十之二十三
部屋の周囲に浮かぶ五つの魂魄結晶は、いつか稲妻のような光で繋がり、互い互いが同期しあうように明滅している。
その雷光はこの時、碧の持つ暁星丸の結晶とも繋がって、その右手が桃色にまばゆく輝いた。
その光に、花神はちょっと眼を細めた。
そこへ、天井から裂帛の気合い声とともに、紺色の影が降ってきた。その影――嵐は旋風のような勢いで、花神の頭めがけてかかと落としを放ってくる。
花神は振り向きつつ、振り上げた剣を弧を描いて回転させつつ飛びあがり、嵐を股から裂かんと斬りあげた。
嵐は無理に身体をよじって凄絶な一閃を躱し、躱しつつも脚を振り下ろした。
脚は花神の左肩に命中し、ふたりはからみあって墜落した。
嵐が不運だったのは、右肩から落ちたことだ。折れた腕で受け身もとれず、焼け焦げた床に、全身をしたたかにうちつけた。
そこへ素早く立ちあがった花神が、剣を振りおろす。
身体を起こしかけていた嵐は、左腕の鉄の手っ甲でそれを受けた。
だが、振り下ろす花神の剣圧は凄まじく、攻撃を受けたまま嵐は床を割り抜き、階下へと真っ逆さまに落下した。そのまま二階層も床を突き抜けて、今さっき駈けのぼってきた天守閣を逆戻りに落ちていった。
体勢を立て直しかけた花神に向けて、熱気を引き裂いて短刀が飛んだ。その鶫の投げた短刀は無数に分裂し、花神を襲う。忍法
それを受ける花神の剣さばきも凄まじい。右手が数十本にも見えるほどの速度で振られ、すべての短刀の攻撃をはじき返してしまう。
そして、最後に撃ち返された短刀は、鶫にむけて一直線に跳ね返る。それを旋律の律動であやつれなかったのは、花神が短刀を打った瞬間に鶫の霊気に反発する霊気を流したからであろう。
あっと叫んで鶫はみずからの得物を躱し、そのひるんだ一瞬をとらえて、花神は左腕から紫色の電撃のような霊気を放出させた。
撃たれた鶫は後方へふっとばされ、壁を突き破り、勾欄を砕き折って、大屋根をすべり落ちてゆく。
鶫は屋根瓦に短刀を突き立てたが、それでも勢いはとまらず、短刀から手をはなしてしまい、さらにすべる。
だが、短刀から伸びた鎖につかまり、地面へと落下するのは避けられた。ではあるが、屋根から宙ぶらりんにぶらさがる格好になってしまった。
花神が振り返った視線の先に、両刀を構える碧の姿がある。碧はふれれば切れそうな鋭利な光を宿した眼をして花神をにらむ。
その身体がまばゆく光り輝いている。
碧を囲む、五つの魂魄結晶から放たれる雷光のような光が、碧に集中しているようだ。
このままでは、花神ではなく碧が不死の力を得てしまいかねない。
花神はいつにない焦燥にかられた。
気づけば、嵐の蹴りを受けた左肩の骨が、ひびでも入ったのかずきずきと痛むし、右腕も鶫の攻撃で、袖が斬り裂かれて血がにじんでいる。
――お前はなぜ俺の前に立っている。そうやって俺の命に喰らいつきそうな眼をして、なぜ俺を睨んでいる。加瀬又左衛門を殺したのが間違いであったのか。そうでなければ、今お前は俺の横に立っていただろうか。いや、違うな。お前は俺を殺したかった。殺したいほど俺を……。ずっと……。
花神はその切れ長の眼を、かっと見開いた。
「碧っ!」
花神が碧めがけて走る。
「恭之介っ!」
碧も花神めがけて走る。
狭まる二人の間合いが、急激に至近に到達した。
碧が暁星丸を振るう。
花神が剣を突き出す。
暁星丸が花神の左胸に喰い込んだ。
花神の剣が碧のみぞおちをつらぬいた。
ふたりの高まる気迫と霊気に応じ、ふたりをとりまく魂魄結晶から放出される光が強さと激しさを増していった。
花神が口の端から血をながし哄笑する。
「これで終わりだ、碧っ!」
――そう、終わったのだ。
碧は思った。
あの日、恭之介が師父加瀬又左衛門の命を奪ってからずっと、私は駆け続けていた。なぜだろう。なぜああも恭之介が憎かったのだろう。いや、本当に憎かったのだろうか。なにか奔流のような流れに流され、ただ無心に恭之介の背中を追ってきただけではなかったのか。殺すために、抱きしめるために、いまこうしているように……。そう、私はまだ、この男を愛しているのではなかろうか――。
「恭之介ーッ!」
碧の叫びとともに、ふたりの身体が閃光のなかへと埋没していった。
ふたたび階段を駆けあがってきた嵐と、鎖を伝い登ってきた鶫が、その光景に釘付けになり、そうして激しく輝く光にたえきれずに眼をつぶる。
光はさらに激しく、天守の最上階からあふれていった。
やがて光は、爆発するようにはじけた。
壁も床も爆音で軋む。
ふたりの鼓膜が割れそうなほど震える。
そして、数瞬の静寂。
ふたりは恐る恐る眼を開けた。
そこには、前のように火炎に包まれた部屋と、その中心に突き立つ暁星丸と転がる忍者刀と剣、周りに散らばった六色の魂魄結晶は、ただのガラスのようで、以前のような魅惑的な輝きはまるでなくなっている。
嵐と鶫は、その空虚な光景を、ただ見ていた。
ただ茫然と……。
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