鳥仏師(鞍作鳥)

 推古朝の頃になると天皇や皇太子、大臣や大連と言った要職にあるもの以外でも個性豊かな人物がしばしば登場します。


 本稿では元祖匠とでも言うべき人物である鳥仏師について取り上げてみます。


 尚、『日本書紀』巻二二推古天皇十三年(六〇五)四月辛酉朔の鳥法師に関する記事は「『日本書紀』で見る各時代の大連・大臣(13) 蘇我馬子② 推古朝中期」の⑴をご覧ください。



⑴『日本書紀』巻二二推古天皇十四年(六〇六)四月 壬辰八日

十四年夏四月乙酉朔壬辰、銅繍丈六佛像、並造竟。是日也、丈六銅像坐於元興寺金堂。時佛像、高於金堂戸、以不得納堂。於是諸工人等議曰、破堂戸而納之。然鞍作鳥之秀工、以不壌戸得入堂。即日設斎。於是會集人衆不可勝數。自是年初毎寺四月八日、七月十五日、設齊。


(十四年 夏四月なつうづきの乙酉きのとのとりのついたち壬辰みづのえたつのひあかがねぬひも丈六ぢやうろく佛像ほとけのみかた、並びに造りをはりぬ。是の日、丈六ぢやうろく銅像あかがねのみかた元興寺ぐわんごうじ金堂こんだうませます。時に佛像ほとけのみかた金堂こんだうの戸よりも高くて、堂にれまつることを得ず。是に於いて諸の工人たくみはかりて曰く、「だうの戸をこほちてれむ」。然るに鞍作鳥くらつくりのとりすぐれたるたくみにして、戸をこほたずして堂に入るることを得たり。即日そのひ設斎をがみす。ここに於いて會集つどへる人衆ひとどもげてかぞふべからず。是の年より初めて寺毎に四月八日、七月十五日に、設齊をがみせしむ。)


・⑴概略

 推古十四年夏四月八日、銅・ぬいものの丈六の仏像が完成した。是の日、丈六の銅の仏像が元興寺の金堂の戸よりも高くて、堂に入れることができなかった。多くの工人達は、「堂の戸を壊して入れよう」と言った。ところが鞍作鳥くらつくりのとりは秀れたる匠で、戸を壊したりせず、堂に入れることが出来た。その日斎会を行った。その時ゆるされて参集した人々の数は数えきれないほどであった。是の年より初めて寺毎に四月八日(灌仏会)、七月十五日(盂蘭盆会)に、斎会をすることになった。



⑵『日本書紀』巻二二推古天皇十四年(六〇六)五月 戊午五日

五月甲寅朔戊午、勅鞍作鳥曰、朕欲興隆内典。方將建佛刹、肇求舎利、時汝祖父司馬達等便獻舎利、又於國無僧尼、於是汝父多須那、爲橘豐日天皇出家、恭敬佛法、又汝姨嶋女初出家爲、諸尼導者、以修行釋教。今、朕、爲造丈六佛、以求好佛像。汝之所獻佛本、則合朕心。又造佛像既訖、不得入堂。諸工人不能計、以將破堂戸。然汝、不破戸而得入。此皆汝之功也。則賜大仁位。因以給近江國坂田郡水田廿町焉。鳥、以此田、爲天皇作金剛寺。是今謂南淵坂田尼寺。


五月さつきの甲寅きのえのとらついたち戊午つちのえのうまのひ鞍作鳥くらつくりのとりみことのりしてのたまはく、「朕れみのり興隆おこさむとおもふ。方將まさ佛刹ぶつせつを建てむとき、はじめて舎利しゃりを求めき、時に、祖父おほぢ司馬達等しばたちと便ち舎利をたてまつりき、又國に僧尼ほふしあま無し、是に於いてかぞ多須那たなす橘豐日たちばなとよひの天皇すめらみことみために出家いへでし、佛法ほとけのみのりつつしゐやまひたり、又汝が姨嶋女をばしまめ初めて出家いへでして、諸尼もろもろのあま導者みちびきとして、釋教ほとけのみのり修行おこなふ。今、朕れ、丈六ぢやうろくの佛を造りまつらむがめに、佛像ほとけのみかたを求む。汝が所獻たてまつれる佛のためし、則ちが心にかなへり。又 佛像ほとけのみかたを造ること既にをはりて、みやに入るることを得ず。もろもろ工人たくみ計ることあたはず、將に堂の戸をこほたむとせり。然るに汝、こほたずして入るることを得つ。此れ皆汝みないいたはりなり」。則ち大仁だいにんくらゐたまふ。りて近江國あふみのくにの坂田郡さかたのこほり水田二十町はたちところを給ふ。とり、此の田を以て、天皇の爲に金剛寺こむがうじを作る。是れ今 南淵みなふち坂田尼寺さかたのあまでらふ。)


・⑵概略

 五月五日、鞍作鳥くらつくりのとりに詔して、「我は仏教を隆興させたいと思う。寺院を建立しようとして、まず仏舎利を求めた。その時に、祖父の司馬達等しばたつとが、即座に仏舎利を献上してくれた。又国内に僧尼が無かった、お前の父、多須那たなす橘豐日たちばなとよひの天皇すめらみことのために出家して、仏法を信じ敬い、又お前の姨嶋女をばしまめは出家して、他の尼の導者みちびきとして、仏道の修行させた。今、我、丈六の仏を造るために、良い仏像を求目た時、お前がたてまつった仏像の見本図は、我が心に適ったものであった。又、仏像が完成して、堂に入れるのが難しく、多くの匠は戸を壊して入れようとしたとき、お前は堂の戸を壊さずに入れた。此れは皆お前の手柄である」。そして大仁だいにんの位を賜わった。近江國あふみのくにの坂田郡さかたのこほりの水田二十町を賜った。とりは此の田をもって、天皇のために金剛寺を建立した。是れは今、南淵みなふち坂田尼寺さかたのあまでらと言われるものである。



