九之三十一

 その不可思議な光景に、一同完全に眼が奪われた。

 ひとりをのぞいて……。

 この間、蹴りあげられた三つ叉の槍は、柄のなかほどを中心点に回転しつつ落下軌道に入っていた。宙を舞って落ちてくる槍を、眼を奪われなかった鬼巌坊が片手でつかんだ。

 そばにいた嵐がしまったと思う暇もない。

 鬼巌坊は何の躊躇もみせず、つかんだ槍を投擲した。

 その槍は、風を切り裂いてあぐりにむかっていく。

 あぐりの一番近くにいた碧も、脇を飛び過ぎた細長い影を見てはじめてはっとした。

 だが、そのゆく手に立ちふさがったものがあった。

 その者は、胸に槍をうけ、絶命した。槍を胸に突き立てたままの壮絶極まる立ち往生であった。

「太之助」

 どこかからマホシヒコの声がした。あぐりの盾となった男、カヌタヒトの本名のようだ、台上にあいた穴から這い出てマホシヒコがそう呼んだ。

「太之助、ようやってくれた」

 そう云いながら、よろよろとあぐりへと近づいていく。

 マホシヒコは、おそらく、体内に残っていた魂魄石からの霊気を操り、床に激突間際にバリアーを張って衝撃をやわらげたのであろう。

 それに気づいて、さえぎろうと手を伸ばした碧であったが、彼から発せられた霊気によって弾かれた。すでに、あぐりから発せられる霊力の範囲に入っていたマホシヒコは、その霊気を操っている。

 そして彼は、ようやく気が抜けたようにくずおれたカヌタヒトの胸から槍を抜き、宙に浮いているあぐりを脇にかかえこんだ。

「まだだ」マホシヒコは乱れた髪が顔を覆うのもかまわずに云った。「まだ負けはせぬ。魂魄石と陽女神子ひめみこさえこの手にあれば、我が理想はかならず成就する。何度でも再起できる」

 マホシヒコとあぐりを包む青色の霊光が、さらに輝きを増した。その眼を貫くような眩しさに、皆が眼を閉じ、顔をそむけた。

 マホシヒコはぐんぐん空に昇っていく。

「私はあきらめぬ。理想郷を築くまで、けっしてあきらめはせぬ」

 高笑いとともに、マホシヒコは飛んだ。

 碧の視界から、あっという間に、まるで流れ星のようにその姿が遠のいていく。その光点は北東――大坂の方角へとむかう。

「雷音、追うわよ!」

 何のためらいもしなかった。碧は高らかに殃狗を呼んだ。

 すぐさま雷音が走りくる。

「嵐、鶫。ふたりはあとから追ってきて。おそらく、行く先は大坂よ」

 三人が乗ると重量で速度が落ちると判断し、碧は三毛模様の背にまたがりながら、そう命じた。ふたりはうなずいて答えた。それを横目でみて、碧はこくりとうなずきかえした。

 雷音は駆けあがる。

「追いつける?」

「案ずるな。それより、振り落とされぬように、しっかりとしがみついていろ」

 そう云って、雷音は駆け出した。

 馬よりも速く、隼よりも鋭く、雷音は暗い夜空を馳せた。

 先を飛ぶマホシヒコの霊光は、たしかに近づいている。

 だが、ほんのわずかずつ、という感じだった。追いついた頃には、大坂城に逃げ込まれるのではないか、そんな不安が碧を襲った。

 気がつけば、すでに淡路島をすぎ、真っ黒な闇につつまれた大坂湾の上空を飛んでいる。

 そのゆくての彼方が、ぼうっと赤く夜空を染めている。

「あれは、堺……。堺が燃えているようにみえる」

 碧の胸に、旅籠の女中のおきよ・・・の顔が思い浮かんだ。彼女は無事だろうか。

 町が炎に包まれていると確実に認識できた頃、マホシヒコの姿もそれと判別できるくらいに接近していた。

 だが、雷音の息はすでに荒く、速度も落ちてきている。

 それでも、マホシヒコの姿をとらえ、雷音の意気がたぎってきたようだ。

 気力を振り絞るように、ぐんと空を駆ける速度があがった。

 町を焼く炎から発する熱が、数百メートルも上空にいる碧たちさえ焼くように熱い。

「マホシヒコ!」

 雷音がマホシヒコに並ぶと碧は跳んで、彼の脾腹を蹴りあげた。

 マホシヒコの速度を落とすだけのつもりだったが、意外にも深く足が入ってしまったようだ。

 あぐりを抱きかかえたまま、マホシヒコが炎の海と化した堺の町へと墜落していく。

 すぐに雷音に拾われて、碧は落ちていくふたりの姿を追っていった。

 マホシヒコはあぐりを抱えたまま堺の中心付近にある大通りに落ち、滑走路に胴体着陸する飛行機のように、勢いとまらず一町ばかりも道の表面をすべってとま

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