二之一
「なあ」
歩くのにも飽きたのか、
「果心居士って云やあ、もういい加減よぼよぼの爺さんだよな。いったいいくつくらいの歳なんだろうな」
「さあ」相槌を打ったのは
「
「あの話って、いつごろのことなのかしら」話に乗ったのは、
「織田信長も存命だったんだから、もう……」と鶫は頭の中で年表をたどっているふうであった。「少なく見積もっても四十年くらい前なんじゃないかしら」
「そん時爺さんだったんなら、当時で六十は越えてたろうな」
「え、だったら今、百歳くらい?」碧は心底驚いた様子。
なにせ、人生五十年の時代である。現代の感覚でいえば、百五十歳くらいと云っても、けっして大仰ではないだろう。
「まさか」ありえないわ、と鶫はあきれたようす。
「なんだろうね、人里離れて霞でも喰って仙人みたいにして暮らしていると、長生きできるんかね」
「さあ」碧と鶫が同時に首を振った。
碧たち三人は、果心居士に会うために、峠道を進んでいる。
果心居士などという、碧たちも昔話の登場人物程度にしか認識していなかった、仙人のような不可思議な老人が住んでいるというのは、鈴鹿山脈の奥の奥、御在所岳と鎌ヶ岳と雨乞岳の真ん中あたりというから、訪ねる身にとっては、ずいぶん迷惑な場所に居を構えている。
東湯舟から直線距離でも五里、碧たちの進む道程だとざっとした見積もりでも七里半はある。
まず北上して甲賀を通り抜け、野洲川沿いを上流へとどんどん登ってきた。
現在のように鈴鹿スカイラインなどという整備された道は当然ないのだが、しかし、道自体はあった。近江の日野から伊勢の菰野へと抜けるルートがそれである。その湯の山越えと呼ばれる道を峠近くまで進むのであるが、さて、そこからが難関である。
三岳の中間地点を目指して、北へ向けて、樹海へと踏み入っていかねばならない。
彼女たちは、いつもの百姓娘のような野良着に、忍者着を風呂敷に包んで背負い、ちょっとみただけでは、山奥にわけいっていく格好にはとても見えない。
碧は、いつも愛用の忍刀を腰に、そして、背に家宝の小太刀「
碧の兄、
「花神めの行方は、いまだつかめぬ」
座敷に並んで座る三人の少女たちに向けて、長門はいかにも悔しそうに語るのだった。彼の眉間には皺が深く彫られている。
「八方手を尽くしてはおるのだが、いかんせん、人手がたりぬ」
「では」と碧が口をはさんだ。「私たちも捜索に加わるのですか」
「いや、それよりもお前たちには、やっておいてもらいたいことがある」
「はい」
「果心居士に会ってこい」
「は?」三人同時に声をあげた。
「果心居士は花神の……、ややこしいな、居士は恭之介の師であり、妖術の知識においては伊賀甲賀含めて、右に出るものはおらん」
「しかし兄上、居士にお会いしてどういたします」
「それよ。まず第一に恭之介のことを、何でもいい、とにかく聞き出してくれ。なにか奴に関した手掛かりが得られるかもしれぬ」
「はい」
「第二に、碧、お前は居士に修行をつけてもらえ」
「は、修行ですか?」
「うむ、恭之介は、お前たちもその目に見た通り、得体の知れぬ
「はい」
碧は静かにうなずいた。兄は酷なことを云っていると思う。先日まで
その場にいた、嵐も鶫も同時に酷な指令だと思った。ひょっとすると、長門自身それをわかっていながらの、苦渋のなかでの言動なのかもしれなかった。
「居士には一筆書いておくから、その書状を持って行け。それで修行を付けてくれるかどうかは、わからん。ずいぶん気むずかしい御仁らしいからのう」
「…………」
碧は長門の話を聞いているだけで気が重くなってくるのを感じた。
亡き又左衛門へと哀惜の念もいまだ消えやらぬ時で、気乗りがしなかったが、命令とあれば、いかないわけにはいかない。
彼女は心中、そっと溜め息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます