三之十二
ちゃりん。
遊環の音とともに、錫杖が振り下ろされた。
佐助は振り返りつつ、後ろに飛んでさける。
常人の反射神経では、もうすでに頭蓋骨が打ち砕かれていたことであろう。
追って、鬼巌坊の錫杖が追ってのびてきた。
佐助は横に飛んで避ける。
ほっとひと息つく間などない。
錫杖は連続で襲い来る。突きが数回繰り出されたら、今度は上から、左右から、錫杖は軌道を柔軟に変え、佐助を襲い続ける。
佐助は上段からの攻撃をくるりと身体を回転させて避けた。
だが――。
錫杖は佐助の逃避軌道を追うようにして変化し、先端が背中の桐箱を捕らえた。
「あっ」
佐助の叫びと共に、桐箱は砕かれ四散する。
箱の破片が飛び散る中から兜「雲鶴」が空中に飛び出した。
それを、鬼巌坊は器用に、錫杖の先で受け止め、ぽんとはじいて、兜をその手中に入れるのだった。
にやり。
霧の中で笑ったのは、鬼巌坊でなく、佐助であった。
鬼巌坊は眼前の敵の笑みを訝しみつつ、横目で兜をみやる。
すると、
「これは……」
朱色の兜の額には、親指大の穴がぽっかりとあいている。
「これは、してやられた」
鬼巌坊は苦笑した。
じつは、昨夜納戸であぐりとやりとりをした後、佐助が自室に戻って雲鶴を丹念に調べてみると、不意に魂魄石が取れ落ちたのであった。どうやら、ただはめ込んであっただけでなく、うまく上にずらさないとはずれない仕掛けになっていたようだ。それに気づけたのは、まったく偶然の産物であったが。
そして佐助は魂魄石をお守り袋に入れると、翌朝出発のさいに、あぐりの帯にそれを突っ込んで、あなたを守ってくれる大事なものだからなくさないように、などと忠告を与えておいたのだった。石が入っているのは秘密にしておいて。
「魂魄石は……」鬼巌坊は瞬時に状況を読み解いて、ほくそえんだ。「おぬしではないな……。そうか、姫か。あぐり姫が持っておるな」
「さあ、それはどうかな」
「ではまず、おぬしを動けなくしてから、その身体を調べさせてもらおう。姫を捜すのは、その後で充分」
ち、っと佐助は心中で舌打ちした。
なかなか良い作戦だと思っていたのに、解決策を簡単に見出されてしまった。
すると、
「あれ、なんでお前がいるんだよ」
背中から佐助に向けて問う嵐の声が聞こえてきた。
「碧はどうした、……ん?」
佐助の横に並んだ嵐が、眼前の雲水に眼をとめた。
「これは……、こいつはいいや」
嵐は不敵に微笑みつつ、即座に戦闘態勢をとる。しかもすでに、紺の忍装束に、例の鉄籠手、鉄臑当を装着ずみである。
「おい、デカ女、ここはまかせた。俺は姫を捜す」
「ああ、ゆっくり捜してきな、チビ猿。こいつはあたしがぶちのめしておくからよ」
佐助は後ろさがりに、すっと霧の幕の向こうへと消えていった。
「これはこれは。嵐と申したか。こんな迷霧の中で偶然再開しようとは思わなんだ。いや、お互い魂魄石を追うものどうし、必然の出会いであるかのう」
「気持ち悪いことを云うんじゃねえ。お前みたいな小汚い坊主と運命の出会いなんぞしたくねえんだよ」
「よいのか。わしの拳を喰らった腹はもう大丈夫なのか」
「あんなもん、ちょっとうたたねしたら治っちまってたよ」
「ほほう。それは重畳。しかし、今度は手加減せぬぞ、よいか小娘」
「おう、無駄口たたいてないで、とっととかかってこいよ」
「いや、その前に、ちと仲間に伝達事項」と云って、鬼巌坊は上空を仰ぎ見て、「おうい、
白い
「なんじゃ。良い所であったに、不粋な男よ」と女の声が聞こえてきた。上空からのようでもあるし、どこか間近にいて会話しているようにも聞こえる。
「姫じゃ。姫様が魂魄石を持っておる!」
「なんじゃと?」女は舌打ちしたようだ。「面倒なことよなあ。ゆえに、わらわは昨夜襲撃しようとゆうたのじゃ」
「それでは、なんの趣向もなかろうと申した」
「まったく、おぬしの酔狂に付き合わされるこちらの身になれや。よいわ、姫はわらわにまかせておけ」
声はこだまのように語尾を霧に反響させながら、じょじょに遠のいて消えていくようであった。
「さて、伝達終了」
軽薄に云うと、鬼巌坊は錫杖を地面に突き立てた。そして網代笠を取り、ぽいと投げ捨てる。
以前のままの、伸び放題の坊主頭に無精髭。以前からさほど伸びているようすがないということは、髪も髭も、この長さが彼の好みなのかもしれない。
そして左手を前に、右腕を腰のあたりに、こちらも以前のままの少林拳の構えであった。
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