四之十八
鶫は身構えた。
短刀を逆手に持って、
山猫、狸、
正面から飛びかかる鼬を躱し、躱しつつ短刀を振るった。鼬は首を刎ねられ札へと変じる。
狸を蹴り飛ばし、穴熊の胴を分断し、栗鼠を突き刺した。
山猫と鼯鼠と兎が三方向から、同時に飛び上がり、上空から襲いかかる。
鶫は、錘を左手に、鋼糸の中ほどを右手にもち、そこを中心に糸を回転させる。
短刀が遠心力で高速で回転し、三匹の式をずたずたに切り裂く。
忍法
かねてより使用していた鶫の得意技であったが、見た目の派手さのわりに威力があがらず、敵に対する威嚇程度にしかつかえなかった。だが、旋律の律動を修得し、霊力で短刀の軌道を操れるようになったため、今回のような小さな相手なら、たやすく斬り倒すことができるようになった。(短刀は刃が回転方向に向くように、柄の横から羽が飛び出す仕掛けになっている)
瞬く間に、七匹の式たちは、無残に消滅していった。
その抵抗が、祥馬の怒りをさらに煽るだけであることは、鶫自身にもわかっていた。
だが、彼女は、祥馬を倒したいとは思わない。
魔獣に姿を変じても、人の心は失っていないと思いたい。
そして彼を、なんとしてもこちら側に――ほんの数刻前までの気弱であるが、心優しい陰陽師に戻し、今まで通りの生活を送らせてやりたいのだ。けっして、花神のような冷酷無情な人間のもとに行かせてはならない。
――しかし、どうする。
我を失った祥馬をどうやって正気に戻す。
頭脳派を普段気取っているくせに、ここにきてまるで知恵の湧かない自分に、彼女は苛立った。
打開策がまるで見いだせない。万事は窮している。
鋼糸を巻き取って、右手に持ちなおした短刀の柄を、強く握りしめた。
祥馬が、背をそらし、裂けた口を天に向け、咆哮した。
その声は、どこかむなしく、どこか哀切の響きを宿していた。余韻が長く尾を引いて、細かく震えているのだった。
――苦しんでいるんだ。
鶫はその叫声が、彼女自身の心の襞を震わせているのを感じた。
彼も苦しんでいる。その苦しみから解放するのは、私の役目なのだ。
だが、彼がもとに戻らぬならば、その時は……。
覚悟を決めねばならない、と、鶫は自分に云い聞かせるようにつぶやいた。
祥馬が跳躍した。
その姿は夜の闇に白い筋となって、弧を描き、鶫に向けて鋭利な、銀色に輝く爪を振るった。
鶫は後ろに飛んで躱す。
間近にあった、回廊の手すりが、引き裂かれて折れ飛んだ。
着地した白狐に向け、鶫は錘を投げた。
左腕に鋼糸が絡みつく。
祥馬はものともせずに、糸を握り、振り回した。
鶫は武器を離すまいと必死に柄を握りしめるものだから、その身体が、振り子のように宙に舞い、舞ったと思ったら扇状に彼の頭上を越えて、地面に叩きつけられていた。
毛の密生した腕にからまった糸がゆるんではずれ、祥馬が鶫に走り寄る。間合いに入った瞬間に爪を薙ぐ。鶫は仰向けの姿勢から跳ね飛んで、すんでのところで躱した。その地面がえぐられ、三本の筋が刻まれていた。
追って、爪が空を走る。鶫はバク転をして躱す。
いつの間にか池畔を離れ、敷地の南側にある庭の脇に来ていた。
鶫は短刀を構えつつ、息を整えた。
地面に打ちつけた背中に激痛が走る。体中の擦り傷が、ひりひりと痛む。
祥馬が怒りに顔を引きつらせ、唸る。
鶫は飛んだ。
その身体が、跳躍軌道の頂点に達した瞬間に、錘を投げた。
祥馬はそれを叩き落とそうと腕を振る。
その行動を予期していた鶫は、霊力で錘を操って逸らせ、さらに操って祥馬の首に糸を巻き付けた。
糸を手繰って、鶫は自分の体を祥馬の顔面にぶつけるように近づいた。
短刀を振るう。
だが、想念が邪魔をした。
やはり、彼の命は奪えない。
彼女は柄を握った拳で、狐の眉間を殴りつけただけであった。
祥馬は衝撃で身体をのけぞらせる。しかし、同時に鶫の首をつかんだ。
「殺してやる!」
体勢を立て直しつつ、彼は叫んだ。激情のまま叫んだ。
「殺してやる、あばずれ!」
鶫は苦悶に顔がひずんだ。首を絞められる苦痛ばかりでなく、心にも鋭い痛みが走った。祥馬の言葉の
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