『日本書紀』で見る各時代の大連・大臣(13) 蘇我馬子② 推古朝中期


 前稿では崇峻天皇殺害から推古朝初期の馬子の動きを追って行きましたが、本稿では推古中期から末期の一部について取り上げてみます。



⑴『日本書紀』巻二二推古天皇十三年(六〇五)四月辛酉朔

十三年夏四月辛酉朔、天皇、詔皇太子、大臣及諸王、諸臣、共同發誓願、以始造銅繍丈六佛像各一躯。乃命鞍作鳥、爲造佛之工。是時高麗國大興王、聞日本國天皇造佛像、貢上黄金三百兩。


(十三年夏四月辛酉朔、天皇、皇太子、大臣及び諸王もろもろのおほきみ諸臣もろもろのおみに詔して、共に同じく誓願ちかひて、始めて銅繍あかかねぬひもの丈六ぢやうろく佛像ほとけのみかたおのおの一躯ひとはしら造る。乃ち鞍作鳥くらつくりのとりみことのりおほせて、ほとけを造るたくみと爲す。是の時に高麗國こまのくに大興王たいけいわう、日本の國の天皇すめらみこと佛像ほとけのみかたを造りますと聞きて、黄金こがね三百兩みももころ貢上たてまつる。)


・概略

 十三年夏四月一日、天皇は皇太子、大臣及び諸王、諸臣に詔して、共に同じく誓いを立て、始めて銅とぬいものの一丈六尺の仏像を各々一体造った。鞍作鳥くらつくりのとりに命じて、造仏のたくみとした。是の時に高麗國こまのくにの大興王は日本の国の天皇が仏像を造ると聞いて、黄金こがね三百両をたてまつった。



・解説

 元興寺縁起に引く丈六光背銘に「十三年歳次乙丑四月八日戊辰、以銅二萬三千斤、金七百五十九兩、敬造釋迦丈六像、銅繍軀幷挾侍。高麗大興王方睦大倭、尊重三寶、遙以随喜、黄金三百廿兩助成大福……」⑵と書かれています。⑴では高句麗(高麗)が貢上したのが三百両となっていますが、この銘文では三百廿兩(三百二十両)になっています。


・『元興寺丈六光背銘』画像

https://kakuyomu.jp/users/uruha_rei/news/16816700429537479427


 過去には敵対的だった高句麗との関係が、推古天皇紀辺りから融和的な関係に変遷していきます。高句麗側の事情としては西暦五九八年から始まる隋の高句麗に対する侵攻による外交政策の変化かと思われますが、それ以外の要因として考えられるのが、恐らく仏教が一種の緩衝材的な役目を果たした事と、渡来人と結びついていた蘇我氏による外交の成果もあったのかも知れません。



⑶『日本書紀』巻二二推古天皇十五年(六〇七)二月 甲午十五日

甲午、皇太子及大臣率百寮、以祭拜神祗。


甲午きのえうまのひ皇太子ひつぎのみこ及び大臣おほおみ百寮つかさつかさて、神祗あまつかみくにつかみを祭りゐやまふ。)


・概略

 (二月)十五日、皇太子(厩戸皇子)及び大臣(蘇我馬子)百寮を率いて、神祇を祀り拝された。


・解説

 推古朝に入り、仏教を興隆させようとする記事が目立つ一方で、神祇の祭祀も行われており、仏教ばかりが尊重されていた訳ではなく、神も仏も等しく祭る、後世に至る日本の信仰を形作られていったのがこの時期だったのでしょう。



⑷『日本書紀』巻二二推古天皇二十年(六一二)正月 丁亥七日

廿年春正月辛巳朔丁亥、置酒宴群卿。是日、大臣、上壽歌曰、夜須彌志斯、和餓於朋耆彌能、訶句理摩須、阿摩能椰蘇訶礙、異泥多多須、彌蘇羅烏彌禮麼、豫呂豆余珥、訶句志茂餓茂、知余珥茂、訶句志茂餓茂、知余珥茂、訶句志茂、餓茂訶之胡彌弖。兎伽陪摩都羅武、烏呂餓彌弖、兎伽陪摩都羅武、宇多豆紀摩都流。天皇和曰、摩蘇餓豫、蘇餓能古羅破、宇摩奈羅麼、辟武伽能古摩、多智奈羅麼、句禮能摩差比、宇倍之訶茂、蘇餓能古羅烏、於朋枳彌能、兎伽破須羅志枳。


廿年二十年の春正月はるむつきの辛巳かのとのみの朔丁亥ついたちひのとのゐのひ置酒おほみきして群卿まへつきみたちとよのあかりしたまふ。是の日、大臣、上壽おほみさかづきたてまつりて歌ひて曰く、


