十之二十四(第十章完)

 イツマデ。

 イツマデ。

 人面の怪鳥が鳴いている。

 以津真天いつまでんは、人の顔、蛇の胴、毒々しいほどあざやかな翼を持って、樹木の枝にとまり、カン高い声、低音の声、野太い声、各々の個体が様々な音程で鳴いている。

 煌々とした天空をも焦がすように、大坂城が燃えている。

 いつ燃え尽きるのか、まるで見当もつかぬほど、その勢いは衰えをしらぬようだ。

 黒煙が青い空に立ち昇り、にぶく濁ったベールに包まれて、栄耀栄華を誇った豊臣の威信が灰燼と果てていく。

 嵐は大坂城が一望できる小高い岡の上にたち、虚無へと向かう無惨な光景を見つめていた。碧の忍者刀を背負って、左手に持った宝刀暁星丸を杖のようについて。

 風が頬をかすめて通り過ぎた。生ぬるい風であった。

 炎熱地獄から一里近くも離れているのに、熱気が風に乗ってここまで届いて来たようで、嵐は我知らずかすかに顔をしかめた。

 吹いた風から死人の匂いでも嗅ぎとったのか、以津真天が数羽、とまっていた木の枝から飛び立つと、大坂城へ向けてはばたいていった。

「おおい、おおい」

 どこかから男の声がする。

「おおい、おおい」

 その声はすぐに近づき、後ろの木立のなかから人を背負った青年がひとり姿をあらわした。

 猿飛佐助であった。

「なんだ、奇遇だな」

 佐助はそう云って、おぶったあぐり姫をゆすって、ずれ落ちそうになっていた小さな身体をしょいなおした。

 足もとには、三毛模様の仔犬が一匹よりそっている。

「まだいたのか。もうとっくに九度山に帰ったのかと思ってたよ」

 嵐が怪訝そうに訊いた。

「いやそれがよ、途中まで来たら、雷音が急に霊力を切らしちまって、このありさまでよ」

 そう云ってつま先で仔犬の尻をつついて、

「おかげで、こうして姫をおぶって、兵たちの眼を逃れ逃れて、やっとここまでたどり着けたってわけだ」

「へ、気の毒なもんだ」

「他のふたりはどうした」

「鶫は惚れた男の亡骸なきがらを片付けに行ったよ」

「碧は?」

「さあ……、どっかに行っちまった」

「無事なのか」

「どうだろうな」

「そうか」

 そうしてふたりは、また大坂城を眺めた。火災の熱で風景がかげろうのようにゆがんでいる。

「お前はどうする」

 ふと佐助が嵐の横顔に問うた。

「この右腕が治るまでは、身動きとれねえな。治ったら……、お頭にゆるしをもらって旅にでも出ようかな」

「ふうん」

「お前のほうはどうするんだ」

 今度は嵐が佐助に訊いた。

「まあ、しばらくはこの姫様の様子を見ながら骨を休めるさ」

 この後、あぐり姫は母竹林院とともに浅野家に捕らえられるが、数年後、蒲生氏郷の重臣の家に嫁ぐことになる。そうして蒲生家が断絶になり日向延岡で暮らすことになるが、どのような生涯を送ったかは不明である。

「じゃ、俺らは行くわ」

「ああ、達者でな」

「ああ、お前さんもな」

 佐助と仔犬の足音が遠ざかっていくのを、嵐は振り返ることもなく聞いていた。

 ――旅にでも出ようかな。

 まったく意図せずに口をついて出た言葉だった。

 ――日本中を旅するのも面白いだろうが。

 嵐は以前、茶臼山で出会った大久保彦左衛門老人の顔を思い出していた。果心居士の山羊やぎ驢馬ろばを連れて行ったら、めずらしがって女中にでも雇ってくれるかもれない。しばらくあのじいさんのもとで、世間を学ぼうかな、と思う。

 そうしてまた、燃える景色を見続けた。

 しばらくして、それも飽きたのか、嵐はきびすを返して、伊賀に向かって歩きはじめた。

 イツマデ。

 イツマデ。

 先ほどより以津真天の数がずっと増えている。

 もはや、岡にはえる樹木よりも多い数の妖鳥が、翼を寄せ合うようにしてひしめき合って、耳障りな声で合唱を続けている。

 イツマデ。

 イツマデ。

 イツマデ。

 怪鳥が鳴く――。

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