第十章 久遠の輪廻

十之一

 瞑色めいしょくに包まれた空は不気味なほど深く暗く、海の彼方へ沈んでゆく夕日はたなびく妖雲をまだらに紅く染め、その下で紅蓮に燃えさかる大坂城の天守が焦熱の冥府のように浮かびあがっていた。

 火炎は逆巻く波濤のように城中で燃えあがっているかと思うと、岬によせるさざ波のように城下をこがす。瀬音のような音をたてて炎が家並みを焼き、人々の叫喚さえも炎熱が燃やし尽くしていく。

 夕刻にいくさの終焉をむかえた大坂では、すでに雑兵たちの乱捕りがはじまっていて、高級そうな反物を引っ張りあう雑兵たちがいて、女を犯す順番を決めるために取っ組み合う将兵たちがいて、両腕に略奪品をかかえた身分の高そうな武将もいて、その間を憐れな町人たちが逃げまどっていた。女であれば乳房の垂れた大年増でもまだ初潮をむかえてもいない少女でも、あちこちで無惨に凌辱されていたし、男たちは情け容赦なく斬りきざまれて、子供たちはかどわかされて人買いに売られる運命であった。

 この都市は、地上に現出した地獄と化していた。

 その混乱と炎が渦巻く町人街の片隅の小さな家屋の戸口から、火と煙に追われるように女が半狂乱の態で路地へと飛びだした。

 そのあとから、数人の足軽が追いすがり、ひとりの小具足の男が、その歳若い女を後ろから羽交い絞めにしてそのまま押し倒した。たちまち男たちがもつれあうふたりを取り囲み、はやしたて下卑た笑声をはなった。

 女はまたたくまに着物をはぎ取られ、白い肢体に燃える炎を映し、豊満な張りのある乳房が垢じみた手のひらにわしづかみに握り潰された。

 どこかから聞こえてくる泣哭きゅうこくはこの女の赤子のものであろうか。

 ひとしきり女の身体をもてあそんだ足軽が、その男根をつまみだした刹那であった。

 今まで奇声のような笑い声をたてていた男たちが唐突に沈黙し、女にまたがる男が身体をのけぞらせてその男根のように上半身を硬直させた。

 悲鳴をとめた女は、わけもわからず男の股下から抜け出し、安堵の吐息をもらした。

 だが、その吐息はたちまち叫声に変じた。希望が絶望へと瞬時にひるがえり、いままであげていた叫びよりも数段甲高い金切り声をあげた。

 その声に向けて、重厚でおぞましい足音が、鎧の板札いたざねを打ち鳴らしにじりよる。

 まるで、ミイラのように干からびた肉体を鎧の間から垣間見せ、まったく光を持たぬ暗い眼を筋兜すじかぶと眉庇まびさしのしたからのぞかせ、鎧武者は、麻痺したように硬直する男たちを突き飛ばし、はいずって逃れようとする女の首をつかみ上げると、その黒い口から細長い触手を伸ばしだした。必死に逃れようともがく女の、その赤く厚みのある唇を強引にこじあけて、触手は女の口中に侵入していった。白い、半透明の粘液が、その口辺をよごして、触手は喉を通り女の体内に無慈悲に入っていく。みずからの唾液と触手の粘液がいりまじる汁が、女の顎から首へ流れ落ち、そして双丘の間を抜けて腹まで垂れていく。

 やがて、女は動きをとめ、身体じゅうが虚脱したようにその場に崩れ落ちた。

 寄腔蟲きこうちゅうの卵を産みつけ終わった触手を、我が口内にもどした死人兵は、地鳴りのようなうめき声をあげると、一歩、一歩、大地を踏みしめながらその場を去って行った。

 そこに取り残された裸の女と、男たちは、しばらくすると、最初は痙攣するように手足を震わせ、やがて全身をおこりのように波打たせ、ふたたび硬直し、数拍子後に硬直が解けたと思うと、今度はぎこちなく四肢を動かし始めた。

 力なく立ち上がった女は、裂傷だらけの――しかし痛みを感じる様子はまるでなく――裸体のままふらふらと歩き出す。同様に雑兵たちもそのあとを追うように歩き出す。瞳からは生気が失われ、腕も脚も弛緩したまま、生きた屍のようになって歩いてゆく。

 新たな犠牲者を求めて……。

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