九之十七
細い月明かりのもとを、行列へと戻っていく碧を、嵐は見つめていた。
そこは岡のうえに一本だけ自生した小楢の木の根元で、大きく傘のように広がる樹枝のしたの、大きく盛りあがった根のうえにに座って夜露をしのいでいた。行列の脚は遅々としている。しばし休んだところですぐに追いつけるだろう。
「挨拶くらいせんでいいのか」
幹の反対側に座って腕を組んで眠っていた(ようすだった)鬼巌坊が云った。静かだったがどこかとがめるような口調だった。
「いいさ。話しかけたところで、どうせ叱られるだけだしな」
ふふん、と鬼巌坊は笑ったようだった。
長いつきあいで碧の云いそうなことくらい、たいがい察しがつくのだ。
敵といっしょに行動するなんて、どういうつもりなの。少し先のことを考えて行動しなさい。あなたのは直感ではなく短絡というものよ。
碧は眉尻つりあげてきっとそう云うであろうが、嵐自身はしっかりとした考えがあって鬼巌坊と行動を共にしている、と思っている。
宿敵ではあり、いずれは是が非でも打ち倒したい相手であった。いっしょにすごすことで、この格闘にかけては無敵にみえる男を越えるためのとっかかりのようなものが見つけられればよい。いささかあさましくはあったが、弱点を見つけられればそれもいい、とさえ思っている。
だが相手はいつもどおりあけっぴろげで、まるで敵どうしで行動をともにしているという雰囲気すらない。弱点を見つけられるなら見つけてみろ、とでもいうくらいなものである。
見えてくるのは超える手がかりでも弱点でもなく、鬼巌坊という男がもつ人間性であった。その人間性をさぐればさぐるほど、見えてくるのはふたりの間の乖離でしかなかった。
そもそも嵐自身には、力は弱者のために使うものだという信念がある。
他人よりも優れた能力を持つのなら、その力を自分より弱い立場の者や困っている者のために使うべきなのだ。それでこそ力というものは使いがいがあるし、快感も得られるというものだ。
そういう信念は、嵐のこれまでの経験から根付いたもののようだった。
妖魔の被害にあっている百姓たちを助け、感謝された時の心地よさと云えば、それは何物にも代えがたい快楽と云えるものであった。
力を持ったものが、権力者に媚びるために力を行使したり、自己の利益のために弱者を踏みにじるなど、嵐にとっては反吐がでる行為でしかない。
――鬼巌坊はどうなのだろう。
そういう視点に立って観察すると、彼はその力を、けっして権力者を助けるためには使わないし、みずからの利益のために使うわけでも、弱者をいたぶって快楽を得るわけでもない、と気づいた。
ではなんのために使っているのか、とさらに観察し、彼の言動を注意深く探っても、それは曖昧模糊としてどうもつかみづらい。
ただ、嵐からすれば本来好意を持てるはずのこの男の明朗な性格に、どうしても嫌悪を抱いてしまう理由だけは、この数日でつかみとれた。
冷酷さ、この一点であった。
一見陽性に見えて、彼はどこかに冷酷さをひそめていた。言葉の端々や他人を見る目つき、会話の途中の相槌やほほ笑みのひとつひとつから、わずかながらの非情さがにじみでるのだ。
たとえば、マホシヒコに操られる信者たちに憐憫の情を見せながらも、信念や任務の邪魔になれば、罪もない信者たちを排除してしまうこともいとわぬであろう。それも平然と眉ひとつ動かさずやってのける、そんな気がする。
この数日間は嵐にとって、敵を敵として再認識するだけの日日であったかもしれない。
嵐は空を見上げた。小楢の枝葉の合間合間からこぼれ落ちるように星が光を落としている。星は、風に揺らぐ葉に見え隠れする。ほほ笑みながら光を投げかけ、手をのばせばつかめそうだと思うと、急に臍を曲げてそっぽを向いて姿を隠してしまうようだった。
「星はつかめぬ。なにをどうしてもお前にはつかめぬ」
寝言のように鬼巌坊がつぶやいた。
嵐の渇望を見透かしたことを云う。
こういうところも嫌いだ。
嵐はそう思った。
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