十之三

 鎧を着た死人兵のふりおろす太刀を、碧は横跳びに跳んでかわすと、身体をひねって、ミイラのように干からびた首に刀を振った。

 妖刀暁星丸あかぼしまるの一閃は、まるで枯れ枝を伐採するようにたやすく死人兵の首を斬り落とした。

 横から現れたあらたな死人兵――これはあきらかに肌つやが良く、生きたまま寄腔蟲きこうちゅうを植えつけられたと判別できる商人男で、素手の両腕を広げて迫るその男の首根に峰打ちを入れ、入れた瞬間に「旋律せんりつ律動りつどう」を流し込んだ。男は雷にうたれでもしたように身体を震わせ、口から昆虫の幼虫のような蟲を吐き出し、その場に倒れこんだ。

 いける、と碧は体感した。

 生きた人間に寄生した寄腔蟲は旋律の律動を流し込めば体外に排出され、空気にふれて死滅する。屍に寄生した寄腔蟲は、理由はさだかではないが、旋律の律動では体内から追い出すことができない。よって、死体の死人兵は動けなくなるまで切り刻むか、食道から胃の腑あたりに巣くっている蟲を狙って切り殺す他に倒すすべがない。相手が生きた死人兵か死んだ死人兵か、見極めるのが困難な場合もあったが、おおよそ勘でみわけることができるように、じょじょになってきたと碧は実感している。

 ――これなら余計な殺生は避けられそうだ。

 極力人の命は奪わない。三人はこの決戦に臨むにあたって申し合わせていた。

 最初に旋律の律動を流して寄腔蟲を撃退するすべを身につけた、いわば死人兵退治の第一人者である嵐は、もはや手慣れたもので、近接した敵を瞬時に死者か生者か見極め、こぶしで胸に風穴をあけたり手のひらを体表に当てて旋律の律動を流し込んだり、はたまた、間合いの離れた相手には「石打いしうち」と嵐が名付けた地面に旋律の律動を流す技をもってみるみるうちに多数の死人兵をさばいていっている。

 鶫は、短刀の柄頭から伸びた身の丈に数倍する鎖を自在にあやつり、数人をからめとって旋律の律動を流している。この鎖はこの決戦に際し、これまで愛用していた鋼糸よりも強度があって長さも長いものが必要と考えたため、藤林の里で新たにこしらえてもらったものであった。

 このまま一直線に本丸まで突き進もう。

 三人は互いの顔を見合わせると目顔で語り合った。

 まるで土石流のように際限なく押し寄せる死人兵の群れは、三人のくノ一たちが進撃するとともに、ブルドーザーが岩石を押しのけるように分断されていく。

 周囲から覆いかぶさるように襲いくる死人兵を、碧は全身を風車のように回転させて、ひと息で数体を斬り倒した。勢いのまま、前方に跳んで目前の鎧武者へ両刀を薙いだ、その刹那。

 腹に何か、人の腕ほどの太さの縄のようなものが巻きつき、巻ついたと感取した瞬間に後方へと引き戻されていた。

 ――これは?

 紀州九度山の霧の中で襲撃してきた触手の妖魔、と碧はすぐに理解した。

 地面に引き倒されたその首にも腕にも触手は巻きついて来、たちまち身動きがとれなくなってしまった。

 緊縛されたその碧を横目に、嵐と鶫はずんずん前進していく。

 いずこからか、女の哄笑が響いてきた。

「仲間に見捨てられるとは、みじめなものよのう、小娘」

 各務と呼ばれる女の声であった。

 しかし嘲弄のその言葉に、碧はまったく動じはしなかった。

 ――誰かが遅れたりはぐれたりしたとしても、残りの者たちは仲間を信じ、標的に向けて進撃を続けるべし。

 これも出陣前に三人で取り決めておいたものだった。

 碧は去っていくふたりの朋友を見送ると左右の刀を振り回し、身体中に絡みついた触手を斬り落とし、バネが跳ねるように起きあがった。

 女に向きなおる。

 各務はぼうぼうと燃える武家屋敷の前にたち、後背から赫々たる炎の光をまとい、暗い影のように佇んでい、その周りに無数の触手が地面から伸び蠢いている。

「惨めなのは、あなたのほうよ」碧はその影に向けて静かに云った。「恭之介にそそのかされ手駒として操られていることにすら気がつかないあなたのほうよ」

 巫女のような姿をして無垢で清楚な印象とはまったく反対の、憎悪と怒りをにじませた歪んだ笑みを、各務はその端正な顔に浮かべた。悪寒が走るほどの凄絶な笑みだった。

「お前になにがわかる。あのお方の理想はお前などにはとうてい理解できぬほど高潔じゃ。その高潔な理想のためならば、私はこの命を捧げることすらいといはせぬ」

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