよい。みよ!」

 そう甲走ったように叫んでナヅキカドは南の空を指さした。

 その場にいたものはすべて、彼の指さすほうに顔をむけた。舞台上の人たちばかりでない。舞台下の信者たちの、まだ霊力を吸収されていない数百人の正気なものも、あやつられるようにしてそちらを見た。

 群衆がどよめいた。

 南の空に、紫色の不気味なもやが湧いている。暗い夜空という水槽に紫根の染料を溶いているようで、異様だがなぜだか奇妙に美しく、皆の眼にうつった。

 その靄は、南の海に浮かぶ沼島から湧き出しているようだ。

「復活である!」

 ナヅキカドはさらに叫んだ、もはや勝ち誇ったかのごとく。

「我らが神オノゴロ様が、ついに、降臨なされるのである。麻のごとく乱れに乱れた不浄なるこの国を滅し、新たなる世界を構築せんが……」

 言葉が急に途切れた。

 ゆらりとゆれるナヅキカドの額に、一尺半ほどの短い矢が突き刺さっていた。

 彼はすでに絶命している。そしてそのまま棒を倒すように倒れふした。

 誰が撃ったかは、まるでわからない。碧はあわてて周囲を探ったが、まったく気配すら感じられない。

 それは小型の弩(クロスボウ)を使って、台下の信者たちのなかから射られたのだが、今の碧にそこまで推理する余裕などはまったくない。

「留次っ」

 ナヅキカドの本名であろう、マホシヒコが震える声でそう叫んだ。

 ――好機!

 碧は走り出した。

 動揺で、マホシヒコを包む霊気が乱れている。

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