八隅知知やすみしし我大君わがおほきみかくす、あま八十蔭やそかげで立たす、御空みそらを見れば、萬代よろづよに、如此かたしもかも、千代ちよにも、如此かたしもがも、しこみて、つかまつらむ、をろがみて、つかまつらむ、うたつきまつる。


天皇すめらみことやはらげて曰く、


真蘇我まそがよ、蘇我の子等よ、馬ならば、日向ひむかの駒、太刀たちならば、くれ真刀まさひうべしかも、蘇我の子等を、大君の、使はすらしき。)


・概略

 二十年一月七日、酒を用意して群卿まへつきみたちに宴を賜った。

 この日、大臣は盃を奉り寿ことほぎの言葉を献上して歌って言った。


 我が大君の入られる広大な御殿、出て立たれる御殿を見ると、まことにご立派である。千代、万代に、こういうありさまであって欲しい。そうすれば、その御殿に畏み拝みながらお仕えしましょう。今私は慶祝の歌を献上します。


 天皇は答えて歌われた。


 蘇我の人よ、蘇我の人よ。お前は、馬ならばあの有名な日向の国の馬。太刀ならばあの有名な呉の太刀である。そんな優れた人物だから、蘇我の人を大君がお使いになるのも、もっともな事だ。


・解説

 推古朝において馬子の主体的な動きは推古朝初期から中期にかけて殆ど見られませんでしたが、理由として言われている事としては崇峻天皇殺害による非難が根強く、独自の活動が制限されていた可能性があるようです。


 馬子が歌で推古の長寿を寿祝ことほぐとともに彼女への忠誠を前面に押し出し、同じく歌で応えた推古天皇が蘇我氏を高く称揚するという記事で、平林章仁氏は「崇峻天皇殺害の様な非道・僭越な行為は再びしないという蘇我馬子から推古天皇への臣従・忠誠の誓詞と、それに応えた女帝からの馬子復権をいわう祝辞の贈答であり、そのような政治的意味あいを持つ儀礼であったと考えられる。これによって蘇我馬子は名実ともに推古朝の大臣となり、真の主体的な活動が可能になったのである」⑸と言う説を述べられています。


 以降、馬子が政治に係る記事が再び登場するようになります。



⑹『日本書紀』巻二二推古天皇二十年(六一二)二月 庚午廿日

二月辛亥朔庚午、改葬皇太夫人堅臨媛於桧隈大陵。是日、誄於輕街。第一、阿倍内臣鳥、誄天皇之命。則奠靈明器、明衣之類、萬五千種也。第二、諸皇子等以次第各誄之。第三、中臣宮地連烏摩侶、誄大臣之辭。第四、大臣、引率八腹臣等、便以境部臣摩理勢、令誄氏姓之本矣。時人云、摩理勢、烏摩侶二人能誄。唯鳥臣不能誄也。


二月きさらぎの辛亥かのとのゐのついたち庚午かのえうまのひ皇太夫人をほきさき堅臨媛きたしひめ桧隈大陵ひのくまのみさざきに改め葬めまつる。是の日、輕のちまたしのびごとたてまつる。第一はじめに、阿倍内臣鳥あべのうちのおみとり、天皇におほむことしのびごとたてまつる。則ちみたまものたてまつ明器みけつもの明衣みけしたぐひ萬五千種よろづあまりちいくさなり。第二つぎに、諸皇子等もろもろのみこたち次第つぎてを以ておのおのしのびごとす。第三つぎに、中臣宮地連烏摩侶なかとみのみやところのむらじとりまろ大臣おほおみことばしのびごとす。第四つぎに、大臣、八腹臣やはらのおみ等を引率ひきゐて、便ち境部臣摩理勢さかひべのおみまりせを以て、氏姓うぢかばねもとしのびごとまうさしむ。時の人の云はく、「摩理勢まりせ烏摩侶とりまろの二人能くしのびごとたてまつる。ただ鳥臣とりのおみしのびごとたてまつることあたはず」。)


・概略

 二月二十日、皇太夫人をほきさき堅臨媛きたしひめ桧隈大陵ひのくまのみさざき(欽明天皇陵)に改め葬った。


 是の日、軽(橿原市大軽)の街中でしのびごとを奏上した。第一番目に、阿倍内臣鳥あべのうちのおみとり、天皇のお言葉をよみたってまつり、霊に物をお供えした。それは祭器、喪服の類が一万五千種もあった。第二番目に、諸皇子等が序列に従いしのびごとを奏上し、第三番目に、中臣宮地連烏摩侶なかとみのみやところのむらじとりまろが蘇我大臣の言葉をしのびごとにした。第四番目に、馬子大臣が、多数の支族等を率いて、境部臣摩理勢さかひべのおみまりせ氏姓うぢかばねもとについてしのびごとを述べさせ。


