五之九

 南蛮人は、嵐を揶揄するような笑みを浮かべて、話を続けた。

「彼らを操っているのは、人ではない。虫だ。寄腔蟲きこうちゅうという。我ら一党に新しく加わった陰陽師、精励の傑作よ」

 寄腔蟲――。

 宗派、流派によっては腹中虫ふくちゅうむしとも呼ばれる蠱術こじゅつの一種である。

 この蟲を体内に寄生させ、術者の意のままに操るのであるが、花神やエミリオの使う傀儡の術と違い、宿主は思考能力をほとんど失ってしまうため、術者の手足のようには使えない。

「傀儡の術は術をかけるのに時間がかかり、大量の人間を操るには不向きでね。寄腔蟲は短時間で多数の人間に術をかけられるのが利点だ」

「手前勝手に罪もない人たちに寄生させて、偉そうにほざいているんじゃねえ」

「罪もない?」エミリオは鼻で笑うように云った。「はたしてこの村の民たちが本当に罪のない人間なのだろうか」

 彼はまさに神父が説教をするように、噛んで含めるように話し始めるのだった。

「この村にはかつて、怨魔閻羅おんまえんらという神が祭られていた。ちょうどこの神社に」

 怨魔閻羅は真実は神ではなく、妖怪であった。だがそれが、千古祀られ崇められるうちに、やがて神格化されていったものだった。

 邪神と云っていい。

 その邪神怨魔閻羅に、数年に一度、村の娘を生け贄としてささげる風習があった。

 娘は邪神に喰われるわけではない。手籠めにされるのである。無数に生えた触手で愛撫の限りを尽くされる。それも、数年にわたって行為は継続されるのだ。生け贄の娘はやがて精気をすべて邪神に捧げ息絶えるか、精神に異常をきたすかのどちらかなのである。

 その間、娘が生きているか正気を保っている間は村人の持ち寄る供え物で生をつなぐわけであるが、そのような神饌しんせんを好奇の眼でみない村人はいない。男たちからはおさがり・・・・と称して辱めを受け、女たちからは侮蔑される。

「だが、ひとり、邪神と心を通わせた娘が現れた。そうとは気づかぬうちに娘は村人たちからの屈辱に耐え続けた。それは、花神恭之介が彼女を救い出すまで続いたのだ」

「その娘には同情するがな、だからといって村人をもてあそぶ理由にはならないだろう。そんなものはただの自己正当化だ」

「そうだろうか。村人は神が消えても生け贄を捧げるのをやめなかった。なぜか。男たちが娘をなぶるためだ。古来よりの風習にかこつけて、己らの欲望をみたすためだけに、彼らはうら若き娘を捧げたのだ。神ではなく自分たちに捧げたのだ。その娘は、すぐに自ら命を絶ったそうだがね」

 エミリオの嵐を見つめる瞳に、底光りしたような輝きが一瞬宿った。まるで自分自身が村人たちに怨みがあるような、そんな気味の悪い光であった。

「それでも」南蛮人は嵐を睨むようにその眼を向けて、「それでも村人に罪はないと云えるのか」

「知らん」

「……?」

「村人に罪があるかどうかなんぞ、あたしの知ったこっちゃない。ただ、お前らのやり口が気に入らない。村人よりも、お前ら一味のほうがよっぽど陰険で不愉快だ」

 エミリオは、その時なぜか喉の奥で笑った。

「なにがおかしい」

「いや、まるで鬼巌坊のようなことを云うと思ってな」

「あんな腐れ坊主といっしょにするな」

「さて、お喋りはここまでのようだ」神父は突然話を切り上げるように云った。「私は高見の見物としゃれこもう」

 怪訝顔の嵐をよそに、エミリオはふわりと浮き上がると社の屋根にその身を置いた。

「お前の云う罪もない人々をどうやって処理するか、見ものよのう」

 嵐は振り返った。

 寄腔蟲によって操り人形と化した村人の集団の、その最前列の者たちが五人ほど横並びに並んで、石段を登り切って、ついに、神苑へと脚を踏み入れたのだった。

 嵐は身構えた。身構えたものの、なすすべを見出せない。

 果心居士の課題を別にしても、エミリオの話を聞けば、村人たちの命を奪うわけにはいかないと思えた。

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