序之二
イツマデ。
イツマデ。
イツマデ。
少年の頭上の、楠の枝や、燃え残った屋敷の柱や土塀のあちこちに、羽根を休めた以津真天が、不快な音色で鳴いている。
老人はしばらく少年の後ろ姿を見つめ続けた。
何が興味を
それも飽きたのか、やがて老人が口を開いた。
「なぜ穴を掘る」
見ればわかるような問いかけを老人はした。
「墓穴を掘っている」
まるで、老人の気配をずっと看取していたように、驚きもせず、穴を掘る手をとめもせず、少年は答えるのだった。
「なぜ」
「母と姉のため」
わかりきったことを訊くなと云わんばかりに、そっけなく少年は云う。
「なぜ」
「死んだから。殺されたから」
「誰に」
「悪魔に……。人の姿をした悪魔に」
「
少年はちょっと手をとめて、西の空を指さした。
西の燃える城の中にいて……、もう死んでいると云いたいらしい。
それきり、また穴が掘り進められていく。
そして、完全に陽も落ちて、天空に星々が煌めきはじめた。それでも西の空だけが異様に赤い。
あんなにうるさかった以津真天の鳴き声はもうしない。だが、飛び立ってねぐらに帰った様子はない。まだ周囲にとまって、こちらを凝視しているようだった。
穴は少年の頭が見えなくなるほどの深さになっていた。
少年は手をとめて、鍬を放りだすと、穴を這いあがり、母の遺体をやさしく抱き抱えて穴の底へおろし、同様に姉の遺体も静かに寝かせるのだった。
また、ふたたび穴に土が入れられていく。
母が眠り、姉が眠る穴が、元の平坦な地面に戻り、少年はその真ん中に小さな石を、――墓石であろう、ふたつ並べて置いた。
老人はまた声をかけた。
「憎いか」
「憎い」
「いくさが憎いか」
「天下が憎い」
「名はなんという」
「かしん、きょうのすけ」
「ほう、かしん。どう書くな」
「花の神」
「
老人は何が面白いのか、干からびた肩を少しゆするのだった。そして、髪と髯に埋もれた大きな眼をぎょろりと動かした。
「お前に力をやろう。世界を変えるほどの力を」
少年は手をとめて、初めて老人を振り返って、見つめた。
その目に濁りはない。
どこまでも黒く深く、神秘的なほど透明感のある、不思議な瞳の
「お前なら、ちんけな大名を
少年は老人の言葉の意味が分からないのか、どうでもよいと思っているのか、口をつぐんだまま老人をじっと見つめるのだった。
「わしと来い、さすれば力を与えよう」
老人はくるりと背を向けると、歩き出した。
少年が誘いにのってついてくるならそれもよし、ついてこないならそれもよし、そんな態度だった。
だが、ちいさな歩幅で歩む足音が、しずしずとその後についてくる。
もうこの燃えかすだけの屋敷にも、この死体だらけの村にも未練はないとみえる。
――忍の術を教えるには、いささか
老人が自ら創出した技能を、この少年にふと伝授したくなったのは、老人自身にもなぜだかよくわからない。いってみれば、ただの気まぐれ。そして、この少年がこの先歩む未来に対する、たんなる興味本位。
老人は屋敷の門を出て、しばらく歩くとふと思い出したように、
「云い忘れておった」
ふりむきもせず、立ち止まりもせず、小さな足音に向けて話した。
「わしもかしん、という。
そして老人はにやりと笑うのだった。
――いや、ぞんがい花を枯らせる神かもしれぬて。
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