 時の人の言うには、「摩理勢まりせ烏摩侶とりまろの二人はよくしのびごと述べたが、鳥臣とりのおみだけはしのびごとをよくすることが出来なかった。」


・解説

 境部臣摩理勢さかひべのおみまりせは蘇我馬子の一族で、境部臣姓を称したか、あるいは馬子の弟と言われており、推古天皇の死後、山背大兄王をおして、馬子の子、蝦夷と対立して殺されます。



⑺『日本書紀』巻二二推古天皇二二年(六一四)八月

秋八月、大臣臥病爲。大臣而男女并一千人出家。


(秋八月あきはつき大臣おほおみ臥病やまひす。男女をのこおみなあはせて一千人ちたり出家いへです。)


・概略

 推古天皇二二年秋八月、蘇我馬子大臣が病に臥せた。男女合わせて千人が出家した。


・解説

 この出家は馬子の人望が厚かったから自主的に出家したという訳では無く、病気平癒を祈って出家させたそうです⑻。



⑼『日本書紀』巻二二推古天皇二八年(六二〇)是歳

是歳、皇太子、嶋大臣、共議之録、天皇記、及國記、臣連伴造國造百八十部、并公民等本記。


(是の歳、皇太子ひつぎのみこ嶋大臣しまのおほおみともはかりて、天皇記すめらみことのふみ、及び國記くにつふみ臣連おみむらじ伴造とものみやつこ國造くにのみやつこ百八十部ももあまりやそとものあはせて公民等おほみたから本記もとふみしるしたまふ。)


・概略

 推古天皇二八年、皇太子(厩戸皇子)、嶋大臣(蘇我馬子)、共に議って天皇記、及び国記、臣・連・伴造・國造など、その他多くの部民や公民などが本記を記録した。


・解説

 この頃に初めて国史の編纂が行われていた事が記されています。

 天皇記は天皇家の世系・事績等を記したもので、帝紀・帝皇日継と呼ばれるものと同類のもので、国記は風土記の類では無く、神代より推古朝に至る国の歴史であろうと言われています。天皇記と国記は一応草稿は出来ていましたが完成には至らず、蘇我氏の私邸にとどめられていましたが、蘇我氏誅滅の時に焼かれて、僅かに国記の一部が取り出されましたが⑽現存しないのが悔やまれます。


 尚、『先代旧事本紀』は推古紀のこの記事を参考にして序文が書かれており、推古朝に編纂された書であるかのように装っていますが、その記事の大部分が記紀や平安時代に書かれた『古語拾遺』を継接ぎした内容なので、平安時代中期に書かれた偽書だと言われています。


 次稿では推古朝末期における馬子の動きを見て行きたいと思います。


 



◇参考文献

⑴『国史大系. 第1巻 日本書紀』経済雑誌社 編

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/991091/198

『日本書紀 : 訓読. 下巻』黒板勝美 編 岩波書店

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1107125/51


⑵『仮名源流考. 証本写真』文部省国語調査委員会 編 国定教科書共同販売所

https://www.dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1087719/31

31・32コマ *句読点を追加しました。


⑶『国史大系. 第1巻 日本書紀』経済雑誌社 編

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/991091/198

『日本書紀 : 訓読. 下巻』黒板勝美 編 岩波書店

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1107125/52


⑷『国史大系. 第1巻 日本書紀』経済雑誌社 編

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/991091/201

『日本書紀 : 訓読. 下巻』黒板勝美 編 岩波書店

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1107125/54


⑸『蘇我氏の実像と葛城氏』 平林章仁 白水社 82ページ


⑹『国史大系. 第1巻 日本書紀』経済雑誌社 編

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/991091/201

『日本書紀 : 訓読. 下巻』黒板勝美 編 岩波書店

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1107125/54

54・55コマ


⑺『国史大系. 第1巻 日本書紀』経済雑誌社 編

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/991091/202

『日本書紀 : 訓読. 下巻』黒板勝美 編 岩波書店

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1107125/56


⑻『日本書紀(四)』井上光貞・大野晋・坂本太郎・家永三郎 校注 岩波文庫 129ページ 注七


⑼『国史大系. 第1巻 日本書紀』経済雑誌社 編

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/991091/203

『日本書紀 : 訓読. 下巻』黒板勝美 編 岩波書店

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1107125/57


⑽『日本書紀(四)』井上光貞・大野晋・坂本太郎・家永三郎 校注 岩波文庫 133ページ 注一五





◇関連項目

「排仏崇仏論争の虚構」に関する反論

https://kakuyomu.jp/works/16816452219091770654/episodes/16816700428325598278


『日本書紀』で見る各時代の大連・大臣(12) 最後の大連 物部守屋①

https://kakuyomu.jp/works/16816452219091770654/episodes/16816700428210184598


『日本書紀』で見る各時代の大連・大臣(12) 最後の大連 物部守屋②

https://kakuyomu.jp/works/16816452219091770654/episodes/16816700428668567453

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