専門家でも間違えやすい和風諡号と尊号

 死後にその人の徳を称えて贈られる名を「諡号しごう」と言います。贈り名とも言い、和風(国風)諡号・漢風諡号の二種類があります。


 前回、漢風諡号についてご説明させて頂いたので、今回は和風諡号についてご説明いたします。


 『日本書紀』の表題にある「持統天皇」と言った漢風諡号に対して「高天原広野天皇たかまのはらひろのすめらみこと」と言う長ったらしい諡号を和風諡号と言います。ですが、『日本書紀』の表題にある全ての名が和風諡号とは限らないようです。


 大正時代から記紀批判を行い、戦時中の言論弾圧の影響で出版停止になり、戦後の歴史学に多大な影響を与えた津田左右吉の『古事記及び日本書紀の新研究』(岩波文庫)によれば、(神武天皇から)仲哀天皇までが堂々とした美称尊称が加えられているのに対し、応神・仁徳・履中になると美称尊称が無くなり、安閑・宣化・欽明の時代以後には、かえって仲哀までのと同じ様な尊称が史上に現れると論じ、婉曲的な表現により、仲哀以前の天皇が後の時代に造作された架空の存在であることを説きました。戦後、この着装は水野裕・井上光貞等により一層精密化され、基本的な考え方は継承されながらも、若干の修正が加えられました。


 『日本書紀(一)』(井上光貞・大野晋・坂本太郎・家永三郎 校注 岩波文庫)に掲載されているこれらの成果を纏められた大綱を解りやすく言えば、初代天皇・神武が日本書紀では「神日本磐余彦天皇かむやまといわれびこすめらみこと」で、これは明らかに大袈裟な美称尊称が加えられているので和風諡号っぽい。


 15代天皇・応神の「譽田天皇ほむだすめらみこと」はシンプルなので実在の天皇の尊号っぽい。


 27代天皇・安閑は「広国押武金日天皇ひろくにおしたけかなひすめらみこと」とまた以前の様に大袈裟になるので和風諡号っぽいという解釈です。


 大雑把に言えば神武天皇から仲哀天皇までが和風諡号で、応神天皇から継体天皇までが尊号、安閑以降の天皇が再び和風諡号が使われているという事になります。


 現代人の感覚だと14代仲哀天皇の「足仲彦天皇たらしなかつひこのすめらみこと」の何処が美称尊称なのかと言う気もしますが、『隋書』では倭国王を「多利思比孤たりしひこ*」と称しており、「足彦たらしひこ」を指すので少なくても七世紀頃の感覚では尊称という感覚なのでしょう。



 12代天皇・景行が「大足彦忍代別天皇おほたらしひこおしろわけ」13代天皇・成務が「若足彦天皇わかたらしひこすめらみこと」14代仲哀が「足仲彦天皇たらしなかつひこのすめらみこと」であり、次いで仲哀後の神功皇后が「気長足姫尊おきながたらしひめのみこと」であり、これは七世紀前半の天皇の和風諡号が「足彦」が多い事と共通する事から仲哀以前の天皇が後世に創作されたという説もあります。


 歴史学会では他にも色々こじつけて仲哀以前の天皇を抹殺し、初代天皇を応神とする説が有力ですが、個人的には少なくても第11代天皇・垂仁からは実在したのではないかと考えています。(これについて今回のテーマではないので何れ別稿で書こうと思っています)


 金石文などの銘文では数名、尊号と思われる大王名が刻まれている例があり、記紀で登場する該当の天皇が実在した裏付けにもなります。


 例えば雄略天皇の尊号・大泊瀬幼武天皇おおはつせわかたけるすめらみことについては5世紀に作成された稲荷山古墳出土鉄剣の銘文に「獲加多支鹵大王わかたけるおほきみ」と刻まれている事から実在性の高さを証明されています。


 余談ですが、尊号と和風諡号をごちゃ混ぜにしているのは実は研究者にも多いようです。例えば、『古事記注釈』の著者である西郷信綱ですら明らかに尊号的な名称を和風諡号と表現しているケースも見られました。


*北宋の時代の『通天』によると「倭王姓阿毎、名自多利思比孤、其國號阿輩雞彌、華言天兒也」と書かれており、「華言天兒也かげんはてんじなり」と注釈されているとから、「天下られたお方」を意味し、天孫降臨の思想を背景に確立された称号と推測されているそうです。

 また、鳥越憲三郎の『中国正史 倭人倭国伝全釈』(中央公論社)によると、「阿毎多利思比孤」は「天足彦」であり、語源は「垂らす」で「天から降りられた人」すなわち世界の王者に見る日子思想に基づくもので、天つ神の子として降臨された人に対する尊称との事です。


◇参考

・『日本書紀(一)』 井上光貞・大野晋・坂本太郎・家永三郎 校注 岩波文庫 407ページ

・『古事記及び日本書紀の新研究』津田左右吉 岩波文庫 94~104ページ

https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/1918863/1/65

・『万葉集を知る事典』櫻井満【監修】尾崎富義・菊地義裕・伊藤高雄【著】東京堂出版

・『日本の歴史 新視点古代史 日本の原像 二』 平川南 小学館 

・『中国正史 倭人倭国伝全釈』鳥越憲三郎 中央公論社

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