⑶寧楽遺文所収『法隆寺金堂釈迦三尊像光背銘』

法興元丗一年歳次辛巳十二月、鬼前太后崩。明年正月廿二日、上宮法皇枕病弗悆。干食王后仍以労疾、並着於床。時王后王子等及與諸臣、深懐愁毒、共相發願。仰依三寳、當造釋像、尺寸王身。蒙此願力、轉病延壽、安住世間。若是定業、以背世者、往登浄土、早昇妙果。二月廿一日癸酉、王后即世、翌日、法皇登遐。癸未年三月中、如願敬造釋迦尊像并侠侍及荘嚴具竟。乗斯微福、信道知識、現在安隠、出生入死、随奉三主、紹隆三寳、遂共彼岸。普遍六道、法界含識、得脱苦縁、同趣菩提。使司馬鞍首止利佛師造。


(法興元三十一年 ほし辛巳かのとみやど十二しわすの月、鬼前太后崩ず。明年正月二十二日、上宮法皇病に枕しこころよくならず。干食かしわでの王后仍りて以て労疾いたつきし、並びて床に着く。時に王后・王子等及び諸臣まへつきみたちともに、深くことごとく毒をいだき、共相もろともに願を発つ。仰ぎて三寳さむぽうに依り、釋像ほとけのみかたの尺寸王身なるを造る当に。此の願の力をこうむりて、病を転じ寿よわいを延べ、世間に安住せん。し是れ定業じょうごうにして、以て世にそむかばひと、往きて浄土に登り、早く妙果みょうかに昇らんことをと。二月二十一日 癸酉みずのととり、王后即世し、翌日、法皇 登遐とうかす。癸未年三月中、願の如く釋迦の尊像并びに侠侍きょうじ及び荘嚴具しょうごんぐを敬ひ造りおわる。微福みふくに乗じ、道を信ずる知識、現在安隠、生を出でて死に入り、三主にままひ奉りて、三寳さむぽうを紹つぎおこし、遂に彼岸を共にせん。六道に普遍あまねき、法界の含識がんしき、苦縁を脱るるを得て、同じく菩提に趣かん。司馬 鞍首止利くらつくりのおびととり佛師をして造ら使む。)


・⑶概略

 法興(私年号)三十一年、推古天皇二十九年十二月、鬼前太后(穴穂部間人皇女)が崩じた。明年正月二十二日、上宮法皇(厩戸皇子)、病にかかり、不快であった。 干食王后(膳夫人)も病にかかり、並んで床に就いた。時に王后・王子等、及び諸臣と共に、深く愁いを懐き、共に発願した。「三宝の仰せに従い、太子と等身の釈迦像を造ります。この願力によって、転病し、寿命を延ばし、安住することができる。もし、前世から決まっている報いによって世を捨てるのであれば、死後は浄土に往き、はやく悟りに至ってほしい。」と。


 二月二十一日、王后(膳夫人)崩じ。翌日法皇(厩戸皇子)も崩じた。

 推古天皇三十一年の三月中、発願のごとく謹んで釈迦の尊像と脇侍、また荘厳の具を造りおえた。この小さな善行により、道を信じる友は、現世の安穏を得て、死後は、三主(鬼前太后・上宮法皇・干食王后)に従い、仏教を受け継ぎ、ともに悟りに至り、六道を輪廻する一切衆生も、苦しみの因縁から脱して、同じように菩提に至ることを祈る。この像は司馬 鞍首止利くらつくりのおびととり仏師に造像させた。


・解説

 鞍作鳥は鳥法師と呼ばれますが、⑶によれば司馬 鞍首止利くらつくりのおびととり仏師とあります。⑴と⑵では彼の技術の高さを語るエピソードにある様に、推古朝の仏法興隆期に法興寺金堂の釈迦三尊像など多くの仏像を造り、名匠の名を欲しいままにしました。その作風は北魏の様式を受けていて、止利様式と呼ばれ、推古朝の仏の代表的な存在になっています。


 また、⑵の記事では祖父の司馬達等の代から仏舎利を献上し、父の多須那たなすが出家するなど、鳥の家が代々仏教文化の中心であった事が伺えます。


◇関連項目

『日本書紀』で見る各時代の大連・大臣(13) 蘇我馬子② 推古朝中期(⑴の記事)

https://kakuyomu.jp/works/16816452219091770654/episodes/16816700429319890540



◇参考文献

⑴『国史大系. 第1巻 日本書紀』経済雑誌社 編

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/991091/198

『日本書紀 : 訓読. 下巻』黒板勝美 編 岩波書店

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1107125/51


⑵『国史大系. 第1巻 日本書紀』経済雑誌社 編

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/991091/198

『日本書紀 : 訓読. 下巻』黒板勝美 編 岩波書店

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1107125/51


⑶『史料による日本の歩み 古代編』 関晃・井上光貞・児玉幸多 編 吉川弘文館 59ページ

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