挿話之四(挿話完)
大坂城の最外郭をなす
各部署の差配役にことこまかに指図していた真田幸村は佐助に捕まえられて、工事現場の片隅でその報告を聞いた。
佐助は、昨日の一件の顛末をひととおり語って聞かせるのだった。
幸村は普請場の隅に無造作に積まれている丸太に腰かけて、佐助の話に耳を傾ける。
「
と幸村は、考え深そうな顔をした。
「九度山においてきた、うちのやんちゃ娘をいじめてくれたのはゆるせぬが……、はてさて」
以前佐助からの報告にあった花神恭之介という伊賀の抜け忍と日下蠡毅が同一人物だという。幸村自身も、二、三度、修理に従って登城してきた、異様に顔の整ったその男を眼にしたことがあった。一見しただけでは年相応の、二十代なかばの美青年にしか見えないのだが、よくよく観察してみれば、三十代の志望と四十代の分別と五十代の落ち着きを持った、どういう人間だとはひとことでは語れない、つかみどころのない人物だという印象であった。
「くさか、という姓が、花という漢字を崩した、草化、から変じさせたものだとして、蠡毅とは奇妙な号よのう」
その文字から連想するに、古代中国の武将、
そんな古の偉人に己をなぞらえて、その男は何を企むのか。
まさか、修理のため、ひいては豊臣秀頼のために、徳川をうち滅ぼそうとでもいうつもりなのだろうか。その男が宣言したという人の革新という理想論とは合致しないようであるが。
しかも、もう二年も修理のそばにいるという。
佐助がくノ一たちから聞いた、花神が伊賀忍を抜けたタイミングとまったく異なっていた。
その辺りにも、なにか花神という男の、計り知れない深淵の一端が見え隠れしているように思われた。
幸村はひとつ、膝を叩いて立ち上がった。
ちょうど登城の刻限であった。
あまり益のない軍議が終わって、下城するために御殿の長大な廊下を歩いていると、ちょうど控えの間で修理の帰りを待っている日下蠡毅こと花神恭之介を見つけることができた。
幸村は、気安げに部屋に入って行って、端然と座る異様なまでに美しい――造作が整いすぎて気味が悪いほどの顔貌をした男の前に座った。
驚いた様子もなく、頭をさげる男に、
「花神恭之介」
いきなり幸村は本名で呼びかけた。
花神はそれでも驚いたそぶりを見せず、黙って幸村の眼を見つめかえしてくる。ここまでくると冷静な態度も鼻につく。
「九度山で娘が世話になったそうだな」
「…………」
「うちの家宝も、勝手に持ち出してくれたそうだな」
「お貸し願いたいと申し出ましたら、お貸しくださいましたでしょうか」
「ありえんな」
「ですので、勝手に拝借したまででして」花神は悪びれる様子もなく、「もちろん、用が済みましたら、お返しする所存でございます」
平然とした面持ちでそんなことを云うのだった。
「いらん」
「…………」
「あんな気味の悪い宝玉など、お前にくれてやる。かわりに」と幸村はひとつ息をすって、「豊臣のために働くと誓え」
「それは、無論のこと」
「
「佐和山の生まれでござりますれば」
佐和山はかつて石田三成の領国だった土地である。だからと云って、徳川を恨みに思っているとはかぎらないのではあるが。
「ふむ、よかろう」
それだけで、幸村はたちあがった。
――しばらく、様子を見るしかなさそうだな。
幸村は、深々と辞儀をする花神を一瞥することもなく、急ぎ足に玄関へと向かっていった。
時あたかも慶長十九年十一月。
京の二条城を発した大御所徳川家康率いる精鋭軍がついに大坂の南、住吉の地に到達していた。
両軍あわせて三十万とも四十万とも云われる古今未曾有の一大決戦が、今まさに始まらんとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます