ヤマトタケル関連の歌③ ミヤズヒメの歌

 ついに『新釈全訳日本書紀』の中巻が発売される事もなく、新年を迎えることになりました……。講談社のWebページを見ても発売予定が無いので、もう発売されることは無いということなのでしょうか? 途中経過を見る限り、大分作業は進んでいたハズなので、多少値が張ったとしても何とか出版までは漕ぎつけて欲しいものですが……。と、不満たらたらな始まりで申し訳ございませんが、今年も本エッセイをよろしくお願いいたします。


 本稿ではヤマトタケルの妻として伝わるミヤズヒメについて説明したいと思います。個人的には昔読んだ鈴木邦夫氏の『ヤマトタケル イラスト版オリジナル』(現代書館)において「魔性の女」と呼ばれていた印象が強いのですが、どんな伝承が残されているのか、実際に見てみましょう。



⑴『古事記』中巻 景行天皇条

自其國越科野國。乃言向科野之坂神而。還来尾張國。入坐先日所。期美夜受比賣之許。於是献大御食之時。其美夜受比売。捧大御酒盞以献。爾美夜受比賣。其於意須比之襴。〈意須比三字以音。〉著月経。故見其月経。御歌曰。


 比佐迦多能 阿米能迦具夜麻 斗迦麻迩 佐和多流久毘

 比波煩曽 多和夜賀比那袁 麻迦牟登波 阿禮波須禮杼

 佐泥牟登波 阿禮波意母閉杼 那賀祁勢流 意須比能須蘇爾

 都紀多知迩祁理


爾美夜受比賣。答御歌曰。


 多迦比迦流 比能美古 夜須美斯志 和賀意富岐美

 阿良多麻能 登斯賀岐布禮婆 阿良多麻能 都紀波岐閉由久

 宇倍那宇倍那宇倍那 岐美麻知賀多爾 和賀祁勢流 意須比能須蘇爾

 都紀多多那牟余


故爾御合而。以其御刀之草那芸劔。置其美夜受比賣之許而。取伊服岐能山之神幸行。


(其の國より科野國に越えて、乃ち科野の坂の神を言向けて、尾張の國にかへり来て、先の日にちぎりたまひし美夜受比賣みやずひめもとに入り坐しき。ここ大御食おほみけ献りし時に、其の美夜受比賣、大御 酒盞さかづき捧げて献りき。ここに美夜受比売、其れおすひのすそ月経つきのさはりきたり。故、其の月経を見て、うたみたまひしく。


 ひさかたの 天の香具山 とかまに さ渡るくび

 弱細ひはぼそ わやかひな

 かむとは あれはすれど

 さ寝むとは あれは思へど

 汝がせる おすそすそに 月立ちにけり


爾に美夜受比賣、御歌に答へてうたひしく、


 高光る 日の御子 やすみしし が大君

 あらたまの 年が来経きふれば

 あらたまの 月は来経きへ

 うべな うべな 君待ちがた

 せる おすその裾に 月立たなむよ


とうたひき。故爾に御合みあひまして、其のはかしの草なぎの劔を、其の美夜受比賣の許に置きて、伊服岐いぶきの山の神を取りに幸行でましき。)



◇解説

 ミヤズヒメは景行天皇記によれば「尾張國造之祖」であり、景行天皇紀では尾張氏の女と伝えており、『熱田神宮縁起』⑵では建稲種公の妹として宮酢媛の名が見えます。尾張氏は熱田神宮を氏神とする古代豪族で、熱田神宮は草薙剣を祀ることでも知られています。


 ヤマトタケルが尾張国に到る際、ミヤズヒメが大御食を献った時、ミヤズヒメの着ているおすひ(被服具)の襴に月経がついたことから歌謡を問答し、その後に御合したとあります。


 『古事記伝』によれば「御合而ミアヒマシテは、御答ミコタヘ歌にメデて、月事サハリけず、即、ミアヒ坐るか、はた其程をすごしてあるべし⑶」つまり、「月事を避けずに婚する」(A説)と、「月事を避けて時を経て婚する」(B説)の二説を提示しました。


 月経を穢れと見る説と、月の物忌みと見る説があり、この両説を参考にすると両説は以下のように更に細かく分かれます。


〇A説

①倭建命が神の資格において婚した。

➁美夜受比賣の斎く神の来臨する聖なる期間(月経)を犯して倭建命が婚した。

③月経=穢れの期間に婚して倭建命は穢れを受けた。


〇B説

①月経は美夜受比賣の斎く神の来臨する期間であるから後から婚した。

➁月経=穢れの期間であるから後に婚した。


 以上の五通りが考えられ、倭建命がこれ以降憔悴していく古事記の物語展開からすると、A➁③あたりが文脈上率直な解釈であるそうです。⑷


 しかし、西郷信綱氏は古事記はミヤズヒメを「御合わず姫」と解し、世に行われる月の障りの問答歌をミヤズヒメという名の縁起を語るものとしてここに取り込んだものではなかろうか⑸と解釈し、本居宣長の説を批判しました。


 西郷氏は根拠としてこの歌や神武記のイケスヨリヒメと大久米命の歌問答など古事記の歌謡を語呂合わせの語源説話としてとらえ、歌謡で歌われる内容にあった習俗があったのだろうと大真面目に受け取り、いろいろ詮索するのはとんでもない逸脱であるとのことです。⑹


 ⑸に関して私見を言えば、「御合而みあひして」と本文に書かれているのにワザワザ「御合わず」(御不合)と逆の解釈を行う西郷氏の手法の方が寧ろ逸脱している様に思え、説得力に欠けていると言わざるを得ないと個人的には感じます。本当に「御合わず姫」であれば、単なる語源説話であったとしても、そもそもストーリーが成り立たなくなり、国史の体をとる古事記に何故その様な不可解な話を載せるのか、理由が思いつかないからです。失礼ながらストーリーを作成する側の視点が西郷氏には欠けている様に思えてなりません。


 因みに松岡静雄氏の『日本古語大辞典 語誌篇』によれば、ミヤズを「ミヤズは宮栖の意。豪族の居住地を言いその嫡女なるを以てミヤスヒメと稱へたのであろう」⑺と解しています。


 これらとはまた違った見解としては、初潮を女性の一人前の成長のしるしとして考えてこれを祝う風習は、今日遺っているそうですが、古代では初潮を見た女性を一人前の女性と見なして、神に仕える巫女の資格を得たこと、また結婚の能力をそなえたものと考えたのであろうという見方もあります。⑻


 なお、ミヤズヒメがヤマトタケルに大御食・大御酒を献るのは尾張氏の朝廷に対する服属とみられており⑼、一般的に古代豪族が天皇に嫁を出す事は天皇に対する服属と解されています。



〇歌の創作時期

 「高光る 日の御子」「あらたまの」「ひさかたの」などの句の用いられたこの二首の贈答歌の成立時期はかなり新しく、持統朝すなわち藤原宮時代(七世紀末)の頃である⑽という次田真幸氏の説が『国語と国文学』(五十一巻十二月号)に載っているそうで確認しようかと思ったのですが、残念ながら国立国会図書館の蔵書を検索しても見当たらず、確認することが出来なかった為、自分なりに他の資料を探ったところ、万葉集二巻に持統朝で置始東人おきそめのあづまひとが詠んだ、早逝した弓削皇子についての短歌で同じ句が見られました。


⑾『萬葉集』二巻 二〇四 弓削皇子薨時置始東人作歌一首并短歌

安見知之 吾王 高光 日之皇子 久堅乃 天宮爾 神随 神等座者 其乎霜 文爾恐美 晝波毛 日之盡 夜羽毛 夜之盡 臥居雖嘆 飽不足香裳


(やすみしし 吾が大君 高光る 日の御子 ひさかたの 天つ宮に 神ながら 神といませば そこをしも あやにかしこみ 昼はも 日のことごと 夜はも 夜のことごと ふし居なげけど 飽き足らぬかも)


 正に持統朝で詠まれた歌に「高光る 日の御子」「ひさかたの」の句が見られ、これらがこの時期から使われ始めた句であると推察すれば、ミヤズヒメに関わる歌が持統朝の頃であるという推論は成り立ちそうです。


 只、「あらたまの」に関しては萬葉集三巻(四四三)の天平元年(七二九)の大伴宿祢三中作歌一首并短歌まで見当たらず、持統朝に詠まれたことを根拠とする理由が分からなかったので、今後の課題としたいと思います。



◇参考文献

⑴『古事記注釈 第六巻』西郷信綱 筑摩書房

98-101頁 「第二十八 景行天皇(続々) 一、美夜受比売のこと」


⑵『群書類従 第26-27冊(巻23-24)』

所収「尾張熱田太神宮緣起」

https://dl.ndl.go.jp/pid/2559070/1/84


⑶『古事記伝 : 校訂 乾 増訂版』本居宣長 著 吉川弘文館

「古事記伝二十八之巻 日代宮三之巻」注〇御合而

https://dl.ndl.go.jp/pid/1041637/1/143


⑷『古事記事典』尾畑喜一郎 桜風社

201頁「美夜受比売」


⑸『古事記注釈 第六巻』西郷信綱 筑摩書房

109頁 「補考㈠ ミヤズヒメについて」


⑹『古事記研究』西郷信綱 未来社

262頁「ヤマトタケルの物語」


⑺『日本古語大辞典 語誌篇』松岡静雄 編 刀江書院

https://dl.ndl.go.jp/pid/1870643/1/627


⑻⑼⑽『古事記(中) 全訳注』次田真幸 講談社学術文庫

159頁「六 美夜受比売」解説


⑾『日本古語大辞典 : 続訓詁』松岡静雄 刀江書院

https://dl.ndl.go.jp/pid/1176550/1/127



*追記

 過去に書いた大臣大連に関する記事の内容が薄っぺらかったので、大量に加筆しました。詳細は以下をご覧ください。(多すぎて疲れましたので是非見てやってください……。)↓


https://kakuyomu.jp/users/uruha_rei/news/16817330669360839085

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